外務省編纂『日米交渉資料』より



 外務省編纂『日米交渉資料』は、東郷外務大臣と米国大使館の野村大使らとの膨大な電報のやりとりを収録した、「日米交渉」を見る上での貴重な資料です。

 ここでは、1941年11月3日から、11月27日「ハル・ノート」提示までの期間の分を掲示します。

(原文カナ。ひらがなに直した上で、適宜濁点を追加した)

十一月三日東郷大臣発野村大使宛電報第七二三号

.(米英大使引見の件)

一、三十日外交団接見の際在京米国大使と会談中 本大臣より 最近日米関係が悪化し来れるは頗る遺憾にして之を阻止せざれば憂慮すべき結果を招来すべし 我国民は六ヶ月に亙る交渉の遷延に依り「イムペイシェント」となり居るに付 此際急速妥結を希望す

 就ては右に関し貴大使の此上の御協力を願ふ旨を申入るると共に局面打開の為には米政府に於ても理論に拘泥せず極東に於ける現実の事態に則したる解決方法を考慮するの要あり

 例へば撤兵問題の如きに付ても支那には日本以外にも現実に駐兵し居る国あり 又外蒙の如きは支那にては領土の一部と認め居るに拘らず蘇連は相当兵力を駐留せしめ居る次第なるに依り 米側が実情を認識し我方立場に充分なる理解を有する様取計方を請ふ旨述べたる処 同大使は之を傾聴して協力を約したる上 華府及東京に於て並行的に話合を続行することとし度しと答へたり

二、二十九日在京英国大使他用来訪の際 本大臣より 米側の態度は兎角理論的に過ぐる嫌ありて日米交渉は今以て妥結の見込立たず事態甚だ憂慮すべきものある処 交渉不調ともならば不慮の情勢展開を見ることなきを保せず

 右は極東に重要権益を有する英国としても好まざる所なるべく 此際英国が日英米三国関係の改善及世界平和維持の為に努力せらるること適当なるベしと述べたるに対し 同大使は早速本国政府にも申進むべしと約し辞去したるが 本大臣は三十日会談の際重ねて同趣旨を説き 事態切迫し居りて此上の遷延を許さざる次第を強く印象せしめ置きたり(P384)

 英へ転電ありたし(P385)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月四日東郷大臣発野村大使宛電報第七二五号

(最後訓令発出の件)

往電七二二号に関し

ー、破綻に瀕せる日米国交の調整に付ては日夜腐心し居る処 内閣に於ては国策の根本方針を審議する為め連日大本営連絡会議を開催し熟議に熟議を重ねたる結果 茲に政府大本営一致の意見に基き日米交渉対案(別電第七二六号及第七二七号)を決定し 右は五日開催の予定なる御前会議に於て 帝国の爾余根本国策と共に其の確認を俟つのみとなり居れり

二、帝国内外の事態は極て急迫を告げ今やー日をも曠(むなし)くするを許さざる状態にあるも 帝国政府は日米間の平和関係を維持せんとする誠意より熟議の結果交渉を継続するものなるが 本交渉は最後の試みにして我対案は名実共に最終案なりと御承知ありたく 之を以てしても猶急速妥結に至らざるに於ては遺憾乍ら決裂に至るの外なく 其結果両国関係は遂に破綻に直面するの已むなきに立至るものなり

 即ち今次折衝の成否は帝両国運に甚大の影響ありて実に皇国安危に係はるものなり

三、日米交渉は開始以来既に半歳を超え遷延久しきものある処 帝国政府は之が急速妥結を計る為め従来難きを忍びて譲歩に譲歩を重ね来りたるに拘らず 米国政府は之に対応する所なく終始当初の主張を固執し居る実情にして 我方朝野にも其の真意に疑惑を感ずるもの尠からざる義なり(P385-P386)

 然るにも拘らず我政府が飽迄誠意を披瀝して更に困難なる譲歩を敢てせる所以のものは一に太平洋の平和維持を顧念するに出づるものにして 我方のー方的譲歩は動々もすれば米側一部に於て誤解し居るが如く我方に於て時艱克服の実力と自信とを缺くが為には断じてあらず

 帝国の隠忍にも自ら限度あり 其の存立と権威とは必要に依りては犠牲の如何を問わず擁護せざるべからざる次第にして 米国政府にして此上帝国の立場を無視するの態度に出づるに於ては交渉の余地は絶無と言ふの他なく 今や帝国は能ふ限りの友誼的精神を発輝し進んで能ふ限りの譲歩を為し 以て局面の平和的収拾を計らんと欲するものなるを以て 交渉最後の段階に臨むるに当り米国政府に於て日米国交維持の大局的見地より翻然猛省局面の極めて重大なるに顧み善処せんことを要望するや切なり

四、如上の次第にて貴大使の使命は帝両国運の進展に極めて重大なるきのあり 御苦心は深く諒とする所なるが此上共右諸点篤と御諒承の上最善を尽くして御努力あらむことを期待するものなり

 御前会議終了次第其の旨追電すべきに付其の上速かに「ルーズヴェルト」大統領及「ハル」長官と会見し我方の決意を充分徹底せしめ極力交渉の急速妥結を計らるる様御努力あり度し

五、尚交渉の重大性に鑑み貴地の折衝と並行し本大臣に於ても東京に於て在京米国大使と会談を行ふ予定なるに付 米政府当局と会見時日打合せなりたる上は右直に当方に電報あり度く 今後の交渉経過は勿論貴方に於て新たなる措置を取る際は逐一報告の上連絡を取られ度し

 又右様関係上手違ひを避ける為にも当方訓令は厳守あり度く 貴方に於て取捨選択の余地なきことと御承知あり度し(P386)
 
(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月四日東郷大臣発野村大使宛電報第七二六号


一、甲 案

 本案は九月二十五日我方提案を既往の交渉経過により判明せる米側の希望に出来得る限り「ミート」する趣旨を以て修正せる最後的譲歩案にして懸案の三問題に付我方主張を左記の通り緩和せるものなり

(一) 通商無差別問題

 九月二十五日案にて到底妥結の見込なき際は「日本国政府は無差別原則が全世界に適用せらるるものなるに於ては太平洋全地域即支那に於ても本原則の行はるることを承認す」と修正す

(二) 三国条約の解釈及履行問題

 我方に於て自衛権の解釈を濫りに拡大する意図なきことを更に明瞭にすると共に三国条約の解釈及履行に関しては従来屡々説明せる如く帝国政府の自ら決定する所に依りて行動する次第にして此点は既に米国側の了承を得たるものなりと思考する旨を以て応酬す

(三) 撤兵問題

本件は左記の通り緩和す

(A) 支那に於ける駐兵及撤兵
 
 支那事変の為支那に派遣せられたる日本国軍隊は北支及蒙疆のー定地域及海南島に関しては日支間平和成立後所要期間駐屯すべく 爾余の軍隊は平和成立と同時に日支間に別に定めらるる所に従ひ撤去を開始し治安確立と共に二年以内に之を完了すべし
(P387-P388)

(註)所要期間に付米側より質問ありたる場合は概ね二十五年を目途とするものなる旨を以て応酬するものとす

(B) 仏印に於ける駐兵及撤兵

 日本国政府は仏領印度支那の領土主権を尊重す 現に仏領印度支那に派遣せられ居る日本国軍除は支那事変にして解決するか又は公正なる極東平和の確立するに於ては直に之を撤去すべし

 尚四原則に付ては之を日米間の正式妥結事項(了解案たると又は其他の声明たるとを問わず)中に包含せしむることは極力回避するものとす

二、右説明

(一) 通商無差別原則に付ては地理的近接の事実に依る緊密関係に関する従来の主張は之を撤回し無差別原則の全世界適用を条件とせるものなるが 後者に付ては十月二日附米政府覚書中に「日米何れかが特定地域に於てーの政策を取るに拘らず他地域に於て之と相反する政策を取るは面白からず」との趣旨の記述あるに徴するも何等反対なかるべく 従って本件に付ては之にて合意成立するものと信ず

(二) 三国条約の問題に付ては屡次貴電に依れば、米側は我方提案にて大体満足し居るやの趣なるに付自衛権は解釈を濫に拡大する意図なきことを更に明確にするに於ては本件も妥結を見るべきものと信ず

(三) 撤兵問題は或は依然難点となるやも知れざるも米側が不確定期間の駐兵に強く反対するに鑑み駐兵地域及期間を示し以て其の疑惑を解かんとするものなり、撤兵を建前とし駐兵を例外とする方米側の希望に副ふべきも右は国内的に不可能なり 又駐兵所要期間を明示するに於ては却って事態を紛糾せしむる惧あるに付此の際は飽く迄所要期間なる抽象的字句により折衝せられ無期限永久駐兵に非ざる旨を印象づくる様御努力相成度し
(P388-P389)

 要之甲案は懸案三問題中二問題に関しては全面的に米側主張を受諾せるものにて最後のー点たる駐兵及撤兵問題に付ても最大限の譲歩を為せる次第なり 

 右は四年に亙る事変に依り帝国の甘受せる甚大なる犠牲に徴し決して過大の要求にあらず 寧ろ甚だ小に過きたるものにして此の点は国内政治上も我方としては此の上の譲歩は到底不可能なり

 依て米側しして右を諒解せしめ本案に依り速かに交渉妥結に導く様切望す
(P389)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月四日東郷大臣発野村大使宛電報第七二七号


一、乙 案

 本案は甲案の代案とも称すべく若し米側に於て甲案に著しき難色を示すときは事態切迫し遷延を許さざる情勢なるに鑑み何等かの代案を急速成立せしめ以て事の発するを未然に防止する必要ありとの見地より案出せる第二次案にて内容左の通り

(一) 日米両国政府は孰れも仏印以外の南東亜細亜及南太平洋地域に武力的進出を行はざることを確約す

(二) 日米両国政府は蘭領印度に於て其必要とする物資の獲得が保障せらるる様相互に協力するものとす

(三) 日米両国政府は相互に通商関係を資産凍結前の状態に復帰すべし
(P389)
    米国政府は所要の石油の対日供袷を約す

(四) 米国政府は日支両国の和平に関する努力に支障を与ふるが如き行動に出でざるべし


(備考)

(一) 必要に応じ本取極成立せば日支間和平成立するか又は太平洋地域に於ける公正なる平和確立する上は日本軍隊を撤退すべき旨を約束し差支なし

(二) 必要に応じては往電第七二六号甲案中に包含せらるる通商無差別待遇に関する規定及三国条約の解釈及履行に関する規定を追加挿入するものとす 尚本案を提出する時期に付ては予め請訓ありたし
(P390)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)

※「ゆう」注 連絡会議で決定され、実際に提示された「乙案」とは微妙に異なるので注意。


十一月五日御前会議に於ける外務大臣説明


 謹して按しまするに帝国対外国策の要諦は正義と公正とに立脚する国際関係を確立し仍て以て世界平和の維持増進に貢献せんとするものであります

ー、由来日支事変の完遂と大東亜共栄圈の確立とは、帝国の存立を保障すると共に東亜安定の礎石たるものでありまして、帝国は之が遂行に当りましては如何なる障碍をも排除すべき覚悟が必要であります

 昨年十一月三十日日支基本条約の成立と共に帝国は南京政府を承認し茲に支那事変はー大段階を画したのであります。爾来国政府の育成強化に協力しつつ他面蒋介石政権に対しましては引続き武力的圧力を加へ其の反省を促したのでありまするが、聖戦四年有余今猶抗戦を持続して居りまする所以のものは英米等の援助に俟つこと極めて大なるは明かなる事実であります(P390-P391)

二、支那事変以来、英米両国政府は帝国の大陸発展を曲解し一方に於て援蒋の行為に出づると共に他面帝国に対しましては、或は現地行動を牽制し或は経済的圧迫を加重する等の措置に出でたのであります。

 東亜に於て最も権益を扶殖して居りました英国が当初より凡ゆる妨碍手段を講じましたことは勿論 之と呼応じて米国は日米間通商条釣の廃棄、輸出入禁止制限等日と共に対日圧迫を強化するに至りましたが、殊に帝国が独伊と三国条約を締結致しまして以来は自から英、蘭を誘導し蒋政権と協力して所謂対日包団陣を形成する等の手段に出で 独蘇戦開始後に於きましては帝国政府の警告にも拘らず、極東を通ずる石油其の他軍需必要物資の対蘇供給に依り、帝国に対し非友誼的行為を敢てするに至りました。

 帝国が自衛と防護の為に将又支那事変遂行の必要の為め友好的商議に依り仏国政府と条約を締結して仏印に兵力を進駐せしめまするや米国の行動は愈々露骨となりまして、資金凍結の名の下に事実上中南米をも含む対日経済断交の挙に出でましたのみならず、英、支、蘭等と提携して帝国の生存を脅威すると共に我方国策の遂行を阻止せんとする態勢を強化するに至りましたのて、東亜安定の勢力たる帝国としては毅然たる態度と決意とを以て局面打開に当らざるを得ざることとなりました

三、然るに「ルーズヴェルト」大統領は其の国策として其の所謂「ヒットラー」主義即ち武力政策の排撃を強調し之が為め経済的に有利なる米国の立場を利用しつつ、殆ど参戦同様の援英政策を実施すると共に、前述の如く強硬なる対日圧迫政策を執るに至りました。

 偶々本年四月中旬日米国交のー般的調整に関し非公式話合が開始せられましたが帝国政府は東亜の安定と世界平和の招来を顧念し最も真摯且公正なる態度を以て交渉を継続致しました。

 爾来今日迄六ヶ月有余の久しきに亙り忍耐と互譲の精神とを以て交渉の円満なる妥結に努め 特に前内閣に於きましては両国首脳者会談に依り局面の打開を計らんと凡ゆる誠意を披瀝し努力を傾倒致し九月下旬国交調整の為の妥協案を提示致しましたが、米国政府は態度頗る強硬でありまして殆ど最初の原案とも申すべき六月二十一日案を固執して一歩も歩み寄りを示すに至らぬ次第であります。(P391-P392)

 最近前内閣成立後の話合に於きましては、米国側は相当妥協の気持を示し居るやの観測的報告はありまするが実質的には何等の譲歩を示さざるのみならず、南方軍事施設の強化、財政援助、武器供給、軍事使節団の派遣等援蒋の促進新嘉坡「マニラ」に於ける軍事当局の会合を初めとし「バタヴィア」香港等に於ても頻々として軍事的経済的会談を重ね対日包囲強化の措置行動は目にあまるものがあり依然として誠意の認むべきものは殆どなく、従って交渉も遺憾乍ら此の儘では急速に妥結の見込は先づなきものと断せざるを得ないのてあります。

 而して六月二十一日案なるものを仔細に検討致しまするに、中には帝国に於て受諾し差支へ無き点もない訳ではありませぬが、之を全般的に観察致しますれば、支那事変の目的を阻害し他方九国条約の再確認となり実に満洲事変以来多大の犠牲を払ひ遂行し来りました帝国の政策を逆転せしめ延ては東亜に於ける新秩序建設の針路を遮断し同地域に於ける帝国の指導的地位に動揺を来す懸念大なるものが御座います

四、之を要しまするに、現下の国際情勢は東亜に於ては英米の援蒋政策と所謂英米蘭蒋政権一体の対日包囲陣攻勢とは逐次強化せられ 又蘇連政権も英米の支援に依て漸次極東方面に其の余勢を張らんとする可能性もありまして、為に帝国の意図する事変の解決と東亜新秩序の建設とは共に其の根底を脅かされんとする虞なしと致しませぬ。

 尚又欧州の戦局は独伊が大陸制覇を為し遂げ第一段の目的を達成し得るとするも、全局の収拾又急速に期待し得ず長期戦の様相を呈しますると共に 独伊の帝国に対する協力は実際に於て多きを期待し得ざる事情に在りと申さなければなりませぬ(P392-P393)

 惟ふに形勢は逐日急迫を告げつつありまするが帝国政府に於きましては出来得る限り米英と国交調整を希望するのは勿論でありまする為め日米交渉は之を継続することと致し度いのでありますが同交渉は今後時間的にも著しく制約を蒙り居り従って遺憾乍ら其の間外交的施策の余地に乏しいのであります。

 且亦日米了解案成立の際にも米国側の国内手続上の問題もあり交渉妥結は焦眉の急を要しまするので極めて困難なる状況の下に折衝を致さねばならず旁々其の円満成立を期待し得る程度小なるは甚だ遺憾であります。

 併し帝国政府と致しましては此の際努力を傾注して本交渉の急速妥結に努むる次第でありまして茲に帝国の名誉と自衛とを確保し得る限度を堅持する別紙二案を以て交渉を為したい次第であります。

 即ち第一案は九月二十五日案中従来懸案となって居りました
(一)支那に於ける駐兵及撤兵
(二)日独伊三国条約の解釈及履行及
(三)国際通商の無差別原則
に関しまして米側の希望を尠酌し可能なる限り之に歩み寄りたるものであります。

 又第二案の内容は大体南西太平洋地域に武力的進出を為さざること及同地域に於ける物資獲得に関する協力を相互に約すること、米側が日支和平を妨碍せざること、資金凍結令の相互解除等を取極めたものであります。

 最後に附言致し度いことは本交渉成立の際は帝国政府が執りましたる非常措置は何れも当然之を旧に復すべきものとの了解に基きまして折衝に臨まんとすることで御座います

 尚不幸にして本交渉妥結を見ざる際は帝国は独伊両国との協力関係を益々緊密ならしめ各種機宜の措置を講じ万違算なきを期する所存であります(P393)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月四日東郷大臣発野村大使宛電報第七三〇号

(来栖大使特派の件)

 往電第七二五号に関し今次交渉の重大性に鑑み予ての貴大使の御希望もあり七日香港発「クリッパア」にて(米国政府の好意的斡旋に依る)来栖大使を貴地に出張せしむ 尚座席の都合付かば結城書記官随行すべし

 尚来栖大使は交渉に当り貴大使を援助する為め派遣するものにして同大使は既に貴方へ電報せる以外何等新らしき訓令等は携行し居らざる次第なるが交渉の便ならしむる為め同大使着の上は直に大統領に面謁し得る様御準備置ありたし為念

 尚同大使の行動は差当り秘密に附し居れり(P394)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月四日東郷大臣発野村大使宛電報第七三一号

(英蘭等締約保障取付の件)

 往電第七二五号に関し

 本件交渉には英国も事実上の当事者たり 又同国は極東に甚大なる権益を有する関係等に鑑み本了解案(甲案、乙案共)を実施するが為には英は勿論蘭も亦当事国として当該了解事項を実行すべき立場に在り 

 我方としては此点に付確たる保障なくしては単に米政府との了解達成したるのみを以て安堵し難し 就ては本了解案中英、蘭関係事項に付ては英蘭両国をして同時調印せしむること必要なるに付米側に於て右に必要なる措置を予め取り置く様交渉の上結果回電ありたし(P394-P395)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月五日東郷大臣発野村大使宛電報第七三二号

(協定形式に関する件)

 往電第七二五号に関し

 本件交渉妥結に達し成果を文書に作成する場合米国側に於て之をTreatyとして上院に附議することは交渉妥結を迅速に確定的ならしむる見地より之を避け度く 従来累次の米国側提案に徴するに先方の意向も亦上院附議の意なきものの如く察するに 米国側は右文書を以て将来に於ける協定の基礎を確立する目的を有する一種のexecutive agreementと解し大統領の権限に依り締結する所存と推察し従来とも右心組を以て取扱ひ来りたる次第なるが 此の点に関する米国側の見解適当の方法により御確めの上回電ありたし

 孰れにせよ冒頭電申進の通り本交渉は極て急速に妥結且調印を終了すること諸般の情勢上絶対必要なるに付右御含みの上善処ありたし(P395)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月五日東郷大臣発野村大使宛電報第七三五号

(甲案提出方指示の件)(P395)

一、往電第七二五号日米交渉対案は本五日の御前会議に於て決定を見たり 就ては貴大使は前電訓令の趣旨を体し至急折衝を開始せられ度

二、従来の経緯にも鑑み引続き六月二十一日案従って我方より言へば九月二十五日案を基礎とし交渉を進むること 米側の期待に副ふものと推察せらるるにより話合の順序としては先づ甲案(往電第七二六号)を提示すること 交渉を急速に取纏むる為め便宜なるべし

(当方としては実は従来の日米案形式、表現に就ても面白からずと認むるものあるも便宜上甲案を先づ提示せんとするものなり)

 就ては右の趣旨を米側に対し説明せらるるときに往電第七二五号の事情を篤と先方に納得せしめ以て最短期間内に同案により妥結方極力御尽力あり度し

三、米側に於て甲案に対し著しき難色あり右にて妥結不可能なる際は最後の局面打開策として乙案(往電第七二七号)を提示する意向なるにより前段甲案に対する米側態度を大至急突止め電報ありたく

 尚乙案提示の際は必ず予め請訓あり度し

四、今次訓令は帝国政府の最終案なること前電に縷々申進める通りにして事態頗る切迫し絶対に遷延を許さざるに付其の御含みにて御努力あり度く此点重ねて申進す

五、尤も「タイム・リミット」を附し若くは最後通牒的態度を取るが如き印象は之を避けたきにより友好的折衝を以て出来得る限り速かに交渉成立を期待するが如き態度を持せらるる様致し度し(P396)
 
(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月五日東郷大臣発野村大使宛電報第七三六号

(交渉期限の件)

 本交渉は諸般の関係上遅くも本月二十五日迄には調印を完了する必要ある処 右は至難を強るが如きも四囲の形勢上絶対に致し方なき義に付 右篤と御了承の上 日米国交の破綻を救ふの大決意を以て完全の御努力あらむことを懇願す

 右厳に貴大使限りの御含み迄(P396-P397)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月六日東郷大臣発野村大使宛電報第七三九号

(来栖大使派遣事情説明の件)

 往電第七三〇号に関し

 来栖大使を特に急派せるは前顯(クン)往電所載理由の外今次交渉に対する帝国政府の誠意を示すものなるが 同大使は前電申進めの通り既に貴使へ電報せる以外の新訓令等は何等携行し居らず 

 唯最近の当地情勢を貴大使に親しく伝達旁々交渉最後の段階に於て貴大使を援助し以て難局面の打開に協力せしめ迅速妥結に導かしめんとするに在り

 当方に於ては外部に対しては交渉の急速成立を必要とするに鑑み貴大使を援助せしむる為め同大使を急派せるものなることを説明すると共に右の次第は在京英米大使にも篤と説明し(来栖大使も出発前在京米国大使と懇談せし)両大使共充分之を了解し居れり

 尚陸海軍当局に於ても同大使特派の趣旨を了得し同大使の労を多とし居る次第なり

 右御含みの上米政府当局、新聞其他に対し可然応酬あり度く為念(P397)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月七日野村大使発東郷大臣宛電報第一〇五五号

(野村「ハル」会談の件)

 本七日午前九時本使若杉帯同「ハル」長官(「バランタイン」同席)と私宅に於て会見し政府の訓令に依り大統領及貴長官へ日本の意向と立場を説明し日米関係を急速妥結したき旨を告げたる処

 「ハル」は現在世界の情勢は二つの勢力が戦ひ内孰れも速かには成敗決し得ざるを以て漸次「アナーキー」の混乱状態に入るの惧あるに際し 日米両国が太平洋に於て同じく平和の方案を執るに於ては此の混乱状態を救ひ得べしと述べたり

 本使より御訓令の趣旨に基き

一、三懸案中二案は既に大体了解し得べく駐兵撤兵に関しては日本は内政上最大限の譲歩を為すものなること
二、米国政府は日米親善の大局的見地より真実の情勢を達観せられ速かに妥結に到らんことを切望す
三、本国政府は本使より大統領及国務長官に充分日本の決意と日本の立場を説明し至急解決を計るべき(一語脱)を受けたり
四、日本の国情は六ヶ月の交渉の後「インペーシェント」となり事態重大なりと認めらるるを以て本交渉の速かなる成立を熱望する次第なり
五、又時局の重大なるに鑑み東京に於ても併行的に話合を為す筈なり

と説明し我方に於ては最大の友誼的精紳と互譲の誠意を披瀝せる次第なりとて御来示の対案を提出し米側が大局的見地より考慮し之に同意せんことを求めたる処 「ハル」は熟読の上無差別待遇原則の項に付首肯し斯くすることが日本にも有利なりとの意を洩らし 又駐兵に付ては単に撤兵と駐兵が如何なる割合に当るべきやと質問したるのみにて(P398-P399)

 本使より大部分撤兵し駐兵はー部分に過きざるべしと説明し 又本使より自衛権に付本日接到の御訓令の趣旨に依り説明し置きたるが何れ研究の上回答することとなり追て大統領と会見の際尚詳細説明の上回答を求むることとせり

 尚「ハル」は従来も話せる通り太平洋平和維持に関する日米間の会談は正式交渉の為には英、支、蘭等の関係国とも協議の必要あり支那問題に付ては支那とも打合せ居る旨を洩し

 「ハル」自身の思付として若し支那の最高権威者が日本政府及国民に対し支那の真摯なる友誼と信任を確言(「ブレッジ」)し日支間の友好関係の回復を希望するに於ては日本は如何に考ふるやと質問したるに付

 若杉より右は支那側の意向を確めたる上の御話なりやと質したる処

 「ハル」は未だ支那側と打合せたるものにあらずして全く自分一個の考なるが若し斯の如きこと行はるれば太平洋の平和維持の好箇の例を示し世界に対する好影響あるべしと答へたるが

 或は既に支那側の意向を徴せる結果にはあらずやと察せらるる節あり

 何れにするも「ハル」は右の考を日本政府に伝へ其の意向を問合されたしとのことに付 単に本使に於て考慮すべしと答へ置きたり(了)(P399)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月九日東郷大臣発野村大使宛電報第七五一号

(支那問題に関する「ハル」提案の件)

 貴電第一〇五五号末段に関し

 支那問題に関する「ハル」長官の支那最高権威者をして「ブレッヂ」せしむる件は従来日米交渉の難関たりし支那問題を日支直接交渉に委ねんとする意向と推測せられ 従って蒋介石をして我方に対し和平商議開始の提議を為さしむる趣旨と解せらるる処(P399-P400)

 若し然らば右は日支和平促進に資する有効なる方法と認められ帝国政府としては勿論歓迎する所なり

 就ては政府の所見は別に追電すべきも本提言は日米交渉とは如何なる関係に於て処理せんとするものなりや 其辺の関係をも突止め旁々具体的方案に付米国政府の意向を出来得る限り詳細に御尋ねの上回電あり度し(P400)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


昭和十六年十一月十日野村大使発東郷大臣発宛電報第一〇六六号

(閣僚内話等の件)

一、「ムーア」をして「トーマス」(上院外交委員「ハル」と懇意)に接近せしめたる処 其の報告の要旨は「米国は「ブラフ」するにあらず 日本が更に侵略を為すならば日本と戦ふべし 米国民は精神的に準備成り 海軍は準備成れり(「レディ・フウオア・アクション」)と言ふに掃著す

二、咋日曜晩一閣僚は左右の者を斥け本使に対し真剣に申すには 神に誓ひ懇親の間柄なるが故君限りに告ぐる次第なりと前置し 

 米政府は日本が近日発動する確実なる情報を握り居り 月曜本使の大統領訪問乃至は来栖の来米の如き何等大局に影響するものにあらずと言ふが如く 米政府は認めつつある趣を申すを以て本使は日本国民は「フリージング」以来特に「イニペーシェント」となり日米了解の急速妥結を熱望するも 政府も国民も日米戦争を欲するにあらずして飽迄親善を希望する次第仔細に語りし処 吾人の「ボス」(大統領)は右情報を信じ国務長官亦然りと申したり

 英文雑誌の諭詳に於て「デーリー・ニュース」「ハースト」系を除きては日米戦は米独戦よりも遥に人気あり 英人中にも此の人気を利用せんとする者ある趣なり(P400-P401)

 英米の軍事協同に対しては既に下相談成立しありと報せらる 英艦隊一部の新嘉坡進駐の必要を説く者あり 大統領亦国内政治の上より此の方向に動かすとも限らず 

 前記の閣僚は米国は進んで発動せざるも日本発動する以上従来の行懸もあり国の面目上必ず発動すべしと申せり

三、尚本使十日大統領との会見に於ては御訓令の趣旨を奉し全力を挙げて努力すべし(P401)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十日野村大使発東郷大臣発宛電報第一〇七〇号

(野村「ルーズヴェルト」会談の件)

 往電第一〇六九号大統領との会見は「パブリシティ」を避くる為め其の官邸私室に於て行はれたるが要旨左の通り

 本使より政府の訓令に依る旨を前提し近衛内閣辞職以来本使と国務長官との会談中止すること約三週間に及び日米間の現状は此の儘放置し難き時に当り大統領と会見するを得たるを欣快とするものなるが

 本件会談は既に六ヶ月以上となり其の当初より帝国政府は成るべく速かに妥結に達せんことを欲し 日本国民も亦之に多大の希望を有したるが会談は長引き 同時に両国の関係は益々悪化し我国民は益々我慢し兼ぬるに至れり

 然るに帝国政府は今日迄幾多の護歩を為したるに拘らず米国政府は依然として其の主張を固執して之に対応の態度を示さず 我国の一部に於ては米国政府の真意那辺に在るやを疑ふ者あるに至れり

 我国民は資産凍結を以て経済封鎖のー種と認め現代的戦争は単に発砲のみに限られずと為す者さへある如く 如何なる国家も其の産業に必須なる物資の供給なくして生存し得ず

 日本よりの報道に依れば時局は重大且緊迫し居るを以て平和を維持する唯一の途は日米間に遅滞なく或種の友好的且満足の了解を遂ぐるに在り(P401-P402)

 此の難局に当り日本政府が会談を継続して満足なる了解に達せんが為有らゆる努力を傾倒する所以は一に太平洋の平和を維持せんが為に他ならず

 我政府は此の目的の為め最大の努力として今次の提案を為すものなるが 貴国政府に於ても日本政府の所見と希望に対応され成るべく急速に意見を回示されしことを望む

と述べ

 我政府は時局の重大に鑑み本使を補助する為め特に来栖大使を派遣せる旨を附言し

 更に我提案の説明として九月二十五日附我方案に対する十月二日国務長官の所説及其の後長官及次官の言等に依り総合せる重要難点が左の三問題(例示略)に在るを指摘し 第一無差別原則に関しては貴国政府の希望の如く本原則が世界全般に適用さるるに於ては支那を含む太平洋地域全体に適用することを承認するに決したるが 

 是れ国務長官が本使に屡々語れる通り同氏長年の希望なるを以て我政府の右の保障は貴方に取り満足なるべきを望む

 第二欧洲戦争に対する両国政府の態度に関しては 我政府は九月二十五日案に於て両国政府の行動は「保護と自衛」の考量に基くべき旨(英文は我方案用語の儘)を提議し居る処 此の点に関し米国政府は「保護及自衛」に付濫りに広義なる解釈を為すの意向なき旨の保障を与へらるるや否やを御尋ね度し

 若し米国政府より右の保障を得ば日本政府も亦同様の保障を与ふるの用意ありと述べ 我方案末尾「米国参戦の場合云々」に関しては 本件会談は元来太平洋の平和維持を企図せるものなる処 日本は現状の下に於て九月二十五日提案以外何等の言明を為すを得ず 唯相互に信頼せざれば千百の約言又は文書も何等満足なる保障とならざるべきは御同感なるべしと述べ

 第三日本軍隊の駐兵及撤兵に関しては 御訓令の新提案を其の儘提示し 此の点に関し日本政府は従来の案より進んで 我軍隊の支那に於ける駐屯地域のみならず 駐屯期間をも一定し 以て永久無限の駐兵にあらざる旨を明かにせる次第なるが 即時撤兵は望む所なるべきも現下の情勢に於ては実行不可能なるは夙に御同感なるべく宜しく之に大局的見地より好意的考慮を加へられんことを希望す(P402-P403)

 又仏印に於ける我軍隊に付ては日本政府は左の提議を為すものなりとて御訓令の同案(略)を提示したり

 右に対し大統領は右我方の説明を聴取せざりし以前に考へ居たる所なりとて手控への「ノート」より左の趣旨を述べたり

 即ち全世界は侵略の力(「フォーセス・オブ・アグレッション」)に依り生ぜる禍乱の為め危殆の情勢に陥れり 各人の常識は世界が平和の常道に復帰せんことを切に欲求す

 米政府の目的は「フェーア・プレイ」の精神に依り太平洋地域の平和、安定及秩序の基礎の確立に寄与せん為め最前を尽すに在り 此の目的を達成する為には人類の福祉の観念に実際的効果を与へざるべからず

 吾人は本件予備的会談が交渉の基礎となるべき良好の結果を挙げんことを希望す 吾人は日本政府の希望せらるるが如く本会談を促進するに最善を尽すべし 吾人は日本政府が平和的方針(「ピースフル・コーセス」)を執り其の反対の方針を執らざる意向を明かにせんことを希望す 是れ相互の企図する結果に達するの途なり

 米国の所期する所は(ー)戦争の拡大を防止し(二)に恒久的平和の確立に在る旨を縷述せり

 尚大統領は無差別原則に関し先般「チャーチル」と会見せる際にも世界の経済的制限を解放するの政策に合意し独逸が欧洲に於て之に反する政策を執るを排撃せる次第なるが世界一般に無差別原則の行はるるを希望する旨を附言し

 又余談として「タフト」大統領の時代に玖馬の騒乱に当り強圧政策の失敗等を語り 自分に至り友好的政策を執りたる為め「ラテン・アメリカ」諸国との関係良好となりたる次第を述べ 新事態に応ずる新政策の必要を説き

 「ハル」長官も従来は米国を恐れ嫌ひ居たる彼等も現今にては却って歓迎せらるるに至れりと附言し

 又大統領は本使の経済的圧迫が民心を刺激し「インペーシェント」ならしむる旨言及せるに関連し 国民の生きる為に所謂「モーダス・ビベンジ」を要することありとて同用語は生きる方法(「メソッド・オヴ・リヴィング」)と訳すべし等語れるが 果して如何なる意なるや明かならざるも 予め暫定協定の意なるや 追て確むることあるべし(P403-P404)

 又大統領は来栖大使は前記我方提案以外に何等持参するやと問ひたるに付 本使より別に提案を携行する次第にあらずして本使の希望もあり本使の補助に来るものなりと軽く答へ置きたるが

 大統領は例年の習慣に依り感謝祭(二十日)の週間に「ウォーム・スプリング」に於て児童大会等に臨席の為め十五日より出張一週間留守の筈にて出発前来栖大使に会見し得るや否やを懸念し居る旨語れり(了)(P404)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十日東郷大臣発野村大使宛電報第七五四号

(「ハル」提案利用の件)

往電第七五一号に関し

本件「ハル」提案は之を実現せしむること得策と認むるに付 別電第七五五号御参照の上米側を右に誘導する様御折衝あり度し(P404)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十日東郷大臣発野村大使宛電報第七五五号

(「ハル」提案に対する措置の件)

 往電第七五四号に関し

 帝国政府は従来日米国交調整に関連し支那事変解決促進に重点を置き居る処 他方米国政府も亦太平洋平和の為には支那問題を度外視し得ずとの態度を採り来したる処 

 此際米国政府が日支和平に関し「ハル」長官発言の「ライン」にて日支両政府間に橋渡しを行ひ 和平条件細目は之を日支間直接商議に譲らんとの意向を有するものなるに於ては

 右は帝国政府の当初より希望し居りたる所と合致する次第にして「ハル」の示唆を利用することに依り支那駐兵撤兵問題を今次交渉よりー応除外することとなり 

 自然日米交渉妥結を促進するの結果を挙げ得べく同時に米国の妨碍なくして日支和平交渉を行ふ便宜を得べし

 尤も右提言を利用する際は 日米交渉の妥結は日支和平成立を条件とせず 且支那問題に付ては米国をして日支和平を妨碍せざる趣旨(右には援蒋行為の停止をも含む次第なり)の約束又は言明を取付け 日米間取極を急速調印実施するものなることを明確にし置く必要あり

 (支那問題に関する限り実質的には往電第七二六号甲案中の支那事変に関する項了解案第三条)を日米交渉議題より除外し 其の代りとして往電第七二七号乙案中の第四項(米国は日支両国の和平に関する努力に支障を与ふるが如き行動に出でず)の趣旨を置き換ふることとなる次第なり)

 尚「ハル」の提言は米国側に於て誠意を以て日米了解の急速達成を希望し其の見地より日支和平を周旋するものなること勿論なりと思考するも万一米国側が日支和平の成立を見る迄支那問題以外の妥結事項の実施を遅らし且此間援蒋行為を続行するが如き意図を有するに於ては本提言を応諾する結果は却って日米了解を不可能ならしむるのみならず 日米交渉決裂の責を我方に於て負はさるることとなる虞あるに付 其の辺御如才なかるぺきも 充分の要心を用ひ応酬せられたし(P405-P406)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十日東郷大臣発野村大使宛電報第七五七号

(大臣「グルー」大使会談の件)

往電第七五三号に関し

 十日本大臣在京米国大使(「ドウマン」参事同席)会談要旨左の通り

 本大臣より往電第七二五号の趣旨を以て帝国政府の公正なる基礎に於ける交渉妥結に対する熱意を披瀝し難局打開の為に凡有る努力を傾倒せんとするものなることを説明せる後 従来の交渉経過を研究し痛感するは米国側の現実の事態に対する認識不充分且不徹底なることなり

 「ハル」長官は日本の安定勢力たる地位を認むる旨を言明し居るも東亜の現実の事態及日本が四年半に亙り支那事変を継続し来れる事実を充分認識せざれば安定勢力として認めらるることとも矛盾すべし

 我人口は激増のー途を辿り今やー億に垂んとする処 其の生存に必要なる物資を確保するは緊急事に属す

 他方日米交渉は開始以来六ヶ月を経たるが其間我方は出来得る限り米側主張に歩み寄りたるに拘らず米側は当初の原案を固執しー歩も譲らず或点に於ては却って逆転し居り

 我方に於ては米国政府の誠意の程度を疑ふものもある有様に従って此上の遷延は国民感情も之を許さざる所なるが議会も近く召集せらるべ事態極めて切迫しつつあり 一日も速かに交渉成立の必要に迫られ居る次第なり

 米国政府に於ても此点に充分考慮を払はれ大局的見地から問題をー挙に解決することとせられ度く 本大臣は右の他には難局打開の途なしと信ずるものなり

 と述べ 次て往電第七二六号甲案英文を提示し(P406-P407)

 右は政府に於て慎重審議の結果難きを忍びて到達せる最大限の譲歩にして此上譲歩の余地絶無なる

(一)欧洲戦争に対する両国の態度に関しては我九月二十五日案に記載せる所を以て既に妥結し居るものと了解す

(二)通商無差別待遇に関しては今次提案を以て米側の希望は充分尽され居るものと考ふ

(三)従来の難関たりし駐兵撤兵問題に付ては今次提案は我方に於て国内的に多大の困難ありたるに拘らず最大限の譲歩を敢てせるものにて此点は米側も充分了解し得る所なるべしと確信す

との趣旨の説明を加へ之を以て交渉急速妥結あり度き旨を強く申入れ

 尚今次交渉に包含せらるる事項中には英国の利益も重大なる関係ある事項尠からざるに鑑み 日米交渉成立と同時に日英間にも調印の運びとなること必要なる処 米国政府に於て右を引受けらるることを希望する旨を附言せり

 米国大使は右に対し本国政府の訓令なき趣を以て意を留保し唯思付として同大使に於ても当方実情は詳細電報し居るに付 米国政府は充分極東事態の認識を有する筈なること、安定勢力の観念は多様に解せらるること、物資補給問題は今次交渉に於て現に検討し居る所にして日本は平和的に必要物資補給を確保する方法あるべきなりとの趣旨を述べたるに付

 本大臣は同大使の努力は多とするも米国政府の認識は未だ充分とは思はれず 安定勢力の観念は常識的には大体の通念ありと思考す

 又資源問題に付ては最近の事態を例示すれば米側の資源凍結措置に依り対日原料補給杜絶せられ居る処 此種の経済圧迫は武力を以てする脅威よりも尚深刻なる結果ともなることあり 日本国民は遂には猛然として自衛的措置を採るの已を得ざるが如き感を受くるも致し方なき儀ともなり得べきに付 此辺の事情は米側に於ても篤と考慮の要あり 

 又支那問題に付ては 四年半に亙り敢てせる犠牲の成果を無視せらるるが如き条件の甘受は日本としては自殺に等しきを以て之又日本国民は不可能と思考すべしとの趣旨を答へ置けり(P407)

 右応答に際し「ド」参事官は口を挾み 侵略の成果を認むる能はずとの意味合を述べたるに付 帝国は侵略戦争を行ひ居れりとは思考せず従って侵略の成果なる問題は起り得ず 加之自衛権発動に依る軍事行動は不戦条約にも例外とせられ居る筈なり

 実は自衛権の解釈に関しては与論は最近の事例に徴するも米側の方が不当に之を拡大する傾向ありと見るものあり 従って我方より米国政府に対し自制方申入れ然る可き筋合なるが 兎に角本日の所は右の議論に立入ることは差控ふべしと述べ反駁し置きたり(P408)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十一日東郷大臣発野村大使宛電報第七五八号

(交渉段階の件)

 往電第七五七号に関し

 右会談中華府に於ける交渉(「ネゴシエーション」)なる言葉を使用せる処 米国大使は右は会談(「カンバセーション)」と云ふべきものなりとの意味合を注意せるに付き 本大臣は現在の段階に於ては既に交渉の域に達したるものと解すべきなりとの趣旨を答へ 同大使も了承し居りたり 御参考迄(P408)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十一日東郷大臣発野村大使宛電報第七六二号

(交渉見込照会の件)

 貴電第一〇六九号に関し(P408)

 右会談の調子より観るに米国に於ては未だ事態の急迫せる事実を充分認識し居らざるやに認めらるる処 往電第七二六号の期日は現下の情勢上絶対に動かし得ざる「デッドライン」にして交渉は是非共右期日頃迄に妥結せしむること必要なり

 尚帝国議会も十五日開会(十七日議事開始)の筈にして政府としても議会に臨むに際しては交渉前途に付きー応の見透を有せざるべからず

 就ては情勢逐日緊迫し余日幾許もなきに鑑み御苦心の程は深く諒とするも此際国務長官等に対し突込みたる話合を行ひ米側態度を最短期間内に明確ならしむると共に我最後案に急速同意せしむる様最善の努力を尽されたし

 尚交渉成否に関する貴大使の御見込至急承知したき処 我最後訓令甲案承諾の見込と共に至急回電相成る様致し度し(P409)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月一二日東郷大臣発野村大使宛電報第七六四号

(大臣英大使会談の件)

一、十一日他用を以て来訪の際在京英国大使は過日の貴大臣の御話(往電第七二三号の二)を本国政府に報告せる処政府より

「英国政府は華府に於ける話合の詳細を承知せざるも右の成功は日英の利益なるに依り之を熱望す 然れども原則樹立に付き何等かの討議の基礎が先づ以て成立せざれば進んで交渉に入るの必要を認めず 其間の話合は米国政府に委ね差支なしと考へ居れり

 尤も現実の交渉可能とならば米国政府は直に英国政府と協議することとなり居るに付き其際は日米政府と共に共通問題の解決に欣然協力すべし」

との趣きを申越せりと述べたり

二、依て本大臣は日米交渉中には英国に重大利害関係ある事項あるを以て日米間合意成立の際は之と同時に英国関係事項に付き日英間にも合意成立し同時調印の運びとなること必要なるを以て米国政府に対し右様取計ひ方を希望し置きたりと述べたる処(P409-P410)

 同大使は日米交渉の真相は知らざるも今尚予備的会談の域を出でざるものと了解し居れりと答へたるに付 本大臣は過去に於ては兎に角現在は交渉の本質より観るも既に本格的交渉となり居り 而も今や帝国政府の最後的対案提示を以て最後の段階に入りたる状態にして右の次第は過日も米国側に話置けりと述べ

 英国首相は倫敦市長午餐会の演説にて日米交渉の経過に付きては熟知せざるも日本に対し警告せむとすとて種々述べ居るも

 英国としては警告を為すよりも其れ以前に斯かる重要交渉の内容を詳にして之が成立に協力する方か妥当ならずや

 尤も英国が現在の段階に於て日米交渉に関与するや否やは英米間の関係もあり特に本大臣より何等の提議をする意向なし

 帝国政府は交渉急速妥結の為め最大限の譲歩を敢てしたる最後案を提示せる次第にて米側にも多分此上の反対なかるべしと思ひ居る処 米国政府が右を受諾せばー週間乃至十日以内にも調印可能なるべく 又不幸にして之を拒否せば交渉継続の可能性なき訳合なり

 我国内情勢は交渉此上の遷延を絶対に許さず 本大臣は日英、日米関係の危局を回避する為め目下畢生の努力を傾注し居るものにして国内一部に交渉無用論さへありしに拘らず 之を制して交渉継続に決定せしめたる経緯あり 従って此上交渉を遷延せしむることは不可能にして且無意味の結果となるべし

 英米の態度如何に依りては迅速妥結の方法もある次第なれば貴国政府に於ても此辺の事情を充分に考量し交渉急速成立に尽力あり度しと述べて事態の急迫せる所以を縷述したるに

 同大使は右を傾聴し初めて事態の真に逼迫せるを痛感せるものの如く右を早速政府に電報すべく自分も局面打開の為め最善の努力を試みるべしと述べ辞去せり

三、右の如く米国政府は今尚英国政府に対し今次交渉は未だ予備的意見交換の域を出でざるものなるやに説明し居るものと認めらるる処右は(貴電第一〇七〇号)「ルーズヴェルト」大統領の言(本件予備的会談が交渉の基礎たるべき良好の結果を挙げんことを希望す云々)に徴するも明白にして(P410-P411)

 交渉既に最後的段階に入り事態逐日緊迫を加へつつある現在米国政府が依然として斯かる悠長緩慢なる態度を持するは当方として頗る意外且遺憾とする所なり

 就ては貴大使は屡次訓令の趣旨を体し更に米側を啓蒙し其猛省を促し速かに本件妥結に意を決定せしむる様御奮闘あらんことを切望す

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月一三日野村大使発東郷大臣発宛電報第一〇八七号

(野村「ハル」会談の件)

 本十二日午後三時より約一時間半本使若杉帯同「ハル」長官(「バランタイン」同席)と会見

 我方提案に対する回答を求めたる処「ハル」は別電甲号第一〇八三号及乙号第一〇八四号を提示し甲号に対し新内閣も之を確認するや否やを問合せんことを求め乙号は我方の求に依り前回会談の際言及せる日支和平に関する「サゼスション」の意味を説明せるものなりとて支那問題にも他の諸問題全体に通ずる原則行はれば妥結可能なるべく通商無差別問題の如きも之と関連し目下研究中にて明後日迄には成案を得べしと述べたるに付

 本使より右「サゼスション」と本件会談との関係に付 若し日支間に於て駐兵問題の如き難問題に関し合意成立せざる場合には日米交渉の全体も纏まらざる趣旨なるに於ては日米関係の鍵も一に支那の掌中に在る結果となり不都合ならずや 夫れとも日支の関係は日支に委せ其の余の問題に付日米間に合意可能なる趣旨なりやと質したるが

 「ハル」は漠然とー般的原則を支那にも適用すれば合意可能なるべき旨を答へ尚本会談に付ては支那には未だ内示し居らざるも関係国たる英、蘭に対しては大体の筋を話し居るを以て交渉の基礎成立せば米と同時に調印可能と信ずる旨(但し保障すとは言ひ兼ぬる旨附言)を述べたるが(P411-P412)

 傍より「バランタイン」は六月二十一日米案にも米国の主張し来れる原則と反する条件を他国に対し行ふことに関与するを得ざる旨を掲げ居る次第を附言せるが

 若杉より乙号「サゼスション」の趣旨は大いに歓迎する所なるも如何して支那をして此の趣旨を「ブレッジ」せしむる方法に付今少しく具体的に承知したく或は「ハル」長官は之を日支直接交渉に委ねんとするの意なりや又は米に於て之を支那より取付け日本に取次がんとせらるる意向なりや又は日米支三国会談に依り之を行はんとする意向なりやと問ひたる処

 「ハル」は其の方法に付ては明確なる考案なきものの如く日米会談が平和的原則の趣旨に従って進捗すれば其の過程に於て右「サゼスション」を実現し得べき段階に達すべしと自信あるが如き口調にて述べ

 更に若杉より然らば其の段階に到り支那側をして本会談に参与せしめ右の「ブレッジ」を為さしむる意向なりやと問ひたる処明答を避け例へば二人の係争事件の当事者に在りて互に談合し難き場合には何人かの斡旋に依り談合し得るに至るものなりとの比喩を語り暗に条件次第にては日支間の橋渡の意あるが如き口吻を洩らせり

 本使より駐兵に関し我方が新提案に於て其の地域と期間をー定し無期間駐兵にあらざる旨を明かにしたる所以を指摘せるに対し「ハル」も他国の内政干渉は一般の平和的「プログラム」に反し永久駐兵の如きは不可なるも我方の無期間駐兵にあらざる旨の明示は之にを諒とせる意向を示せり

 「ハル」は全般的平和政策に関連し三国同盟条約がー方平和的目的を有する条約との説明あると同時に他方日本が同条約に拘束せられ独側と「タイアップ」し居れりとの有力なる主張ありて米国側の立場として政治家及公衆に対し説明に苦しむ次第を述べ

 「ヒットラー」の事業は至難なること及之が為め欧洲諸国民が困苦し居る状態を述べ斯の如き難事業は余り永く続け得るものにあらざれば吾人は早晩戦後の計画を立てざるべからず此の場合には有らゆる国の努力を必要とし日米が此の間の良「リーダー」として平和的「プログラム」に協力するの要ある旨を縷述し

 斯の如くして日米間に関係諸国例へば英、蘭等を含む全太平洋のー般的平和「プラン」に付合意成立する場合には日本は三国同盟に留まる要なかるべく三国同盟条約も存在を失ふぺしと述べたるを以て

 本使より之を反駁し日英国盟が日露戦争の際有効なりしに其の後華府会議時代には廃止せられたるが如く情勢の変化に依り推移ある例を挙げ同盟条約の存在は平和的計画に何等差支なき旨を説明せり

 更に日本は素より武力行使を好むものにあらず石油其他の原料物資を米国及蘭印より得ば武力を用ふるの要なきにあらずやと述べ又通商無差別に関しては我方提案にて米側も異存なかるべしと告げ置きたり

 「ハル」は結局三問題に関する我方提案に付ては米側に於ても時局の緊迫を認め至急審議を重ねつつあるも十年にも亙る諸問題をー夜にして片付くることは困難にして明後日迄には回答し得る運びとなる見込なりと言へり

 若杉より曩に申入れ置きたる通り議会十五日開会の関係もあり時局益々切迫せる旨を繰返し実は本日は我方提案に対する確答を得度き所存なりし次第に付明後日迄に是非共各問題に対する明確なる具体的回答を得度き希望を力説し置けり

 要するに本日の会談に於ては先方は我方八月二十八日の声明(甲号)に付確認を求むると共に日支和平に関する過日の「サゼスション」に関する説明を主眼とし三問題及九月二十五日我方提案に対しては今猶審議中なるも回答を急ぎ居る旨丈けを通告せんとするものにして交渉の進捗には遺憾の点あるを以て明朝更に若杉をして妥結促進方「ハル」に申入れしむる筈(P413)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十二日米側提示乙号

(十一月十三日来電第一〇八三号)

 口頭 厳秘

 千九百四十一年八月二十八日日本国大使より合衆国大統領に通報せられたる文書(複数)は平和的進路を追求せんとの日本国政府の希望及意図に関連し同政府の立場に付ての陳述を包含し居たることを想起せらるべし、右立場は前記文書(複数)よりの抜粋に依れば左の通り述べられ居れり

 「日本国は太平洋の平和及世界平和の維持を熱望し居り従って日米両国関係を改善せんことを希望するもの云々」

 「従って日本国政府は合衆国政府が太平洋地域に於ける永続的広汎なる平和を条件附くべき了解の基礎として基本的政策及態度に関する意見の交換を慫慂せられたることを多とするもものなり、斯る平和に対し日本国政府は用意あり、又太平洋全局を支配すべき平和的解決を目的とする協同的努力に対し日本国政府は合衆国政府と同様欣然犠牲を払ふべし云々」

印度支那に於ける日本軍隊の駐屯に関し左の通り陳述せられたり

 「日本国政府は之に依り他の諸国を脅威するの意図を有せず」

 「従って日本国政府は支那事変にして解決するか又は東亜に於ける公正なる平和確立するに於ては真に其の軍隊を印度支那より撤収するの用意あり」

 「更に右に関する一切の疑惑を除去するが為め日本国政府は印度支那に於ける今次行動は近接地域に対する武力的進出の予備的措置に非ずとの屡次声明を茲に改めて確言す」(P414-P415)

 泰国に関し特に左の通り陳述が為されたり

 「日本国政府は前記誓約に依り日本国の泰国に対する意向も明瞭ならしむるに足るべしと信ず」

 蘇連邦に関しても日本国政府により左の通り特に言及せられたり

 「日蘇関係に付ても日本国政府乃蘇連邦側に於て日蘇中立条約を遵守し且日本国若は満洲国を脅威せず又は同条約の精神に反するが如き行動に出でざる限り日本国側は進んで武力的行動に出でざるべき旨を同様明言するものなり云々」

 「要之、日本国政府は挑発なくして隣接国に対し進んで武力行使の意向なし」

 現に考慮に上り居るー般的「プログラム」に関し左の通り陳述せられ居れり

 「・・・・・・斯る討議は当然平和的手段に依り達成し得べき「プログラム」の立案を予見するものなり 日本国政府は合衆国政府と右見解を全く一にするものなり」

 「・・・・・・米国政府に依り詳述せられ且非公式会談に於て太平洋地域に関する「プログラム」を形成するものとして予見せらるる原則及方針に関し日本国政府は最も友好的なる態度に於て之等原則及其の実際的適用は真の平和の為め最重要なる必須条件にして太平洋地域のみならず全世界に適用せらるべきものなりと思考する旨言明せんと欲す 斯る「プログラム」は日本国自身に依り既に久しきに亙り希望せられ且冀求せられたるものなり」

 日本国政府が其の立場に関するに前記陳述を為したる後日本側に於ては新内閣成立せるを以て本政府は何等誤解の生ずることを避くる為め日本国政府に於て其の立場は変更せられ居らざる旨を茲に確言せらるるに於ては有益なりと信ず(P415-P416)

 本政府は千九百四十一年十月二日附日本国政府に対する「ステートメント」に於て吾人は日本国政府の立場に関する「ステートメント」を接受し之を多とし居るも吾人は日本国政府が其の平和的意図に関する「ステートメント」(複数)を不必要と思考せらるるが如き制約的辞句を以て制限せらるる必要を了解することを困難なりと認めたり

 吾人は左の如き字句を念頭に置きたり

 「蘇連邦側に於て日蘇中立条約を遵守し且日本国若は満洲国を脅威せず又は同条約の精神に反するが如き行動に出でざる限り」
 「挑発なくして」
 「正当なる理由なくして」

 此の点に関する日本国政府の立場が闡明せらるるならば有益なるべしと信ず

 前述の見解は十一月七日及十一月十日日本国大使により提議せられたる新たなる提案に対して為されたるものに非ずして単に日本国政府若くは本政府の何れかの側に於て何等誤解を避くる為め吾人が討議を継続しつつある基礎を充分に明瞭ならしめんとの努力に依り為されたるものなり

 不必要に細目に関する討議に入ることは嘗て本政府の意図せざりし所にして又意図し居らざる所なり

 本政府は相互了解を確保せんが為め之等予備的見解を提示すると共に日本国政府の最近の提案(複数)に関する考察を促進する為め本政府に於て為し得る一切を尽さんことを所期しつつあり(P416)
 
(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十二日米側提示乙号

(十一月十三日来電第一〇八四号)

口  頭
厳  秘

 日支両国間に真の友誼と協力を樹立せんが為め両国間に相互に誓約を交換することに付十一月七日の非公式会談の際国務長官に依りて為されたる示唆に関連し同長官に於て念頭に置かれたるやも知れざる補足的説明を日本国大使より求められたることに言及す

 前記示唆は若し日本国政府が特定期間内に支那の全地域より其軍隊を撤収することに同意するに於ては日本国民の彼等が負担したる四年有余に亙る甚大なる犠牲に対し何等示すものなく又斯る合意は日本国にとり威厳の失墜を招来するものなりと看做さるべしとの日本国大使の見解に依り促進せられたるものなることを想起せらるべし

 右日本国大使の見解に答へ同長官は欧州が無秩序状態に陥らんと脅威せられ居るが如き現在の世界危機は未だ嘗て軍事力を以ては之を成就し得ざりしが如き方法に依り道義的威力に基き其の国威を顕揚するの稀有の好機会を日本国に対し供与し居る皆説明を加へたり

 即ち支那政府にして日本国側の発意の結果に依るか若くは支那国自身の発意に依り支那国が日本国との真の友好関係を希望し且平和的にして且相互に利益を齎すべき「ライン」に依り日本国と協同する為め合理的に為し得べき凡有る措置を講ずべき旨言明するに於ては

 日本国に於ても相互的友好関係の政策に遵ひて支那国との間に何等協調を「レシプロケート」すること可能なりとせらるるや、

 斯る政策は日本をして現に世界文明を脅威し居る破壊力の抑止に対し測り得ざるが如き価値ある貢献を為さしめ且凡有る平和的国民も之を歓迎すべき世界の指導権を確保せしめ得るに非ずや(P421-P422)

 両国の予備的会談に於て討議し居りたる建設的、寛大且平和的なる世界「プログラム」の遂行こそ予見せられ居る所のものなり、

 右「プログラム」は法に基く秩序、正義を伴へる平和及人類の社会的経済的福祉の維持を目的とする基礎的原則の実際的適用を企図するものなり

 右「プログラム」は諸国間の平和的協同、一切のものの権利に対する相互的尊重及不拡大竝に貿易を自由ならしめ天然資源の公正なる入手及開発を可能ならしめ且凡有る国民の福祉の為め生活標準を向上せしむる如き広汎なる経済政策の採択を意図するものなり

 世界史上現今の如き危局に際し斯る「プログラム」に対する日本の全的参画は疑ふ余地なき道義的指導者たるの地位を日本に与へ又識見あり且開化的なる其の「ステーツマンシップ」に対する礼讃たるべし

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十三日野村大使発東郷大臣宛電報第一〇八九号

(若杉「バランタイン」会談の件)

 往電第一〇八七号に関し
 
 本十三日若杉「バランタイン」を訪問

(一) 昨日の会見は何等妥結に至らず我方の期待と甚だしき相違あること及時局急迫し我国民は日米会談に付最早「インペイシェント」となり日米関係に付殆ど「デスペレート」とならんとしつつあるが如き状勢にて政府も議会開会を目捷の間に控へ一日も早く本件会談の妥結を迫られ居る事情は昨日会談の際にも力説せる通りなるを以て

 次回会談に於ては従来の如き見解の評論は抗議めきたることは不必要にして米側に於ては我方本月七日及十日提案を含む九月五日案を受諾するや否や然らざれば之に如何なる修正を加へられ度き点を明示せる対案又は六月二十一日案を以て米側最後案となすの意向なりやの明確なる回答得度き旨再度「ハル」長官に伝達され度し

 日本に於ては米側が遷延策を弄しおるものとの疑念尠からざる旨を告げたる処

 「バ」は米側に於ても時局の重大なるは充分承知しおり 十一日休日にも審議を為したる次第にして決して遷延策を弄しおるものに非ず

 又問題の末葉に亙る細目の点に付詮議せんとするものにあらざるも日本提案中更に説明を求めざれば回答し難きものあり

 例へば日本案は通商無差別原則を太平洋全体に適用することを承認するには世界全体に適用さるべきことを条件としおる処 現に戦禍の中に在る世界各国に迄も含むべき協定を条件とするの意ならば太平洋全域にも何時適用さるべきや疑なき能はざる次第なりと語れるに付

 若杉より本件は元来日米間の協定を主眼とするものなるを以て其の当事国は日米にして世界各国迄も含むの意にあらずして日米間に於て世界全般に亙り其の関係事項に付無差別原則を認むるの趣旨なるべしと説明しおけり

(二) 貴電第七五八号及七六四号末段第七六六号(二)に対し米側は今猶本件会談を以て交渉の基礎を見出す為の予備的非公式会談の建前を取りおること御来示の通りなるに対し我方に於ては之を交渉として取扱ひおり其の間見解の相違あるに付若杉より之を指摘したる処

 「バ」は米側に於ては依然として従来の建前にて会談を継続しおり現に昨日会談に於ても「ハル」は本会談が交渉の基礎として成立したる場合は英蘭等にも参加せしむるを得べき旨言及せる次第なりと述べたるに付

 若杉より米側の見解は兎に角とするも形式の如何に拘らずー国の大使が政府の訓令に依り大統領及国務長官と両国間の関係調整に付会談するを交渉に非ずとせば国際関係上如何なるものが外交交渉と云ふべきや了解に苦しむ次第にして我方に於ては之を「ネゴシエーション」として取扱ひおる儀を明かにし置くべき旨「ハル」にも伝達され度しと依頼せり(P425-P426)

(三) 貴電第七六六号に関し同日の会談は我方の新提案を提示し大統領とも会見を打合せ「ハル」同席の其の際詳細説明すべきことを通告するを主眼とせる関係上三国同盟に関しては往電の通り単に本使より先方が自衛権拡大を為さざることを望む旨を述べたる外 同盟国との関係に付別に話なく 「ハル」より我方の枢軸国ととの関係につきConcrete satyementを求めたることも無く

 若し之を求められたりとせば何等かの回答せざる筈なき処 念の為め当時唯一の同席者たりし「バ」に夫れとなく単に記録上の参考として右会談に関する「バ」の記憶を確めたる処 「バ」も右大使の所言以外何等「ハル」より質問したることを記憶せずと答へたるが 御来示の如き記録ありとせば当時唯一の立会者たる「バ」に於て知らざる筈なき儀なるを以て右は何かの行違なるべし

 尤も米側が同盟義務に付我方の保障を取付けんと希望しおることは米案等に依り御承知の通りなり(P426)
 
(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十四日野村大使発東郷大臣宛電報第一〇九〇号

(交渉見透に関する件)

 本電貴大臣限りの御含み迄に申進す

 日米交渉に付ては必勝を確信し最後迄奮闘致すべし 其の上は人事を尽しと天命を待つの心境なり 然るに現下の情勢に付左の通り観測す(P426)

一、既に累次報告の通り米国政府の太平洋政策は日本の之れ以上の南進、北進を阻止するに在り 而して経済圧迫を以て其の目的を達成せんとするも戦争に対する準備は著々進め居れり

二、即ち日本が南進又は北進する場合に対し作戦其の他万般の準備を為し関係国とは極力協力し 米国の信条たる政治的根本原則を譲り妥協する位ならば寧ろ戦争辞せざる覚悟にして 今の所失敗なりしと刻印を押す数年前の「ミュンヘン」会談の如きことを繰返す意思ありとは思はれず

 殊に最近は独逸全盛の峠も見えたりと認め蘇連の戦意は今猶現存し単独講和の危険も薄らぎたるに気を好くしある今日一層然るものあるべしと思料せらる

三、支那に対しては逐日愈々与国関係となり事情情許す限り援助を為しつつあり 太平洋安定の為に支那の主権に累を及ぼすが如き条件を承認し得ざる立場に在りと認めらる故に支那問題が太平洋安定の「スタンブリング・ブロック」となり 其の為には日米国交調節も亦不可能となり得る次第なり

四、枢軸関係は日本政府の当局次第に依り或は極めて緊密に一体となり或は然らざることもあり極めて融通性あり 然し乍ら要するに形勢如何に依りては直に背後より米国を刺すの姿勢に在るものと認め居り 新聞は漸次枢軸との緊密化甚だしきは一体化を認むる様の書振なり

五、我国が自存自活の為め南進を敢行する場合には当然の結論として対英、米、蘭の戦ひとなり且蘇連も参加するに至る公算多きものと認めらる 又中立国中にも中米諸国は既に米国の薬籠中のものとなり居り 南米諸国も嫌々乍ら其の経済的生存上結局米側に有利なる中立を保つに至るべし

六、此の戦争は長期となることは必然の勢いにして一局部の勝敗は左程大問題にあらず 最後迄踏張り得たる者が勝者たることも略々予想するに難からず(P427-P428)

七、米国は一歩、一歩大西洋に深入しつつあるが如きも該方面は要するに「コンボイ」に関連する作戦に止まり今日の形勢にては何日にても主力が太平洋に集中し得べし 英国も亦独伊海軍の現状に照らし可成りの勢力を印度洋方面に差向け得るに相違なく 本使は元来米国が大西洋に忙殺せらるるに至らば太平洋に於て多少妥協気分となるべしと予期したりしが其の気分は今の所少しも現れさる次第なり

 寧ろ米政府は国内問題よりして対独戦争に対しては今猶若干の異論あるに対し今日にては太平洋戦に与論の反対少きに観て此の方面より参戦することも充分あり得べしと見込み置くを要す

八、我国現下の国情を詳知せざるも累次の貴電に依り形勢の急迫を知り国民亦堪忍袋を切りつつある趣を承知するに拘らず斯かることを申上ぐるは聊か乱暴の誹を免れざるも本使は国情許すならばー、二ヵ月の遅速を争うよりも今少し世界戦の全局に於て前途の見通し判明する時迄辛棒すること得策なりと愚考す

 尚十月三日及四日の拙電第八九四号及第九〇一号御一読を請ふ(P428)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十六日野村大使発東郷大臣宛電報第一一〇六号

(野村「ハル」会談の件)

 往電第一〇九五号の十五日本使「ハル」会談内容左の如し

 「ハル」は米側に於ても真実なる努力を為し茲に通商問題に付提議を為し得るに至れる次第なりとて十五日応電甲号の趣旨を敷衍し 米国は既に二十二ヶ国と通商協定を結べるも皆最恵国待遇の政策に依るものにして之に依り世界の通商上の障壁を除去し 現に税率を低減せる物資も千乃至千二百種に及び 曩に倫敦経済会議に於ても之を主張せるも反対ありて成立せざりしが(独逸も反対国のーなりと附言し) 米国の方針は斯の如く広く無差別原則を適用せんとするものなるも

 日本案は太平洋全地域に対する適用を世界全体に対する適用を条件とする処 米国は米国の管轄以外の国に対することを約するを得ざるを以て前述の米国の政策に鑑み右日本案の条件は不必要のものにして省略されんことを望む旨を述べ

 往電乙号(十五日発)を提議せるに付若杉より右は先日我方提議の三問題中の無差別原則に関する提案に対する対案なりやと確めたる処 「ハル」は其の適用に関し更に広き意味を有するものなりと(其の内容広汎に亙るの意ならん)答へたるに付 本使より我方に於ても研究し政府に稟請の上回答すべき旨を答へ置けり

 本使より我方に於ては本件会談は既に大統領及長官に正式に提案せる関係上之を交渉と認むる旨を述べたる処

 「ハル」は貴国政府にては今日に於ては之を交渉と考へらるべきも前回にも述べたる通り本件は英、蘭等の関係国との交渉の要ある如く 又東京にても外務大臣より「グルー」大使に対し関係国とも同時に協定方要求されたる次第もあり 彼等との交渉に先ち日米間のみ交渉を遂げありとて彼等をして之を受諾せしむるは都合悪しく 交渉の基礎を発見したる上之に基きて彼等に米国の根本的態度を示し交渉に入りたきを以て

 根本的事項に付彼等を満足せしむる様「ワーク・アウト」する迄は之を交渉と言ひ難く 彼等と交渉せずして日米間丈にて交渉すと言ひ得る立場に在らず又実際的ならず 但し右は日米間に意見を交換するを妨げ(「ヒンダー」)ずと述べ

 又日本側より頻りに催促さるるも東京に於ける外務大臣と「グルー」大使との会談に於て日本は英、蘭印等関係国とも同時調印方希望に鑑みるも 他国との関係もあり左様に急速に出来るものにあらずと苦情を述べ(P429-P430)

 更に米側六月二十一日案(六)太平洋地域に於ける政治的安定に関し米側は太平洋全地域と為すに対し日本案は之を西南太平洋に局限せしとせらるるは自分と大使との会談が太平洋全般の平和に関するものなるに照らし如何なる意向に出づるものなりやを知りたき旨を述べ

 之に関連して日本の平和的政策や三国同盟との関係に付従来屡々本使に述べたるが如き趣旨を繰返し 前回同様日本政府は八月二十八日声明の平和的言質に対する確認を求めたるを以て

 本使より政府声明の趣旨は我方提案にも含まれおるを以て変更なきものと信ずるも一応為念確むべしと答へ 我方が太平洋平和の為に妥結を計りおる次第を力説すると共に 我方案本文には西南太平洋となしおるも 其の前文に於て太平洋地域に於ける平和確立及保全の趣旨を明かにせるにあらずやと指摘したる処

 「ハル」は前文は本文のー部を為さず拘束力あるは本文なりと弁し 再び日本の平和的意図に付疑問を繰返し 日本がー方米国と平和的協定を結ばんと欲し他方独逸との軍事同盟を保持する旨を高調し居るを以て 自分に於ては日本の説明を理解し得るも一般公衆は単に同盟の条文により判断するを以て 米国が右の矛盾あるに拘らず日本と平和的協定を為すに対し米国一般公衆及世界は之を笑ふべく其の説明を為すに困難なる立場に在りとて 日本は日米間に協定成立せば同時に三国同盟を保持(「ホールド・オン」)するの要なかるべしと云ひ 

 又日本はー方に於ては独逸と戦ひ居る英及蘭に対し日米間の平和的協定に参加を求め乍ら同時に英蘭の敵たる独逸とは軍事同盟関係を高唱するは矛盾すとの趣旨を述べたるに付

 本使より三国同盟との関係は既に我方提案に依り説明済なること及日英国盟の例を以て同盟条約の存在と平和協定と矛盾せざること前回にも力説せる所にして同条約は元来平和を目的とするものにして日米間の平和と抵触せざるは独逸も了解せるものなる旨を述べたる処

 「ハル」は更に日米協定成立の上も日本は独との軍事同盟を固執すと在りては他国に説明出来ず 要するに米国は日蘇間に中立条約締結されたるに拘らず日蘇国境に大兵を対立せしむるが如き関係を欲せず 日米間平和的協定成立と同時に三国同盟条約は消滅(「ディスアッピーア」)(又は死文「デッド・レター」とも云へり)せんことを欲する旨し繰返したるを以て(P430-P431)

 若杉より右は米側に於ては日本が三国同盟より脱退せざる限り日米間の妥結は不可能なりとの御趣旨なりやと突込みたる処

 「ハル」は平和的合意と軍事的同盟とは矛盾するを以て日米間の合意成立の上は同盟条約は死文とならんことを望む旨を繰返して確答を避け

 若杉より更に右は我方案の他に二問題中自衛権に関する提議に対する回答と承知して差支なきやと反問せる処

 「ハル」は他の二問題に関しては前記我政府の平和政策に関する声明の確認及米案太平洋全地域を日本案西南太平洋とせる点竝に本日提議の経済政策に関する共同声明案に対する日本側の意向とを明確にしたる上回答すべしと答へたり

 依て本使より時局切迫の事態に鑑み本日会談に於ける米側の回答は甚だしく我政府を失望せしむべき旨を告げ更に政府の回訓を俟って会見することとせり

 要するに本日の会談に於て通商問題に付ては先方の意向を具体的に明示し他の二問題に対しては確定的意見を留保せるも其の所説に徴し同盟関係に関連して我方の平和的意図に付深刻なる疑惑を抱き居ること及支那問題も此の観点より検討せんとするの意見なること明白となれる様観察せらる

 就ては我方に於て至急政府声明を確認すると共に先方提案に対する回答を与へ得る様至急御回電を請ふ(了)(P431)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十五日米側回答

(十一月十五日米電第一〇九六号)

厳  秘
口  頭

 日本国政府は同政府が「国際通商関係に於ける無差別原則が均しく全世界にも適用せらるるものなるに於ては支那を含む太平洋全域に右原則が適用せらるることを承認す」る旨言明せられたり

 右言明中傍線の部分は其の意義必ずしも明白ならざる条件を設定するものなり、然し乍ら日本国政府が合衆国政府に於て同政府の主権の及ばさる諸地域に於ける差別的措置に対する責任を負担すべき様要請し若くは合衆国との取極中に他のー切の国家の同意及協力に依りてのみ達成せられ得べき条件を包含せしむることを提議するは日本国政府の意図にあらざるものと推定せらる

 無条件最恵国待遇の原則は多年に亙り合衆国の通商政策のーなりき、第一次世界大戦以来本原則は本政府が締結せる事実上総ての通商条約中に成文化せられ居れり、合衆国が通商障壁低減の為め広汎なる通商協定の「プログラム」に乗出したるー九三四年以来合衆国は常に本原則を適用し来たれり、

 本政府は二十二の協定に於て米国関税のー千以上の種目に付米側に於て関税を引下げ、又合衆国は之等引下げを日本国及世界の他の諸国(但し僅か二個の例外を除く)に拡張したり、右例外は其の通商上の措置が無差別待遇の原則を甚だしく逸脱し居たる国家の場合なりき

 右二国に対し通商協定上の「コンセッション」を差控ふることは其れ自体無差別待遇の政策を促進するー手段たりしなり 蓋し差別的待遇の放棄を誘引せんことを目的とせるを以てなり(P432-P433)

 斯る「コンセッション」に依る利益の停止し受けたる二国の中一国は同国の嫌悪すべき差別的措置を放棄したるを以て合衆国は真に同国に対し通商協定に依る関税引下の利益を供与せり。

 合衆国政府は諸外国との通商関係を無条作最恵国待遇の基礎に置けるのみならず終始一貫右政策が全世界を通して適用せらるることを促進するに努めたり。合衆国政府は凡有る適当なる機会に於て無差別待遇政策の採用を諸国に勧告し且凡有る特恵待遇及差別待遇を漸次撤廃することに努め来れり

 前記二十二の通商協定に於て、合衆国政府は諸外国より数千の産物に付関税及共の他の通商障壁の低減に関する誓約し得たり 

 斯る「コンセッション」は単に合衆国のみならず其他の諸国より輸入せらるる産物も同様に影響を受くるものなり、合衆国政府は斯る利益が合衆国よりの輸入にのみ局限せらるるが如き誓約を求めたることなく又受諾せることなし、

 合衆国政府は寧ろ之と反対に諸外国に於ける通商障壁の低減は惹て他の供給国にも汲ぼさるるものなりとの想定又は期待に基きて之を獲得したるものなり、実に合衆国政府は国際貿易に於ける無差別待遇のー般政策のー部として斯る協定に依る「コンセッション」をー切の国に拡張適用すベきことを提唱し来れり 

 斯て合衆国に依り採用せられ居るが如き貿易協定の「プログラム」の結果生ずる貿易障壁の低減は最も広汎なる効果を挙げー切の国家が裨益するが如き世界貿易の建設に最大の寄与をなすものなり

 日本国に於て合衆国政府が実行し且提唱し居り又多年に亙り日本国政府が実行し且提唱し来れる無差別待遇政策の遂行に当り誠心誠意協力する様尽力せらるるに於ては前記日本国政府「ステートメント」が目図し居る目的の達成に巨歩を印するものなるべしと信ぜらる(P433)

 述上せる所に鑑み合衆国政府は前顯但書即ち「本原則が均しく全世界にも適用せらるるものなるに於ては」は日本国政府の見解によれば之が必要ありや又右但書は除外せられ得ざるべきやに付設問するものなり

 合衆国政府が国際通商関係に於ける無差別待遇の原則を適用し来り又現に適用するの用意あるが如き方法を実際的に表示する為め純然たる試案として経済政策に関する日米宜言案を提示す、

 斯る宣言に関する合意は太平洋地域全般に亙る平和的解決に関する他の諸点の協定を条件とするものなること及本政府は前記の如き経済政策に関する日米宣言案を協議するに先き立ち英国政府及特に利害関係を有する他の諸国政府と本件を討議せんとするものなることは勿論了解せらるべきものとす(P434)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十五日米側提案

,(十一月十五日来電第一〇九七号)

厳  秘
非公式、予備的且拘束力なし

経済政策に関する合衆国及日本国の共同宣言

一、一般的政策

(一) 合衆国政府及日本国政府はー切の国家に対し貿易上の障壁を軽減し、国際通商関係上一切の差別を除去し且一般に一切の国家が平和的通商手続に依り各国が自国の経済の安全防衛及発達の為め必要とする商品及物資の獲得手段を確保する為め合理的機会を有し得るが如き国際通商及国際投資の条件創設に尽力する様勧告することに付充分協力すべき旨約諾す

(二) 合衆国政府及日本国政府は両国が孰れも前項に於て予見せらるるが如き態様の国際経済関係を創設する為め各々適宜貢献すべき旨約諾す

(三) 前記方針に於ける重要なる措置として合衆国政府及日本国政府は左に指摘せらるる経済関係を両政府相互間に樹立すべく又之を太平洋地域に樹立せんことを翼求すべし

二、合衆国及日本国関係

(一) 合衆国及日本国は出来得る限り速かに両国間の通商的、財政的及其他経済的関係を通常の基準に達する迄之を恢復せしむる様措置することに着手すべき旨約諾す(P438)

(二) 合衆国及日本国は両国間互恵通商協定に関する交渉を目的とする討議を開始すべきことに同意す

(三) 現在の国際非常時中日本国及合衆国は自国の安全及自衛の為め必要とするが如き制約若くは制限を条件として相互に相手国自体の使用に供せらるべき物資の輸出を許可すべきものと了解せらる、両政府は友好国との関係を支配しつつある精紳に依り斯る制約若くは制限を適用すべきものと了解せらる

三、太平洋地域に於ける政策

(一) 支那国の経済、財政及通貨に関する事項に対する完全なる支配権は支那国に恢復せらるべし

(二) 合衆国政府及日本国政府は支那国に於て両国自身、若くは其の国民の為め何等特恵的若くは独占的なる通商上の又は其他の経済的権利を求むるものに非ずして支那国に於て他の如何なる第三国に附与せられ居る待遇に比し不利ならざる通商上の待遇を両国自身の為に確保する為め且本宜言の第一節に述べられたるー般政策の遂行に付全的協力を確保する為め尽力することを約諾す

(三) 合衆国政府及日本国政府は支那国政府に対し、必要に応じては外国の援助に依り、経済開発の広汎なる「プログラム」に着手する様慫慂すべき旨約諾すべく、右経済開発に参画するの充分なる機会は如何なる第三国に対し供与せられ居るよりも不利ならざる諸条件を以て合衆国及日本国に対し供与せらるぺきものとす

(四) 合衆国及日本国が夫々太平洋地域に在る他の諸国に対し樹立せんとする関係は本宜言中に言明せられ居る根本原則によりて支配せらるべく、又合衆国及日本国両政府は之等諸国に対し可能なるときは何時たりとも、経済開発に関する広汎なる「プログラム」に著手することを勧告することに合意す、

 斯る「プログラム」参画の機会に付ては外国の援助が必要とせらるる限り如何なる第三国に供与せらるるよりも不利ならざる条件に依り合衆国及日本国に対し充分なる機会が供与せらるべきものとす(了)(P439-P440)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十五日東郷大臣発野村大使宛電報第七七五号

(交渉督促の件)

 今次交渉が既に予備的会談の域を脱し本格的交渉の段階に入り居る事実に付ては屡次往電の通りなる処 諸般の情勢より観るに近衛声明発送当時には首脳者会見の予備的会談たりしも同内閣末期に於ては実質的には既に予備的性質を脱却し 我方に於ては交渉の急速終結を目標として専心努力し居りたること明瞭にして 米側に於ても建前は兎に角実際上は本格的交渉と認め居りたるべしと想像せらる

 唯其の際日本側より何等注意なかりし為め米国にては予備的交渉と考へ居たる旨の弁解もあり得べきも 右は何れにせよ往電第七三六号の期日は動かせざるに付夫れ迄に調印に取運ぶ様米側の反省を促す様御努力相成度し(P443)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十六日東郷大臣発野村大使宛電報第七八一号

(来栖大使宛交渉督促の件)

一、貴電第一〇九〇号拝誦御辛労と御努力とは深謝に堪へざる所なるが国家安危の繋るものなるにより切に一層の御奮励を願ふ

二、貴電末段の御趣旨は尤もの次第にて当方にても右の点に就て充分考量を加へ往電第七二五号根本国策決定前慎重審議を尽したる次第なるが 貴見の如く世界戦争全局の見透し判明する迄隠忍自制することは諸般の事情より遺憾乍ら不可能にして往電第七三六号所載期日頃迄に交渉の急速妥結を必要とすることは絶対に変更を許さざるものなるに付右に御承知あり度く(P443-P444)

 従って余日は極めて僅少なるに付米側をして交渉を多肢に渉らしめず日本側提案を基礎として先方に迫り以て妥結に導く様御努力相成度し(P444)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十六日東郷大臣発野村大使宛電報第七八二号

(十二日「オーラル」甲号に対する回答振の件)

貴電第一〇八三号に関し

ー、確認問題に開しては先方に左の通り回答せられ度し

 『米側「オーラル」に記載せられ居る八月二十八日帝国政府言明の諸点は(右「オーラル」に記載の点のみを引用すること)九月六日及同二十五日の我方提案中に全部包含せられ居るものにして現内閣に於ても其の趣旨に於て之を確認するに何等異存なし

 但し右は日米交渉の成立を前提とするものにして万一交渉不調に終るが如き際我方のみ右諸点に付拘束を受くることなきは当然の儀なるも此点為念明確にし置くものなり』

二、八月二十八日帝国政府回答中一般的に武力行使に関し

 Without Provocationなる語を用ひ又蘇連問題に関し同回答中as Long as the Soviet union remains faithful to he Soviet-Japanese Neutrality Treaty……と云ひ九月六日我方案中 IWithout any justifiable reason と云ひたるは帰る所何れも同趣旨にて 蘇連に関し稍々詳細に規定せるは日蘇中立条約の存在と独蘇戦との関係に鑑み其の必要を認めたるが故なり(P444-P445)

 即ち右は何れも我方としては独立国家として当然にして且必要なる「コリフィケーション」を記載せるものにて我方の平和的意図を何等制限縮少せんとするものに非ざること申す迄もなき所なり(P445)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十七日東郷大臣発野村大使宛電報第七八三号

(我方案修正の件)

 貴電第一一一〇号に関し

 米国申出の如く全太平洋地域に適用することに異存なく従って九月二十五日我方案第六条本文より Southwestern を削除するに異存なし(P445)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十七日東郷大臣発野村大使宛電報第七八四号

(十五日米側回答に対する措置の件)

 貴電第一〇九六号に関し

 「無差別原則が全世界に適用せらるるものなるに於ては」とは帝国政府に於ては同原則が全世界に一律に適用あるべきを希望し右希望の実現に順応して支那に於ても本原則の行はるることを承認するの意なり(P445)

 右は米国主権の行はるる地域外に於て差別待遇が行はれたる場合右に対し米国が責任し負ふべきことを要求し居るものにあらず

 然れども今次欧洲戦争勃発前に於てすら本原則に反する方向に進まんとする傾向あり 戦争勃発後は本原則は殆ど影を潜めたるがの如き情勢にある事実に鑑み 支那に於てのみ先づ本原則を適用せんとすることは非実際的たらざるを得ず

 即ち帝国としては世界に於ける極めて少数の国が本原則を適用し居らざることを口実として本原則の支那への適用を排除せんとするものにはあらざるも支那に於ける本原則の適用は世界に於ける本原則の適用の度合に応じて之を行はんとするものなり(P446)
 
(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十七日東郷大臣発野村大使宛電報第七八五号

(十五日米側提案に対する措置の件)

貴電第一〇九七号に関し

ー、第二項日米関係の3は六月二十一日米側提案附属追加書に規定せる所と同趣旨なる処 右は「自国の安全及自衛の為め必要とする物資」を例外とすることにより交渉成立の場合に於ても我方必要の物資殊に石油の輸出を制限せらるる惧あり 我方所要の物資輸出に関し具体的に明確にせられざる限り我方としては応諾不可能なり

二、第三項太平洋地域に於ける政策中1及2に関し九月二十五日我方案中の日支和平基礎条件五、経済提携中に公正なる基礎に於て行はるる在支第三国経済活動は制限せざるも支那に於ける重要国防資源の開発利用を主とする日支経済提携を行ふべきことを提案し居り(P446-P447)

 右は四年半に亙る戦争に絶大なる犠牲を払ひたる日本としては当然の要求にて若し貴電第一○九六号及本項1及2の米国提案が日支和平基礎条件を認め右と両立し得る限り日支間和平成立後の方針基準として日本側の同意を求め居るものならば考慮の余地あるも万一貴電第一〇九六号及本項1及2を動かすべからざる基本原則として承認せしめ日支和平基礎条件も之を基礎として割出さんとするものなるに於ては帝国としてに絶対に受諾し得ざるものなり

三、同3に関し
 本項は支那財政金融等に付共同管理の端緒ともなる惧あり 帝国の新秩序建設に関する根本方針に反するを以て(米国が従来主張し来れる諸原則にも反すべきことをも指摘あり度)到底容認するを得ず

四、要するに前記各項は我方四年半に亙る戦果を全然無視せんとする提案なるやに認められ急速妥結に思ひを寄らざる次第なるに付米国側に於て本提案は非公式予備的且拘束力なきものと為し居るにも鑑み米国側に於て之を全部撤回し九月二十五日我方提案を基礎として交渉を進むる様御指導相成度(P447)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十七日野村大使発東郷大臣電報第一一一八号

(野村、来栖「ルーズヴェルト」「ハル」会談の件)(P447)

 十七日午前十時半本使来栖大使と同道「ハル」長官を往訪せり

 先づ「ハル」より前欧洲大戦後世界に達識の政治家なかりし為め遂に現在の如き事態を来したる次第にして世界を斯の如き事態のさいてんより救ふことは今日より考へおかざるべからず

 来栖より御説としては誠に同感にして幸ひ欧洲戦争に未だ参加しおらざる米国及日本としては其の辺に処する責任極めて重大なり 但し之に入るには先づ処理せざるべからざる問題日米間に存在しおり 而も直に具体的なる話に入らざるべからずと述べ

 (総理及閣下の委嘱を受け渡米したる経緯を略述したる上)総理が衷心日米間の妥結を望みおられ且寧ろ意外と思はるる程度に希望をつなきおらるる様見えたり

 目下日米間に行き悩みおる通商上の均等待遇の問題、三国同盟条約の問題及撤兵問題の三者中前二者に付ては総理に於ても大いに解決の望みを有せらるる(noneful)ものの如く唯最後の撤兵問題に付ては大なる関心を持ちおらるる次第なり、

 此の時大統領と面会の時間迫り「ハル」は大統領の面前に於て話を続行することと致し度しとて一同席を立てり

 午前十一時「ハル」長官同道大統領に面接す

 来栖より現内閣が日米交渉に熱意を有することは「ハル」長官にもお話ししたる通りなるが四年間に亙る支那事変を経たる日本国民の感情(Frame ofmind)如何なるものなるやに付ては政治家たる貴大統領の充分了解せらるる所なるべく 

 今次渡米の途中香港「マニラ」其他の島々に於て軍事的に事態が緊急せることは素人の自分にも看取せられたり、如何なる拍子に之が爆発することとなるやも知れざるがー体日米間に斯の如き事態を招来し何の利益ありや(大統領同感の意を表す)

 日本は元より対米交渉の成功を望むも夫れに時間的要素あり事態を遷延することに依り日本は自己を防衛する上に於て経済的且軍事的の条件を悪化すべく無為にして結局全面的屈伏となるが如きは日本として耐え難く依て妥結に対する熱意充分なると共に之を取急ぎ行ふ要ある次第なり(P448-P449)

 大統領も昔「ブライヤン」国務卿が珍田?男に theve ls no last.word between friends と言ひたることありと述たる処 一体従来不可侵条約なるもの多々存在したるが何れも uo of date のものとなりたる処 日米両国間に何等かのー般的了解(generaeunders ding)を作ることに依り事態を救ふことを考へ得るものと存す

 来栖より 私見としては結構なり来栖の観る所に依れば日米間現在迄の交渉は結局日本が三国同盟条約との関係を如何にするやとの問題と米国が支那問題の解決に対し種々為したる主張との両者を如何に調節するやの問題に帰結すべし

 三国同盟条約に関しては日本としては条約上の義務あり且又大国としての名誉あり条約違反を為すが如きことは不可能なるが従来国際条約尊重を主張し来れる米国として夫れを希望するとは思へず殊に国条約の目的が戦局不拡大及平和保持に存するにも鑑み右両者の問題を調節する何等かの方法あるにあらずや

 唯支那問題処理に関し日本として米国に対し如何程耳触りの良き案ありとも実行不可能なるものは受諾し難きものと御承知ありたし

 大統領より支那問題に関する撤兵の困難なることも聞き及び居たるが米国としては日支の問題に関するintervene も medeate もせんとするものにあらず 単に斯かる言葉が外交用語に在りや否やは知らざるも introducer とならんとするのみなり

 来栖より 三国同盟中の参戦義務に関し日本が独自の見解より決定すべしと申入れあるに対し米国に於ては右を宛も米が大西洋戦に深入したる際日本が其の背後を刺さんとする意あるものと看做したるが如く解釈せらるるも然らず

 従来米国の一部には日本は独逸の威儀の下に其の手先となりて働くべしとの誤解存在したるやに見受けられたるを以て斯かる妄断を解かんが為め独自の見解に依りて行動すべきことを明かにしたる迄なり(P449-P450)

 兎に角此の際仮に大統領の示唆せられたるが如く太平洋に関し日米間に何等か大なる了解成立するとせば右は自然三国同盟条約をoutshineすることとなるべく 然らば同盟条約の適用問題に関する御懸念は自から氷解するが如き事態となるべしと思考す

 此の時「ハル」長官口を挾み 独逸の侵略政策を縷述し 若し英国征服成功の後には南米に種々の傀儡政府を作り英国の海軍を提げて米国を攻撃に来るべく 其の時に米国は何をするも手遅れとなるべきに付今より防衛を為さざるべからず 是れ米国の自衛にして之を日本が了解せられざる筈なしと従来の自説を縷々陳述し 

 大統領も先般の演説に言及したる独逸の対中南米政策を表はす地図なるものは独逸の政府筋より出でたる正真正銘のものなりと附言せり

 来栖より 大統領は曩に日米間のー般的了解に付言及せられたるが太平洋の平和を言ふ以上西半球も一面太平洋に臨み居るに付中南米諸国も之に「カバー」せらるることとなるべく 従って日本が西半球の平和を撹乱するが如きものの「パートナー」となるが如きはあり得ざることなり 

 貴方に於て本?交渉成立せば日本は一面米国と平和条約を擁し一面独逸の片棒を擔ふとの非難起るべしと弁ぜらるるも日本政府としては予て太平洋に公正なる平和成立したる暁には仏印より撤兵すべしと迄言ひ居る次第にして斯の如き事態に至らば日本が平和政策を取るものなることは米国民衆に対しても立証せらるることとなるべし

 兎に角目下野村大使が「ハル」長官と折衝せられつつある案件を速かに成立せしむること急務なりと信ず

 「ハル」長官は此の話は更に続行することと致し度し 従来自分(「ハル」)と野村大使とは何度も話を繰返し何時も同じ所をくるくる回る如き状態なりしが貴大使(来栖)より新たなる角度より観たる話を承はりたしと述べ尚大統領も之に賛意を表し本使及来栖に対し自分は此の土曜日(二十二日)迄華府に留まるべきに付「ハル」長官との御相談に依り更に御希望あらば喜して会見すべしと述べたり(了)(P450-P451)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十八日野村大使発東郷大臣宛電報第一一二九号

(我方案修正請訓の件)

 貴電第七八四号及往電第一一〇六号に関し

 十八日会談に依り「ハル」長官は戦後に於ける世界経済再建の問題を考へり 支那に於ける差当りの諸問題は余り眼中に置きおらず 且別電来栖大使観測の如き思惑にも出でをるやに見らるる節あり

 旁々差当り事務的問題としても我方甲案三点に関する折衝は無差別待遇の点を先づ片付けたる上他の二点に移らんとする先方の態度に徴し 少く共無差別待遇に関する我方甲案「フォーミュラ」後半 on the understanding 以下を削除し(近衛「メッセーヂ」に於て既に斯る「クオリフィケーション」なき言質をー応与へおることは御承知の通り)先方に原則的満足を与へ以て局面の打開を計るにあらずんば交渉の進捗を妨げ急速妥結を計る趣旨に副はざることとなるべく

 殊に無差別待遇の我方「フォーミュラ」は乙案にも存在するに鑑み此点に付妥結なき時は乙案も亦局面を救ふこと能はざるものと認めざるべからず

 就ては国内的にも多大の困難あることは当方に於ても重々拝察する所なるも曲げて今一応 on the understanding以下を削除することに付御勘考願ひ度し(P451)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十八日野村大使発東郷大臣宛電報第一一三一号

(野村、来栖「ハル」会談の件)

 十八日午前十時半より本使来栖大使と同道 国務省に於て「ハル」長官と二時間四十五分会談せり

 「ハル」は例の調子にて「ヒットラー」の運動には自分は当初より心配し居たるものなるが当時は何人も無関心なりしも彼の為すことは底止することを知らず米国も軈(やが)ては其の目標となるべし

 (とて咋十七日の議論を繰返し)日本としても「ヒットラー」全勝の上は東亜に出で来ることを考へざるべからざるに日本が解らぬは自分が了解し得ざる所なり(例の「複雑怪奇」当時の事情及独の対蘇態度変転にも及ぶ)

 米国の国策は平和維持に終始す 従って武力に依る拡大を計ることを信条とする「ヒットラー」の主義とは両立し難し 且又日本が三国同盟条約に依り「ヒットラー」に結び著き居る限り日米関係の調整には至大の困難ありとて日本と同盟条約との関係に力点を置き縷々説述せり

 真に今仮に日米間に妥結成るとするも米国民をして独逸は欧洲に於て力に依り膨脹政策を取り日本も東亜に於て同様の政策を行ふものなりとの考を拭はしむること不可能なるべし

 米国民中甚だしきに至りては米国は日本を通し「ヒットラー」の武力征服主義に屈するに至れりと迄言ふならん

 又現在の状況に於ては仮令日米間に妥結成るとするも宛も現在の日蘇関係の如く大軍を以て対峙し互に益々之を強化し軍事費を累加すると云ふ有様にては何の為にならず 此の根本的困難を除去するにあらざれば日米間の話合を進行せしむることは不可能なり(P452)

 来栖より 一体出来ぬ事を夫れが何程耳触り良き言葉を以てするも約束することは不可能なり 即ち今日本に向って三国同盟条約を吐出し無効にせよと云はれても之は出来ぬ相談なり

 「ハル」は米国は之を無効にせよと云ふ地位に居る次第にあらず 唯兎に角一方に日本が同条約を保ち乍ら他方に日米間妥結を求むることは自分(「ハル」)としては解るにしても米国の如き国柄なれば与論を了解せしむることは困難なり 来栖より同条約は武力に依る拡大を行ふことを趣旨とするものにあらざることを説きたるに対し「ハル」は然らば其の趣旨を現実に立証せざれば何にもならずと云へり

 本使より斯かる根本的問題は限られたる時間内に解決することは困難なり 然るに南西太平洋の情勢は極めて緊迫し居れり 日本の仏印駐兵に対し英国は新嘉坡に米国は比律浜に兵力を増強しつつあり 互に兵力を増強し行けば何日かは悲しむべき破局に立至るべし

 依て高遠なる理想論を闘はすも際限なかるべきを以て先づ差当り斯かる緊張を緩和すること必要なるべく 夫れには凍結令実施前の事態に復帰することとし即ち日本は仏印南部より撤兵するに対し米国は凍結令を撤去す 斯くして兎に角空気を緩和すれば新嘉坡に軍艦を送り又は比島に軍事施設を強化するの必要なかるべく 其の上にて更に話を進むることと致し度し

 「ハル」は根本の問題に付話が付かざること明瞭なる間に一時的手段として御説の如きことを行ふも無駄なり 我々は日本が東亜諸国中の第一人者として平和政策の為に「リーダーシップ」を取らんことを望む 但し武力征服の政策が日本を支配することともならば我々は世界平和の為め厄介なりと考ふとて仲々承服せず

 (之に対し本使及来栖大使より交々説得したる処)「ハル」は日本政府の首脳が日本は何処迄も平和政策を遂行するものなることを明かにするならば夫れを機縁として自分(「ハル」)は英国、和蘭等を説き凍結令実施前の状態に復帰することを考慮し差支なし 但し夫れに依り日本の政情が益々平和の傾向に向ふ様になること肝要なりと述ぶ(P453-P454)

 支那問題に付ては「ハル」より駐兵に付質問あり 本使より貴電第七二六号甲案に基き説明せるが(二十五年の期間に付ては触れず)「ハル」は何等追求せず

 且支那問題に関し英、蘭、支の三国より連絡を保ち居れりと述べたるに付来栖より彼等が如何なる点に付関心を有するやを尋ねたる処 「ハル」は英国は主として通商均等待遇原則なるやに思考す(assume)和蘭も同様なり  支那とは一般的の話に止まり具体的問題に入り居らずと述べたり

 尚通商均等待遇原則の問題に付左の如き応答ありたり 「ハル」より十五日の米国提案(往電第一〇九五号)に付東京より回答ありしや否やを尋ねたるに付

 来栖より一応の回答に接したるが更に研究を要するものあり 貴方に御披露し得るに至らず

 貴方は米国以外の国に付責任を負ひ難しとの御趣旨なる如きも然らば日本よりすれば日支和平成立する迄は日本は支那に付ても同じことを言ひ得るものと存す 

 日本と米国とは経済上の地位異り米国が通商交渉上各国に対し有する有利なる地位は日本の有せざる所なり 米国の経済が外国貿易に依存する程度と日本の夫れとは著しき差異あるを以て同一の準則に依り律することは不可能なり

 抑々経済機構なるものは急激なる変革を為す時は大なる動揺を蒙るものにして例へば北支の為替管理問題に付て言へば今之を直に廃止するに於ては一億有余の支那民衆の経済は混乱に陥るべく 支那民衆の為のみ思ふも斯かることは行ひ得るものにあらず

 「ハル」は左様なことは能く判り居れり 自分が通商均等待遇原則を主張するは戦後の事態を頭に入れての話なり 即ち戦後の経済復興に付ては恐らく無差別主義と全体主義との対立が予想せらるる処日本も米国と共に無差別待遇原則の為め協力せんことを求むるものなり(P454-P455)

 自分は予々「オッタワ」会議の結果たる英帝国特恵制度なるものに反対し来り居り 今尚之に付英国と交渉中なるが之は極秘の御含みに願ひ度きも最近英国も大体自分の見解に同調し来りつつある次第なり云々(此の点別電第一一三三号の新聞記事御参考迄)(P455)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十八日野村大使発東郷大臣宛電報第一一三三号

(来栖大使意見具申の件)

来栖より

(一) 野村大使及本使の観測に依れば大統領は表面悠々たる態度を持しつつも此の際日米妥結に付充分熱意を有すと認めらるるに付単に先方が我が提案を鵜飲みにせざるの故を以て直に遷延策なりと速断し取返へしのつかざる行動に出づるが如きは刻下最も戒心を要する所なり

(二) 中立法修正成立等に依り米国の関心は一層大西洋に向ひ来り 従って已むを得ざれば対日作戦をも敢て辞せざるの準備覚悟は堅めつつあるも出来得れば我国との交渉に依り背後の安心を得んとしつつあるものの如く

 十七日の会見に於ける大統領、十八日の「ハル」長官が何れも三国同盟条約問題に力点を置き従来より寧ろ其の主張を強め来りたる所以も主として其の辺の思慮に出づるものと観測す

 即ち米国としては日米妥結の前提としてー般米国民に対し日独乖離の印象を与へんが為め或は通商無差別主義に関する日米協力宣言或は目下英米間に交渉中なる同一問題に関する協定に我国を参加せしむること或は又十八日会見に於て「ハル」長官の示唆せる我国の平和主義表明の「メッセーヂ」等を利用せんと欲するものの如し(P455-P456)

(三) 日独関係現状の急激なる変化は我国として勿論不可能なるべきも上述の形勢にも鑑み此の際我国としては米国に対し出来得る限り充分なる安心を与へ益々大西洋方面に深入りせしめ以て日支事変の完遂は勿論戦後に来るべき国際情勢上有利なる地位を占め置くこと最も緊要なるべしと思考す

 戦後英米が矛を転じて我方圧迫に向ひ来ること無きやの問題に関しては十七日会談の際本使より前大戦後に於ける我国の苦き経験を述べ我国一部の対英米疑念を率直に説明せるに対し大統領は言下に新協定は斯る点をも全部包含すべきなり(cover it all)と答へたり

(四) 我国国内情勢の現状に鑑み今直に米側希望の線に沿ひ何等措置を得るには種々困難あるべしと思考する処 差当り其の間の繋ぎとして斯る日米交渉成立に付「タイム・リミット」の強き希望をも考へ差当り局面打開の為め凍結令解除、石油一定量輸入の保障を求むるの要あるべしと思考し十八日会談に於て野村大使と共に七月二十四日以前の状態復帰を示唆したる次第なるが

 米側としては之が対価に付乙案の仏領印度支那以外武力不進出又は条件曖昧なる仏印撤兵の証言のみにては従来交渉の経過に鑑み恐らく承服せざるべきに付此の際予め南部仏印撤兵開始位の誠意を示さるるを覚悟ありたし

 何分御訓令の「タイム・リミット」も有之出来得れば本週大統領在華中に急速処理を進め度きに付右至急進言す(P456)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十八日野村大使発東郷大臣宛電報第一一三四号

(野村、来栖「ハル』会談補追の件)

 往電第一一三一号に関し

 本日会談に於て我方より緊迫せる情勢を緩和し当面の危局を救ふべき実際的措置として先づ凍結令実施前の状態に復帰し我仏印南部の駐兵を撤去することとしては如何との提唱に対し「ハル」は頗る難色ありたるも結局日本の平和的政策をー層明確にしたる上にて英蘭等の関係国とも協議すべしと答へたるが

 従来米側に於ては支那駐兵問題が最大難関なるが如き態度を示し来たれる処 最近にては殊に中立法修正に関連し大西洋作戦に深入りしつつある米国々内情勢と共に寧ろ三国同盟に関連する日本の平和政策に重点を置くの傾向に推移せるが如く 他の諸問題に付ても総て我方の平和的意図を確めたる上妥結を計らんとする意向なること明かとなりたる次第なるに艦み

 此の際直に乙案を提示することは連日当方に於て熟議の結果に依るも反って甲案よりも成立困離の見込なるに付実際的見地よりして乙案提出に先だち差当り同案中の凍結令解除及物資獲得を主眼とする実質的妥結を試み之を手順として他の問題の解決に進む方得策にして又然らずんば急速妥結頗る困難と思考す

 就ては既に先方の希望に応じ近衛内閣当時も政府声明を確認せる次第はあるも同声明に舎まれたる若干の但書が疑惑の種となり居るにも鑑み而も斯の如き但書は之を明記せざるも必要の場合には当然自衛権に基き為し得る儀なるを以て此の際新内閣の何等但書なき平和政策の声明を与へ直截簡明に我方の平和的意図を表明し以て前回我方の提唱の如き妥結を計る様致し度し(P457-P458)

 尤も先方に於ては単に約束のみにては承服せず之が実行を強く主張するを以て凍結令解除と物資供給の実行と同時に我方撤兵実行の決意を要する次第に付右御含み相成り往電第一一三三号御参照の上何分の儀折返し御回電ありたし

(「ハル」に何時にても会談すべしと云へるも明後二十日は当国大祭に付明日中にも会見し得る様御回電を得ば好都合なり)(P458)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月十八日野村大使発東郷大臣宛電報第一一三六号

(野村大使意見具申の件)

 日米関係愈々緊迫十字路に来れる時救国済民の大責任を負はるる廟堂諸公の御痛心拝察し余りある処 今や帝国の取るべき途は

一、現状を維持すること
二、局面打開武力進出すること
三、何とか工夫の上相互不可侵の態勢を作ること

 一は彼我戦備を増強し艦隊を増派し益々一触発火の情勢となり結局武力衝突に陥るべく 二に比し多少時間の差あるのみなるべく

 三は何とか暫定的取極に依り―時的局面を弥縫し同時に百方努力平和の間に我目的を達成せんとするに在り 昨日往電第一一三四号は正に其の積りなり

 政府に於て御不満は拝察するに余りあるが 本使の観る所にては満洲事変に引続き支那事変四年を越へ国が疲弊したる時更に長期の大戦争を敢てするは決して時機を得たるものにあらず(P458-P459)

 此の際give and takeを以て一時のtruceを策するは更に他日の雄飛の前提なりと思料する次第なり

 昨日電報追補として忌憚なく卑見具申す

 総理大臣へ御伝へ請ふ(P459)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二〇日東郷大臣発野村大使宛電報第七九八号

(乙案提出方指示の件)

 往電第七九七号に関し

 御来示の方式の「日本の平和的政策を一層明確にしたる上にて」なる条件は三国条約問題を当然予想し居るものと察せられ決して日本が南部仏印より撤兵し米国は凍結令前の状態に還ると云ふだけのものにあらず 米国側に於ては相当煩雑なる条件を持出し来る余地あり

 他方我国内情勢は南部仏印撤兵を条件として単に凍結前の状態に復帰すと云ふが如き保障のみにては到底現下の切迫せる局面を収拾し難く尠くとも乙案程度の解決案を必要とする次第なり

 情勢右の如く差迫り居るを以て貴電私案の如き程度の案を以て情勢緩和の手を打ちたる上更に話合を進むるが如き余裕は絶無なり 旁々貴大使が当方と事前の打合せなく貴電私案を提示せられたるは国内の機微なる事情に顧み遺憾とする処にして却って交渉の遷延乃至不成立に導くものと云ふの外なし

 仍而責使は此際右私案に対し当方より修正訓令に接したりとて往電第七九九号、第八〇〇号及第八〇一号御参照の上次回の会見に於て乙案御提示相成度く 尚右は帝国政府の最終案にして絶対に此の上譲歩の余地なく 右にて米側の応諾し得ざる限り交渉決裂するも致し方なき次第に付 右篤と御含みの上万善の御努力を払はれ度し

 尚貴電第一一三三号及第一一三四号御来示の次第はあるも本件交渉は既報訓令の範囲内に於てのみ受諾可能なるに付右特に申進す(P467)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十日東郷大臣発野村大使宛電報第七九九号

(乙案に基く交渉振の件)

 貴電第一〇九六号日米共同宣言案は帝国政府に於て受諾を困難とする点多々あるは既に電報せる通りなる処 同電中互恵通商条約に関する「ハル」長官の提唱は同氏多年の主張としてー応首肯せらるるも同時に国務省支那専門家達の意見も多分に織込まれ居るものと察す

 而して余り細密に渉る案をー々論議するに於ては短時日間(往電第七三六号)に妥結に達すること不可能と断ぜざるを得ず 事茲に至りては大所高所よりする政治的解決により最悪の場合を回避する為め絶対必要なる数項目に付大至急協定を遂げ先づ以て戦争勃発の危険を防止すること唯一絶対の解決法と思考せらる

 就ては貴大使は往電第七八〇号中より6(通商無差別)及7(三国条約)を削除し5の第二項として往電第八〇一号を追加せるものを「ハル」長官に手交せられ右は従来両国間の主要懸案たりし国際通商上の無差別待遇問題、三国条約問題を「ドロップ」し支那駐兵問題は米側の意向にも顧み之を日支間の話合となし以て緊迫せる空気の緩和を図らんとするものなること

 又5の第二項南部仏印より北部への移駐は我方としては急速妥結の為め敢て提案せんとする極めて重要なる譲歩なることを強調せられ破局を救ふ為め急速(右はー週間内と御承知ありたし)に「ル」大統領の決裁を経て調印を了する様御申入あり度し

 尚先方が強て主張するに於ては往電第七八〇号6及7(通商無差別及三国条約)を挿入方同意せられ差支なきも本二問題に対する我方態度は6(無差別原則)に関しては貴電第一一二九号の次第はあるも往電第七八四号は変更し得ず(P468)

(「ハル」も支那に於ける差当りの諸問題は余り眼中に置き居らざる如きを以てon the understanding以下を削除することを固執せざるものと思考す)

 又7(三国条約)に関しては別電第八〇〇号末項の通りなり(P468)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十日東郷大臣発野村大使宛電報第八〇〇号

(乙案説明の件)

 往電第七九九号に関し

 往電第七八〇号の一、に関し南東亜細亜及南太平洋とせるは蘭領印度、泰を含むも支那は含まず

 三、の第二項に関し所要量は今次取極調印前に両国政府協議決定方希望す

 四、は米国の援蒋行為停止をも意味するものと御含み置あり度し

 五、に関し第二項(往電第八〇一号)は協定急速妥結の為め敢て提議せんとする極めて重要なる譲歩なり(P469)
 
 六、に関し我方に於て独り支那のみに通商無差別の原則が行はるることを容認し得ざるは往電第七八四号の通りなり

 七、の第二項末段米国の欧洲戦参入の場合の我方態度を「自主的に行ふこと」の説明として右場合攻撃ありたりや否やに関しては帝国が三国条約に於ける他締結国の解釈に拘束せらるることなく解釈し得るものなること及三国条約中には何等の秘密協定も存在し居らざることを明かにせられ差支なし

 (但し本項説明は協定成立の見込付く迄は之を差控へられ度し)(P469)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十日東郷大臣発野村大使宛電報第八〇六号

(野村大使試案拒否の件)
 
 貴電第一一三六号は往電第七九八号と行違ひたるものと認めらるる処 当方事情は右往電記載の通りにて貴方試案にては遺憾乍ら時局収拾を計るに足らず

 依て往電第七九八号末段の趣旨により至急話を進めらるる他には局面打開の途なきに付右に御承知相成度

 総理に於ても右に全然同意見なるに付為念(P470)
 
(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十一日野村大使発東郷大臣宛電報第一一四七号

(野村「ハル」会談の件)

 二十日「ハル」長官との会談要領左の通り

 同日は米国最大休日の一なる「サンクス・ギビング・デー」にも拘らず「ハル」は会談を快諾せるに依り本使来栖大使同道往訪せり

 先づ我方より貴電第七九八号御訓令に基き各項目に付説明を加へたる処 「ハル」は他の部分に付てはー、二質問を試みたるのみにて左したる意見を述べざりしが米国は日支全面和平の努力を妨ぐるが如き措置及行為を為さざる旨を約すとのー項に対しては非常なる難色を示し三国同盟条約に対する従来の主張を縷述し米国々民の頭に同条約との関係より来る抜くべからざる疑念の存する限り米国として蒋介石援助を打切ることは極めて困難なり

 御承知の通り現在米国の取り居る建前は独逸の止まる所を知らぬ武力拡張政策に対抗して一面英国を援け一面蒋介石を助くることに在り(P470-P471)

 従って日本の政策が確然と平和政策に向ひ居ることが明確に了解せらるるに至らざる限り援蒋政策を変更すること困難なること宛も英国援助の政策を打切ることの困難なると全然同一なり

 又一面より云へば今日の事態に立到る迄には在支(満)米国権益が日本の為に甚だしく迷惑を蒙り来れる事情も存する次第なり

 来栖より過日大統領に面接の際日支間の和平の問題に関し大統領は米国はintoroducerとなるべしとの御話ありたるがー方和平実現の為め紹介の労を取られ乍ら他方に和平実現を妨害するが如き援蒋行為を継続せらるることは両立し難き儀にして従って大統領がintoroducerと云はるる以上援蒋打切りを我方より申出づることは当然のことと存すと述べたり

 「ハル」は之に対し大統領と雖も日本の根本政策が平和的なること明かとなるべきことを前提として右様のことを申したる次第にして従来日本の有力なる政治家か「ヒットラー」流の武力拡大政策を促す意見を屡々唱へたるに鑑み米国々民としては日本が和平政策に立帰りたりと信ずること困難なり

 本使より要するに本日の提案は甲案に於て二、三の点に於て何等進捗せず然るに形勢は急迫を告ぐるを以て現在日米間殊に南西太平洋に於て緊迫せる情勢を緩和し幾分なりとも友好的なる空気を回復せんが為め急速妥結を図りたる上更に会談を進捗せしめんとする趣旨に出づるものなることを説明したるる処

 「ハル」は御趣旨は充分了解するも右に述べたる如き困難ありと述べ 更に自分も貫大使等も日米両国民に対し且又全人類に対し非常なる重責を擔ひ居るものなりとて沈痛なる面持を示したるが

 特に御申出の点に付ては充分同情的に研究の上更に御相談することと致し度しと述べたり(P471)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十日東郷大臣発野村大使宛電報第八一〇号

(交換公文案の件)

別電

(往翰)

 以書翰啓上致候 陳者本使は本国政府の訓令に依り、閣下に対し本月  日日本国政府と「アメリカ」合衆国政府との間に作成せられたる取極写一通を送付すると共に左記を通報するの光栄を有し候

 本取極は太平洋地域に於ける平和を確保し以て世界平和の恢復及増進に寄与するの目的を以て日米両国間に作成せられたるものに有之候処 帝国政府は前記目的に対し貴国政府に於かれても日米両国政府と同様重大なる関心を有せらるるものなることを確信し、本取極の内容特に其の第一条、第二条、第三条、第四条及第六条(但し第六条は挿入されたる場合に眼る)に対し貴国政府の注意を喚起致候

 此等の条項は夫々太平洋地域に於ける政治的安定、蘭領印度に於ける物資の獲得、日米両国間の通商、支那事変及国際通商上に於ける無差別待遇(但し第六条が挿入されたる場合に限る)に関する方針に関し相互的了解を明定したるものにして右は貴我両国間に於ても日米両国間に於けると同様両国間の相互的了解として採択し適用し得べきものと思料致候

 仍て帝国政府は本取極の作成の目的を更に完全に達成せしめんが為め本取極の前記条項に掲記せらるる了解を貴我両国間の正式の了解として採択し適用するの用意ある旨を茲に明かにすると共に貴国政府が之に同意せられんことを期待する次第に候(P472-P473)

 本使は茲に重ねて閣下に向って敬意を表し候

 敬具


 (返翰)

 以書翰啓上致候陳者本月 日附貴翰を以て本月  日貴国政府と「アメリカ」合衆国政府との間に作成せられたる相互的了解及政策に関する取極め写一通御送付相成ると共に左記御通報相成敬承致候

「本取極は・・・・・・・・・次第に候」

 本使は本国政府の訓令に依り、閣下に対し英国政府(又は蘭国政府)が本取極の作成の目的を諒解し且右目的を更に完全に達成せしめんが為め本取極の前記条項に掲記せらるる了解を貴我両国間の正式の了解として採択し適用することに同意する旨回答するの光栄有し候

 本使は茲に重ねて閣下に向け敬意を表し候

敬具

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十三日野村大使発東郷大臣宛電報第一一五九号

(野村、来栖「ハル」会談の件)

 二十二日本使来栖大使と共に「ハル」国勢長官(「バレンタイン」列席)と会談、要領左の通り

 長官は先づ二十二日英、濠、蘭の大公使と会見(新聞報に依れば約二時間半)我方提案に付意見を求めたる処何れも日本に平和的政策遂行の意向確固たるものある次第ならば勿倫歓迎する所にして通商関係の常態復帰の如き喜んで之に協力すべきも(P473-P474)

 日本が特使迄派して平和的意図を表明しつつあるー方日本政治家の言論及新聞論調等は全く之と反対の方向に走りおるやに見受けられ日本の真意甚だ不可解なる点あること及凍結令実施に至る迄の日本の石油輸入量が急速度を以て激増を重ね来り平和的意向にのみ使用せらるるものに非ずして海軍に於て貯有しつつある等の指摘あり

 且「エンバーゴー」解除は徐々に之を行ふこと可然等の意見ありたるが関係大公使は何れも本国政府に稟請月曜日迄に回訓を得ることとなり居るを以て其の上にて更に改めて何分の儀回答すべしと述べ

 日本に於ける言論最近の傾向に関し多大の関心を表明し日本政府の平和的意向闡明(「バレンタイン」は外国新聞記者等を通したる対外的宣伝よりは寧ろ日本国民に対する政府首脳部の誠意海外に伝達せらるること効果大なるべしと述ぶ)が米側与論をして対日妥結を承服せしむる上に頗る重要なることを力説し

 本来開戦已むを得ざる場合に於てすら前日迄平和を攻究することこそ政治家の道ならずやと迄極言し大統領及自分が五回平和政策を闡明するに対しせめて一回にても呼応せられたきものなりと述べたり

 次に当方より英、濠、蘭等の意向は兎に角とし米国自身の我方提案に対する意向如何と尋ねたるに対し項目を追っての答弁は恰も要求と認め渋面を呈し之を避けたるも

 要するに米及英、濠等の欲する所は南太平洋方面の緊迫せる現状を解消し同方面に抑制せられおる勢力を他に活用し得ることを切望しおる次第にして 此の点より見て我方提案は遺憾乍ら充分とは認められずと述べ

 本使より北仏印の兵力結集が重慶の活路を遮断する目的を以て主として雲南方面に向けられおるものにして南太平洋地域に脅威を及ぼさんとするものにあらざることを指摘し来栖より我方案の受諾が自然米始め各国の希望するが如き事態を馴致すべき端緒となるべきを述べたるに対し 各国の欲する所は局面の急速なる転換に存する旨を応酬せり(P474-P475)

 又通商常態復帰に関しても先づ差当り漸進を可とすべきも右は日本の平和的意図明確となるに至らば数日にして急転回を見るに至るべしと述べ

 援蒋行為打切りの点に関しては米国の橋渡しを為すべき場合をも考慮し予め日本に対し斯の如き約束を為すに於ては公平なる紹介者たるを得ざることとなるべく又交渉開始と共に之を打切ることとせば斯る約束を為すも其の価値少かるべくとの道 所謂蒋介石援助が宣伝せらるる程大したものにあらざるに鑑み右条項の挿入は先づ当面の問題の解決に依り急迫せる事態を改善し更に進んで根本的解決に達せんとする日本側提案の御趣旨にも鑑み承服し難しと答へたり

 尚大統領の橋渡しは今日は時機未だ熟するに至らざる旨の答ありたし

 何れ月曜日米側より何等対策提示あることと信ずるも之と共に恐らく太平洋の平和維持及通商促進を目標とせる何等かの提案に我方の参加を求め来るべきやに認められたるを以て不取敢本使より目下の懸案は特に先づ之を日米間の協定とし他国をして之に参加せしむるの形式を取るの要あるべし、来栖より右を何等か集団機構的のものたらしめ多数決に依り我方をVote down せんとするが如き仕組となるに於ては我方は到底之に応諾せざるべしと述べおきたり(P475)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十三日野村大使発東郷大臣宛電報第一一六〇号

(来栖大使会談補追の件)

 往電第一一五九号に関し

 来栖より

 二十二日の会談に付打合の為め二十一日本使「ハル」長官と約三十分に亙り私的会談を遂げたるが長官は三国条約の間題に関し本使が十八日会談の際同条約を out shineするが如き重要なる協定云々と述べたる点も「ハル」も頗る妙案と思考する次第なるが

 「ハ」は日米両国が太平洋平和維持の為に協力し以て世界平和建設に貢献するは其の衷心より念願とする所にして嘗て倫敦経済会議の際石井子爵、深井英五氏等の日本代表と肩を竝べて通商自由の為め戦ひたるは今猶欣快なる記憶として保有しつつある次第なり

 「ハ」は本来日本が東亜の指導国たることを極めて当然と思考しおり又表現聊かぎこちなき点は別とし所謂大東亜共栄圏の理念も亦理解に吝ならず 日本が武力に依る他国制圧を以て之を達成せんとするものに非ざる限り米国としては何等之を妨害せんとするものに非ず

 自分としては日露戦争直後日米両国が一方は東亜に於て他方は西半球に於て夫々指導的地位を保持しつつ親善協力の関係に在りたるが如き時代の再現を欲して已まざる次第なりと述べ

 今日両国が右様の心構へを以て太平洋平和を協定すると同時に日本は三国条約が右協定の実施を妨害するものに非ざることを闡明せらるるも亦一の行方にあらずやと信ずと述べ居りたり

 事態切迫乙案に対する米側の諾否如何に依り交渉の決裂已むを得ずと迄せられつつある今日に及び右様構想の検討は或は迂遠に失すべきも何の道冒頭往電予想の通り月曜日(二十四日)「ハル」より太平洋協定に関し何等か申出来る場合も有之べきに付或は此の際打開策として右御利用の御考へ等もあらば至急何分の儀御回電ありたし(P476-P477)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十三日野村大使発東郷大臣宛電報第一一六一号

(野村大使会談補追の件)

 往電第一一六〇号に関し

 二十二日夜の話は要するに日本が平和政策に出づる以上日米貿易を漸次恢復すべし 関係国をして協力せしむる点は昨日其の代表者と充分なる協議を為したるが月曜日迄に彼等は本国と打合を為したる上更に協議する次第にて国務長官は自分の力にも限りあり夫れ以上のことは不可能なる旨申したり

 東京の督促急なる理由を認めつつあるも又数日待たれぬ理由なしと信ずるが如し 病床に在りし胡適も昨日協議の終末に走せ参じたる由なり

 長官に於ては今直に日支橋渡しを為す意向なく又援蒋打切りは困難と為しつつあり 但今日と雖も援蒋の程度は大したものにあらず平和政策の進展次第右の件々は発展を見得るが如き態度にして只今の所支那問題を後回はしに取扱はんとしつつあるも

 他方面の確実なる情報に依れば所要期間の駐兵は要するに無期限駐兵にして四、五年をー期として更に其の後の情勢に依ることとするならば別段異議の理由なからんも無期限にては非併合及主権尊重の主義に背馳するものと見あるか如し

(七月予備交渉進行中仏印進駐を見当時会談中絶したるを遺憾とする旨繰返へし 今度も夫れと類似のことなきことを間接に警告しつつあり)(P477)

 南部仏印より北部へ移駐にては南西太平洋の形勢緩和に効なく関係諸国は皆之に牽制せられ兵力が凍結せらるること今日と余り異らざる様云々するを以て自分の軍事眼を以てすれば之れ極めて大なる譲歩にして同方面に至大の貢献を為すべしと説明せる処

 長官は会談の内容は只自分のみに止まり他の何人にも干与せしめず(後刻一、二有力なる上院議員に話したしと申せり)従って軍事上のことは克く解らぬと云ふ態度なり

 本使乙案の前書を示し逐条諾否を質さんとしたる処長官は乙案を以て対米「デマンド」と感ずるものの如く極めて不興にて要求せらるる理由なく自分は斯く迄も努力しつつあるに拘らず遮二無二当方諾否の決定をのみ迫らるるが如き只今のお話には失望(discourage)する旨述べだり

 本使等は沈着を旨とし折衝に当り激する様のことは無 之先方亦然り 而して長官は自ら米国は平和の中道を進みつつある前提の下に折衝しつつありて日本も亦米の和平政策に同調せんことを希望しつつあり(P478)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十二日東郷大臣発野村大使宛電報第八一二号

(交渉督促の件)

 往電第七三六号の期日は変更し難きものなること御承知の通りなるが 貴方に於ても折角御努力中にもあり又帝国政府としても既定方針を堅持しつつ最後迄情理を尽くして局面収拾に最善の努力を傾け以て能ふ限り日米国交の破局を阻止し度きを以て 御想像に余る絶大なる困難ありたるにも拘らず 茲三、四日中に日米間の話合を完了し二十九日迄に調印を了するのみならず 公文交換等に依り英蘭両国の確約を取付け 以て一切の手続完了を見得るに於ては夫れ迄待つことに取計らひたく(P478-P479)

 就ては右期日は此の上の変更は絶対不可能にして其の後の情勢は自働的に進展するの他なきに付き如上の次第篤と御含みの上交渉完結に付き充全の御努力相成度し

 右厳に両大使限りの御含み迄(P479)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十三日東郷大臣発野村大使宛電報第八一六号

(「紹介者」の件)

 米国側は乙案第四項の日支和平に関する努力を妨碍せざることを確約するに難色あるが如き処 我方は乙案と同時に「ルーズヴェルト」大統領を紹介者とするに異存なき次第なるにより其の橋渡しに依り去る十二日の米側提案(乙号)の趣旨に基き支那をして日本に対し友誼を披瀝せしめ以て日支和平直接交渉を開始せんとするものなる処 右交渉の開始と共に日支間に停戦協定成立予想せらるるを以て米国の援蒋行為も実際上其の必要を失ふに至るべきものなり

 依て「ル」大統領の行ふべき右橋渡しの結果蒋介石より和平を提議せしめ米国政府は之に対応して日支友好関係確立を希望する見地より日支の和平に関する努力を支持すべく之が支障となるが如き行為は差控ふるものなりとの趣旨を明かにすることは当然のことと云ふべし

 就ては貴大使は米側をして乙案第四項を受諾せしむると共に本交渉妥結の場合には右大統領の紹介に依る蒋介石の和平提議(簡単なるを可とす)を往電第八一二号期日迄に実現せしむる様御努力あり度し(P479)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十四日東郷大臣発野村大使宛電報第八二一号

(乙案督促の件)

 貴電第一一五九号及一一六一号に関し

一、米側及英濠蘭諸国に於ては南部仏印撤兵のみを以ては不満足なりとなし居るが如き処 右は当方に於ては局面打開の為め真に難きを忍びて敢てせる提案にして右以上の譲歩は絶対不可能なり

二、当方の期待する所は単に貴電の日米貿易恢復乃至凍結令実施前の状態への復帰に止まらざることは往電第七九八号申進の通りにて乙案包含の事項は第六及第七項以外全部実現を要する次第なり

 従って援蒋行為停止は(蘭印物資確保及米国の対日石油供給と共に)絶対不可缺の要件にして右は帝国の公正妥当なる要求なるに鑑み米国政府にして之をしも認め難しとするは当方の甚だ理解に苦しむ所なり

 就ては往電第八一六号の趣旨を以て重ねて米側を説得相成度し

三、我方が乙案に依る妥結を求むるに対し米側が「デイマンド」なりと称するは誤解にして当方は事態の切迫に鑑み只管急速妥結を希望するのみにて他意なきこと勿論の儀なるが此の点より云ふも米側が英、濠、蘭等を誘ひ集団的機構に導かんとする傾向は警戒を要すべく

 貴方御応酬の通り日米諒解成立に伴ひ爾余の関係国をして往電第七三一号の趣旨にて之に同調せしむることと致し度し(P480)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二四日東郷大臣発野村大使宛電報第八二二号

(大臣「グルー』大使会談の件)

 往電第八二一号に関し

 二十三日在京米国大使の来訪を求め冒頭往電の趣旨により説明を加へ置きたるが尚其の際南部仏印日本軍隊の北部移駐が軍事的にも重要意義を有すること、北部仏印進駐は元来支那事変処理と関連し行はれたるものにして南部進駐と共に英米側は資産凍結を実施せる経緯なること、而して全面的撤兵は今日の所絶対不可能なることを述べ

 又支那問題に付米大統領か紹介者としにて蒋介石をして日本に対して和平を提議せしめ日本が之に応じて交渉に入る際我方に於て米国が和平の努力を妨碍せざるべきことを要求するは当然の儀なるのみならず右が解決の最善唯一の方法なり

 尚此点を明確にせずして日米交渉を取纏むるは日本の国民感情上よりも之れ亦絶対不可能にして米国が此点を承諾せざるは理解し難き旨を述べ 我方の新提案は本大臣としては米国の平和政策に協調する見地より最大の尽力を以て日本側の希望条項を減少(「リデュース」)し事態を簡明にせんと努めたるものにて 本交渉成立の上は右の趣旨にて日本の政策は益益之を平和的に進め度き意向なりとの越旨を附加し置きたるが

 同大使は早速右を本国政府に電報すべしとて辞去せり(P481)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十五日野村大使発東郷大臣宛電報第一一七八号

(米側回答逞延の件)

 本日午前先方の都合を問合せたる処会議中にて午後何分の回答すべしとのことなりしに付午後更に督促せしめたる処 「ハル」も昨日及本日を通し此の問題に付協議せるも未だ成案を得るに至らず 是非共明日には出来上る見込に付明日更に打合せ度き旨回答あり

 右は昨日及本日に亙り終日国務省事務当局の会議及一時間に亙る英国大使「ハル」会見等の事実に照らし先方に於ても交渉促進に努め居る様子に付止むを得ず本日の会談を見合せ明朝更に打合すこととせり(P481-P482)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十五日野村大使発東郷大臣宛電報第一一七九号

(米、英、蘭、濠、支打合の件)

 「ハル」国務長官は従来二回に亙り英、濠、蘭印、支の各大公使一応同時に協議し来れる処 形勢の進展に件ひ主として英国大使を相手とすることとなれるものの如く本二十五日午前以来濠蘭印代表に対して英国大使を通して連絡し支那大使とは英国大使と協議後単独に本日夜協議することとなり 従来の四国同格的取扱より変化し来れる点一般の注意を引き居れり(P482)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十六日野村大使発東郷大臣宛電報第一一八〇号

(野村、来栖打開策具申の件)

 野村来栖より

 累次往電の通り乙案全部を容認せしむる見込殆ど無くー方時日は切迫 此の儘にては遺憾乍ら交渉打切りの外なく微力慙愧に堪へず

 此の際唯一の打開策としては甚だ恐懼に堪へざるも先づ「ル」大統領より、至尊に対し奉り太平洋平和維持を目的とする日米両国協力の希望を電信せしめ(御内意を俟ちて極力交渉す)之に対し御親電を仰ぐ奉り以て空気を一新すると同時に今少しく時機の御猶予を得、英米側が蘭印保護占領に出で来る可能性をも考慮し我方より先手を打ち仏印、蘭印「タイ」国を包含する中立国設立(本年九月「ル」大統領か仏印、「タイ」国中立を提議せるは御承知の通りなり)を提議すること可然と思考す(P482-P483)

 今回交渉の決裂が必ずしも日米開戦を意味せざるやの観測存すべきも決裂後は前述の如く英米側の蘭印進駐も予想せられ結局我方の攻撃に依る対英米衝突不可避なるべく 右に対し独逸が条約第三条の義務発動を肯するやは頗る疑問にして且日支事変の解決は少なくとも今次世界戦の終局迄持ち越すの外なきに至るべし

 本電は或は本使として最後の意見具申たるべきに付少くとも木戸内大臣迄御示しの上至急折返し何分の御回電切望す(P483)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十六日野村大使発東郷大臣宛電報第一一八九号

(野村、来栖「ハル」会談の件)

 二十六日午後四時四十五分より約二時間本使及来栖大使「ハル」長官と会談す

 「ハル」より茲数日間本月二十日日本側提出の暫定協定案(我方乙案)に付米国政府に於て各方面より検討すると共に関係諸国と慎重協議せるも遺憾乍ら之に同意出来ず

 結局米側六月二十一日案と日本側九月二十五日案の懸隔を調節せる左記要領の新案をー案(a plan)として(ten tative and without commitmentと肩書す)提出するの已むを得ざるに至れりとて左の二案を提出せり

甲、所謂四原則の承認を求めたるもの(P483)

乙、
(一) 日米英「ソ」蘭支泰国間の相互不可侵条約締結
(二) 日米英蘭支泰国間の仏印不可侵竝に仏印に於ける経済上の均等待遇に対する協定取極
(三) 支那及全仏印よりの日本軍の全面撤兵
(四) 日米両国に於て支那に於ける蒋政権以外の政権を支持せざる確約
(五) 支那に於ける治外法権及租界の撤廃
(六) 最恵国待遇を基礎とする日米間互恵通商条約締結
(七) 日米相互凍結令解除
(八) 円「ドル」為替安定
(九) 日米両国が第三国との間に締結せる如何なる協定も本件協定及太平洋平和維持の目的に反するものと解せられざるべきことを約す(三国協定骨披き案)

 右に対し我方より全然従来よりの話合に惇り東京に取次ぐことすら考慮せざるを得ずとて強硬応酬を重ねたるが「ハル」は到底譲る気色なし

 米側にて斯る強硬案を提示するに至れるは英蘭支の策動に依る外援蒋行為停止の我方要求と数日来我国要人の英米打倒演説 我対泰国国防全面委任要求説等に影響され米側の妥協派が強硬派に圧倒せられたる為かと推察す(P484)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十六日東郷大臣発野村大使宛電報第八三〇号

(交渉督促の件)

 両大使へ

 米国新聞通信は我方の仏印部隊全面的撤兵と資産凍結解除とを関連せしめ居る模様の処 往電第七九八号申進の通り十八日貴方に於て提出せられたる試案にては到底時局を収拾するに足らず 我方最後案の趣旨は乙案全部(乙案より通商無差別及三国条約即ち第六及七項を除外したるものに往電第八一六号申進の如く米側十二日提出乙号の日支和平周旋を含む)の成立を期待するものにて之が貫徹は絶対に必要とする次第なり

 就ては期日切迫し余日幾許もなきに鑑み貴大使に於ては至急重ねて米当局と接触せられ右我方主張の貫徹に最善の努力を尽され度く

 尚申す迄もなき儀乍ら貴大使御昵懇の有力米人等をも充分御利用相成の直接間接に米側を説得あり度し(P485)
      
 
(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十六日東郷大臣発野村大使宛電報第八三三号

(石油需要量等の件)

 往電第七九八号に関し

 我方新提案により妥結の際は第二項及第三項に関連し早速物資確保の必要ある処帝国が焦眉の急とするは石油獲得なるに依り交渉進捗に応じ取極調印前早目に

 我方に於ては石油輸入に付米国よりは年四百万噸(米国よりの昭和十三、四、五年度の平均輸入量にして其の内訳は航空揮発油を含み資産凍結実施前の実績に準ず)即ち月約三十三万三千噸

 又蘭印よりは従前交渉に於て大体意見の纏りたる数量(蘭側は年百八十万噸の供給に同意せり)を基礎とし年二百万噸を希望する旨御申入れ相成度く話合成立の上は貴大使と国務長官との間の文書交換等の方法により右を確約せしむることと致し度し(P485-P486)

 尚右数量は交渉上標準たるべき大約の数字を表はすものなるが他方当方としては今後通商恢復に伴ひ右数量の漸次増加を希望する次第に付右御含みの上御折衝相成度し(P486)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十七日野村大使発東郷大臣宛電報第一一九〇号

(交渉打切の場合に関する件)

 今次日米交渉の経過は累次電報に依り御承知の通りにして本二十六日米側提案(別電第一一八九号)に徴するも彼我の主張懸隔著しく御来示の期日内に当方主張を受諾することは遺憾乍ら到底見込なきに至れる次第なり

 然るに米側に於ては予ての主張竝に我方により本件関係各国の同意取付を求めたる関係上尚ほ諸国と協議の上右提案を為すに至りたる次第なるが其の企図する所は素より油断を許さざるも我方に於ては御訓令の次第もあり今日迄先方に対し急速妥結を迫りたるのみにて其の為未だ最後通牒的意思表示を為したることなく又十七日大統領も no last words と云へるが如き事態にも鑑み

 若し我方に於て現下の交渉に何とか区切を付けずして期日後に於て何等自由行動に出づる場合には米側は目下関係諸国と接衝中なる事実も利用し反って我方が所期の行動準備の為め本件会談を引きずり之が用(意)?成りたるを以て会談継続中にも拘らず勝手に予定の行動を開始したるものの如く宣伝し交渉破綻の責任我方に転嫁せんとするの惧あること

 現に再三我仏印進駐の為め会談停止されたる旨を言及する事例に依りても観取せらるるを以て我方が何等本件交渉打切の意思表示を為さずして突如自由行動に出づることは右の如き逆宣伝に利用せらるる惧あるのみならず大国としての信義上よりも考慮を要する次第なるが(P486-P487)

 而も斯の如き意思表示は我軍機と緊密の関係あるべきを以て政府の御裁量に依り東京に於て米国大使に対する通告又は中外に対する声明等然るべき方法に依り今次交渉の区切りを明かにせらるること得策なるやに存ぜらる

 尤も其の場合には予め当方へ御内報の上同時に申入ることと致し度し

 尚大統領と会見の都合もあるに付此の際尚ほ心得べき点もあらば折返へし御回示を請ふ(P487)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)


十一月二十七日野村大使発東郷大臣宛電報第一一九一号

(野村、来栖「ハル」会見詳報の件)

 二十六日「ハル」長官の求めに依り本使来栖大使と共に会見したる処 先方は先づ別電第一一九二号、第一一九三号及第一一九四号の文書を手交せるを以てー読の上種々質問応答を重ねたるが其の要領左の通り

一、二十日当方提出の提案(乙案但し六及七を除く)に付ては五日間に亙り審議研究し且関係諸国とも協議せるも遺憾乍ら之に付審議するを得ざるに至れり

二、当方より「オーラル」中六月二十一日米案と九月二十五日日本案との懸隔調和を云々せられ居るも本案は右何れの案とも著しく異りおる旨を指摘せるに対し

 「ハル」は右は当方指摘の「パラグラフ」の直前の「パラグラフ」と併読ありたく当方としては前記日米両案調節のー案なりと述べ

 何分会談開始以来其の内容を秘し来れる為め民論を重んずべき当国に於て種々の憶測を生じ殊に支那を見殺しにするが如き浮説も頻に伝へられ自分も当惑しおるー方(P487-P488)

 日本側は二十二日会談の際申上げおきたる次第にも拘らず各要人は相変らず非平和的議論を高調せられおる関係も有之自分としては諸般の事情上本案提示の已むを得ざるに至れる次第なりと述べたり

三、先方提案「セクション」一に付ては先づ四原則中第四が従来の所謂「スチムソン・ドクトリン」と変化せるを指摘せるに対して別段返答なく無差別待遇主義に対しては従来の我方主張を「レマインド」すると共に例へば右原則を直に支那に適用し現在経済の運営に急激苛酷なる変革を加ふるの不合理不可能を指摘せるに対しては右の如きは十分理解しおり原則は原則として必ずしも急速実現を予想しおる次第にあらずと答へたり

四、同提案「セクション」第二の(一)に関し其の趣旨は兎に角とし日本が華府会議以来此の種集団的機構に付ては頗る苦き経験を有し居り 本案が九国条約的機構を復活せんとするものなるに於ては我国としては四年間の今次事変が全く無益に帰する次第にして到底容認し得ざる所以を強調せるに対しては何等力ある反駁を為さず

五、更に同「セクション」(三)及(四)に到りては全く出来ない相談にして(四)の重慶政府承認の如き米国が恰も支那即ち蒋政権を見殺しにするを得ずと称せらるるが如く我国としては断じて南京政府を見殺しにするを得ずときっぱり云ひ切りたるに対し

 「ハル」は(三)の撤兵は要するに交渉に依る次第にして必ずしも即時実現を主張しおる次第にあらず南京政府に関しては米国の有する情報に依れば到底支那を統治するの能力なしと見るの外なしと述べたるを以て右は過去に於て支那に幾多の政府が興亡せる経緯を無視せられたる議論なりと応酬しおきたり

六、三国条約の問題に至りては米国は日本をしてに出来得る限りの譲歩を為さしめんことを希望せられつつある一方前述の如き支那問題に対しては殆ど当方をして重慶に謝罪せよと称せらるるに等しく苟くも米国大統領が過般「紹介」を云々せられたるはまさか右の如き趣旨に出でられたる次第にはあらざるべしと述べたるに対し「ハル」は別段答ふる所なし(P488-P489)

七、兎に角単にー読したるのみにても甚だ承服し難き御提案にて殊に支那問題に関し絶対受諾不可能なる条項を含みおるに鑑み此の儘之を帝国政府に伝達するは誠意日米両国の妥結を念願とする本使等として採るべき措置なりや否やにも深き疑問あり 何れ両人に於て更に熟読熟議の上決定することと致し度しと述べおきたり

八、最後に本使より米国としては本案の外考慮の余地なしとせらるる意なりや及過般大統領が友人間には「最後の言葉なし」と称せられたる経緯にも鑑み会見方を取計ふを得べきやと質したるに対し前者に対しては右は要するに一案なりと答へ後者に対しては余り進まざる様子なりしも取計ひ方承諾せり(P489)

(外務省編纂『日米交渉資料』より)

(2013.1.1)


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