家永教科書裁判 最高裁判決
判示一二の2ないし4についての裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。
私は、本判決の理由中意見が分かれている判示一二の2ないし4について、いず れも多数意見に与するものであるが、最高裁昭和六一年(オ)第一四二八号平成五
年三月一六日第三小法廷判決・民集四七巻五号三四八三頁に関与した者として、右 判決の採用した裁量権濫用に関する判断基準を当小法廷において適用するに当たり、
右判決の理由中の判断との整合性を勘案しつつ、次のとおり、多数意見を補足しておきたい。
三 「七三一部隊」について
近現代史における歴史上の事柄については、様々な理由からその全容が明確にされていないものも少なくはない。
殊に戦争期における事柄については、あるいは混 乱の中で起こった事柄であるため、あるいは関係者の多くがその事柄によって死亡 してしまったため、あるいは記録が何らかの理由により失われてしまったためなど、様々な理由により、必ずしもその原因や経緯、被害者の正確な数などが明確になら
ないものが少なくないのである。
例えば、本件教科書でも問題とされた南京事件の 実態や沖縄戦の住民被害の実態なども、今日に至ってもなお不明な部分があること は否定できないのである。
しかしながら、そうであるからといって、南京事件がなかったわけではなく、沖縄戦の住民被害がなかったわけでもない。事柄の全容が 確に解明されない限り、教科書に記述することが不適切であるということはできな
いことは右の例からも明らかといえよう。
殊に「七三一部隊」についていえば、これは日本軍によって生体実験が行われた という異常な事件であり、関係記録は、敗戦間際、国際的非難を恐れた軍部によって組織的に廃棄され、また、被害者で生き残った者はないといわれており、正規の記録によってはその実態を検証することが困難な事例である。
それにもかかわらず、 七三一部隊の行った所業については、戦後間もないころから歴史家、小説家、ジャーナリスト等による調査等によって次第に明らかにされてきたのであり、昭和五八年当時の学説においても、資料の正確性に疑問を呈する見解はあったものの、七三一部隊の存在とその所業自体を否定するものはなかったといえるのである。
本件原稿記述は、被害者の数などの点において適切さを欠く疑いがある部分もあるが、七 三一部隊の存在とその所業を教科書に記述することは時期尚早との理由で、原稿記述を全部削除しなければならないほどに不適切とはいえないというべきであり、原
稿記述の全部削除を求めた修正意見には、その判断の過程に看過し難い過誤がある ものと考えるのである。
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