民間人被害者は「便衣兵」?
丹羽春喜氏の「スマイス調査」論


 北村稔氏が『「南京事件」の探求』の中で、丹羽春喜「スマイス調査が内包する真実をさぐる」という論稿を好意的に紹介しています。

 北村氏の紹介によれば、



北村稔『「南京事件」の探求』より

 『スマイス報告』の、南京市内の人的被害の調査結果に対しては、統計学的見地からの詳細な分析がある。大阪学院大学経済学部の丹羽春喜教授が雑誌『自由』の平成十三年四月号(自由社)に発表した、 「スマイス調査が内包する真実をさぐる−虚構の南京大虐殺」である。丹羽教授から直接に論考を戴いた。

 丹羽教授は、被害者となった成年男子中の四四・三パーセントという異常に高い「独身・単身者」の比率に注目する。 この現象は、多くの若者が(当然、「独身・単身者」が多い)便衣兵の疑いにより連行された結果である、と考えれば説明がつく。

 しかし丹羽教授は平和時である二九三二年の南京市戸□調査結果(『スマイス報告』に記載)をもとに、スマイスの調査が行われた一九三八年春の南京市男子総人口中の「独身・単身者」の比率を五・ニパーセントと推算する。

 その結果、二四〇〇人以上の死者を数えた民間人の被害者の中にだけ一時的に現れている「独身・単身者」の異常に高い比率は、 これらの被害者の中に本来の南京市民ではない多数の便衣兵が含まれていたからだという判断がくだされる。

 勿論、この五・二パーセントという「独身・単身者」の比率は男子総人口に対する数宇であり、男子総人口から未成年男子を差し引いた成年男子に対する比率は五・二パーセントよりも大きくなる。

 しかしその場合でも四四・三パーセントにはほど遠いはずだ、というのが丹羽教授の論法である。

 丹羽教授の論考の詳細は紙面の都合で割愛せざるを得ないが、『スマイス報告』に対する新しい議論として注目される。(P170)

ということです。

 この論稿はネットで話題になることはまずありませんが、もしこれが事実であれば、「南京」論争に少なからぬ影響を与えることは間違いありません。早速この論稿の内容を見ていくことにしましょう。

※ほとんど唯一、ネットでこの論稿に言及しているのが、「脱・洗脳史講座」なる右派サイトです。このサイトは、

 「こういう指摘があります。殺害された2,400人のうち、「独身・単身者」の割合が44.3%(スマイス報告)と異常に高く、平時における「独身・単身者}の推定割合が5.2%であることから考えて、2,400人のなかには 多数の便衣兵が含まれていたはず というのです(丹羽春喜・大阪学院大学教授論考、月刊誌「自由」、2001年4月号)。
 安全区に兵や便衣兵が多数入りこんでいたことはラーベ日記などから明らかですから、「拉致された人」の中に、相当多くの便衣兵がいたことは、間違いないところです。」

と、全く無批判にこの論稿を紹介しています。

 以下に述べる通り、「大阪学院大学経済論集」を見なければ、丹羽氏の計算根拠を確認することはできません。サイト主は、北村本のみを頼りに上の記述を行ったものと思われます。

 自分に都合のいい記述であれば、その「論拠」など確認することもせずに「結果」だけを採用してしまう。否定派特有の「悪癖」を、このサイトも共有しているようです。


 なお丹羽氏の専攻は「経済学」であり、「歴史」を専門に研究する人物ではありません。論壇では「右派」として知られ、 本サイトでも、「中国は「合同調査」を拒否したか?」にて、氏の論稿「孫平化氏との激論3時間」を紹介しています。




 では早速、この丹羽論稿を見ていくことにしましょう。丹羽氏は、「スマイス調査」を加工したものとして、こんな表を示してみせます。

丹羽春喜「スマイス調査が内包する真実をさぐる」より

 
「難にあった」男子の人数
 崙颪砲△辰拭彙忙劼凌与 ∈犬里Δ繊嵒廚泙燭鷲秧董
であった男子
「独身・単身者」の男子で
「難にあった」もの
 櫚
6600(子供をも含む)
6444(大人のみ)
3517 2927
(大人のみ)


(『自由』2001年4月 P47)


 丹羽氏の解説です。


丹羽春喜「スマイス調査が内包する真実をさぐる」

 このいわゆる「南京事件」が発生したとされている一九三七年十二月〜三八年三月の「調査対象期間」において 、南京市の「市部」で「難にあった」(すなわち、「死亡させられ、あるいは、連行・拉致された」)成人・男子の総数に占める「独身・単身者」の割合が、 四四・三パーセント(総数六六〇〇人に対する二九二七人の割合)という異常に高い値になっている

(『自由』2001年4月 P46-P47)


 氏によれば、この「正常値」は5.2%。「正常値」に比較して、この数値は異常値である、というわけです。

 そして、このように結論します。

丹羽春喜「スマイス調査が内包する真実をさぐる」より

 すなわち、そのことから論理的に言いうることは、この「死亡させられ、あるいは連行・拉致された」三〇〇〇人近くの成人男子の「独身・単身者」たちは、事実上、そのほとんど全部が、当時の南京市の「一般市民社会」(シビリアン社会)の本来的な構成員ではなかったということである。

 要するに、一九三七年十二月の「南京陥落」前後から一九三八年のはじめごろまでの南京市内には、一時的に、同市における「一般市民社会」の本来的な構成員には属さなかったところの、異常に多くの成人男子「独身・単身者」が居たということである。

 当時の諸種の状況から言って、当時の南京市内に突如として溢れかえった「男子独身・単身者」たちのほとんど全員が、潜伏中の中国兵、すなわち「便衣兵」であったにちがいないと断定して、まず間違いないであろう。

 そして、それらの大部分が、日本軍による「便衣兵」摘出措置によって、南京市の「一般市民社会」から「取り除かれた」というわけなのである。

(『自由』2001年4月 P48)


 さてこの論稿を一読して疑問に思うのは、どうやったら「スマイス調査」から既に死亡している「単身・独身者」の数を読みとることが可能となるのか、ということです。

 スマイス調査は、「調査時点で生き残っている家族に対する聞き取り調査」です。従って、「独身・単身者」が死んでしまったら、そもそも調査対象になるはずがありません

 この肝心な部分の計算方法が、こちらには明示されていません。その「詳細」については、「丹羽春喜「スマイス報告書について −若干の問題点とそれに関する考察−」(大阪学院大学『経済論集』9巻2号、1995年8月刊)を参照」とのことです。

 丹羽氏がどのように「算定」を行ったのか。次に、こちらの論稿に移りましょう。

 


 「丹羽春喜「スマイス報告書について −若干の問題点とそれに関する考察−」で氏が問題にするのは、まずはスマイス調査にあるこの記述です。

『南京地区における戦争被害』より

 これに加えて四四〇〇人の妻、つまり妻全体の8.9パーセントは、夫が殺されたか、負傷を負ったか、あるいは拉致されたものである。

(『南京大残虐事件資料集』第2巻P222)



 氏はこれを「検算」しようと思い立ちます。

 「スマイス調査」 第1表「調査家族と推定人口」によれば、「総戸数」は47,450戸です。

 一方氏によれば、第3表「家族構成」により「妻」のいる家を合計すると75.8%。この数字は、下表の赤字部分を合計したものであるようです。

スマイス調査 第3表 家族構成 より  
1932年 1938年
A 夫と妻 9.5  4.4
B 夫妻と子供 33.1 26.2
C 男子・子供 2.3 2.6
D 女子・子供 3.4 6.6
E 男子一人 5.3 5.3
F 女子一人 2.1 2.1
G 夫・妻・親類 4.1 5.0
H 夫・妻・子供・親類 25.7 27.3
I 男子・子供・親類 4.6 5.9
J 女子・子供・親類 2.6 6.3
K 男子・親類 7.1 6.2
L 女子・親類 0.1 2.1
(単位:%)

 従って氏の計算では、「妻」の総数は、47,450戸×75.8%で35,967人となります。

 そのうちの「8.9%」は、35,967人×8.9%で「3,201人」。「4,400人」とは、1000人以上合いません。



 普通であれば、調査の結果を50倍して得られた被害者数「4400人」という数字がまずあり、スマイスはこれを「妻の総数」で割ってパーセンテージを求めた。しかしこの時「割り算」を間違え(あるいは「妻の総数」の計算を間違え)、 なぜか「8.9%」の数字を出してしまった、と考えるところでしょう。

 正しい数値は、4400人÷35967人で、12.2%になります。

※現実にスマイスは、これに続くフレーズでも「計算違い」をしています。
 「これらの夫のうち三分の二、すならち六・五パーセントが殺されたか拉致されたものである」
 「8.9%」の「三分の二」は「5.9%」になります。明らかに計算が合いません。「スマイス報告」は、細かい数字については、ややアバウトであるようです。


 しかし丹羽氏は、この「8.9%」という数字を絶対視してしまいます。

 この矛盾をどう解くか。「8.9%は間違いだろう」で済む問題なのですが、ここから丹羽氏は、思い切り「暴走」を始めてしまいます。


丹羽春喜「スマイス報告書について −若干の問題点とそれに関する考察−」より

 この集計から外された調査カードとは、「夫が難にあった」婦人に関する情報が記入されているものでありながらも、しかし、 1938年春という調査時点での南京市の人口構成を算定するためのデータ源としては、それを用いることが不適切であるという「特異性」ないし「欠陥」を持っていた調査カードであったということになる。

 要するに、端的に言えば、調査対象家族ないし調査対象者が死亡してしまっていたり、あるいは、その居所や生死が不明で、 1938年春の時点で南京市内に居住しているかどうかもはっきりしないようなケースについての「調査カード」が、当然のことながら、 それでは市域の(調査時点での)人口構成推計という目的のためには用いるわけにはいかないというわけで、集計操作からは外されたということなのであろう。

 論理的につきつめていけば、そのように考える以外には無いのである。

(『大阪学院大学経済論集』1995年8月 P41)

 原文では「論理的につきつめていけば」の部分がわざわざ太字になっていますので、引用文でも強調しました。単純な計算違いを「論理的につきつめて」いっても、ただのトンデモにしか行きつかないと思うのですが。

 ややわかりにくい文章ですが、要するに、こういうことでしょう。

 この差は、なんらかの理由で「人口推計」集計から外されたサンプルのカードの存在を示すものではないか。つまり、「被害者」のデータには使えても、「人口推計」のデータには使えない、というカードがあったのだろう。

 さてそれでは、そのカードの正体は何か。次のところで、思わずひっくり返ります。

丹羽春喜「スマイス報告書について −若干の問題点とそれに関する考察−」より


 スマイスたちによるフィールド調査は、「住居番号」に準拠して(すなわち、その50番ごとに)選定された。

(略)

 調査対象家族ないし調査対象者それ自体が、すでに、死亡させられてしまっていたり、あるいは、拉致されたり、避難・逃亡してしまっていて、 当該の住居にはもはや住んでいないような場合であっても、周囲の隣人たちは、調査員に対して、それら調査対象家族ないし調査対象者が「難にあった」時の状況などについて、口ぐちに物語ってやまなかったであろう

 個々の調査員たちは、このような隣人たちの口を通して語られたものであったにせよ、せっかく得られた情報を、勝手に蒸ししたり棄て去ったりするような権限は、与えられていなかったはずである。

 調査員たちは、死亡者あるいは居所不明者(ないし生死不明者)といった「非居住者」の場合であっても、それらの調査対象者が「難にあった」ときの状況について、その隣人たちからなんらかの情報が得られたような場合には、一応、それを調査カードに記入して持ち帰ったはずなのである

(『大阪学院大学経済論集』1995年8月 P41-P42)


 つまり、誰も住んでいない家も調査対象になっており、そんな家でもむりやりにデータを集めなければならかったので、「隣人」の話に頼って調査票を作成した、というわけです。

 そしてこのデータは「死亡集計」には反映された。しかしこの時点で彼らは「非居住者」なので、「人口統計」からは排除された。これが、氏の主張でした。



 しかし普通に考えれば、100万都市の人口が20万そこそこまで落ち込んだわけですので、南京は空き家だらけだったはずです(火災で焼失した家もたくさんあったと思われますが)。

 そんな状況で、「50個の建物のうち1個の建物を必ず選定する。住民がいなかったら隣人に聞いてでも何とか調査票を埋める」なんてとんでもない調査をするはずがありません。 「人の住んでいない家」は、はじめから「家族調査」の対象から外していた、と考えるのが普通の発想でしょう。


 改めて「スマイス調査」の調査方法を確認します。


『南京地区における戦争被害』より

 市部調査のなかでも家族調査における総計は、入居中の家五〇戸につき一戸の割合で調査してえられた各戸平均の結果を五〇倍して算定した。

(『南京大残虐事件資料集』第2巻P218)
 



 「入居中の家」、と明記してあります。英文ではinhabited。人が住んでいようが「空き家」だろうが、そんなことに構わずにサンプルを選んだ、という丹羽氏のイメージは、はっきり、間違いです。


 丹羽氏は、ここからさらに空想の翼を広げてしまいます。この「幻の居住者」たちには、実は「便衣兵」が多く含まれていたのであろう、というわけです。

 このあたり、どうも丹羽氏の理屈はわかりにくいのですが、そもそも「幻の居住者の存在」という「前提条件」が間違っている以上、この議論はただの「トンデモ」です



 ここまでが前半部分。後半部分で、いよいよ、お待ちかね「単身者・独身者数の推計」が登場します。

 最初に、「夫または父親であった」被害者の数です。「スマイス調査」の次の記述を思い出してください。

 
『南京地区における戦争被害』より

 これに加えて四四〇〇人の妻、つまり妻全体の八.九パーセントは、夫が殺されたか、負傷を負ったか、あるいは拉致されたものである。

(『南京大残虐事件資料集』第2巻P222)
 


 細かい計算は省略しますが、丹羽氏はこれに「妻はいないが子供がいる男性」の数を加算し、これを「4,818人」と計算します。

 そして、上に続く

『南京地区における戦争被害』より

 これらの夫のうち三分の二、すなわち六・五パーセントが殺されたか拉致されたものである。

(『南京大残虐事件資料集』第2巻P222)
 

の文を頼りに、そしてその「約三分の二、厳密に言えば、そのうち73パーセント」、すなわち「3,517人」が「夫または父親であった」「死者・拉致された者」の数である、とします。 ここまでは(多少疑問を挟みたくなるところもありますが)、まあ、いいでしょう。

※細かい話になりますが、先にも触れた通り、「8.9%」の「三分の二」は「5.9%」になるはずです(8.9%×2/3=5.9)。翻訳の「訳注」でも「数字が合わない」ことが指摘されています。 そこで氏は、「三分の二」ではなく、6.5/8.9の結果である「73.0%」を掛け算の係数として利用しています。(4400×73%=3517) 


 一方、第4表・第5表により、死者(男性のみ)・及び「拉致された者」の数は、6,600人。この数字は、

 男子の死亡数2400人(第4表)+ 「拉致されたもの」4200人(第5表)

で計算しているようです。

※また細かい話ですが、このうち「男子の死亡数」には「軍事行動」によるものも含まれ、また「女性」は除いてありますので注意。一般的に言われる「被害者数」6,600人とは、たまたま数字は同じですが、 ちょっと意味が違います。

 ただしそのうち156人は「子供」(15歳未満)です。従って、大人の「男性」の「死者・拉致された者」の数は、6,600人−156人で、「6,444人」になります。


これでデータが揃いました。

(1)「死者・拉致された者」の数・・・6,444人
(2)夫または父親であった「死者・拉致された者」の数・・・3,517人


 (1)「被害者数」から(2)「家族がいた者」を引けば、「家族を持たない単身者」の数がわかる、というのが丹羽氏の主張です。

  (1)と(2)の差、6,444人-3,517人=2,927人が、「夫でも父親でもない」男子、 すなわち「男子の独身者または単身者」(子供以外の)人数である、というわけです。比率にすると、2,927人÷6,444人=44.3%という高率です。

 一応、氏自身の言葉で以上の「論理」を確認しておきます。

丹羽春喜「スマイス報告書について −若干の問題点とそれに関する考察−」より


 同報告書の第4表および第5表によれば、1937年12月より1938年3月までの調査対象期間における南京市で、男子の「死亡させられた者および連行・拉致された者」の人数は、6600人と算定されており、 このうち、156人は「難にあった子供」(15歳未満)の人数であるとされている。

 この子供を除外した人数(6600-156=6444人)のうち、「夫または父親」であった者の人数は、上記のごとく、3517人と算定しうるわけであるが、それをも控除した数字、すなわち、

6444人−3517人=2927人

が「夫でも父親でもない」ところの「男子の独身者または単身者」(子供以外の)の人数であったという計算になる。

 「死亡させられ、もしくは、連行・拉致された」男子の総数6600人(子供を含む)に占めるこのような「独身者または単身者」(子供以外の)の比率は、実に44.3パーセント(2927÷6600=0.443)という異常に高い値になるのである。
 
(『大阪学院大学経済論集』1995年8月 P41-P42)



 では、「男子の独身者または単身者」の人口に占める比率は、どのくらいが「正常値」なのか。改めて、「スマイス報告」の第3表、「家族構成」を見ましょう。


1932年 1938年
A 夫と妻 9.5  4.4
B 夫妻と子供 33.1 26.2
C 男子・子供 2.3 2.6
D 女子・子供 3.4 6.6
E 男子一人 5.3 5.3
F 女子一人 2.1 2.1
G 夫・妻・親類 4.1 5.0
H 夫・妻・子供・親類 25.7 27.3
I 男子・子供・親類 4.6 5.9
J 女子・子供・親類 2.6 6.3
K 男子・親類 7.1 6.2
L 女子・親類 0.1 2.1
(単位:%)



 1932年の「男子の独身者と単身者の家」の数の合計は、E「男子一人」とK「男子・親類」の合計、12.4%。人数で言えば、総戸数47450×0.124=5884人、ということになります。

 人口比に直すと、5884人÷男子総人口112424人=5.23%。この正常値「5.23%」に対して、「44.3%」というのは明らかな異常値である、と丹羽氏は主張します。

 丹羽氏の結論です。


丹羽春喜「スマイス報告書について −若干の問題点とそれに関する考察−」より

 要するに、1937年12月の「南京陥落」前後から1938年のはじめごろまでの南京市内には、一時的に、同市における「一般市民社会」(シビリアン社会)の本来的な構成員でないところの、 異常に多くの「男子独身者・単身者」が居たということであり、結果的に、それらの大部分が、日本軍による「便衣兵」摘出措置によって「除去」されたというわけなのである。

 本稿でのこれまでの考察を踏まえて端的に言いうることは、そのような異常に多く居た「男子独身者・単身者」たちのほとんど全てが、実際には、潜伏中の中国兵、すなわち、「便衣兵」であったにちがいないということなのである。

 換言すれば、上記で3000人近い人数(2,927人)として算定された「死亡させられ、あるいは、連行・拉致された」ところの「男子独身者・単身者」は、そのほとんど全員が、 とりもなおさず、中国軍の「便衣兵」にほかならなかったと判断されなければならない、ということなのである。

(『大阪学院大学経済論集』1995年8月 P51)



 一見みごとな論理展開のように見えますが、どうも「結論」がぶっとんでいます。

 ではその「男子独身者・単身者」の被害を、誰が報告したのか、というもともとの疑問が復活します。 「スマイス調査」は「生き残った家族への聞き取り調査」ですから、家族を持たない「男子独身者・単身者」の死亡・行方不明は、決して統計に現れることはありません。

 丹羽氏は前半で「隣人への聞き取り調査」なのだろう、と「推理」してみせますが、それが無茶であることは、既に説明した通りです。

 さて上の論理、一体どこがおかしいのでしょうか。では、謎解き編といきましょう。


 

 まず「ネタバレ」をします。丹羽氏の「表」を再掲しましょう。

 
丹羽春喜「スマイス調査が内包する真実をさぐる」より

 
「難にあった」男子の人数
 崙颪砲△辰拭彙忙劼凌与 ∈犬里Δ繊嵒廚泙燭鷲秧董
であった男子
「独身・単身者」の男子で
「難にあった」もの
 櫚
6600(子供をも含む)
6444(大人のみ)
3517 2927
(大人のみ)


(『自由』2001年4月 P47)


 そもそもの話、「15歳以上の男子」は、「夫または父親であった」者及び「単身・独身者」、即ち「世帯主」だけではありません。 スマイス調査では、それ以外に、「世帯主の子供または同居親族」というカテゴリーが存在します。

 ,ら△魄いた数値を丹羽氏は「独身・単身者」のみであると誤認していますが、実はこの計算で出てくるのは、「世帯主の子供または同居親族の男子」プラス「独身・単身者の男子」の合計値です


 そして先にも述べた通り、「死亡した独身・単身者」がスマイス報告の死亡統計数値に現れることはありえません。従ってこの「2927人」なる数値は、 そっくりそのまま「世帯主の子供または同居親族の男子」の被害者数である、ということになります。


※つまり、丹羽氏の計算に即して正しく式を示すと、こういうことになります。

  崙颪砲△辰拭彙忙劼凌与 6444人 − ∈犬里Δ繊嵒廚泙燭鷲秧討任△辰臣忙辧 3517人 = 「世帯主の子供または同居親族の男子」 2927人

 を「独身・単身者」にしてしまったのは、はっきりと丹羽氏の誤りです。



 以下、詳しく見ていきましょう。スマイス報告第3表を、あらためて眺めてみます。

1932年 1938年
A 夫と妻 9.5  4.4
B 夫妻と子供 33.1 26.2
C 男子・子供 2.3 2.6
D 女子・子供 3.4 6.6
E 男子一人 5.3 5.3
F 女子一人 2.1 2.1
G 夫・妻・親類 4.1 5.0
H 夫・妻・子供・親類 25.7 27.3
I 男子・子供・親類 4.6 5.9
J 女子・子供・親類 2.6 6.3
K 男子・親類 7.1 6.2
L 女子・親類 0.1 2.1


 上の表は、南京市民を「家族構成」の視点から見たものでした。これを、「人口構成」に組みかえてみましょう。

 「家族」は普通、「夫」「妻」「子供」から構成されます。さらに当時の南京では、この「家族」への「同居親類」も多数存在したようです。

 従って、「人口」は概ね下のカテゴリーに分けることが可能です。

1.「世帯主の男子または女子」

2.「世帯主の配偶者(妻)」

3.「世帯主の子供」

4.「世帯主の同居親類」



さらに我々の前には、

・「15歳未満の子供」の割合 1932年32.6%、1938年30.6% (第2表)
・「平均家族数」 1932年が4.34人(P220本文)、1938年が4.7人(第1表)
・男女比 1932年 15歳未満1.09対1 15歳以上1.18対1(第2表)

というデータが存在します。


 これだけ揃えば、各カテゴリーの男女別人口比率を計算することができそうです。ただし「世帯主の子供」と「世帯主の同居親族」は分離できませんので、カテゴリーを次のように組み直してみましょう。


配偶者がいない男女世帯主

配偶者を持つ男女(夫・妻)

世帯主の「子供」及び世帯主の「同居親類」(15歳以上)

世帯主の「子供」及び世帯主の「同居親類」(15歳未満)




 ここでは「正常値」を洗い直すことが目的ですので、「戦時」ではない、「1932年」のデータをいじってみましょう。



※細かい計算方法は次の通りとなります。

,侶彁擦牢蔽韻任后世帯主は各家庭に必ず1名ですから、上の表から、「男子」「女子」がそれぞれ世帯主になっている世帯の割合を求め、それを平均家族数4.34で割ればいい。(世帯数:人口= 1 : 4.34ですので、この場合、「世帯比率」を「人口比率」に翻訳するには「世帯数」を「4.34」で割ればいいことになります)

 男子 C+E+I+K=19.3%  19.3%÷4.34=4.4%
 女子 D+F+J+L=8.2%   8.2%÷4.34=1.9%

さらに後の議論に備えて、「男子」については「子供あり」(C,I)と「子供なし」(E、K)の数字もそれぞれ出しておきましょう。


△盍蔽韻任后「夫」「妻」がいる世帯の割合を求め、同じく平均家族数4.34で割ってやる。

 A+B+G+H=72.4% 72.4%÷4.34=16.7%

夫と妻は必ず同数ですので、「男」「女」双方に同じ「16.7%」という数字が入ることになります。

 ここまでで、「世帯主である男または女」プラス「その配偶者」の割合がわかりました。その残余は、「世帯主」でも「世帯主の配偶者」でもないところの、「子供」と「同居親族」ということになります。

 全体から´△魄けば、+い粒箙腓出てきます。

 「15歳未満」が「世帯主」となっているのはレアケースと思われますので、い蓮15歳未満」の比率とイコールとします。さらに男女比がわかっていますから、男女別に分解できます。

 「スマイス調査」第2表より、15歳未満の比率は31%。これを男女比1.09対1で男女に割り振れば、「15歳未満男子16.2%」「15歳未満女子14.8%」ということになります。
 
 さらに「スマイス調査」第2表より、全体の男女比を計算します。結果は男53.3%、女46.7%となります。

 最後に、男女それぞれの合計から´↓い魄けば、の数字が出ます。これで表は完成です。



その結果が、下の表です。


合計
a 配偶者なしの男女世帯主 4.4% 1.9%
b  aのうち「子供あり」 1.6%
c  aのうち「子供なし」 2.9%
d 「夫・妻」 16.7% 16.7%
e 世帯主の「子供」及び世帯主の「同居親類」(15歳以上) 16.0% 13.3%
f 世帯主の「子供」及び世帯主の「同居親類」(15歳未満) 16.2% 14.8%
合計 53.3% 46.7% 100%


 さて、このようにカテゴリーを組み替えると、丹羽氏の「勘違い」の原因がはっきりします。

 丹羽氏が、「被害者のうち男子単身者」の比率を、どのように計算したかを思い出してみてください。


1.氏は、「夫を失った妻の数」をそのまま「妻がいた夫の数」と読み替え(上表のdに対応)、さらにそれに「妻はいないが子供がいる世帯主の男性」(上表のbに対応)の数を加えました。 すなわち、「家族を持っていた世帯主」の人数、ということになります。この数字が「3517人」でした。

2.そして、死亡者全体(15歳以上)の「6444人」からこの「3517人」を引きました。こうすれば、「家族を持っていない単身者」の人数が出てくる、というわけです。この数字が「2927人」。

 これを割り算すると、「死亡者総数における単身者の割合」44.3%がはじき出されます。



 要するに、こういう計算です。

 「15歳以上の被害者の男子の数」−(「被害者のうち「夫」であった者」+「被害者のうち「夫ではないが子供があったもの」」)=「被害者のうち単身者」


 上の表のカテゴリーをそのまま当てはめると、

 (b+c+d+e) − (b+d)

 ということになります。この答えは、言うまでもなく、

 c+e

です。


 「単身者」に対応するカテゴリーは、上の表では「c」のみであるはずです。しかし丹羽氏の計算の結果には、「e」まで含まれることになってしまっています。

 つまり丹羽氏は、「世帯主であった男子」のみを引き算の対象として、上表のe、つまり「世帯主でない男子」の存在を完全に忘れてしまったのです。これが、丹羽氏の「勘違い」の正体でした。

※念のためですが、再三繰り返している通り、「統計」に「死んでしまった単身者・独身者」が登場することはありえません。 上は「生存者の統計」ですのでcに2.9%という数字が出てきますが、丹羽氏の「難にあった男子」の計算では、cはゼロになります。つまり「死亡集計」では、丹羽氏の計算結果から出てくるのはeのみ、すなわち「世帯主でない男子」のみとなります。



 参考までに、丹羽氏と同じく1932年の数字を「正常値」とみなして、「44.3%」に相当する数字を計算してみましょう。(上のc+eに相当しますので、あまり意味のない数字ではありますが)

 分母は、「男性」の比率53.3%から「15歳未満の男子」16.2%を引いて、37.1%。

 分子は、a2「配偶者も子供もいない男子」2.9%に、c「15歳以上の「子供」「同居親族」」16.2%を足して、19.1%。

 割り算すると、「51.5%」という数字が出てきます。

 1932年以降の急激な人口増、そして戦争による混乱を考えれば、この数値がかなり大きく変動しても不思議ではありません。そんな中で、7ポイントの違いは、「概ねの一致」と考えてもいいでしょう。



 (2013.4.21)

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