機密戦争日誌
機密戦争日誌(上)より


防衛庁防衛研究所所蔵 大本営陸軍部第二十班(戦争指導班)業務日誌


機密戦争日誌(上)より


十月二十九日 [水曜]

一、午後一時より午後十時迄連絡会議続開

 第十問題のー部を残し他は全部結論に到達せるも「ポイント」たるべき目途ありや否やの問題に至らず
 今迄の所大勢は有利、東郷[茂徳]、賀屋共に熱心なり

二、海軍鉄を呉れ予算を呉れの発言多く醜き極みなり

三、省部少壮只管会議の進捗如何を括[刮」目しあり中には総長、次長の活躍に対し不平を云ふ者あるも是れ認識不足なり(P176)


機密戦争日誌(上)より


十月三十日 [木曜]

一、午前九時より連絡会議続行正午に至る
  問題全部の検討を終る[『杉山メモ』上、参照]

  結論は十一月一日に譲って散会 参謀本部引続き結論を求むべしと総長次長強硬に発言せるも賀屋、東郷等考へさして呉れとて総理も之に同意す(P176-P177)
  参謀本部独り焦慮しあるも国家の大事故亦已むなし

二、対米交渉条件中「南西太平洋」の「南西」を遂に削除するに至る 又駐兵期間概ね二十五年を目途とする旨応酬するも可なりとなる

  尤も右は如何程度に譲歩し得るやの問題に関する答解にして之に依り外交を行はんとするものにあらず

  何れにするも条件堅持のー角崩る 皆海軍の発言なり 之に同調的態度を取れる(之れを以て国策決定への誘導性なりとなす)軍務局長及石井大佐等の然らしめたる所と云ふべし

  起草者たる外務東亜局長(山本[熊一])及其の下僚に至っては言語同[道]断なり

  条件を全面的に受諾したる場合の帝国の地位如何の問題に対し外務省の答解に至りては何もかも好くなるの判決にて国賊的存在なりと云ふべし 大いに糾断[弾]を必要とすべし

三、次長の会議席上に於ける発言或は岡海軍軍務局長を叱咤し或は諒[諄]々と説き或は国務大臣を叱咤する等正に必死的のものなり

  若し夫れ決意確定に至らば是れ次長(塚田)の努力に負ふ所大なりと云ふべし(P177)


機密戦争日誌(上)より


十月三十一日 [金曜]

一、正に嵐の前夜戦争か平和か最後の決は明日に於て判明すべし 少くも海軍の態度は判明すべし
  各方面一日を費し腹を決めるに営々たり

二、午後部長会議夜に至る
  「即時対米交渉断念開戦決意を十二月初頭戦争発起、今後の対米交渉は偽装外交とす」の結論なり
  当班各案(自第一案至第七条)に対する意見を附し第一案(右案)を以て絶対案とし他案に依る場合は会議決裂に導くべしとの判決を具申す

三、陸軍省案はー面戦争一面外交案なり
  是れ絶対に不可 参謀本部の第六案なり
  右は局長及石井大佐案なり 海、外を引摺り戦争へと誘導する為の政治的含みを持たせたる「ダラカン」案なり

四、参謀本部右に全面的に不同意 本格的作戦準備と外交両立せずのー本槍を以て右を拒否す(P177)

五、佐藤軍務課長参謀本部案に一応同意し(参謀本部部長会議に招致出席せしめ同調せしめたるものとす)更に陸軍省首脳部会議を開く
  右結果を軍務課長返答し来る 然るに一言の明答もなく明朝大臣総長と会談し其席上に述ぶべしと云ふ其真意は如何

六、本夜大臣は各大臣を個別に招致し意見を聞くとのことなり

七、軍令部に打診せるも何等反響なし(P178)


機密戦争日誌(上)より


十一月一日 [土曜]

一、遂に十一月一日を迎ふ

二、総長大臣と午前七時三十分より会談す[『杉山メモ』上、参照」
  
  果然大臣は作戦準備と外交の二本建案なり 理由に曰く「今決意しー切の外交を断絶する案は御上御許しにならざるべし 自分には之を申上げ御許を戴く自信なし  統帥部自信あるならばおやりなさい自分はお止めはせぬ」と 又「海、蔵、企三相共同意見 外相は不明なり」と是れ抑々如何なる意なりや

三、右は大臣の変節なり 大臣は「外交か然らずんば戦争 両者は両立せず外交に目途あればやるべし 作戦準備は中止すべし  目途なければ外交を断念し戦争すべし」とて強硬に近衛に迫り近衛内閣を倒したるものなり

 かくして近衛内閣を乗取りたる東条陸相が総理となるや お上を云々して決心を変更し近衛と同様の態度を取るとは抑々如何 東条陸相に節操ありや否や 総理は陣頭指揮宰相と云ひ乍ら他の大臣を説得し所信を断行するの誠意と節操と努力を忘却せり 統帥部独り残されて孤軍奮闘の已むなきに至る噫

二、此くして参謀本部独り形勢悪化し悲観憂愁の中に午前九時より会議に臨む
  総長次長は飽迄外交断念戦争一途に邁進するの案を強硬主張せんとす
  其の悲壮なる決心以て特筆するに足るべし

三、昨夜大臣海相と会談せる結果に依れば果然海軍は鉄を呉れ「アルミ」を呉れ「ニッケル」 を呉れ 呉れなければ戦争出来ぬと云はんばかりなり
  而も「ニッケル」の如き国内総供給量僅に七六〇屯なるに九〇〇〇屯(ママ)呉れと云ふ 鉄一七〇万屯のうち海軍に一一〇万屯陸軍に六〇万屯とせよ 之に印をおせと云ふ(P178-P179)

  其の心事の陋劣唾棄すべきや言語に絶す
  誠に「海軍は海軍あるを知りて国家あるを知らざる」の言 至言なるかな

  国内生産にて到底充足し得ざること明瞭なる量を要求するとは抑々如何「戦争は出来ぬの責任を政府が物を呉れないから」と云ふに他ならずして何ぞ

  陸軍憤激の極に達す 海軍は武士なるか軍人なるや 此の重大なる国家の運命を決する秋に於て乞食の如き物乞をするとは何ぞや どさくさに物を取るとは何ぞや 而して物を取れば必ず戦争やると云ふならば格別 物は取るも決意はせざるが海軍の常套戦法なり

  班長海軍主任課長達と恒例会食席上右を糾断[弾]す
  返に曰く物取りにあらず 斯く迄必要なる実情を諒とせられ度以外に他意なしと 然らば他日の秋に於てなすべきもの 連絡会議を七回開き最後のどんづまりの前夜国家の重大決意の直前に於て此の提議をなすは如何なる真意ぞ

三、而も海軍は外交作戦準備二本建案なり 加之戦争(開戦)決意不明瞭なるが如し

四、連絡会議午前九時開始正子[午]に至るも終ふせず
  激論を重ねあるが如し 次長総長大いに健闘せられあるが如し 其の努力其誠心其熱意に対し感涙なき能はず(P179)



機密戦争日誌(上)より


十一月二日 【日曜]

一、午前一時連絡会議終了す
  連続十六時間の長時間に亘る正に歴史的の重大連絡会議なり[『杉山メモ』上、参照]

  遂に作戦準備と外交の二本建案なり
  而も開戦決意に関し意志不明確なり
  戦争発起十二月初頭なる如く思はるるも之亦意味不明確なる所あり

二、条件を譲歩せるものを以て依然真面目なる外交を行はんとす 噫遂に一角は崩れたり 南部仏印よりの即時撤兵を譲歩す
  右同意せざれば外相は止めると云ふ 開戦せざるを可とすの如き態度なり
  次長総長強硬に主張せるも外相亦強硬なり 次長之を突張れば内閣崩壊す(P179-P180)
  大臣譲歩を要求す 次長之を拒否す

  激論に激論を重ね大臣休憩を宣し大臣、総長、次長、局長、鈴木相集り譲歩すべきや内閣投げ出すべきや凝議す
  右の如きを数度繰り返し遂に条件を譲歩し兎に角開戦決意戦争準備促進の措置を取ることにー致を見たり

三、午前二時次長宮中より帰り第一、第二部長及班長に結果を説明す
  次長連日の奮闘感泣に堪へざるものあり
  然れども条件の譲歩に対し第一部長極度の不満あり 相互に悲壮なる情景なり
  第二部長外交成立せる場合の国際地位を憂慮し統帥部として其の状況を上奏すべしと強硬に憤激主張す

四、右上奏の件連絡会議に於て同意せる総長、次長としては不同意なりと云ふが如き 上奏をなし得ざる事情に在り
  海軍に連絡せる所海軍第一部長亦之を取扱ひ兼ねるとて遂に沙汰止みとなる

五、会議席上海軍は鉄一一〇万(之に対し陸軍七九万屯な り)貰ふことを条件として開戦決意を表明せるが如し
  総長「鉄を貰へば島田さん決意しますか」と尋ね海相うなずけり 海軍の決意は鉄三〇万屯の代償なり 哀むべき海軍の姿かな 是れ永久に吾人は銘記するを要す

  軍令部総長戦争第一、第二年確算あるも第三年以降確算なしと明言す
  文官大臣確算なき戦争の決意は出来ぬと云ふ 賀屋、東郷理屈上どうしても決意は出来ぬと云ふ

  軍令部総長の戦争第三年以降確算なしと云ふのも無理からぬ所東郷、賀屋の理屈も無理からぬ所 総理日露戦争の事を例し説得するも東郷賀屋納得せず 軍令部総長「確算なし」の発言に関し所要の説明を加へんとする態度も取らず

  本件陸軍としては大なる不満あり情なき次第と思はざるを得ず 然れども永野総長の長期戦に対する見透は終始一貫「確算なし」の態度を取りあり 之れも尤もと云はざるを得ず

  総理の政治力なし 東郷、賀屋等同志的閣僚と思ひしに豈図らんや 閣内の結束何等の事前工作なし 組閣に於て何等の約束なし 電撃組閣を誇りたるも弱体内閣の根本は組閣の軽率なるに在りしと認めざるを得ず(P180-P181)

六、部内東条不信任の声澎湃たるものあり
  東条総理亦如何とも弁介[解]の余地なかるべし

  総長、次長に対しても不満の声あるは已むなし 然れども総長次長は全力を尽し斃れて後已むの渾身の努力をなせるを以て自ら顧みて恥づる所なきが如く受くべ き不満不信任は甘んじて受くべしの光風霽月の気持にあるが如し
  実情を知る当班としては万腔の敬意と感激の意を表せざるを得ず

七、午後五時総理両総長列立の上連絡会議決定の結果を内奏す[『杉山メモ』上、参照]
  御上の御機嫌麗し 総長既に 御上は決意遊ばされあるものと拝察し安堵す
  東条総理涙を流しつつ上奏す 総理に対する御上の御信任愈々厚し

八、波瀾重畳迂[紆]余曲折の過去、現在の実情将来の見透を考ふる時感慨無量筆に尽きざるものあり
  過去は過去とし今後のーヶ月を如何にして進めんとするや多事多難なるかな
  此の如き国策の憂悩、苦痛、遅滞は抑々如何なる本質的原因に基くや?
  是に大なる疑問敢へて茲に特筆せず(P181)


機密戦争日誌(上)より


十一月三日 [月曜]

一、大[台」風一過昨日の興奮も醒めたり
  明治節の佳節に方り皇国の前途を祝福せんとす 願はくば外交成功せざらんことを祈る

二、午後六時より非公式陸軍軍事参議官会議を開く 明日の公式会議に於て問題が起らざる様駄目を押さんとするに在り[『杉山メモ』上、参照]
  海軍亦然るが如し(P181)


機密戦争日誌(上)より


十一月四日 [火曜]

一、昨日の非公式会議に基く質問事項に対する答弁要領を起草し総長に呈す

二、午後二時より公式軍事参議院参議会開催 陛下御親臨あらせらる
  前例になきことなり 統帥部は国策即ち政戦両略に亘ることを軍事参議官に諮詢あらせらるる 筋違ひとて陸軍省に対し反対せるも之に依り国家の決意を益々堅めんとする総理の切なる念願に依り遂に開催することに決す(P181-P182)

三、帝国国策遂行要領中国防用兵に開する件に関し諮詢せらるる形式にて両統帥部長より開催方上奏し 御上より各参議官に御召の命下れるものとす

四、午後五時半に至る迄各参議官より質問あり
  充分質疑応答を尽し原案に意見なく散会し適当なる旨奉答す
  議長は閑院元帥宮殿下なり
  御上は極めて御満足なりし由 之にて国家の決意益々鞏し 結果は良好となれり

五、審議の細部は別冊に依る[『杉山メモ』上、参照](P182)


機密戦争日誌(上)より

 
十一月五日 [水曜]

一、午前十時半より歴史的御前会議開催せらる 午後三時十五分に及ぶ途中一時間休憩ありたるも充分なる質疑応答を尽し 御上も御満足にて御決意益々鞏固を如へられたるが如く拝察せられたり
  
  質疑は主として原枢府議長より政府統帥部に向けられたり 原枢相のやり手なる今更敬意を表す 但し彼は対米戦不同意陣営のー人なり

二、会議の細部は別冊に依る[『杉山メモ』上、参照]

三、茲に外交、作戦二本建ながら帝国の対米英蘭戦争決意確定す
  九月六日以来を回想し波瀾重畳の曲折を憶ひ真に感慨無量なるものあり
  而して問題は更に十二月初頭に残れり
  過去は過去とし不満は之を水に流し去って将来に努力せん 希はくば外交不調に終り対米開戦の「さい」投ぜられんことを

四、茲に更めて次長、総長の連日の御奮闘に対し敬意を表す

五、総長当班及海軍第一部直属の各官を築地抑[柳」光亭に招待し一夕の慰労宴を忝うす(P182)


機密戦争日誌(上)より


十一月六日 [木曜]

一、南方軍の戦闘序列令せらる 総司令官に寺内[寿一]大将親補せられ勅語を賜はる(P182)

二、南方要域の攻略準備に関し大命下る
  此くして本格的作戦準備発足す
  各幕僚の勇躍任に向はんとするを見羨望に堪へざるものあり

三、午後四時より部内全将校に対し総長より訓示あり
  日く「本職は老骨を捧げて国難に殉ぜんとする堅き決意を有す」
  右決意を多とす 部内暗黙のうちに邁進の機運昂る

四、塚田次長総参謀長として転出す

  ー年有余に亘る塚田次長の国策推進に関し尽されたる功績は絶大なるものあり 部内の統制陸軍省に対する威力に至っては茲に多言を要せず
  特に対米英蘭戦決意確定に関しては塚田次長の滅私必死の努力奮闘に俟ちたるもの誠に多し 論者あり塚田次長は立派なる将軍なるも迫力に乏し政治的手腕に欠くる所なきにしもあらずと

  (第二部、第三課又は第二課あたりより此の言出で人事局には相当の反映あり 日露戦争と同様に総参謀長には統帥部より責任者として大物を出すべしとの形にて態良く次長を追ひ出したりとの見方もなしとせず 是れ或は人事属僚の企図したる事実なるやも知れず)

  当班の所見を以てせば右は全然的らず 政治的迫力とは何ぞや 正しき信念を以て正しきを履み邁進すること是ならずや 単に謀略的なる手を打つが政治的迫力あると云ふものにはあらざるべし
 
  次長が其一貫せる統帥思想信念を以て其の滅私純一の武徳を以て押すべきを押し正すべきを正し堂々と且機敏に陸軍省に又は軍令部に臨みたるかは知る人ぞ知る 知らざるは第三課第二部等一部の我利我利亡者のみ

  補任課の下僚等の軽挙なる態度も亦不可なりと認む

五、さもあらばあれ総参謀長として塚田次長を戴く軍司令部の威重誠に大なるものあり
  参謀本部としては寂寞の感少なからざるものあるを如何せん(P183)


機密戦争日誌(上)より


十一月七日 [金曜]

一、天気極めて晴朗秋気濃し
  大[台」風一過天下泰平当班亦閑散なり

二、外交措置開戦名義戦争終末促進に開する件昨日主任者に於て決定せるものに就き部長会議開催せらる(P183)

三、東郷外相如何なる外交を打ちあるか全く不明
  来栖[三郎]大使の派米も全然関知しあらず
  茲に大なる不安あり よもや亡国的外交はなしあらざるものと信ずるも不安あり
  之を監視するものは陸軍省なるべく軍務局長なるべき所 安心を置き難し
  若し夫れ東条総理に滅私決意あらば可なるも然らざる時は国家の前途どうなるやら全く不明 願はくば東条総理の変節なからんことを

四、日比丸清津坤にて「ソ」連機雷に触れ沈没 死者百名以上に及ぶ 誠に傷心の極み
  外交に依り之が打開の途目下の所なし(P184)


機密戦争日誌(上)より


十一月八日 [土曜]

一、左記陸海省部の間研究を進む
 1.対米英蘭開戦名目骨子案
 2、国策遂行要領に基く対外措置
 3、対米英蘭蒋戦争終末促進要領

二、午後遠乗会
  二子より鶴見総持寺に至る 曇天にして寒気強く気勢揚らず
  総持寺に於て精進料理を食す 坊さんの「サービス」もー興あり(P184)


機密戦争日誌(上)より


十一月九日 [日曜]

一、南方各軍司令官会同席上に於ける参謀次長口演要旨を起草す

二、部内閑散となる 作戦課もー段落となり只管外交の進展如何を待つのみ(P184)


機密戦争日誌(上)より


十一月十日 [月曜]

一、南方軍総司令官寺内大将以下各軍司令官及南海支隊長[第五十五歩兵団長堀井富太郎少将]等に対し中央の意図を明示する為会同を行ふ
  第一部長次長に代り戦争指導の概要を説明する所あり

二、対米交渉の成否に関し議論百出す
  第六課は一二〇%成立すると云ふ 茲に帝国国策の不安は依然として存しあり
  成立した場合の対策何等構想せられあらず寒心に堪へざるものあり(P184)

三、外務省より御前会議決定後より今日に至る迄の対米交渉の為様りたる措置を通報し来る 大体良し
  乙案に就き軍事的、政治的、経済的援蒋中止を要求するものなる旨対米打電せるは特に可 之に依り乙案と雖も交渉成立せざるべし(P185)



機密戦争日誌(上)より


十一月十一日 [火曜]

一、新旧次長の挨拶あり
  班長以下揃って旧次長塚田中将に挨拶す 塚田中将第二十班の功績を激賞す 陸海省部の間今日迄正道を履み協力し来れるは第二十班の存在に負ふ所多しと  右は過分の言なり 当班としては塚田次長の存在に負ふものなりと確信す
  塚田中将去って部内一沫[抹」の寂寥あり(P185)
 


機密戦争日誌(上)より


十一月十二日 [水曜]

一、午後一時半より「国策遂行要領に基く対外措置」に関し連絡会議開催す[『杉山メモ』上、参照]
  岡坊主[岡軍務局長」の発言に依り折角陸海軍間に於て研究したる案に依ることなく外務案に依り審議を進められ之を決定す
  但し右外務案は陸海軍案に対する対案にして軍の意見は概ね通じあり

二、野村大使より「甲案」を「ル」大統領と会見し提示したる旨電あり 内容別に米の気持を表はしたるものなし

三、来栖大使米向急ぎつつあり 但し飛行機故障の為予定の如く進まず
  部内来栖の飛行機墜落を祈るものあり
  曰く第二課長第六課長等当班亦其気持は同様なり

四、今にして痛感す 東条首相の決意如何と其変節態度を慨歎す(P185)



機密戦争日誌(上)より


十一月十三日 [木曜]

一、連絡会議開催[『杉山メモ』上、参照]
  対米英蘭戦争終末促進に開する件を審議決定す 希望的事項多きも本戦争の終末求め難きに鑑み予め連絡会議に於て本件を審議す 其態度如何に熱心なるか知るべく従来の如き戦争とは面目を異にす

二、来栖大使の飛行機遅々たるは可(P185)
  「ル」大統領来栖大使を迎ふるの態度に熱意なきが如きは亦可なり
  乙案成立を恐る(P186)
 


機密戦争日誌(上)より


十一月十四日 [金曜]

一、乙案成立の場合の保障条件を研究し部内意見を求む
  全員同意を表し来る以て如何に外交成立を憂慮しあるやを知るべし

二、「占領地行政実施要領」陸海意見一致し明日連絡会議に附議せんとす
  問題は陸海軍政の分担なり 地域毎に区別し両者の摩擦を未然に避けんとす
  本件概ね同意なるも香港、「マニラ」「シンガポール」の取扱之なり 意見完全に一致せず対立す 陸海是に於て遺憾なく対立を暴露す(P186)



機密戦争日誌(上)より


十一月十五日 [土曜]

一、乙案成立に伴ふ保障条件陸軍省より対案来る 大いに可 之を諒とす

二、来栖米到着に対し大統領感謝祭の為の旅行を取止むるとの新聞報あり
  米も亦誠意を示し来れり 米としても日本の決意に畏れをなし来れるが如し
  或は乙案は勿論寧ろ甲案すら成立するやも知れず 石井大佐甲案成立の公算ありと私見を電話し来る
  俄然成立の公算濃化し来る

三、第七十六臨時議会召集せらる(P186)


機密戦争日誌(上)より


十一月十七日 [月曜]

一、米野村大使より電到着
  米支那に関する経済無差別宣言を提議し来る 九国条約の再確認要求に他ならず
  支那事変放棄に等し
  右宣言と共に日本は三国条約を脱退すべしと云ふ 条約を空文化すべしと云ふ

  言語同[道」断なり

二、右に対し回答を打電する由 其内容を監視せんとす
   愈々以て交渉の妥結見込薄しの感強まる(P186)
  昨は妥結今日は決裂一憂一喜しつつ時日は経過す ー刻も速に十二月一日の来らんことを祈る

三、総長神宮等参拝の為西下す
  陛下に申上げ御許を得たるものとす
  総長の呑気なのにもあきれたる次第 一面敬意を表すると共に、一面呑気なのに驚く

四、土曜日の連絡会議席上東郷より陸軍に於て武官を経て対独交渉を行はれ度旨希望あり 第二部長東郷の意図を奉じ内面工作に乗り出す 第一部長喜ぶ
   東郷対米決裂を予想しあるが如きは可

五、交渉妥結に伴ふ保障措置に関し陸海主任者意見一致し局長を経て総理外相に移せり 甲案及乙案両案に対する保障措置をー本にす

六、歴史的臨時議会開催せらる
  総理の施政演説東郷の外交演説大大的に新聞報導[道」せられ国論俄然昂揚せられたるが如し
  議会貴衆両院共緊張協力一致して政府を鞭撻激励するの態度に出づ
  日露戦争前夜に髣髴たるものあるべし
(P187)


機密戦争日誌(上)より


十一月十八日 [火曜]

一、議会臨時軍事予算成立す
  衆議院政府鞭撻決議を可決す

二、野村来栖「ル」「ハル」と歴史的会議を交ふ 其結果や如何
  会談大統領とー時間以上に及ぶは珍しと 但し悲感[観」楽感[観](吾人には楽感[観]悲感[観])は禁物なりと

三、独軍の対「モスコー」攻略遂に交綏せるが如し 英国の立直り顕著なるべきも其程度果して如何

四、衆議院政府鞭撻決議に於ける島田俊夫[雄]の提案理由説明大いに可
  熱烈の言 速に開戦すべしと云ふに在り
  陸軍の言はんとする所説き尽して余す所なし 吾人の過去半年に亘る悲憤梗概[慷慨]を全部其儘吐き出せるが如し
  然るに今更外交など東条首相も省みて愧づる所なきや
  若し外交成立せば国民の此の熱意を総理は如何にするや(P187)


機密戦争日誌(上)より


十一月十九日 [水曜]

一、野村電到着(来栖未到着の分)
  三国同盟より脱退するの意志表示せよと云ふ
  ー方平和交渉他方軍事同盟の存在は矛盾にして米一般民衆の諒解する所となり得ずと 言語同[道]断にして議論の余地なかるべき所野村大使武官等尚妥結に之れ勉む 其態度全く帝国の自存と権威とを失墜するもの 後世史家の物笑ひとなるべし

二、来栖到着第一回会談の状況武官より来電あり
  米が三国同盟脱退を再び要求し来れる真意は日本が支那問題に関し譲歩したるを以てなるべしと武官は思惟しあるが如し

  米が斯く誤解しあるはともかく武官迄日本が譲歩したるとなすは不可解至極なり
  日本は表現法を譲歩したるのみ実質に於てはー歩も譲歩しあらず 武官の馬鹿さ可[加」減あきれたるものなり
  尤も中央特に陸軍省にも其罪あり 参謀本部は表現形式の変更は結局譲歩と見られ易しとて強硬に反対せる所
  然るに陸軍省は之に耳をかさず外、海に追随し表現法を変更せり

三、右に鑑み譲歩にあらざる旨次長電を米武官宛打電するに決す
  米陸軍武官啓蒙の為第二部より打電すべしの件従来当班より盛に述べあるも第二部長第六課長之を行ふの勇断なし

四、大輸送団南方に動き出したる情報「サンフランシスコ」に於て放送しあるが如し
  大々的作戦準備の状況米に通せば外交は破壊せらるべし 夫とも米譲歩するや 前者の公算大 後者ならば米は日本の武力に屈伏したることとなるべし
  先づ妥結の見込はなし(P188)


機密戦争日誌(上)より


十一月二十日 [木曜]

一、来栖到着後第一回会談の要旨電到着
  会談の応酬振りなって居らず 曰く東条総理は意外に平和論者にして三国同盟及通商問題はなんとかなるべし 唯駐兵問題は絶対譲歩不可能なり 又曰く米参戦しても日本は背後から衝かず 妥結せば三国同盟は実質的に氷解すべし 又曰く南部仏印から撤兵するから先づ物を寄こせ等々(P188-P189)

二、連絡会議右に対し東郷外相も憤慨
  早速別電ある迄交渉中止せよと打電し次で乙案全部を提示して折衝せよと訓電せる旨披露あり
  尚外相は野村大使が私案として援蒋停止を含まざる乙案のー部のみを提議したるに対し甚だ遺憾なる旨打電せり

三、右外相の処置は大いに可 好評を博せり
  東郷の態度は豊田の哀訴的なるに比して毅然たるものあり 万腔の敬意を表す

四、此の如くして遂に甲案不成立乙案交渉に入る 夕刻到着の野村電に依れば前記私案に対しては米調印の誠意ありと
  然れども乙案全部の提議特に援蒋停止の要求に依り交渉は決裂すべきこと最早疑を入れず

五、野村の只管なる非戦態度 彼は果して之に依り帝国の生存と権威を確保し得ると思考しあるものなりや 外に使して君国を辱かしめるもの是れ野村海軍大将なり
  自由主義的世界観に立脚する野村大将の本質的欠陥に非ずして何ぞや(P189)


機密戦争日誌(上)より


十一月二十一日 [金曜]

一、昨夕以来種村中佐の奮闘に依り帝国は絶対に譲歩せるものにあらず又交渉日時の余裕は既になき旨大臣総長電として発電す
  又乙案妥結に伴ふ保障措置も明日の連絡会議に於て正式決定の上打電することとなり次長より其内容の概要を内報す 右何れも種村中佐の活躍に依る 其労を多とす

二、天野第六課長右に勢を得て在米武官の今日迄に於ける陸軍の真意不認識を啓蒙する電報を発電す
  時機稍々遅かりしも其誠意を多とす
  今迄第二部長(先に右の如き件に就き大臣より「しこたま」叱られたるに依り)右を許可せざりき

三、陸海軍中央協定(軍政実施に関する)主任者間に於て難産に難産を重ねたる上遂に決定す
  但し第一部長船舶運航統制を海軍に於て行ふ件大なる不満あり(P189)
  右部長会議に於て審議せらる

四、前項陸海協定に方り従来の如き陸海内の相剋摩擦を避くる為陸海両大臣両総長より全軍に共同の訓示を出すべしとて起案す
  権限(訓示の)等に拘らず四名連署の歴史的訓示を出すべしと云ふに在り

五、野村電到着 乙案提示せる所「ハル」は援蒋中止に関し之は援英中止要求と同様なりとて大いに不満の態たりしが如し さもあるべし
  之にて交渉は愈々決裂すべし芽出度芽出度
(P190)


機密戦争日誌(上)より


十一月二十二日 [土曜]

一、陸海中央協定(軍制[政」施行に関する)主任者案に対し部長以上全然不同意なり 更に研究を進むることとす

二、連絡会議開催[『杉山メモ』上、参照]
  対泰措置要領決定す
  開戦に関する件は決定に至らず更に修文することとす
  対米交渉の保障に開する件は外相未だ事務当局に於て審議不充分なりとて審議に人らず
  外相の態度稍々増長しある気味あり
  外相に対する総理の政治力甚だ心外なり(P190)



機密戦争日誌(上)より


十一月二十三日 [日曜]

一、日曜とて部内閑散なり
  米、大使「ハル」会談も行はれず

二、対米交渉の峠も茲数日中なり
  願はくば決裂に至らんことを祈る(P190)


機密戦争日誌(上)より


十一月二十四日 [月曜]

一、米英蘭豪と会談を開始す 蒋も之に加ふ 其真意決裂を決意したるや否や等不明
  右会談直後野村「ハル」会談開催 米二十四日に正式回答(乙案に対する)すべきものとて大体の意向を述ぶ

 1.、帝国が平和的意図を明かにせざれば交渉に応じ難し
   (三国同盟の空文化を要求す)
 2、援蒋停止は極めて困難なり
 3、帝国輿論の高圧的なるに対し米国民を納得せしむるは甚だ困難なり

二、武官電に依れば先づ決裂の他なしと云ふ野村電の空気必ずしも然らず 先づ喜びたるも再びー憂あり(P190-P191)
  援蒋停止の要求相手にひびきあらざるやを憂ふ

三、交渉妥結を念願する野村来栖と決裂を念願する陸軍特に参謀本部と正に正反対なり当班のー喜一憂も無理なし

四、地方長官会議開催
  総理例に依って訓示せるも当班馬耳東風なり 総理強硬訓示は可なるも妥結せば如何にするや もう芝居は沢山なり(P191)


機密戦争日誌(上)より


十一月二十五日 [火曜]

一、米第二次四国会談を行ひたるが如し
  野村「ハル」会談は行はれず 米より電なし
  二十五日も既に過ぎたり 東郷外相二十五日迄に妥結を目途しありたるが如きも今や駄目なり

二、寺内南方軍総司令官飛行不能の為汽車にて征途に上る
  幕僚もバラバラとなって西下す

三、もみにもんだる軍政に関する陸海軍中央協定幾多の問題を残して決定す(P191)


機密戦争日誌(上)より


十一月二十六日 [水曜]

一、米大統領陸海首脳と会談す
  和戦の決意成れりや
  野村「ハル」会談行はれず 米首脳苦慮を重ねつつあるが如し

二、連絡会議開催せられ大勢は妥結せざるの空気なり
  十二月一日御前会議を奏請するに決す
  総長保障条件に関し発言し燃料六〇〇万屯の件は明確に決定せるも他は外相俺にまかせて呉れの態度にて依然としてはっきりせず[『杉山メモ』上、参照](P191)
 


機密戦争日誌(上)より


十一月二十七日 [木曜]

一、連絡会議開催 対米交渉不成立
  大勢を制し今後開戦に至る迄の諸般の手順に就き審議決定す

 1、十二月一日御前会議に於て国家の最高意志決定 事前に連絡会議及閣議を開く

 2、十一月二十九日重臣を宮中に招き総理之と懇談す
  右に閣し 御上は重臣を御前会議に出席せしめては如何の御意図ありしが如きも総理国務は責任ある者に於て決するを可とする旨奏上す(P192-P193)

 3、開戦の翌日宣戦を布告す
   宣戦の布告は宣戦の詔書に依り公布す

 右を枢密院に御諮詢あらせらる 日時は機密保持上布告の日とすることとす[『杉山メモ』上、参照」

二、果然米武官より来電
  米文書を以て回答す 全く絶望なりと
  
  曰く
   1、四原則の無条件承認
   2、支那及仏印よりの全面撤兵
   3、国民政府の否認
   4、三国同盟の空文化

  米の回答全く高圧的なり 而も意図極めて明確 九国条約の再確認是なり
  対極東政策に何等変更を加ふるの誠意全くなし
  交渉は勿論決裂なり

  之にて帝国の開戦決意は踏切り容易となれり芽出度芽出度 之れ天佑とも云ふべし
  之に依り国民の腹も堅まるべし 国論もー致し易かるべし(P192)



機密戦争日誌(上)より


十一月二十八日 [金曜]

一、米の回答全文接受
  内容は満州事変前への後退を徹底的に要求しあり 其の言辞誠に至れり尽せりと云ふべし

二、米の世界政策対極東政策何等変化なし 現状維持世界観に依る世界制覇之なり

三、今や戦争のー途あるのみ(P192)


機密戦争日誌(上)より




(2013.1.1) 


HOME