石井四郎の尋問

シェルダン・H・ハリス『死の工場 隠蔽された731部隊』所収

石井四郎の尋問

日付 −一九四七年五月八、九日
出席 − N・H・フェル博士、R・P・マクウェール中佐、CWOT・吉橋、ベントン大尉  (軍医、三六一駐屯病院、名前不明の日本人医師)


一.尋問は石井の自宅(東京都新宿区若松町七七若松荘)で行われた。

二.石井は寝たきりで健康を害しているように見えた。

三.以下の事実が石井に説明された。
  a.調査は技術的、科学的情報のためであり、戦犯のためではない。(P349-P350)
  b.尋問官は彼の以前の発言をよく知っている。
  c.彼が隠していた情報が現在関心の対象となっている。
  d.人体実験と中国軍に対する細菌兵器の試験についての彼の発言が求められている。
  e.川島と柄沢は知っていることをすべてロシア人に話した

四.石井はおおよそ以下のように詳しく答えた……

「私はロシア人には情報を漏らさない。私は一九四五年にサンダース中佐にそのように告げた。私は最近ロシア人に話さないよう警告を受けた(これはFEC、G供AC of Sの指示によりG兇良員が石井に送った警告である)。いずれにせよ、私は細かい技術データを出すことはできない。記録はすべて抹消された。私は詳細を多く知っていたことはなく、また知っていたことも忘れてしまった。全般的な結果なら与えられる」

「中国とロシアの諜報員による [細菌兵器の]使用の結果、日本は防衛用の細菌兵器の研究をせざるをえなくなった。私は一九四五年に平房に戻るまで安達のことは知らなかった。私はその場所は訪れなかった」

「私は平房で行われていたこと全体の責任を負っていた。私は喜んで全責任を負った。上官も部下も、実験の指示を出すことには何ら関与しなかった。もし私に具体的な質問をするなら、私は一般的な結果は話せる。肥之藤少佐は炭疽菌の実験作業を担当していた。私は中国の新聞'sinko'で寧波の事件について読んだ。私は満州におり、その事については何も知らない」

「私は平房の全責任を負っている。そこで起こったことで部下や上官が問題に巻き込まれるのを見たくはない。もしあなた方が私自身と上官、部下のために文書で免責をくれるなら、あらゆる情報をあなた方に提供できる。あなた方が知っているという増田、金子、内藤は多くの情報を提供できるだろう。

 私はまた、アメリカに細菌戦の専門家として雇われたい。ロシアとの戦争の準備において、私の二〇年の研究と実験で得たものを提供できる。

 私は細菌兵器の使用と防衛の戦略的問題に多大な考察をしてきた。私は様々な地方や寒冷な気候で使用されるべき最適の病原菌の研究をしてきた。戦略的使用の短い考察を含む細菌戦についての本を書ける」

五.吉橋氏は石井に、すぐにロシア人によって尋問を受けること、次の情報は明かさないこと、を説明した ―(P350)

  a.人体実験
  b.蚤の大量生産
  c.中国軍に対する試験
  d.アメリカの要員による指示

六.尋問官たちは石井の病気がロシア人による尋問を断る口実として使えるのではないかという意見で、その可能性を追究することに決まった。

七.五月八日、石井訪問の目的は彼の健康状態を確定し、「健康状態の悪さ」をソ連による尋問の機会を断る理由にすることができるかどうかを知ることにあった。第三六一駐屯病院の軍医ペントン大尉は石井の主治医と相談した。ベントン大尉は石井の健康状態は良好であり、単独であれソ連との共同であれ石井の尋問をさせない理由はないと言明した。

八.診察後、石井は非常に協力的な雰囲気で、短いはずの訪問が二時間にも及んだ。石井は彼と部下の免責については決定が出されていないことを知らされたが、増田からの手紙の写しを見せられた。石井は大体次のように述べた ー

 「私は求められることはすべて話すが、非常に広い分野であるので、フェル博士がどの話に興味を持っているのかを知りたい。私が去って以後安達で行われた実験についてはほとんど知らない。爆発の結果肺炭疽菌が人体に感染することについては、北野に連絡を取り質問することを勧める。

 ドイツ人が日本人から多くの情報を得ていたとは思わない。ドイツ人はデータを欲しがっていたが、常に引き延ばされていた。気球は秘密プロジェクトで、新聞で読むまでその存在を知らなかった。

 細菌戦の媒介物としての使用という問題が情報として上層部に上げられ検討されたかどうかは知らない。それは私がそれを主題に本を書けるほどの問題だ。私はかつては問題を見つけると、専門家に防衛と攻撃の局面について研究するよう命じ、報告書を出していた。そのため、実験の詳細については知らない」

「炭疽菌に関しては、私はそれが大量に生産でき、抵抗力があり、毒性を保ち、八〇〜九〇パーセントの致死率であるため、最善の因子だと考えた。最良の伝染病はペストだと思った。保菌生物による病気の最良のものは、伝染性脳炎だと思った」

「平房の破壊の責任については、私は正式な指示は知らない。私は日本がロシアと公式に戦争に入ったことを知った八月九日にはハルビンにいた。その日に戻ったときは平房はすでに燃えていた。私は自分の個人記録を自分の事務室から持ち出すことすらできなかった。増田が四〇〇キロの乾燥炭疽菌を持っていたと言ったのは、誤りに違いない。それは多すぎる」(P351-P352)

九.石井は再び予定されているソ連による尋問で答えるべき回答について指示された。後にさらに指示がされることは、この時明らかになった。

一〇.五月九日に石井は、要求されているデータについてフェル博士が準備した質問票の概要を提示された。吉橋氏とフェル博士は概要をすべて読み、あらゆる用語を石井に説明した。石井は質問をしたり意見を差し挟むために、何度か説明をさえぎった。文書による免責なしに全面協力することの是非については石井は疑念を持っていた。しかし、当面概要について何らかの仕事はするようだった。

 その後石井はおおよそ以下のように述べた……「健康のため、また家を離れるのが心配なので、NYKビルではなく自宅で尋問を受けたい」

一一.コレラが感染するための最低量は、最良の系統の毒性を常に増すことで減らすことができる。最終的に得られた最小感染量は元の液体培養基の一〇-四で、これは三〇〇〇organisms〔微生物〕に相当する。ペストでは最小感染量は約一〇−七だった

人工的に引き起こされたペストは、典型的腺ペスト型として始まるが、死亡する三日前には患者は肺ペストになり、人から人へ飛抹感染によってうつる。関東軍獣医部隊からの者は平房を訪れることが許されなかったし、また平房からの者は獣医部隊を訪れることはできなかった。私は獣医部隊とはまったく関係なく、彼らの活動については知らない」

一二.石井は彼の技術的な議論が人間に関係するとは特に言わなかったが、それは明白であった

(シェルダン・H・ハリス『死の工場 隠蔽された731部隊』所収)


石井四郎の尋問



(シェルダン・H・ハリス『死の工場 隠蔽された731部隊』所収)


(2016.3.21)
  
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