機密戦争日誌(上)より
十月三十日 [木曜]
一、午前九時より連絡会議続行正午に至る
問題全部の検討を終る[『杉山メモ』上、参照]
結論は十一月一日に譲って散会 参謀本部引続き結論を求むべしと総長次長強硬に発言せるも賀屋、東郷等考へさして呉れとて総理も之に同意す(P176-P177)
参謀本部独り焦慮しあるも国家の大事故亦已むなし
二、対米交渉条件中「南西太平洋」の「南西」を遂に削除するに至る 又駐兵期間概ね二十五年を目途とする旨応酬するも可なりとなる
尤も右は如何程度に譲歩し得るやの問題に関する答解にして之に依り外交を行はんとするものにあらず
何れにするも条件堅持のー角崩る 皆海軍の発言なり 之に同調的態度を取れる(之れを以て国策決定への誘導性なりとなす)軍務局長及石井大佐等の然らしめたる所と云ふべし
起草者たる外務東亜局長(山本[熊一])及其の下僚に至っては言語同[道]断なり
条件を全面的に受諾したる場合の帝国の地位如何の問題に対し外務省の答解に至りては何もかも好くなるの判決にて国賊的存在なりと云ふべし 大いに糾断[弾]を必要とすべし
三、次長の会議席上に於ける発言或は岡海軍軍務局長を叱咤し或は諒[諄]々と説き或は国務大臣を叱咤する等正に必死的のものなり
若し夫れ決意確定に至らば是れ次長(塚田)の努力に負ふ所大なりと云ふべし(P177)
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