本多勝一記者「代弁しただけ」発言を巡って



 「私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば、中国側に直接やっていただけませんでしょうか。」 ―この発言は、ネットの中で、「本多氏の取材姿勢の偏り」なるものを象徴するものとして、しばしば取り上げられます。

 しかしこの取り上げられ方は、本多氏の真意が歪められて伝えられている感があります。以下、発言に至る経緯、本多氏側の言い分を含めて、この問題を見ていきましょう。

*本コンテンツは、「代弁しただけ」という表現を巡る問題をテーマとしたものであり、「万人坑」の存否論議にまで踏み込んだものではありません。 また、「本多氏の真意」のニュアンスを正確に伝えることが目的であり、その「真意」をどう判定するか、ということは読者にお任せしています。念のため。



 この発言が最初に取り上げられたのは、田辺敏雄氏の著作『平頂山事件』でのことでした。

田辺敏雄氏 『平頂山事件』より

 久野健太郎氏は反証として自書(ゆう注 撫順炭砿を扱った「朔風挑戦三十年」のこと)を送り、抗議した一人である。本多記者の久野氏にあてた返信がある。 一九八六年三月九日の日付になっている。個人あてとはいえ、公の場で反証を呼びかけ、これに応じたものに対する返信であるから、公表して差し支えなかろう。久野氏の了解の上で引用する。

「追伸。いま万人坑のところを読みましたところ、ほんの一ページ足らずをもって、あれを全面否定しておられます。しかしながら私はこれだけの内容をもって、 あれが全部うそだというにはとても説得力を感じないのであります。また私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば、中国側に直接やっていただけませんでしょうか。 中国側との間で何らかの合意点が見つかったときには、それをまた本で採用したいと思っております」

 万人坑は現地人を炭鉱が酷使したあげくの「人捨て場」であったと、本多氏は書く。これに対して久野氏は、撫順炭鉱でこのようなことはなく、事実無根と主張する。

 引用した追伸の万人坑うんぬんは、これに対する返答であり、本文は平頂山事件について、久野氏の著書を参考文献として『中国の旅』に載せるようにするという内容である。(P236)

*本書は、1988年12月20日に初版が発行されています。

 まず注意すべきは、この部分が本多氏の了解を得ない、第三者による、一方的な「私信公開」であることです。田辺氏は「公表して差し支えない」という根拠を述べてはいますが、以下にも述べる通り、 少なくともこの「公開」は本多氏の意思に反するものであったことは間違いないところです。

 さらに本多氏の発言は、やりとりを見ればわかる通り、「万人坑」問題に限定したものです。決してルポの全体が「代弁」である、と述べているわけではありません。 ネットでは、しばしば「南京事件」について本多記者が中国側の「代弁」を行ったような話になってしまっている例が見られますので、念のために強調しておきましょう。
*余談ですが、ネットでは、「直接やっていただけませんでしょうか」という丁寧表現が、 「直接やってください」という、突き放したような強い断定調に化けてしまっている例をよく見かけます。 どうやら出典は、例の田中正明氏の「平和甦る南京」の写真特集であるようです。



 このあと田辺氏と本多氏の間で、私信のやりとりがあったようです。田辺氏が、「続報」を記しています。

田辺敏雄氏 『撫順炭鉱・南満鉱業万人抗は創作』より

 この久野氏あての書簡のなかから、右の部分を含む一部を拙著『追跡 平頂山事件』のなかでとりあげ批判した。

 ところが、本多記者より抗議と反論を記した手紙(一九八八年十二月三十日付)が私にとどいたのである。抗議というのは、私信を無断でなぜ公開したのかということであり、反論というのは、 抗議をするのであれば中国にやってくれというのが、どうして問題あるのか、という二点であった。

 なるほど、純然たる私信であれば、一部掲載とはいえ許可をとらない方に非があるだろう。だが、はたして本多書簡は私信であろうか。久野健太郎氏は「日本側関係者の資料あるいは反証を歓迎する」と公の場での呼びかけに応じて、 長文の手紙とともに自署(『朔風挑戦三十年』、謙光社)を送り、反証としたのである。本多書簡はそれにたいする返信である。当然のことながら、内容は朝日連載の記事にかかわる問題である。どうしてこれを私信と呼べよう。

 それに、朝日新聞社名の入った原稿用紙に書き、朝日新聞社の封筒を使用した手紙のどこを推せば私信といえるのであろうか。掲載にあたっては、久野氏からの了解はいただいている。

 手紙がとどいた数日後、私信という主張は了解できない、また他の点についても異論があるが、それは公開の場で論じたい旨を記し本多記者あてに投函した。忘れずにつけくわえておけば、 本多氏の私あての手紙には「私信であるが公開してもかまわない」と断ってあるので以下、遠慮なく引用する。

 次の論点は、中国側に抗議してくれ、ということの是非である。本多記者は私あての手紙のなかで、


<中国側の言い分を、とくに明白な誤りにでも気付かぬかぎり、そのまま報道すること自体になぜ問題がありますか。その内容をすべてウラ調査するまで書けないとなれば、今の報道はすべて成立たなくなります。>


<一例をあげましょう。中曽根前首相が、アメリカの「知的水準」の低さを発言したことがあり、それを記者が書きました。このとき記者は、アメリカで本当に知的水準が低いかどうかを徹底的に調べてからでないと書けないのですか。 そうではなくて、これに対してアメリカなりどこかなりから反論、反証があったら、それを書くことが記者の次の仕事でしょう(同一記者である必要はないが)。ですから、「抗議」そのものは、やはりこの記者にではなく発言者・中曽根に対してやるべきです>


 したがって、『中国の旅』に関して抗議があれば、本多記者にではなく中国側にやるべきだという、いつもの論法が顔を出す。

(以下、田辺氏の反論が続きますが、省略します)

(『間違いだらけの新聞報道』P219〜P221)

 本多氏はここで、「私信公開」に対する抗議を行っていたようです。

 


 田辺氏のような紹介ですと、本多氏の取材姿勢は一方的で無責任なものであるように見えてしまいます。さて、本多氏自身の言い分を見ましょう。

本多勝一氏 『朝日・本多勝一記者の誤報という"誤報"』より

 まず私の原本『中国の旅』(朝日文庫)を改めて見ていただきましょう。その「撫順」の章で万人坑についてふれられているのは、中国側の担当者・孫徳カ氏の次の言葉だけです。

「こういう状況の中で殺された中国人は、日本占領の四〇年に撫順だけで二五万人から三〇万人の間と推定されています。『万人坑』は撫順だけで約三〇ヵ所にできました。これらの万人坑のうち、一部は新しい炭鉱開発のため、 また一部は家や工場建築の邪魔になるために除去されましたから、全部は残っておりません」

 文庫本でわずか四行だけ。しかも当人の言葉であることを直接引用としてカギカッコで明示してあります。いうまでもなくこれは、私自身の調査結果でもなければ、私の言葉でもなく、 中国側の言葉を紹介しただけです。

 これについて田辺氏は問題にしたわけですが、もちろん調査すること自体は大いに結構だと思います。その結果、万人坑が全く存在しないことが分かれば、中国側のいうことが嘘だったことになり、ひとつのニュースです。 しかし田辺氏のこの報告には次のような問題点があります。

(以下、「論争」部分となりますので省略します)

(『正論』1990年9月号 P272〜P273)


 私はこの件にかぎらず、事実に対してはあくまで謙虚でありたいと言いつづけ(書きつづけ)ています。もし中国の完全でっちあげであることが分かれば、私自身でそのことを報告するでしょう。

(同 P276)


 どうやら本多氏は、公開を予定しない「私信」という気楽さも手伝って、つい誤解を与える「代弁」という表現を使ってしまったようです。実際には、上の文にもある通り「紹介」という言葉を使うべきところだったでしょう。 ニュアンスが全く違ってきます。


 実際に『中国の旅』を読み返すと、この部分はこのようになっています。

本多勝一氏 『中国の旅』より

(「ゆう」注 撫順革命委員会外事組・孫徳カ組長の話)「こういう状況の中で殺された中国人は、日本占領の四〇年に撫順だけで二五万人から三〇万人の間と推定されています。 「万人坑」は撫順だけで約三〇ヵ所にできました。これらの万人坑のうち、一部は新しい炭鉱開発のため、また一部は家や工場建築の邪魔になるために除去されましたから、全部は残っておりません」

 私はこのとき、中国へ来て初めて「万人坑」という言葉をきいた。万人坑とは何かを単さんにきくと、死体を何千・何万と集めたところだという。どういうものなのかよく納得できない。 近いうち実物を見る機会があるはずだと単さんはいった。以来、万人坑という言葉を東北地方旅行中よくきくようになった。 (P92〜P93)


 必ずしも中国側の見解を全面的に信用したものではないことがわかります。本多記者は、この文中では、「万人坑」の存在を否定も肯定もしていません。ただ、中国側からこのような発言があった、という「事実」を伝えたのみです。

 おそらく本多氏は、こう言いたかったのでしょう。自分は、中国側の主張をひとつの「意見」として紹介している。別に自分が、その主張に全面的に賛同しているわけではない。 だから、中国側の主張への批判を私に向けるのは筋違いだ。

 「抗議をするのであれば、中国側に直接やっていただけませんでしょうか」という発言は、そういうものとして読むべきでしょう。

(2006.11.1)
  
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