吉村寿人講演『凍傷に就て』

(『七三一部隊作成資料』より)

『凍 傷 ニ 就 テ』

昭和十六年十月二十六日

満洲第七三一部隊 陸軍技師 吉村寿人

(第一五回満洲医学界哈爾濱支部特別講演)


※図表は省略しました。

※※原文文字には、消え・擦れ・潰れなどで判読不能の箇所が多くあります。文脈等からできる限りの補完は行いましたが、写し違いも多数ある可能性はお断りしておきます。


(国立公文書館所蔵)

吉村寿人講演『凍傷に就て』

一、緒言

 満洲に於ける凍傷は内地に於ける所謂凍瘡とは異り峻烈なる寒気の為に組織凍結し、屡々壊死を来し、従って罹患部の脱落を来す等の極めて惨酷なるものにして 皇軍は日清日露、シベリヤ出兵、満洲事変等過去の諸戦役に於て苦き経験を嘗めたり

 歴史上有名なるは「ナポレオン」(一八一二年)軍の凍傷にして「モスコウ」出発時十余万の兵員は「スモレンスク」にて四万二千に減ず。

 又今次欧州戦の初期に行はれたる「フィンランド、ソ連」の戦闘に於て「ソ連」は凍死凍傷に悩されて長く、「フィンランド」を征し得ざりしは世人のよく知る所なり。

 厳寒地に於ける作戦は凍傷を征服せざれば成功し得ずと言ふも過言にあらざるなり

 斯くの如く凍傷は軍衛生上の重大問題たるに止らず、北満の移植民の医事衛生としても看過し得ざる問題なり。(P228-P229)

 本官は年来聊かこの問題に関心を有するものにして、ここに凍傷の病態生理学的知見を述べ、その予防並に治療に対する実地医家並に軍医諸官の参考に供せんとす。(P228)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

二、凍傷の本態

1.凍傷の症状

 本論に入るに先ち一言注意するは本官の述んとするものは所謂厳寒地の凍傷にして内地の凍傷とは異る事なり

 即ち内地凍傷に於てはその発生は徐々にして知覚鈍麻の進行と共に暗紫色の「チアノーゼ」と浮腫を発し発生部位は耳翼、手脊、足背等に来るに反し、厳寒地の凍傷は極めて短時間に知覚脱失と共に蝋様白色の石の如く固結して発生し、指趾顔面に来るものなり。

 即ち発生の状況並に部位は両者の間に隔然たる差異存す。(第一表参照=略)

 凍傷の症状は以上の如く酷烈なる寒気にあひて固結せし組織がその固結と共に炎症を発せるものにして、その程度に応じ火傷の場合と同様之を第一度第二度、第三度に区別す。(第二表参照=略)(P229-P230)

第一度 発赤腫脹を主症状とす
第二度 水泡を発生す 勿論水泡周囲には発赤腫脹も存す
第三度 壊死を来すもの。壊死部は後に木乃伊様となりて脱落す。勿論この場合にも腫脹水泡を伴ふ事多し。又第二度のものが進みて壊死に陥り潰瘍をつくりて第三度に移行する事あり。

此等の凍傷の経過日数はその温度により種々の差あれ共、概ね左の程度と見て差支へなし。

第一度 一週−十日
第二度 二〇日内外
第三度(軟部) 五〇−六〇日(凍痛及運動障碍治療迄)

 第三度凍傷の経過はやや複雑にして単に軟部の壊死潰瘍を呈するものは右の経過日数にて足るも指趾の脱落を来すもの、或は二次感染によりて化膿せるもの等は更に長日月を要す。(P230-P231)

 池井の研究によれば指趾脱落を来す場合の壊死部分解線の完成並に脱落に要する日数は第三表(略)の如し。

 次に凍傷罹患の部位的比率は第三表第四表(略)に示す如く足部最も多く特に足部の第一趾多し。(P231)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

2.発生病理

 発生病理に関しては従来次の三説あり。

(A)血行障碍説

 本説によれば寒冷によりて皮膚血管が反射的に収縮し、之が継続すれば局所貧血の為に欠陥神経が麻痺して静脈鬱血を来し、為に局所の栄養不良が起る。

 而して血管内皮細胞変性する為に浸出液が増す外に血栓をつくりて更に栄養不良を増加し遂に壊死を来すと言ふ。

(B)組織凍結説(P231)

 組織凍結の為組織の破壊するが凍傷本態なりと言ふ。

(C)前二説混合説

 先つ組織凍結により組織の破壊が起り、その為に炎症を来して血栓や血管麻痺を起して血行不良となり壊死を増大すると説く

 本官の見解によれば第一説は所謂内地の凍傷の成因を説けるものにして厳寒地の凍傷に於ては必ず組織凍結が起り然る後に発生するものにして第三説が正当なるものと考へらる

 次に凍傷発生時に如何なる変化が組織に表れあるやを述べて本説の正しき所以を説明せんとす。

 組織が峻烈なる寒冷にあふ時は皮膚血管は収縮し凍痛を覚えるに至る

 更に之れが持続すれば遂に麻痺して「チヤノーゼ」を呈し然も更に寒冷が持続する時は組織は突然白蝋色に固結して知覚鈍麻す

 之れ凍傷の始りにして、之れが長く持続すればその程度に応じて第一、第二、第三度凍傷を来す事は前述の如し。

 而して斯く如き場合の皮膚温並に「プレスチモグラフ」を撮影するに実験1の如き結果を得。本撮影装置の原理は実験1'に示す。(P235-P236)

 即ち実験1に示す如く、中指「プレスチモグラフ」を装着して之を零下二〇度の塩水に透す時は寒冷が働くと共に皮膚血管が先づ収縮し然る後遂に麻痺す。

 従って「プレチスモグラム」の■■途中に小さき山を示す。

 而して更に寒冷作用が働く時は皮膚温並に指容積は益々低下し遂に皮膚温は零下数度に下る

 然るに之がある程度進む時は温度は突然に上昇しそれと共に指は白色固化す。之と共にその容積も亦一時に増大す。

 此の皮膚温変化は釜江が冬眠蛙並に死亡せる家兎につき認めたる事実と一致し、最初の冷却は組織の過冷却期にして、凍結核の発生によりてこの過冷却■■て組織凍結し、皮膚はその氷点に達せんとして温度上昇を来すものならし。

 而してこの時の容積の膨張は最初は氷結による組織容積の膨張にしてその次に起るものは釜江の見たる周囲血管の充血の為と考へらる。

 即ち凍傷発生時の指組織の物理的変化は全く氷結現象に該当するものなり。(P236)



 のみならず厳寒地に於ける凍傷は零度以下の温度に於ては絶対に起らざる事を考へ合す時は凍結は先づ組織の氷結を以て始ると考ふべきなり。

 而して此の組織凍結が融解する時は血流回復し一定時後に上記諸種の程度の凍傷の症状を発す。

 之は凍結によりて障碍せられたる細胞が原因となりて炎症を発せしものに外ならず 而して特に血管障碍の為に浸出液の発生多きなり。

 第一度、第二度凍傷に於ては以上にて充分満足なる説明可能なれ共第三度凍傷に於てはその経過注に於て確に血栓の発生を認め得。之は我等の「レントゲン」線による血管撮影にも見らるる事なり。

 又水泡等による原因の為に血流が甚だ障碍され易き状態にある事も確なり。故に血管障碍によりて生ぜる血栓及び血管の収縮によりて二次的に壊死の増進を促すものならん。

 然れ共血栓は受傷最初に於ては殆んど無きものの如く最初は血流が殆んど回復せるものの如し。(P242)

 従って血行障碍のみによる壊死発生は考へられず血行障碍は二次的に凍傷の進行を促すものと考へらる。(P243)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

実験1及び1’の説明

 実験1は指の凍傷発生時の皮膚温と指容積を記録せる成績なり。その記録装置は実験1'に示せり。即ち凍傷を起さんとする指皮下に銅「コンスタンタン」の注射針状熱電堆の穿入したる後指の「プレチスモグラフ」を挿入す

 「プレチスモグラフ」には冷水を満し之れを寒剤(食塩と氷)を入れたる魔法瓶に入れる。

 かくて指皮膚温と「プレチスモグラフ」の毛細管液面の■動を図示の如き要領にて写真「フィルム」に投影す

 「フィルム」は之を「ドラム」に巻きて一定速度にて回転せしめ斯くて此等諸量の時間的変化を記録するなり

 斯様にて得たる「プレチスモグラフ」の記録曲線は単に指容積の変化を示すのみならず この変化の内「プレチスモグラフ」内に入れたる水自身に冷却による容積変化をも含めるを以て この際の「プレチスモグラフ」内の水温は別に「バイロメーター」を以て測定す(P238-P239)

 而してこの水温変化に基く水容積の変化は以上と同様の装置を用ひて指の代りに「エボナイト」棒を挿入したるものに就て予め測定し置き この変化量を指「プレチスモグラフ」曲線より引去りて始めて真の指容積曲線を得。

 実験1には斯様な指冷却時に於ける自覚症をも併記せり。又寒材の温度は零下約二十度なり。

 図に観る如く指容積は皮膚温低下と共に減少し血管収縮を示す 然れ共ある程度皮膚温低価すれば反って容積増加を示す点あり、之恐らく血管麻痺による鬱血によるものならん

 而して更に温度低下が続けば動脈収縮の為に指容積益々減少し遂に皮膚温は零度以下に低下す(P239-P240)

 これ組織過冷却の現象なり 而して或点に於て皮膚温は急激に上昇しこの時指は白色となり固結す

 指容積も亦この時急激に増加す 之は過冷却状態が破れて組織氷結する為に温度上昇し同時に氷結によりて容積膨張するものと考ふべきならん

 即ち凍傷の始りは全く組織凍結なり

 而して其後の指容積の増大は凍結部に近接せる皮膚の充血の為ならん(P240)


(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

三、凍傷発生の條件

 凍傷発生の原因は強き寒冷にある事勿論なれ共 単に寒冷作用のみによりて生体の凍傷は発生するものとは限らず。即ち生体は凍傷罹患に対する抵抗性を有するものにして、寒冷作用がこの抵抗力に打勝たる時に始めて凍傷発生す。

 即ちここには発生の原因的要素を寒冷作用と生体の抵抗に分ち論ずべし。(P243)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

1.寒冷作用

 寒冷作用の本態は脱熱にあり。従って周囲気温の低下のみに就き考ふべきにあらず、特に凍傷発生に際しては風並に湿潤の影響を重要視すべきなり。之は過去の諸戦役に於ける経験(第五表)に徴し明かなり。「バンサン氏」によれば体感温と気温及風速との関係は次の式により表さるると言ふ。(第六表(1)式=省略)(P243)

 本式によれば気温零度五米附近の風ある場合は気温零下一〇度にて殆ど無風(一米附近)の場合と同等の寒気を感ずる事となり風速一米の増加は気温二度の低下に相当する事となる。

 以上の如く寒気作用には輻射伝導対流の諸種の放熱原因が共に干余するものなるを以て之等のものを総合的に測定して寒気の強さを決定し之によりて凍傷予防に対する適正なる処置を講ずべきなり

 近時京大戸田教授の下に於ては凍力計なるもの創案せられ、凍力なる単位を以て寒気作用を測り以て凍傷に対する寒気の脅威の程度を求むる事を提称せり。

 本尺度は水分凍結に対する気流気温の両作用を総合的に与ふるものにして、正路教授によれば気温零下二〇−三〇度風速六米迄の範囲に於ては第六表(3)(式中の気温は零度以下の摂氏温度にして風速は毎秒当りの米数なり)なる式によりて与へらるると言ふ。

 本器は凍傷の本態たる凍結に対する寒気作用の程度を与ふる点に於て凍傷予防処置の「バロメーター」として甚だ有用なるものと考へらる。(P246)

 近時「アメリカ」に於ては人体よりの放熱量の大小を比較する目的を以てoperative tompo■at■(解読困難)なる尺度が創案せられあり(与へられたる放熱量が一定の標準冷却率を以て起ると仮定すればその周囲の温度は如何なる値に相当するやを与ふるものなり)

 之れは輻射伝導対流の総ての因子による放熱量を与ふるものなるを以て凍死予防の為の防寒被服着用の程度を定むるには適当なるものなるも、果して厳寒気象に於ても本式を適用し得るや否やは将来の研究に俟つべきなり。

 従って現在に於ては戸田教授の凍力計が凍傷の脅威判定には実際的に便利なるものと言ふべきなり。(P247)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

2.凍傷素因(抵抗性)

 (A)抵抗性の本態

 生体(温血動物)が寒冷に遭へばその皮膚血管は先ず収縮し、体温を物理的に調節せんとするものなり。然れ共之が為に皮膚温は低下し、更に寒冷作用強き時は皮膚温は零度以下に降りて凍傷の危険に曝さるるに至る。

 然るに斯の如き場合に於ては皮膚は反射的にその血管を一時開張して温度を上昇し、凍傷の脅威より逃げんとす。(P247-P250)

 即ちこの関係は実験2に明かにして本反応は久野教授により第二十六回満洲医学界にて始めて公にせられたり

 勿論この血管反応には個人的に大なる差(体質的差異)ありて人によりてはこの抵抗性甚だ小にして容易に凍傷を発生し得る事は実験1の例に明かなれ共、少く共生体にはかかる血管反応による抵抗性ありて凍傷の脅威を避けんとす。(本反応は動静脉吻合の反射作用によるとなす説、全毛細血管の反射とする説の二説あり)

 其他に皮毛並に皮下脂肪による保温、釜江の説く皮脂による過冷却状態の保持、細胞の膠質性による凍結防止等の組織自体の特性による抵抗性も存す。

 この外に叡智による保温動作(防寒装具の着用、薬剤の適用、火気の利用等)も亦生体の凍傷に対する抵抗性の一種なれ共之は項を別にして論ずべきものなるを以て、ここには之を除外す。

 要するに以上の如く生体は、血管反応並に組織の特性によりて凍傷に対して一定の抵抗力を示すものなるを以て、この抵抗力の減弱を来くが如き内的並に外的の諸条件は総て凍傷素因を増大せしむる結果を生ず。((P251-P252)

 以下従来説へられたる凍傷の原因的要素を本説を基調として述ぶれば次の如し。

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

 実験2

 右中指を約十五分間零下十度の食塩水中に浸せる時の皮膚温の消長を追跡せる実験なり 皮膚温の測定、銅「コンスタンタン」熱電堆を用ひ「ポテンシオメーター」にて測定す

 図に見る如く皮膚温は最初急激に下降するも或程度以下には低下せず その以降は反って上昇す 皮膚血管が開張してその温度を上昇せんはる為にして凍傷抵抗性の主体なり

 但しによりては斯かる血管反応著明ならずして凍傷を起す者あるは勿論なり(P249)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

 (B)凍傷抵抗を左右する條件

 (イ)発汗及湿潤

 発汗湿潤により凍傷の発生の増大する事は第五表及第七表に明かなり。而してこの原因は寒冷作用の増加よりもむしろ之が凍結核を作りて皮膚の過冷却状態を破る事によるは釜江の研究に明かなり。

 即ち第八表に見る如く馬鈴薯約三〇個づつの四群をつくり、第一群はそのまま、第二群は流動パラフィンをを塗布して過冷却保持に努め第三群には水塗布第四群には傷害を与へて過冷却状態の破れ易き状態におきて零下五度に一昼夜保ちたるに、第一群は三〇%第二群は10%第三、第四群は全部凍結を起したり。(P251)

 これと同様の関係は家兎耳介に就ても見得ると言ふ。

 (ロ)外傷

 外傷を受けたる場合にもその傷口が凍傷にかかり易きは諸戦役の経験の教ふる所にして之も前同様凍結核の成生容易なるに基くものならん事は第八表に明かなり。

 (ハ)空腹、疲労及睡眠不足

 此等の諸原因が凍傷発生を促す事は第九表の満洲事変の経験に明かなり。而してこれが原因は主として皮膚循環の不良にあるべく、実験3の血管反応の結果は明かに之を証明す。

 (ニ)風土服合

 暖国出身者は北国出身者よりも罹患性強き事は過去戦役の経験に徴して明か(第十表)なるのみならず満人苦力は厳冬に於て手套を脱して作業に従事し尚ほ平然たるは吾人の日常認むる所なり。満洲匪賊は簡単な薬靴を穿ちてよく凍傷に耐ゆと言ふ。(P254-P255)

 之は恐らく血管反応の鋭敏なるがその主因たらん事は実験4の結果に明かなり。

 (ホ)作業の状況

 戦闘時の凍傷は行動間よりも外気中に静止せる間に発生し易きは屡々経験せられある所にして、本官が去る冬季演習に於て実験せる結果に於も調査1に示せる如く足趾皮膚■は■中待機児時に最も著明なる低下を来しあり。その■は恐らく皮膚血流の良否に基くものならん。之れは実験5の成績によるも推定し得。

 (ヘ)防寒装具の適否

 靴の過少、狭小なる靴下の重用は凍傷発生を促す事、諸戦役の衛生史(第■表)に明かなり。之れは圧迫による血流阻害に基く事は自明の理なり。

 (ト)其他の生活條件(P255)

 以上の外水浴、温浴、飽食、温室内、季節等も亦凍傷抵抗性に関係あり。之れは実験■に明かなり。年齢に関しては二〇−四〇歳の間は大差なきも老年になる程又少年期は抵抗性が低下する傾を認む(実験六)

 (チ)体質

 以上の如く凍傷抵抗性はその生活條件によって変化するものなるも、この一時的内的素因は外に固定的な内的素因即ち所謂体質の差異によりてかなり抵抗性に変化あるものなり。今戦役に於て凍傷抵抗性強かりしもの、及弱かりしもの並にその中間のものに就きて体質検査を行ひたる結果を示せば実験七、八の結果を得。その結果を要約すれば左の如し。

 (1)自律神経の緊張度

 実験七に見る如く、凍傷抵抗性強きものは「ジゴトニー」多く、抵抗弱き者程交感神経緊張増加の傾向を認む。之は凍傷抵抗性が皮膚血管の機能と密接なる関係ある以上当然の事と考へらる。従来の常識に於ては凍傷患者に就きて検査したる結果を以て凍傷罹患性の者は「ジゴトニー」の多しとなせるも之は誤りならし。(P256-P257)

 (2)皮膚の刺戟感受性

 実験八に見る如く「テルモグラフイー」「発泡試験」「ヒスタミン」試験の何れに於ても凍傷抵抗性強き者は皮膚反応一般に敏感なる傾きあり 但しデルモグラフイー時間を除く他の検査成績はその数字は敏感なる如くなるも誤差範囲内にて一致す 之はやや予想に反したる結果なるも、実施せる皮膚試験が何れも血管機能に関係あるものなるを以てかかる結果を得たるものと想定せらる。ただし毛細血管密度は三者の間に大差なし。

 (3)発汗性

 実験七に見る如く約四粁の距離を三〇分にて遠歩せしめその時の足部の汗量並に汗の食塩濃度を見たるに、凍傷抵抗性強き者は汗食塩濃度少し。(P257-P258)

 久野教授は耐暑性強きもの(耐暑訓練を経たるもの及南洋土人)の汗食塩濃度は著しく稀薄なる事に注目し、之を以て耐暑性の指標たらしめ得る事を述べたり。従ってこの所論よりすれば凍傷抵抗性強き者は耐暑性にもまた強く、抵抗性弱き者は耐暑性も亦弱き事なり。この結論は民族の大陸順化の問題に重要なる示唆を与ふ。

 但し本問題は単に一、二の実験成績のみによりて即結するには余りに重大なるのみならず、その理由奈辺にありやは現在不明なり。本問題に関しては将来深刻なる研究を要す。

 尚ほ指の能働汗腺の数を求めたるに之は三者間に大差なし

 (4)其他の体質的因子

 以上の外に嘗つて凍傷にかかりし者は再び凍傷にかかり易き事は過去戦役の経験に明かなり。(第十三表)(P258)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

3、凍結予防並に治療の方針

 以上述べたる凍傷の本態並に発生原因により凍傷予防並に治療の方針は自ら決定せらる。(P258-P259)

 (A)予防■■

 1、防寒装具の■■

 防寒装具はその時の気象條件並に作業の状況によりて適正なるべきは勿論なり。過去戦役に於てその気象條件に適合せざる防寒装具を用ひたる為に凍傷患者の多発せしは彼の熱河戦、シベリヤ出兵時の経験の教ふる所にして、斯かる目的に対しては戸田教授の凍力計は甚だ有用なり。

 而して之は単に気象條件のみによるべきにあらずして、その時の作業の状況をも考慮すべきは調査1の冬季演習時の皮膚温消長図に見るも明かなり。即ち行軍間はその熱産生盛にして過大の防寒装具を装着せば反って発汗を促進し凍傷に対する弱点を増す結果となるを以て、作業に応じて装具を適宜選択すべきなり。例へば行軍間は外套を脱し又屡々脱帽せしめてその放熱を促進すべし。

 又防寒装具の内特に注意を要するは防寒靴にし 過去の経験によれば靴は大なるが可にして、小なるは凍傷を起す元なり。特に靴の保温力は外気と裸足間の空気層によるものなるを以て、この空気層が外気と屡々換気するもの或はこの層の少きものは保温力小なり。(P259-P278。P260-P277には各表等を掲載)

 又実際的の問題として看過し得ざるは靴の浸潤なり。それが為には靴底の破れは屡々点検修理するは勿論、之が浸潤せる場合には敷皮を入るるか機をとらへて之を感想せしむるに留意すべきなり。

 靴下の重用は反って足部の緊迫を増して凍傷発生の原因となる事あるを以て狭小の靴下の重用は避くるを可とす。それよりも之が湿潤せる場合に直ちに取換へ得る如く、予備靴下を成可多く用意せしむるが可なり 而して機会ある為に靴下の感想を励行せしむべし。(P278)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

実験3 皮膚血管反管 空腹及び睡眠不足との関係

 諸種生活條件の凍傷抵抗性に及す影響を見る為に■中指を零度の氷水中に三〇分浸漬しその血管反応を検せるものが本実験なり 血管反応の検索には中指皮膚温の消長を追跡し之を曲線に描きて判定す

 図に見る如く廿四時間不眠後には血管反応殆ど消失し、又二日間絶食後に於ても消失す

 即ち此等の生活条件は凍傷抵抗性を低下せしむるものなり。(P262)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

 風土服合と凍傷抵抗性との関係を求むる目的を以て馘首の団体に就き抗凍傷指数を求めたり。凍傷指数■■■中指を零度の氷水中に三〇分間浸漬しその時の血管反応を測定して、之より採点して求むるものなり。血管藩王強ければ指数高く、反応弱ければ指数低し。指数の最高の九点、最低は三点とす。

 ○○部隊の兵に就き抗凍傷指数を求め、之を出身地別に統計する時十表に見る如く寒地出身兵の抗凍傷指数は暖地出身兵の夫より高く、且之は誤差の範囲以上なり。又略時期を同じくして四月五日測定せる日本兵、大学生、看護婦、病人、苦力、北支苦力の指数を比較するに、看護婦最も高し。その理由は確ならざるも、病院内は比較的温暖なりし為ならずやと考へらる。

 而して其の外の者に就き比較するに満人苦力は北支出身の苦力に比し確に凍傷抵抗性強し、日本兵並に医大学生はこの中間にあり。

 ここに注意するわ日本兵の抗凍傷指数は表の上欄のものとやや異る事なり。之は測定期を異にせる為にして上欄のものは厳寒期(二月始め)に且比較的低温の室にして試験せし為斯かる結果を来せしものならん。(P265-P266)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

 実験五

 実験三と同様にして諸種の生活條件を変へたる後の血管反応の状況を観察し実験4に述べたる方法を以て抗凍傷指数を計算す。五人の被験者に就き検査せり。(P272)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

 実験六

 苦力一〇一名につき抗凍傷指数を求め之を年齢別に統計せるものなり。(P273)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

 実験七及八

 凍傷に罹り易き者、中等度の者、抵抗強き者の三種の兵に就き諸種の体質的特性を検せし成績なり。

 自律神経は「アドナリン」「ピロカルピン」試験並に「アシユネル」試験によりて判定し各■中大■副交感神経緊張症、副交感神経緊張症、正常者の人数の比率を求めたり。又発汗試験として両足(足首迄)を「ガーゼ」にて包み■■■り■す。靴下三枚をはかせて三・七粁を三〇分間にて速足せしめこの際「ガーゼ」■靴下■■汗量■■量■求む。然る後之を蒸留水にて浸出してその「クロール」を「サオハルトサルミユキー」にて求め之を食塩量に換算す。(P273-P274)

 汗滴数の算数には指の先端部の背面に二%「ピロカルピン」を■■■液射し発汗の最も盛んなる■■■に指■■背面の汗滴を顕微鏡写真にとる。拡大率は約七倍なり。

 又別に網状マイクロメーターを同一の拡大の下に顕微鏡写真にとり「フイルム」に表れたる区画線を「セロフアン」紙に「トレース」し之れを汗滴の写真上に置きて汗滴数を求む。滴数は二・五×二・五粍の面積内の滴数を数へ之に一・六を乗じて一平方糎の汗滴数を求む。(P274-P275)

 毛細管密度も之は略同様にして求む、但し之の場合には「カンタリス」■て指背に添付し之れに発泡せしめたる後■泡皮の取去り毛細管乳頭を露出し且その周囲に二〇〇〇倍「ヒスタミン」〇.一CCを皮下注射して之れを充血せしめたる後の顕微鏡写真をとりたり。

 又十二個の〇.五ミリ×〇.五ミリ区画内の毛細管乳頭を算へ之れに1/3を乗じて一平方粍中の毛細血管乳頭数を算出す。皮膚反応の検査法は表の備考欄に記載せる所に明なり。(P275)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


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 調査1の説明

 本調査は○○部隊の冬季演習に参加しその兵四名につき演習間たへず行動を共にしその動作の種類並に時間を記録し同時に英弘「シクロパイロメーター」を用ひて身体各部の皮膚温を測定せし結果なり。(P275-P276)

 而してここに求めたる行動とその時間より小泉著軍■衛生学に記載せる(挿入文字13字判読不能)消費「カロリー」数を計算す。之れが図の最上段の曲線なり 又演習当時の気温消表は図の下段に示せり(P276)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

2 凍傷抵抗性の向上

 抵抗性の向上は之を応急処置と永久処置に区別して論ず。

 (A)応急処置

 適当の薬剤を以て兵の凍傷抵抗性の向上を計る方法にして、過冷却性向上の為には「パラフイン」軟膏あり、血管反応促進と過冷却性保持の目的には樟脳軟膏ピロカルピン軟膏あり 又発汗防止の為には「フオルマリン」電流滑走法(陽極に一〇%「フォルマリデヒード」をつけ平方糎当り〇.三アンペヤの電流を一日一〇分間通ずあり(P278-P279)

 (B)永久処置

 之は兵の耐寒訓練によるべし。耐寒訓練は単に全身訓練のみにては不可なり。即ち佳木斯医大の一年生と二年生とに就きて凍傷抵抗性を増したるに

 一年生 五、三四±〇、一六
 二年生 六、〇四±〇、二一

にして両社の間に著明なる差を認め得ず。然も二年生は過去一ヶ年の間毎朝約一〇分の裸体体操を実施しありしものなり。

 久野教授は手又は足を「ゴム」覆に包みて零下五度の氷水中に三〇分間浸し十数日の後に著明に血管反応亢進するを認めたり。従って之に類する訓練を行ふが可ならん。(P279-P280)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

3.凍傷内的素因の除去

 凍傷内的素因に影響する條件は極力之を避くるに努むべきなり 而して体質的に抵抗弱き者は予め之を看破して保護兵となし、耐寒訓練に努むると共にかかる保護兵は特に耐寒を要する作業には用ひざるを可とす。

 凍傷の発生は実際問題として諸種の予防処置が実施困難なるが如き悪條件下に多発するものなるを以てこの体質による選兵の問題は特に重大なる予防処置なり。(P280)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

4.凍傷予防に対する知識の徹底

 さきに凍傷抵抗性の一つとして叡智による抵抗性あるは既に述べたる所なるも凍傷予防の実際的効果としては、この叡智作用は他の諸種の予防対策の何れよりも勝れたる効果をもたらすものなり 拠って凍傷発生時の自覚症を体験せしめ手足の■■ある時は直ちに「ポケツト」に手を入れ或は屈伸運動によりて暖むるを要す(P280-P281)

 正路教授は自家実験によりこれを強調せり 第十三表は正路教授が求められたる凍傷時の自覚症状なり 教育の参考とならん。

 又手足が無感覚となり凍結すれば直ちに之を摩擦して回復せしむべし 但しかかる凍結時に直ちに火気を以て暖むるは避くべき所なり 聞く所によれば「フインランド」軍に於てはその耐寒装備として日本軍に遥に劣れるも採暖方法が極めて進歩し之れによって冬季作戦に成功せりと言ふ 将来大に研究すべき事と信ず。(P281)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

(B)治療の方法

 治療の実際方法は凍傷の程度と症状の如何により一定せず ■機の処置をまつべき点多しと雖も本態よりしてその根本方針は左記に則るべし。

1.循環の促進

 既に述べたる如く凍傷はその循環不良も原因の一なるを以て極力之が促進を図るべきなり。之が為には一%「ピロカルピン」軟膏、クレゾール温浴赤外線照射又は熱気浴等の両方あり 第一度凍傷に就ては之のみによりて治療す。(P281-P284)

 この外に近時観血的に循環促進に努む方法行はる。即ち第二度凍傷の強きもの又は第三度凍傷に於ては血管に血栓をつくらざる場合にも水泡の圧迫其他の原因により、血管は甚だ収縮し易き状況にあり。故に水泡浮腫の極めて強き者には水泡を破るか更に局所に切開を加ふるが可なり。

 勿論之に関しては諸種の議論あるも完全に防腐的に行はれたる場合には成功を収めたる例少なからず(村上、兵頭 ネツスケ 池井) 又近時牡丹江協立病院宮川氏は動脈外■交感神経切除によりてその循環を促進する事により卓効を収めたる例を報告せり。

 而して凍傷時の疼痛は特に本手術により著明に消退せりと言ふ試むべき方法なりと雖も大澤博士の説の如くその手術の成否はこの術式の如何に関するを以て技術的に習練を要す。

 故に根本的に行ふには腰部の交感神経節切除術(伊藤、大澤氏手術)可なり。但し将来の研究を要す。(P284)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

2.二次感染の防止

 凍傷局所に二次感染を来す時はその治療日数を遷延するのみならず、第二度にてすむべきものも第三度に迄進む事あり。更に敗血症を起し全身症状を発する事あり。従って凍傷の治療に当りては極力二次感染を防止すべく注意が肝要なり。

 江村中佐等はこの目的の為に総ての凍傷患者に対し二%マーキロクローム塗布と一〇〇〇倍リバノール温布を補してよく治療の効果を挙げたりと言ふ。

 特に水泡痂皮は二次感染防御に甚だ有用なるを以て之が保存的治療を推奨せり。

 勿論條件良しければ保存的療法可なるも水泡液が腐敗する恐れある時は直ちに之を破る必要あり。又水泡液多くして循環を阻碍し疼痛を増す場合には切開の要あり。

 又温式療法は第三度凍傷に対しては腐敗を促進する事屡々あるを以て乾式療法(沃丁を塗りデルマトール又はアイロールを撒布して保護繃帯を行ふ)を推奨せる者あり(鷹津)。(P285-P286)

 之も亦■■によりて選択を要する事にして、壊死部乾■して■■■状となりたるものは乾燥療法が可なり。(P286)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

3.壊死木乃伊部の切断

 第三度凍傷に於ては以上の如く循環促進と二次感染防止を行ひつつ壊死分昇線の完結を待ち、之が完結したる後に分昇線より切断するが常道なり。而してこの切断を分昇線未完成の内に行へば再手術の要を生ずる事あるを以て充分完成せる後行ふが可なり。

 又骨部はよく骨膜を検し、分解線より健■にて離断す。(骨の浸■は普通軟部よりも上位に迄達せし事多し。)

 而して普通一部縫合に止め採度フオルムガーゼを挿入して後療法を行ふ。

 治療法は循環促進と二次感染防止を主眼とし、さきに述べたると略同様の方針により治療す。(P286-P287)

(昭和十六年十月に寿五日哈爾濱国宝会館にて口演)(P287)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』

附記

 近時凍傷罹患体質の一要因として寒冷自家血球凝集反応を上げくる報告あり。吾人の得たる凍傷罹患性強き者、中等度の者、抵抗強き者の三者に就きて本反応を検したる結果は実験九にて示さる。但し凝集■の測定は岩井教授用を用ひたり。

 表に見る如く本凝集反応と凍傷罹患性との間には順相関の関係なしのみならず実験的に牛乳を注射して組織凍結性を検したるに同様に凝集性と凍傷罹患性との間に関係を認め得ず。

 故に寒冷自家血球凝集反応を以て凍傷罹患体質の一要因と見做すは本官の研究の範囲に於ては不当なりとすべきなり。

 以上(P287)

(『七三一部隊作成資料』所収)
 


吉村寿人講演『凍傷に就て』


(『七三一部隊作成資料』所収)
 


(2016.2.6)


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