立作太郎『戦時国際法論』


日本評論社、昭和六年発行、昭和十一年五版


第一章 戦争及戦時法規に関する概説


立作太郎『戦時国際法論』

第六節 交戦法規の拘束力


 戦時国際法規の一部分たる交戦法規は、交戦国間の関係に関する法規にして、交戦法規上の権利義務の主体は国家に外ならないのである。

 然れども国家の機関としての軍隊の権限内の行動又は権限内の行動と見らるべき行動にして、国際法規に違反するものに対しては、其の政府の命令に基くと否とに拘らず、国家は其責任を負はざるべからざるものにして、戦時に於ては、啻(ただ)に然るのみに非ずして、軍隊を組成する者の国家機関としての行動以外の私の行動に関しても、国家は、其機関たる軍隊を組成する個人に対する緊密的関係に基き、代位的の責任を負ふべきことが認めらるるのである。(P25-P26)

 ハーグ陸戦法規条約に於て、交戦当事国は、其軍隊を組成する人員の一切の行為につき(損害賠償に関する)責任を負ふべき旨を定めて居る。

 個人は交戦法規の権利義務の主体に非ざるを以て、厳に言へば個人の交戦法規違反の行為は存在せざる筈である。

 然れども個人の一定の行為は、対手国が、其の戦争上の目的の為に有害なるの故を以て、之を禁遏(きんあつ)(防止)し、又は之を処罰することが認めらるるのである。

 例へば占領地の人民が敵対行為を為すとき、又は未だ占領せられざる地方の人民が、敵対行為を為すに当り、公然兵器を携帯せず、又は戦闘に関する法規慣例に依らざるときは、戦時重罪人として、之を処罰し得べきである。

 交戦法規は、其の慣習法規たると条約法規たるとの別無く、交戦国に於て遵守せねばならぬものである。

 或はドイツ学者の所謂「クリーグスレゾン」(戦数)即ち戦争上の緊急必要の思想に依り、交戦法規を遵守せば戦争の目的を達する能はざる場合には、之を度外視し得るとの説を為す者あるも、之を是認するを得ないのである。

 「クリーグスレゾン」の説につきては更に後述すべきである。

 但し現実国際慣習法上に於て、戦時復仇(戦時報償)又は報復(返報)なるものが認められ、一定の場合に於て、対手の不法行為又は禁遏し得べき対手国私人の行為を止めしめ又は之に対する救済を求むる為めに、交戦法規に拘束されざるの行動を為すことが認められる。

 戦時復仇又は報復につきても、後述する所あるべきである。(P26-P27)

 或は戦時復仇行為を以て、対手国の交戦法規違反に基きて法規遵守の義務を解除せられたるが為に行ひ得るに至る所と為す者あるも、此説は之を執るを得ない。

 此説たるや一方交戦国の法規違反を理由又は口実として、他方交戦国も交戦法規違反を行ふを得るを認むるものであって、結局に於て一般に国際法規の拘束力を危うするの結果を致すべき説たるを免かれないのである。

 一方交戦国の交戦法規違反は、当然他方交戦国の交戦法規遵守の義務を解除すると為し、交戦法規の遵守の義務は相互主義を条件として存すると為すの上述の説(例へばリューダー)は、往々に之を執るものあるも、此説は之を採るを得ずして、一方の交戦法規違反は当然に他方交戦法規遵守の義務を解除すること無きものと認めねばならぬ(ウエストレーキ)。

 但し一方交戦国が交戦法規違反を行へる場合に於て、他方交戦国は、違反の救済を求め又は将来に於て違反を行はしめざる目的を以て、(普通の交戦法規上の規則に拘束されずして)、戦時復仇行為又は報復行為を行ひ得べきことが認めらるるのである。(P27)



立作太郎『戦時国際法論』

第七節 「クリーグレゾン」(戦数)即ち戦争上の緊急必要

 ドイツ学者中、「クリーグスレゾン」なるものを認め、普通の交戦法規は、戦争上の緊急の必要を存する場合には、所謂「クリーグスレゾン」の活動に依り、其拘束を失ひ、之を度外視するを得るに至ると為す者がある。(P29-P30)

 「クリーグスレゾン」に関して、戦数即ち戦争の必数又は交戦条理等の訳語がある。普通の交戦法規の外に、別に戦争の必要に基く「クリーグスレゾン」なる一種の法規が活動すると為し、普通の交戦法規と所謂「クリーグスレゾン」とが相合して交戦国間に有効なる戦時法規を為すとするのである。

 所謂「クリーグスレゾン」なるものは、普通の交戦法規に拘泥するときは、緊急の危険を免かるるの道なきか、又は敵の抵抗力を挫くの戦争上の目的を達するに道なき場合に於て活動すると為すのである。或は「クリーグスレゾン」の名称を、上述の場合と戦時復仇の場合とを包括するものとして用ふるものがある(例へばリューダー)

 蓋し「クリーグスレゾン」と言ふ如き、範囲の広きに過ぎ且明確を欠ける交戦法規拘束力の例外を認むることは、交戦法規違反に口実を与ふることとなるに至り、一般に交戦法規の拘束力を弱むるの効果を生ぜしむものにして、之を是認するを得ない

 「クリーグスレゾン」の説の最も批難すべき点は、戦争に於て敵の抵抗力を挫くの目的を達する為め、他に方法なきときは、普通の交戦法規を度外視し得ると為すの点に在るのである。

 「クリーグスレゾン」の活動は、緊急の必要を以て条件とするも、軍指揮官が認定を為すに当り、緊急の必要と普通の必要を区別することは実際上困難なるのみならず、時には交戦法規に遵依せざることが、敵に勝つ為に便宜なるに過ぎざる際に於て、「クリーグスレゾン」を援用して、交戦法規の拘束を免れんとすることがあるべきである。

 固より軍事上の必要を存する場合に於て、交戦者は戦争の目的を確むるに必要な手段を執るを得べきも、交戦法規並に条約の規定を度外視するを得ざるべきである。(P30)

 軍隊を組織する個人が切迫せる緊急の生存上の危険を免かるるの道なき非常特別なる場合に於て、一種の緊急状態が存在し、国際法は此場合に於て交戦法規を度外視するの行為を以て普通の違法行為と同視すること無かるべきも、是れ戦数なる特別の法理を認めて始めて然るのでは無い。

 又切迫せる緊急の生存上の危険とは、降伏に依りて避くるを得べき危険を含まざるべきであつて、敵に勝つ為めに必要なれば軍隊が交戦法規を度外視し得ると為す戦数の説とは全く異なるのである。

 若し「クリーグスレゾン」の説を認むるときは、如何なる交戦法規も、交戦国の一方が戦争上の目的を達する為めに之に遵依せざることが必要と認むるときは、之が拘束を否認するを得ることとなるべきであつて、戦争法規中に於て「クリーグスレゾン」なるものを認むるは、是れ戦時法規の自殺に外ならぬのである

 普通の交戦法規中の或る規定に於て、戦争の必要上已むを得ざる場合若くは絶対的の軍事上の必要の場合等に於て、例外を認むることあるも、是れ「クリーグスレゾン」の説を認めたるものと云ふを得ない。(P31)

 例へば陸戦条規二十三条第一項(ト)号が、戦争の必要上万已むを得ざる場合を除くの外、敵の財産を破壊し又は押収するを得ずと為し、又同第五十四条が、占領地と中立地とを連絡する海底電線は、絶対の必要ある場合に非ざれば、之を押収し又は破壊することを得ずと為し、戦時海軍力を以てする砲撃に関する条約が、軍事上の工作物、陸海軍建設物、兵器又は軍用材料の貯蔵所等にして、防守せられざる港又は都市中に在るものは、相当期間を以て警告を与へて、地方官憲が期間内に之を破壊するの措置を執らざりし場合に於て、全く他に手段なきとき、始めて砲撃に依り破壊し得べきことを定めながら、軍事の必要上即時の行動を要する為期間を与ふることを得ざる場合につき例外を認めたる如きは(同上条約第二条第一項及第三項参照)、皆交戦法規の或る特別の規定中に於て、始めより特別なる戦争上又は軍事上の必要を存する場合に関する例外が特に含まれたるものにして、「クリーグスレゾン」の説の如く、如何なる交戦法規の規定も、戦争の目的を達するの緊急の必要あれば、総て之を度外視し得ると為す如きものとは全く異なるのである。(P31-P32)

 「クリーグスレゾン」の説に依れば、如何なる交戦法規も、之に遵依せざることが、交戦国の一方の戦争の目的上、緊急の必要であると称すべきときは、之に遵依せざるを得ると為すに至るものである。是れ交戦法規全般の拘束力を微弱ならしむるものである。此説はドイツの一部の学者の唱導する所に止まり、国際慣習法上に於て認められたる所ではないのである。

 「クリーグスレゾン」の説と異なるも、交戦法規に関する殆んど総ての条約上の規定は、軍事上の必要の存する場合に於て之に拘束されざるの黙示的の条件を含めるものと為すの説(ブリュッセルの会議に於てジョミニーの説ける説)も、其実際の結果に於て「クリーグスレゾン」の説と相類するに至ることを認めざるを得ない。

 実際に於て已存の条約中の或る規定は、軍事上の必要に関する条件を黙示的に含むと解せざるを得ざることがある(例へば陸戦条規第四十六条第一項参照)

 然れども将来に於て、此の如き条件を含む規定につきては、条件を明示すること、例へば上掲の陸戦条規第二十三号(ト)号、同条規第五十四条、戦時海軍力を以てする砲撃に関する条約第二条の如きである。

 交戦法規に冠する条約の一切の規定又は殆ど総ての規定が、上述の如き黙示的条件を含むと解するときは、条約の拘束力を危うせらるる結果を生ずること、ドイツ学者の「クリーグスレゾン」の説と大差無かるべきである。(P32)

 


立作太郎『戦時国際法論』

第八節 戦時復仇(報償)又は報復(返報)


 戦時慣習国際法上、復仇(報償)又は報復(返報)の名を以て、普通の交戦法規を遵守せざる行動を為すことが認められるのである。戦時に於ては平時の如く復仇(報償)と報復(返報)との間に区別を立てて説かざるが常である。

 戦時に於ける復仇(報償)又は報復(返報)とは、敵国政府若くは敵軍の交戦法規違反の行為の行はれ、又は敵国私人の行為にして、戦争の目的上有害なるの故を以て、禁遏を行ふことを認められるるもの(例へば占領地人民の敵対行為)の行はるるに応じて、已むを得ざる場合に於て、敵国政府、敵軍又は敵人に対して加ふる所の悪報にして、敵をして将来に於て交戦法規違反の行為若くは禁遏を行ひ得べき私人の行為を行はざらしむるの目的を以て、又は敵の既に行ひたる交戦法規違反の行為若くは禁遏を行ひ得べき私人の行為につき、結果の復舊を求め、若くは是等の行為を行へる者を処罰せしむるの目的を以て、行ふものである。

 簡単の語を以て言へば、敵の不正行為の将来に於て行はれざるを求め、又は斯の如き行為の救済を求むる為めに行ふものである

 戦時復仇又は報復の悪報的手段は、普通の場合に於ては交戦法規違反の行為となるべき種類の行為である。唯戦時国際法が戦時復仇又は報復の制度を認むる為めに、法規違反の責任を負はざるを得るのである。(P33)

 ハーグの陸戦条規に於ては、戦時復仇を公然認むるは、之が濫用を致す所以と為して、条文中に掲げなかつたのであるが、慣習国際法上に於て明らかに認められ来つた所である。(P33-P34)

 戦時復仇(報償)又は返報は、違反に対する刑罰の性質を有するものでもなく、又復讐の性質を有するものでもない。将来に於て違反を為さざらしめ、又は違反の結果を復舊し若くは違反に関係せる者を処罰することを強制するの手段たるに過ぎない

 戦時復仇が現に行はれざるも、交戦法規違反を行へば、敵の為に戦時復仇の手段を加へらるべきの危惧の念に因り、交戦法規の違反の行はれざることが往々起るのである。

 戦時復仇(報償)は、平時復仇(報償)と異なりて、必ずしも対手国の国際法違反の行為に応じて行はるべきに非ずして敵国の私人の行為なりとも、国際法が之に依り害を被むる交戦国の禁遏を行ふを認むる種類のものに応じて、之を行ふを得べきことが認めらるるのである。例へば占領地の人民の占領軍に対する敵対行為の如きものに応じて、復仇を行ひ得べきことが認められるのである。

 或は戦時復仇の行為は、対手国の交戦法規違反の行為に因り交戦法規遵守の義務を解除されたる結果として行ひ得るに至る所と為すの説あるも、一方交戦国の交戦法規違反の行為は、直ちに他方交戦国の交戦法規遵守の義務を解除するものと認むるを得ない

 戦時復仇の行為は、全然交戦法規遵守の義務の解除せられたるが為に、交戦法規に遵依せずして行はれ得るに非ずして、戦時復仇(報償)なる特別の制度が認められ、対手国の法規違反に対する救済を得るの目的を以て行ふことを条件として、始めて普通の交戦法規に遵依せざる此種の行為を行ふことを許さるるのである。(P34)

 戦時復仇(報償)は、多数の場合に於ては、法規違反行為又は其他国際法上禁遏を許さるる行為に関係なき者に加害するものである。(P34-P35)

 例へば世界大戦の際、イギリスがドイツの潜水艦員にして商船の無警告撃沈を行へる者を離隔せるに対して、ドイツは離隔の処分を受けたる潜水艦員と同数のイギリス人俘虜たる将校兵士を離隔せる如き是である。

 是の如く戦時復仇は、多数の場合に於ては、復仇の行為の原因たる交戦法規違反行為又は其他の禁遏を許さるる行為に関係なき者に加害するものなるを以て、已むを得ざる場合に非ざれば之を行はざるべきである。

 故に法規違反行為又は其他禁遏を許さるる行為の行はるるに当り、之に対して他の相当なる救済方法を求むるも其効無かりし場合に於て始めて之を行ふを得べく、特に原因たる行為に関する責任者を捕へて処罰を行ふを得べき場合には、戦時復仇の手段に出づべきではない。

 例へば占領地の人民の敵対行為を行へる者あるに当り、敵対行為を行へる者を逮捕して処罰し得べきに、之を行はずして、直ちに占領地の人民に対して、戦時復仇の名義を以て、取立金といふ如き一般的の悪報を加ふる如きは、不可なりと言はねばならぬ。

 戦時復仇は、敵の如何なる交戦法規違反の行為又は其他の如何なる禁遏し得べき敵人の行為に対して之を行ふを得べきものなるやにつきて、国際法上の制限を存せぬのである。又戦時復仇其ものが如何なる種類の手段に限るべきやにつきても、国際法上の制限を存せぬのである。

 然れども戦時復仇として行ふ手段の加害の程度が過度なるべからずして、之が原因となれる敵の不正行為に比して大なるを得ぬのである。又復仇行為を行ふに当り、常に人道及道徳の法則を無視せざることを要する。

 又復仇行為は交戦国間に於て行はるることを認めらるる交戦法規上の行為なるを以て、中立国の行為に対して戦時復仇行為なるものが行はるべきものでないのである。(P35)
 
 中立国の行為に対しては時に平時復仇(報償)行為を行ひ得べきのみである。又戦時復仇行為は、中立国人の権利の侵害を直接の目的とする加害行為たるを得ざるべきである。(P35-P36)

 ハーグの陸戦条規(第五十条参照)は、「人民に対しては、其の連帯の責ありと認むべからざる個人の行為の為め、金銭上其他の連座制を科するを得ず」と為せるも、此規定の復仇の問題に何等の関係をも及ぼさざることは、陸戦条規の編纂に当れるハーグ第一回平和会議の当該委員会の報告書中に明言されたる所である。

 占領地内の或る都市の附近の鉄道の破壊が行はるる際、加害者が該都市の人民の極力庇蔭する所となりて、占領官憲が如何に努力するも、犯人の逮捕を行ひ得ざる如き止む得ざる場合に於ては、復仇として住民に対して取立金の如き一般的の悪報を科するを妨げぬのである。

 戦時復仇は
個々の兵士の発意を以て之を行ふを得ざるべく、指揮官の直接の命令に基きて始めて行ふを得べき所である。将来に於て、戦時復仇は最高級の指揮官の直接の命令に基くに非ざれば之を行ひ得ぬことと定むるを可とすべきである。

 戦時復仇は、敵が原因たる交戦法規違反の行為又は原因たる其他の対手交戦国の禁遏し得べき行為を止め又は其結果を復活し、若くは上述の如き行為を行へる者を処罰して、戦時復仇の目的とする所が実現さるるに至る場合には、最早之を行ひ得ぬのである。又已に之を行ひ始めたるときも、上述の場合には之を止めねばならぬ。(P36)

 戦時復仇は、戦時の実際の慣行に於て行はれ、慣習国際法の認むる所となれりと言ふを得べきも、其弊害多く、復仇の原因たるべき対手の違法行為又は其他の禁遏し得べき行為の行はれたる事実が確実ならず、又は対手の行へる所が、此種の行為に属すること明白ならざるに、復仇行為の行はるる事例を存する。(P36-P37)

 且つ一方の所謂復仇行為は他方の所謂復仇行為を招き、交戦法規の行はれざることが益々広きに及ぶの傾向あるを免れぬ。加之甚しきに至つては復仇に藉口して、交戦法規の拘束を免かれんとすることすら起り得るのである。

 戦時復仇又は返報は、実際に於て交戦法規の拘束を危うすべき原因の一となれるを以て、交戦法規の拘束を一層確実にするに為めには、明白に戦時復仇又は返報なる制度を認むると同時に、之に関する制限を明定し且之を厳重に定むるを可とすべきである。

 戦時復仇行為は、普通の交戦法規を度外視し得ると為さるる点に於て、所謂「クリーグスレゾン」即ち戦争上の緊急必要と相類し、或は此二者を含めて「クリーグスレゾン」と称するものがある(例へばリューダー)。

 然れども二者は其性質全く相異なるものである。

(イ)復仇行為は敵の交戦法規違反又は其他の禁遏を許さるる行為を原因とし、之に応じて行ふ所なるも、「クリーグスレゾン」は主観的なる戦争上の必要と称する所に基きて行ふ所である。

(ロ)復仇行為に在りては、原因たる敵の行為の加害の限度を超ゆるを得ざるも、「クリーグスレゾン」に関しては、是の如き制限を存せぬのである。

(ハ)復仇行為は敵の交戦法規違反等の行為の将来に於て行はるるを防ぎ又は是の如き行為に対する救済を求むるを目的として行はるる所にして、「クリーグスレゾン」は、之を行ふ交戦国の戦争の目的上の緊急の必要に基くと称せらるる所である。

(ニ)戦時復仇は、現時の慣習国際法上認めらるる所なるも、「クリーグスレゾン」に至つては、或るドイツ学者が国際法上有数なるものとして主張するに拘はらず、現実国際法上有効として認むべからざるものである。(P37)

 世界大戦に於て、戦時復仇又は返報の行為と称せらるるものが屡々行はれたのである。

 其中敵国の交戦法規違反の行為又は其他の禁遏を許されたる行為又は是の如き行為と信ぜられたる所を原因とし、是を止めしめ又は之に対する救済を求むる為に行へる真正の復仇行為の事例をも存するのである。

 例へば千九百十五年ドイツ政府が、商船の無警告撃沈を其の潜水艦員に命令するや、イギリス海軍省は、ドイツ政府の交戦法規違反の行為に応じて、向後ドイツの潜水艦員を捕ふるときは、之を名誉ある俘虜として取扱はずして、他のドイツ俘虜と区別しべしと為し、之を離隔するの処置を執つたのである。

 是れドイツ政府の交戦法規違反を止めしめんとて、戦時復仇の行為として行へる所なるが、ドイツ政府はイギリス政府の此処置を以て交戦法規違反と為し、之に対して、更に之に応ずる戦時復仇的措置に出で、イギリス政府の離隔せる潜水艦員と同数の将校兵士を離隔するの措置を執れるに至つたのである。

 イギリス政府は、其後幾許も無くドイツ潜水艦員たる俘虜に対して、他の俘虜と異なる待遇を為すことを止むるに至つたのである。

 然るに世界大戦中真に復仇の行為の目的を逸したる許多の行為が、復仇行為又は返報の名を以て行はれたるを見るのである。

 ドイツは千九百十五年二月上旬イギリスが中立国とドイツとの間の貿易を防遏せんとして海上に於て種々の所謂不法手段を執れるに対する復仇を行ふと称して、イギリスを囲繞する海上の全部(イギリス海峡全部を含む)を以て戦争区域と認むる旨を宣言し、二十八日以降、該戦争区域内に在る敵商船は悉く之を破壊すべく、其中に在る人又は貨物を保護するの普通の手段を執らざるべく、而してイギリス政府が同国船舶に対して中立国旗掲揚を命じたるの事実もあり、且海戦に於て不慮の出来事屡々起るの故を以て、中立船舶も戦争の危険を避け難く、上述の戦争区域に入らざるを可とすべき旨を宣言したのである。(P38-P39)

 之に対してイギリス及フランスは、共同して中立国に対し、ドイツの所謂戦争区域内に於ては、ドイツが浮航艦艇を維持すること能はざるを以て、潜水艇を以て商船を撃沈せんとするものにして、是れ非交戦者に対する食料品をも含む一切の貨物が、イギリス島嶼又は北部フランスに発着するを妨害するの目的を以て、ドイツが平和的商人及非交戦者たる乗組員に対して行ふ所の措置であるとし、前述の如き不法なる行為に対して返報手段を行ふに至れりとして、同年三月のイギリス枢密院令の定むる所の、ドイツと中立国との間の通商の禁遏を致すべき規定を実施するに至ったのである。

 ドイツの戦争区域の宣言も、之に対するイギリス、フランスのドイツと中立国との通商の禁遏も、対手の違法行為を止めしむるの目的を有すると言はんよりは、国際法上許されざる手段を以て対手国を苦しめんとすることを真の目的として、対手国の違法行為又は違法行為と称せらるる所のものの行はれたるに乗じて、復仇又は返報の名義を以て行へる所と言ふべく、世界大戦に於て復仇又は返報の名義の濫用の大なりしを見るのである。

 復仇行為に関して、一方に於て其の制限を明確にし、他方に於て国際組織の力に依り該制度の濫用を妨ぐるに至ることを要するのである。(P39)



立作太郎『戦時国際法論』

第九節 戦時重罪

 戦時重罪とは、戦時に於て軍人(交戦者)又は其他の者が、戦争に関係して、交戦国の一方に対して行ふ所にして、該交戦国が犯罪人を捕へたるときは、之に死刑又は之に至らざる重き処罰を科し得べきものである。所謂戦時重罪は、軍事上及法律上の述語として之を用ふるも、犯罪の語に道徳上の批難の意を寓するものと解すべきではない

 戦時重罪中、赤十字の徽章若くは軍使旗の濫用又は兵器を捨てて降を乞へる敵の殺傷の如き、道徳上に於ても批難すべきものありと雖も、又愛国の至情に出でて敵軍に関する情報を蒐集するが如き、道徳上に於ては批難すべからざる行為をも含むのである。

 然れども道徳上の価値如何に関せず、敵国は自己に有害なる所謂戦時重罪の行為を処罰し得るべきを認めらるるのである。

 戦時重罪中最も顕著なるものが五種ある。(甲)軍人(交戦者)に依り行はるる交戦法規違反の行為、(乙)軍人以外の者(非交戦者)に依り行はるる敵対行為、(丙)変装せる軍人又は軍人以外の者の入りて行ふ所の敵軍の作戦地帯内又は其他の敵地に於ける有害行為、(丁)間諜、(戊)戦時叛逆等是である。


 以上の他、戦争の結果として、交戦者が、軍隊の安全又は占領地の秩序維持の為に、禁止又は処罰し得べき行為を存する。殊に占領地に於て軍隊の行動の妨害、通信運輸の妨害、検閲規則の違反、軍隊に属する馬匹、軍需品の盗取、軍隊に属する者に対する誣告等の犯罪の為め、占領地の住民を処罰し得べきである。

 又戦場に於て物を盗取する為徘徊し、前進又は退却する軍隊に随伴して、傷者、落伍者を虐待若くは殺傷し、死人を虐待する如き者も、之を戦時重罪人として処罰するを得るものである。(P41-P42)

 然れども最も顕著なる戦時重罪人は、上述の五種のものに外ならぬ。以下是等の五種の戦時重罪に関して説明すべきである。

(甲)軍人(交戦者)に依り行はるる交戦法規違反の行為

 軍人に依る交戦法規違反の行為を例示せば

(1)毒又は毒を施したる兵器を使用すること、
(2)敵国又は敵軍に属する者を背信の行為を以て殺傷すること及暗殺を為すこと、
(3)兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること
(4)助命せざることを宣言すること、
(5)不必要の苦痛を与ふべき兵器、投射物其他の物質を使用すること、
(6)軍使旗、国旗其他の軍用の標章、敵の制服又は赤十字徽章を擅に使用すること、
(7)平和的なる敵国の私人を攻撃殺傷すること、
(8)防守せざる都市の不法の砲撃を為すこと、
(9)船旗を卸して降を乞ふの意を表したる敵船を攻撃し又は之を撃沈すること、
(10)病院船を攻撃又は捕獲し、其他ジュネヴァ条約の原則を海戦に適用するハーグ条約に違反すること、
(11)敵船の攻撃を為すに当り敵旗を掲ぐること

等である。

*いずれも「戦闘行為」であることに注意。

 現時に於て、交戦法規違反の行為は、交戦国政府の命令に依りて行はれたる場合に於ては、命令せる交戦国政府の行為に関して、該交戦国が国際法上の責任を負ふべきも、政府の命令に依りて是の如き行為を行へる軍人は、戦時重罪を以て罰せらるること無かるべきとの説が広く行はるるのである。

 下級軍人が指揮官の命令に依りて交戦法規違反の行為を行へるときに於ても、之を命令した指揮官を捕ふるときは、戦時重罪人として処罰し得ざることが認められる。世界大戦の際、商船の無警告撃沈の如き交戦法規違反の行為を行へるドイツ潜水艦員も、上官の命に依り行へること明白なるを以て、戦時重罪人として処罰を受くることは無かつたのである。(P42-P43)

 但交戦国政府の命令に依りて行はれた場合に於ても、対手交戦国が復仇行為に出づることあるべきである。

 又自己の発意を以て自ら交戦法規違反の行為を行へる軍人又は自己の発意を以て之を部下の軍人に命じたる指揮官は、敵に捕へらるえば戦時重罪人として処罰さるるを免かれない。

 命令を受けて行へる軍人を処罰すべからずとするの思想は、軍人が戦場に於て其上官の命令に服従すべきことの諸国に於て普通認めらるることに基くのである。

 然るに此の普通に行はする思想に反対するの説存せざるに非ずして、千九百二十二年のワシントン会議の際議定されたる潜水艦及毒瓦斯に関する五国条約に於ては、商船に対する攻撃並に其の拿捕及破壊に関する現存法規を侵犯する者は、其の上官の命令の下に在ると否とを問はず、戦争放棄を侵犯したるものと認め、海賊行為に準じ審理処罰せらるべきものと為すに至つたのである。

 但し此条約はフランスの批准を経ざるを以て、実施力を有せざるものである。

 又フランスに於て刑法上強制を受けたる人の行へる行為は重罪又は軽罪たること無きの趣旨の規定あるを根拠として、軍人の上官の命令に依り交戦法規違反の行為を行はしめらるる場合に於ても、犯罪が成立せざるの説を唱ふる者あると同時に、許多のフランスの学者は、交戦法規違反の場合には、之を命じたる者も、命を受けて行へる者も、共に処罰し得ると為すのである。

 而して世界大戦中フランスの軍事裁判所は、後の学説に従て、裁判するを常とした。

 イギリス、アメリカに於ても、兵士の義務は上官の適法なる命令を執行するに在りて、不法なる命令の執行につきては、仮令命令を受けて行ふも、犯罪を構成すると為すとの判決例ありて、交戦法規違反に関しても、上官の命令に依ると否とを問はず、之を行へる者を処罰するを為すの学説が全く存しないのではない。(P43-P44)

 蓋し戦時に在りては、軍人は絶対に上官の命令に服せざるを得ざるを常とし、且下級の軍人は交戦法規違反なるや否やを判断すること困難なるを以て、上官が交戦法規違反の行為を命ぜるに当りて、命令を受けて交戦法規違反を行へる軍人を処罰するは理論上不可なるものと言ひ得べきも、

 実際に於て上官の命令を受けて行へるときは、処罰を行ひ得ずとするときは、捕へられたる軍人は、殆ど総ての場合に於て上官の命令に従へることを説きて刑罰を免かるるを求むべく、而して自己の発意を以て自ら行ひたる人又は部下に命じて行はしめたる人を対手交戦国に於て捕へ得ることは、稀なるを以て、実際交戦法規違反行為の故を以て処罰を行ひ得る場合が稀なるに至るべく、少数説も実際上の価値を具ふることを認めねばならぬ。

 世界大戦の際の交戦法規違反に関するヴェルサイユ条約の規定につきては、講和条約に関する大赦の問題を論ずるに当りて、言及すべきである。


(乙)軍人以外の者(非交戦者)に依りて行はるる敵対行為

 軍人以外の者(即ち私人)にして敵軍に対して敵対行為を行ふ場合に於ては、其行為は、精確に言へば国際法規違反の行為に非ざるも、現時の国際法上、戦争に於ける敵対行為は、原則として一国の正規の兵力に依り、敵国の正規の兵力に対して行はるべきものにして、私人は敵国の直接の敵対行為に依る加害を受けざると同時に、自己も亦敵国軍に対して直接の敵対行為を行ふを得ざるを以て、敵対行為を行うて捕へらるれば、敵軍は、自己の安全の必要上より、之を戦時重罪人として処罰し得るべきである。(P44-P45)

 既に占領せられたる地方の人民にして、敵対行為を行ふときは、仮令公然兵器を携帯し、且戦闘に関する法規慣例を遵守するも、交戦者の特権を認めずして、戦時重罪人として処罰し得べきである。

 この場合に於ては、各個的に行動すると、団体を成して行動するとの区別無く、又自己の政府の命令に依りて行ふと否との区別なく、処罰し得べきである

 未だ占領せられざる地方の人民にして、敵の接近するに当り、民兵又は義勇兵団の普通の条件を充たすの編成を為すの遑なく、侵入軍隊に敵対するものに在りても、公然兵器を携帯せざるか、又は戦闘の法規慣例を守らざるときは、戦時重罪人として処罰し得るに至るのである。

 民兵又は義勇兵団に属すると称する者も、(イ)部下の為に責任を負ふ者其頭に在ること、(ロ)遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有すること、(ハ)公然兵器を携帯すること、(ニ)其の行為に付き戦争の法規慣例を遵守すること等の条件を具備せざるときは、戦時重罪人として処罰し得べきである。(P45)

 但しハーグ陸戦法規条約の前文に於て、『一層完備したる戦争法規に関する法典の制定せらるるに至る迄は、其採用したる条規に含まれざる場合に於ても、人民及交戦者が、依然文明国の間に存立する慣習、人道の法則及公共良心の要求する国際法の原則の保護及支配の下に立つことを確認するを以て適当と認む』と為し、而して陸戦条規第一条第二条につき、右の趣旨を以て之を解すべきことを特言せるを以て見れば、上記の第一条の条件を備へざる民兵及義勇兵団所属の人々及第二条の条件を充たさざる未占領地の人民の占領軍官憲に反抗する者につき、寛典を勧奨するの意を含めるものと解すべきである。(P45-P46)

 海域に於て、他より攻撃を受けんとすること無く、全然自発的に敵船を攻撃するの交戦国商船は、戦時重罪を犯せるものと認め得べきである。故に斯の如き船舶の船長、職員及海員は、陸戦に於て敵対行為を行ふ私人と同様に、戦時重罪人として処罰し得るのである。

(丙)変装せる軍人又は軍人以外の者の進入して行ふ所の敵軍の作戦地帯内又は其他の敵地に於ける有害行為

 此種の有害行為中、強力を用ふるか若くは其他の積極的なる手段に出づる加害行為と否との差異がある。

 変装を為せる軍人又は私人が、敵軍の作戦地帯又は其他敵国の権力を行ふ地帯に侵入し、鉄道、電信、橋梁、兵器製造所等を破壊せんとするは、情報蒐集を目的とせざるを以て間諜に属せず、又敵国又は敵占領地の在住民の如く敵に対して一時的の命令服従関係を有せざるを以て、戦時叛逆の名を以て呼ぶに適せぬのである。

 日露戦役の際、横川、沖氏の行へる所の如きは実に此種の行為にして、犯罪の名を冠するに忍びざるも、敵より見れば有害行為なるを以て、敵が戦時重罪として処罰するを認めらるるのである。

 変装を為せる軍人又は私人が、一方の交戦者の為めに私かに通信を伝達する為め、敵軍の作戦地帯内又は其他の敵国の権力を行ふ土地に進入して行動するは、在来間諜と誤認されたることあるも、敵の情報を蒐集して一方交戦国に通報するものに非ざるを以て、間諜の要素を缺くものである。

 然れども此種の行為にして敵軍より見て極めて有害なるものは、軍人にして隠密に行動し又は虚偽の口実の下に之を行ひたるときに於て、之を戦時重罪の一種と認め得べきものと為さねばならぬ。(P46-P47)

 合衆国独立戦争の際、合衆国軍のアルノルド将軍が合衆国軍に叛きてイギリス軍に合せんと欲し、其指揮するウェストポイントをイギリス軍に引渡す目的を以て、イギリス軍指揮官サー・ヘンリー・クリントンと談判を開始し、アンドレ少佐は、サー・ヘンリー・クリントンの委任を受け、アルノルドと最後の協定を為さんとして、アルノルドと会して後、其制服を脱して平服を纏ひ、アルノルド将軍の与へたる変名の旅行券を携へて、帰路合衆国軍の戦線を通過せんとして捕へられ、間諜を以て論ぜられ、絞殺せられたのである。

 アンドレ少佐の行為は間諜の要素を具へざるも、合衆国軍に取りて特に有害なるを以て、之を一種の戦時重罪として処罰することを認め得べきである

(丁)間諜

 ハーグの陸戦条規は、(奇計並に)敵情地形探知の為必要なるの手段の行使は、適法と看做すと定めたのである(条規第二十四条参照)。

 故に間諜を用ふることは違法に非ずして、間諜の使用は(甲)の交戦法規違反の場合と異なるのである。然れども対手交戦国は、自己の安全の必要上、間諜を捕ふるときは、之を戦時重罪人として処罰するを得るのである。

 間諜の何たるやにつきては後文に於て詳論すべきである。

 間諜は、交戦法規違反の行為の場合と異にして、仮令本国官憲又は本国軍隊の命令に因りて之を行ふも、常に処罰を免かるるを得ない。

(戊) 戦時叛逆

 戦時叛逆の場合に於ては、交戦国の領域内又は戦時占領地内に在留して、該交戦国との間に(忠誠義務関係と異なるも、少しく之に類似し、時に一時的忠誠関係を以て呼ばるる)一時的の命令服従関係を存するに拘はらず、敵国人又は中立国人が、該交戦国に取りて有害なる行為を行へるものにして、真の国内法上の叛逆の場合と異なるも、国際法上戦時叛逆なる名称を用ふるのである。(P47-P48)

 交戦国の領域又は占領地に在留する敵国人又は中立国人に依りて行はるる所である。但し叛逆の名称を此場合に於て用ふるを不可とするの説も存せぬのではない。

 戦時叛逆の行為が戦時法上の間諜に類似することがある。時には全然戦時法上の間諜の要素を具備することがある。

 例へば占領地の人民が其本国軍に其の公然見聞する占領軍の軍情を通報するは、間諜の行為に類似する如きも、隠密又は虚偽の口実の下に、一方交戦国の作戦地帯内に行動して情報を蒐集したるものに非ざるを以て、戦時法上の間諜の要素を具えぬのである。

 然るに時に占領地の人民の行為が間諜の要素を具ふることが無いのではない。戦時法上普通の間諜は既遂を罰せられざるも、占領地人民が間諜行為と内容を同じうする戦時叛逆を行へるときは、既遂の故を以て処罰を免かるるを得ぬのである。

 総て間諜行為と内容を同うし又は間諜行為に類似する戦時叛逆行為を利用することは、他方交戦国の禁ぜられざる所である。ハーグの陸戦条規は、明かに(奇計並に)敵情地形探知の為め必要なる手段の行使を以て適法と看做すことを定むるのである。

 戦時叛逆の行為にして、敵情地形探知に関係なきものが種々存するのである。

 例へば交戦国の一方を利する為め、鉄道電信等の輸送、交信の手段を害し、嚮導(きょうどう)、軍需品供給等の行為に依り交戦国一方の軍の行動に対して任意の補助を与へ、軍隊又は之を組成する者に対する謀叛を企て、俘虜の逃走に対し補助を与へ、交戦国の一方を利する為め他方の軍人に贈賄し、叛逆若くは脱走を兵士に勧め、虚報を伝へ、道を誤しむるの嚮導を為し、兵器、糧食若くは飲水の供給に妨害を与ふる等の行為は、是等に依り害を受くべき交戦国が戦時犯罪の一種として罰し得べき所にして、該交戦国の領域内又は占領地内に在留する者に依り行はれたるときは、戦時叛逆と称するを得べきである。(P48-P49)

 戦時叛逆を犯す者は、現行中捕へられたると否とを問はず、後日之を処罰するを得べきである。

 凡そ戦時重罪人は、軍事裁判所又は其他の交戦国の任意に定むる裁判所に於て審問すべきものである。然れども全然審問を行はずして処罰を為すことは、現時の国際慣習法規上禁ぜらるる所と認めねばならぬ。

 戦時重罪人中(甲)(乙)(丙)(丁)中に列挙したる者の如きは、死刑に処することを為し得べきものなるも、固より之よりも軽き刑罰に処するを妨げない。

 戦時重罪人が一定の刑期の自由刑に処せられたる際、戦争終了後之を解放せざるべからざるや否やの議論を存するのである。

 解放論者は、戦時重罪が戦争状態の存する間のみ犯罪たる性質を有すると為し、一旦戦争終了せば、啻(ただ)に新たに戦時重罪の処罰を宣告し得ざるに止まらずして、戦時重罪に関する刑は之を執行するを得ざるに至ると為すのである。

 之に反対する論者は、已に死刑を以て論じ得べきに拘はらず、刑を軽減して自由刑に処するものなるを以て、仮令戦争終了するも、依然刑を執行し得ざるべからずとし、若し戦争終了せば、戦時重罪人を解放せざるべからずとせば、戦時重罪として有罪と認めらるる多数の場合に於て死刑に処せらるに至るべく、実際上犯人に取りて苛酷なる結果を生ずべしと為すのである。

 ヴェルサイユ条約は後説に依ったものと認め得べきである。(P49)

 

 

第二章 交戦の主体及其兵力

立作太郎『戦時国際法論』

第二節 交戦の主体の兵力


 交戦の主体の兵力の主要なる部分は、其の正規の陸軍、海軍及空軍である。如何なる軍隊、艦船又は航空機が、正規の陸軍、海軍又は空軍に属するやは、其国内法上の問題である。国に依り民兵又は義勇兵団の名を有する軍隊が、正規の陸軍の全部又は一部を成すことがある。

 交戦国の陸上の兵力は、主として正規の陸軍より成る。陸軍は主として戦闘員より成るも、非戦闘員も之に附属する。戦闘員たる将校兵士の外に、非戦闘員たる会計経理部員、法官部員、軍附属の文官、衛生部員、看護卒、野戦郵便部員、将校の馬卒及従卒等も軍に附属するのである。

 又軍の諸種の労務に服する人夫の如きも、之を軍の一部と為すの制度を存する国に在りては、軍に属する非戦闘員に数ふるを得べきである。非戦闘員は、直接敵対行為を行ふに与かる戦闘員に非ざるも、正規の兵力たる軍の一部を為すものである。

 ハーグの陸戦条規(第三条第一項参照)に於て、交戦国の兵力は、戦闘員及非戦闘員を以て編成することを得ると規定し、敵に捕へられたるときは、此の二種の者が共に俘虜の取扱を受くるの権利を有すると為すのである。

 正規の陸軍を組成するものは、戦闘員たると非戦闘員たるとを別たず、義務兵たると義勇兵たるとを問はず、又交戦国人たると中立国人たるとを別たず、又常備兵たると戦時徴集せる兵たるとを論ぜず、皆交戦者たるの特権を認めらるるのである。

 此意義の交戦者は、戦闘員と非戦闘員とを包括する。所謂交戦者たるの特権の主要なるものは、敵に捕へられたる場合に於て、俘虜の取扱を受くるの権利を有することに在る(ハーグ陸戦条規第三条第二項参照)。

 俘虜の取扱を受くるの権利は、戦時重罪人として処罰されざること及び国際法規及条約の認むる俘虜の地位に伴ふ一定の取扱を受くることを確むるものである。(P54)

 交戦者に属する非戦闘員中、衛生部員、軍医、薬剤師、看護卒等は、赤十字条約の保護を受くるものにして、軍に属するも、該条約に依り、攻撃を加ふる能はざるのみならず、俘虜と為すことをも為し得ざるものである。

 直接に軍の一部を成さざる従軍者、即ち例へば新聞社の通信員及探訪者、竝に酒保用達人等の如きものは、間接に軍に附属するものと言ふを得べく、陸戦条規は、其の敵の権内に陥り、敵に於て之を抑留するを有益なりと認むる者は、其所属陸軍官憲の証明書を携帯する場合に限り、俘虜の取扱を受くるの権利を有すると為すのである(ハーグ陸戦条規第十三条参照)。

 外国の従軍武官も、軍の組織中に入らざる場合には、事情に依り、此種の者として取扱ひ得べきである。又人夫にして軍の組織に入らざるものも、此種の者として取扱はるべきである。

 上述の正規の兵力に属する者も、不正規兵中、民兵又は義勇兵団に必要とする後述の四条件を備へざることを得るものではない。正規の兵力たるときは、是等の条件は、当然之を具備するものと思惟せらるるのである。正規の兵力に属する者が、是等の条件を欠くときは、交戦者たるの特権を失ふに至るのである。

 例へば正規の兵力に属する者が、敵対行為を行ふに当り、制服の上に平人の服を着け又は全く交戦者たるの特殊徽章を附したる服を着さざるときは、敵に依り交戦者たる特権を認められざることあるべきである。
(P55)

 交戦国の陸上の兵力は、主として正規の陸軍より成るも、又正則の編成無き正規の兵力をも存するのである。

 千八百七十年のプロシヤ、フランス間の戦争の際に於て、プロシヤはフランスの不正規兵につき、各員がフランス政府の公許を得て戦闘に従事することを証明し得るに非ざれば、之に交戦者たるの特権を認めずして、其の行ふ敵対行為を戦時重罪と見做し、銃殺したのである。然るにハーグの陸戦条規は此点に於て改善を加へたのである。(P55-P56)

 ハーグの陸戦条規は、不正規の兵力にして、交戦者たる特権を認むべきもの二種を定めたのである。其の第一種は民兵又は義勇兵団の場合にして、第二種は未だ占領せられざる地方に於ける群民蜂起の場合である。

 国家の正規の兵力中にも、国に依り、民兵又は義勇兵団の名称を有するものあるも、元来の民兵とは、事変に際して人民を招集して敵に当らしむるものにして、義勇兵団とは、事変に臨みて有志人民より組織するものである。

 陸軍条規は、斯の如き民兵又は義勇兵団が、一定の条件を具備するときは、之に戦闘の法規及権利義務を適用すべきを定むるのである。是れ交戦国の兵力の一部を成すことを認めたものである。

 従て次に述ぶべき四の条件を具備するときは、其各自が政府の公許を受けて戦闘に従事することを、特別の文書等に依り、証明することを要せずして、当然交戦者たる特権を認めらるべきである

 而して四の条件とは左の如きものである。

(一)部下の為に責任を負ふ者其頭に在ること、(二)遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有すること、(三)公然兵器を携帯すること、(四)其動作に付き戦争の法規慣例を遵守すること。

 右の中、(一)の部下の為に責任を負ふ者が其頭に在るを要するの条件は、頭に在る者が、正規的ならずして、一時的なりとも、将校として任命を受けたる者なるとき、若くは其の顕要の地位に在る人なるとき、又は隊中の将校兵士が政府の与ふる証明書又は徽章を携へ、之に依り各箇の将校兵士が自己の責任を以て行動する者に非ざることを示すに足るときは、充たされるものと認むるを得べきである。(P56)

 但し国家による承認は、必ずしも必要とする所に非ずして、兵団が自ら編成され、自己の将校を選むこともあり得べきである。(P56-P57)

 (二)の遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有するを要するは、交戦者たることを明にせしむる為めである。固着の徽章とは、固く身体に附着し、又は身体に固着せる衣服に附着して、容易に取り去り難き標識たるを要するものである。

 其の遠方より認識し得べきを要するが為め、遠方の意義の解釈に関する議論を生ずる。或は人体の形態の識別し得べきに至る距離に於て、不正規戦闘員の輪郭が平和的人民に属する者の輪郭より之を区別し得べきを要すると為すの説がある。

 此説に依れば、制服の外には、帽子又は其他の頭被の外形が重要なるものたるべきである。但し所謂認識徽章が必ずしも制服たるを要せざるは、普く認めらるる所である。

 思ふに(二)の条件につき要せらるる所は、敵が不慮の加害行為を受くるを防がんとするの趣旨を有するものなるべきを以て、個々の兵士が敵に対して加害を為すを得る距離に達して、其の交戦国の一方の兵士たるを認識し得るを以て足ると為すを得べきである。

 今日に於て個々の兵士が遠距離より加害を為すは、小銃に依るものなるを以て、狙撃して、小銃の弾丸が略々人体に命中し得べき距離より、肉眼にて認識し得る徽章たるを以て足ると為すべきものの如くである。而して此等の徽章は、之を附くるとするも、之を隠蔽するが如きこと無きを要すべきは言を須たざる所である。

 (三)の公然兵器を携帯するを要するは、必ずしも兵器を携へざるべからざることを定むるに非ざるも、兵器を携ふる場合には、兵器たることを外部より明知し得べき種類の兵器を、隠蔽すること無くして携ふることを求むるのである。

 銃、短刀、爆発物を身辺に隠蔽して携へ又は仕込杖、容易に組み又は解き得る小銃其他外部より兵器として容易に明知し難き兵器を携ふる如きは、所要の条件を充たさざるものである。(P57-P58)

 又兵器を執りて抗敵を為し、敵の近づくに及べば、其兵器を隠蔽して平和的人民たるを装う如きも、所要の条件を充たさざるものと認むべきである。

 (四)の其動作に於て戦争の法規慣例を遵守することを要するは、民兵又は義勇兵団の聚団的動作につきて言ふのである。其中の或る個々の兵士が、敵国の戦時重罪人として取扱ひ得べき行為を行ふことにあるも、民兵又は義勇兵団全体の者の交戦者たる特権を失はしむべきものではないのである。

 民兵及義勇兵団に属する者を、交戦者として取扱ふの規則は、人数の多少に拘はらず、団体を組織して戦闘する不正規兵に適用あるものにして、個々に敵対行為を行ふ個人に適用なきは言を須たぬ所である。個々に敵対行為を行ふ個人は、戦時重罪人として銃殺せらるることあるべきである

 ハーグの陸戦条規の交戦者として認めたる不正規兵の第二種は、未だ占領せられざる地方の人民にして、敵の接近するに際し、上述せる四の条件を具ふる編成を為すの遑なく、侵入軍隊に抗敵する為め自ら兵器を採る者であって、所謂群民蜂起の場合である(或は地方防禦又は挙国兵の名称を与ふることがある)。

 是れ政府に依る組織を待たずして、自発的に抗敵行為に出づるものである。

 陸戦条規は、是等の者が公然兵器を携へ且戦争の法規慣例を遵守するときは、仮令部下の為に責任を負ふ者が其頭に在ることなく、又遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有すること無きも、之に交戦者たる特権を認むるのである(陸戦条規第二条参照)。

 是れ一方に於て戦闘の直接の影響を受くる者を、成るべく交戦国の正規の兵力に限り、他方に於て正規の兵力の一部を組織せざる個人は、直接の敵対行為を行ふを得ざることと為せる現時の交戦法規の基本的原則の一に対する例外を認めたるものにして、地方の人民が、眼前に敵兵の近づくを見て、相集まりて家郷の為に防戦せんとするは、情状の諒とすべきものあるを以て、特に戦時重罪を以て論ずることを宥恕せんとするのである。(P58-P59)

 然れども上述の宥恕的規則は、既に占領せられたる地方の住民にして、占領軍に対して敵対行為を為す者に及ばずして、是等の者が捕へらるれば、戦時重罪人を以て論ぜらるべきである。

 占領地に於ては、占領軍は、地方人民を保護するの責任あると同時に、自己の安全の為に必要なる措置を行ふことを許されねばならぬからである。

 ハーグ陸戦法規の前文に於て、陸戦条規第一条及第二条の条件を備後へざる民兵及義勇兵団所属の者及未占領地の人民の蜂起せる者につき、寛典を勧奨するの意を含むと解すべき言明を存することは、前に之を指摘せる所である。(P59)

(以下略)



立作次郎『戦時国際法論』

(註)敵対行為の語に広狭三義を存する。

其の最広義に於ては、之を行ふ者の意思如何を問はず、又選む所の手段が兵力を用ふるものなると否とを論ぜず、一切の害敵手段を包括するの意義に用ふることを得べきである。

稍広義に於ては意思が国際法上の戦闘状態を開始するに在ると否とを問はず、兵力手段を用ふる害敵手段を行ふ場合を総て包括する意義に用ひ得るのである。

開戦に関するハーグ条約中に所謂敵対行為(我国条約公訳には誤つて戦争と訳した)は此意義を有すると認むべきである。是れ本節に於て用ふる敵対行為の語の意義に該当するのである。

敵対行為の語の最狭義に於ては、戦争状態開始の意思を以てする兵力的害敵手段を指すことがある。陸戦の場合に於ける中立国及中立人の権利義務に関する条約第十条に所謂敵対行為は此意義に解すべきである。

(昭和十九年七月二十日発行版にて追加 P122)


陸戦に於ける俘虜
 
第二節 俘虜となるべき人

(1) 一国の兵力に属する戦闘員又は非戦闘員が敵に捕へられたる場合には、(戦時重罪又は其他の犯罪を犯したる場合に非ざれば、)俘虜の取扱を受くるの権利を有すべきことは、今日に於て明確に認められる所である。ハーグ陸戦条規第一款第二章及同条規二十三条第一項(ハ)、(ニ)参照)。

(2)ハーグの陸戦条規は、新聞通信員又探訪者並に酒保要達人の如き、直接に軍の一部を成さざる従軍者にして、敵の権内に陥り、敵に於て之を拘留するを有益なりと認めたる者は、其の所属陸軍官憲の証明書を携帯する場合に限り、俘虜の取扱を受くるの権利を有すると為して居る(同条規十三条参照) 所属陸軍官憲の証明書を携帯せざる時は、戦場に於て発見されたるとき、嫌疑ある人物として逮捕せらるることあるを免れないのである。

(3)軍に属せざるも、君主国の君主及(少くとも)男子たる王族、共和国の大統領、並に

(4)国務に当る大臣又は其の活動が戦争と関係ある顕要の文官、外交使節等は、俘虜と為し得べきを認めらるる。

(5)軍に附属して職務を執る文官も、然りとする。(P169)

(6)又未だ占領せられざる地方の文民にして、敵の接近するに当り、侵入軍隊に抗敵する為め自ら兵器を操る者は、公然兵器を携帯し且戦争の法規慣例を遵守せるときは、之を交戦者と認むべく、其の敵に捕へられたる場合には、俘虜の取扱を受くるの権利を有するのである。(P169-P170)

(7)一方の軍の傷病者等が、他方の軍の権内に陥れるときは、俘虜の身分を有するのである。(P170)

(略)

 上述の如き諸種の俘虜を通じて考ふるときは、俘虜とは、犯罪に関する等の他の理由に基かずして、軍事上の理由に依り自由を奪はるる敵人なりと言ふを得べきである。

 軍人又は之に準ずべき者に非ざれば、俘虜と為すを得ずと為すの説は、今日に於て之を維持し得ざること、上述の諸種の俘虜を見るも、又海戦の際、敵商船の乗員を俘虜とすることの認めらるに徴するも、明白なりと言ふべきである。(P170)

 然れどもハーグの陸戦条規に所謂俘虜の資格は、(1)傷者及病者の収容、輸送及治療並に衛生上の移動機関及固定営造物の事務に専ら従事する人員、(2)衛生上の移動機関及固定営造物の守衛人員にして正式の命令書を携帯するもの、(3)軍隊附属の教法者(僧侶、牧師)等である。(P170-P171)

 但し(1)は敵対行為に加はるとき、又(2)は敵対行為に加はり又は正式の筆記命令を携帯せざるときは、俘虜とならざるの特権を失ふものと為さる。是等の者が敵対行為を行ふときに於て、陸戦条規第二十三条第一項(ロ)号又は(ヘ)号に該当する場合には、交戦法規違反の行為を行ふこととなり、自発的に之を行へば、単に敵の俘虜となるに止まらずして、戦時重罪人として処罰せらるることがあり得べきである。(P171)




第三部 陸戦法規

第六章 陸戦に於ける奇計

立作次郎『戦時国際法論』

第三節 奇計と国旗 軍用標章及敵の制服の使用

 国旗、軍用標章及敵の制服の使用に関しては、実戦に際して現に砲火を交ゆるに当り、自己の正当の国旗、軍用標章、制服に非ざるものの使用を為すを得ざることが一般に認められるるのである。

 是れ戦闘中に於て敵、味方が判然せねばならぬと為すに由るのである。

 然れども許多の学者は、戦闘の開始する前又は戦闘の終れる後は、敵に近接し又は敵より逃るるが為め、奇計として敵の国旗等を使用するを得べしとする

 ハーグの陸戦法規は、軍使旗、国旗其他の軍用標章及敵の制服を擅(ほしいまま)に使用するを禁ずるも(第二十三条第一項(へ)号)、擅なる使用に非ざれば之を使用し得べく、擅なる使用と然らざる使用との区別に関しては、猶議論の余地を存するのである。

 或る学者は、真に自己のものに非ざれる国旗、軍用標章若くは敵の制服も、戦闘開始前又は戦闘終了後之を使用するは、擅なる使用に非ずして禁止せられずと為すのである(ホール、ブルンチユリ、カロヴォー)。

 之に反して、国旗、軍用標章若くは敵の制服を、敵を欺く為めに使用することは、全然禁止せらるるに至れりと為すの説がある(リューダー、ボンフィッス、スペード)。

 現在に於て、此点に関してハーグの陸戦条規の解釈論としても、議論が未だ決着を得るに至らずと為すことが、実際に合すべきである。

 海軍法規に於ては、戦闘中にあらずして、戦闘の開始する前又は戦闘の終了後に於て、敵に近接する為め又は敵より逃るる為めに、敵国又は中立国の国旗を掲揚することは、不法と認めらるること無きも、陸戦に於ては、ハーグの陸戦条規は、戦闘中と否とを区別すること無く、濫りに使用するを総て禁ずるを以て、単純なる理論上より言えば、敵を欺く為に使用することは、総て濫用として不法なりと為すと解するを可とすべきが如くである。(P222)




立作太郎『支那事変国際法論』

 兎も角も国際の慣行の上に於て、国際法上の戦争状態の開始無くして実際の敵対行為が大規模に行はれた実例が数多生じたる以上は、是等の場合の事実上の戦争ともいふべきものに、戦時法規の或部分を準用することを認むるの必要が、雙方の紛争当事国に依りて感ぜられ、第三国も或程度まで戦時法規の準用を認めざるを得ないこととなるのである。

 是等の事実上の戦争が屡々発生するの傾向あるを以て、之に戦時法規の或部分を準用することにつき、国際慣例が漸次固まりつつあるものと思はれる。否已に或程度までは国際慣例が固まつて居つて、第三国も幾分の躊躇の態度を示しながらも、実際は之を認めんとするの実況に或るものと言ひ得べく考へられる。

 戦時法規につき交戦法規と中立法規とを区別するときは、慨言すれば交戦法規中の直接の兵力的害敵手段に関するものは事実上の戦争に於て準用を認められ、而して中立法規は概して未だ準用を認めらるるに至らぬものと言ひ得べきに非ずやと思はれる。(P4-P5)

 要するに支那事変の今日は、国際法上に於ても、純然たる平時に非ずして、準戦時とも称すべきものと考へる。(P5)
 





 <参考>

内海愛子『日本軍の捕虜政策』より

 この間、戦時国際法の研究が盛んにおこなわれている。外務省に圧倒的な影響力をもったという立作太郎の『戦時国際法』(有斐閣、一九一三年)が出されている。立作太郎が『時局国際法論』(日本評論社)をあらわしたのが一九三四年である。

(P47-P48)

(2014.10.13)


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