| 東中野氏の徹底検証1 | ラーベ日記は「三等史料」か? |
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以下、「番外編」として、「南京虐殺の徹底検証」以外の東中野氏の記述を取り上げてみたいと思います。 まず、しばしばネットで取り上げられる、東中野氏の「史料等級」論からです。「正論」論文『やはり「ラーベ日記」は三等史料』の中で、東中野氏は、まさに標題の通り「ラーベ日記」を「三等史料」と貶める記述を行いました。 氏が論拠としているのは、内藤智秀氏「史学概論」です。
そもそもこの「史料等級」論は、「坪井九馬三博士」という昭和初期の学者が提唱し、内藤氏が戦前発行の本で紹介した、という、大変な時代物です。 現代では、東中野氏の文以外ではまず目にする機会はなく、また、以下に見るようにこの「定義」自体が「近現代史」にはそぐわないものであることから、わざわざ「復活」させる意味も薄いように思います。 *私の手元にある『史学概論』は一九五四年版ですが、これは「一九三二年から一九四一年にわたり、三回に及んで稿を改め」出版されたもののリライト版であるとのことですので、実際にこの文が書かれたのは、おそらく一九四一年以前と思われます。 さてこれだけ読むと、東中野氏は、「ラーベ日記」は内藤氏言うところの「三等資料」であるから全く信頼できない、と言っているように読めます。しかし実は、これは内藤氏の記述を、ひどくトリミングしたものでした。以下、内藤氏の記述に沿って見ていきます。 内藤氏の記述は、このように始まっています。
内藤氏の説明では、「一等から三等まで」は「根本史料」ということになります。 東中野氏は、「三等史料」という言葉を何やら悪口であるかのように使っていますが、内藤氏は「三等」までは「史料」として価値のあるものと考えているわけで、東中野氏の取り上げ方は明らかに内藤氏の意図とは異なります。 *後述する「南京事件の真相」を見ると、実際には、氏はこの点に関しては正しい認識を持っていたようです。ただし上の文で氏は明らかに「三等史料」を悪口と誤認させるような書き方をしていますし、またネットの世界でもこれを「悪口」と認識する方が多いようです。 しかも以下見るように、東中野氏は、内藤氏の文のうち自説に都合の悪いところはすべてカットして、無理やりに「ラーベ日記」を「三等史料」のカテゴリーに押し込めているのがわかります。
東中野氏が思い切りトリミングした解説文とは、だいぶイメージが違います。 「当事者が後日、暇を得て作成した文書類」は「二等資料」に属します。「三等資料」とは、「伝記とか、家譜の如き」であり、内藤氏はここでは「当事者」以外の者が作成したものをイメージしている、と考えて差し支えないでしょう。 従って、「時間または場所の一致」に必要以上に拘らない限り、この定義を素直に読めば、「ラーベ日記」は「二等史料」以上と考えてもいいと思われます。「ラーベ日記」は、 そのベースとなった「日記」が存在しており、ラーベはそれを自身で「加筆補正」したわけですから、「一等史料に近い二等史料」ということになるのかもしれません。 *なお、一見してわかる通り、内藤氏の「定義」を素直に見ると、「二等資料」と「三等資料」の間に明らかな隙間が存在します。例えば、「場所」「時間」とも異なるところで書かれた当事者の日記は何等資料になるのか、これだけでは不明です。 東中野氏の解説は、その「隙間」を強引にカットして、自分の都合のいい「解釈」を作り上げたものである、と言えるでしょう。 この東中野氏の「定義」を文字通り素直に受け止めてそれを押し進めるとどんなことになるか。その好例として、氏自身が示す、「ザ・レイプ・オブ・南京の研究」の巻末の<参考文献>を見てみましょう。
「三等史料」が、事件当事者による記述も「概説書」も一緒になって、実に雑然としたものになっています。 呆れるのは、「ラーベ日記」「野戦郵便旗」などの当事者の記録と、それらを「二次利用」した自分の著作が同じ「等級」になってしまっていることです。これでは、そもそも「分類」を行う意味がないでしょう。 なお、ネットでは「四等史料」という言葉もしばしば使われますが、その使われ方は、少なくとも内藤氏の分類から見る限り、正確ではないものが多いようです。参考までに、その部分も紹介しましょう。
実際の話、内藤氏の真意は、むしろ最後の一文にあるのでしょう。「史料等級」はあくまで便宜的なものであり、これを材料に「ラーベ日記」の史料価値を否定しようとする東中野氏の手法は、少なくとも内藤氏の意図からは離れたものであると言えます。 *本稿に当たっては、「思考錯誤」掲示板上で、渡辺さん、タラリさんなどから貴重なアドバイス・資料呈示をいただきました。 **東中野氏は、「南京事件の真相」という文の中で、「資料等級」論をさらに詳しく展開しているようです。しかし、私はこの文を入手しておらず原文を確認できないこと、また、この文を考慮に入れても本稿の修正の必要は全く生じないこと、から、ここでは省略します。 ***本稿での私の「史学概論」の引用は、「1954年版」に基づきます。東中野氏と同じ「1961年版」をお持ちの渡辺さんに確認していただいたところ、上記引用文は同一だったとのことでしたので、引用はそのまま「1954年版」を使用しました。 2009.12.12追記 『国史大辞典』第七巻、「史料」の項の記述で、現代の歴史学が坪井氏の「史料等級論」をどのように見ているかを確認することができました。
(2003.9.23記)
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