中国空軍の上海租界爆撃資料集



 コンテンツ「中国空軍の上海租界爆撃」に利用した資料のうち、 「アジア歴史資料センター」の資料の抜粋、及び「支那事変実記」から関連記事を抜き出したものを紹介します。

  本コンテンツで紹介しきれるものではありませんでしたので、こちらに「資料」として掲載します。念のためですが、以下の原資料はいずれも厖大なものであり、ここに収録したものはそのほんの一部であることをお断りしておきます。


目  次


1.「アジア歴史資料センター」資料より


2.「支那事変実記」より


3.「東京朝日新聞」記事より




「アジア歴史資料センター」資料より


情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十三」より 

昭和十二年八月十六日

(概説)

一、支那紙 十五日の漢字紙は、台湾空軍の支那側根拠地攻撃を伝へ、又支那は最初の空中戦に威力を発揮し、日本の軍艦に命中、又飛行機を射落し戦争は各方面共に有利に展開せりと報し、支那側の共同租界への爆弾投下は余り書かす、 却て日本の高射砲に撃たれ故障を起し誤落せる旨の軍事当局者談を掲く。論説に於ては南京諸新聞は日本か租界を軍事根拠地とせさること根本問題なりと論せり。

 又上海の英字紙は、支那軍爆撃に関して報したる中、原因に付き日本側の高射砲に依るものと南京「ロイテル」電報を掲けたる他、論説には注目すへきものなし。

(A)支那紙

二、十四日の不測の惨事を惹起したるは、日本の高射砲か、支那爆撃機の爆弾保持機を破壊せる為めなり(十五日、上海英字紙南京ロイテル電報)

(B)米国紙

一、現地外国官憲は何れも本国政府に対し、今回の爆撃は、日本軍艦が共同租界に接近して碇泊して居ることに原因せりと報告した由であるか、彼等は何れも爆撃か、 支那側飛行機によりて行はれたことを認むるも、事をして茲に至らしめたるは日本海軍か予ねての列国側よりの抗議を無視して軍艦を移動せしめさりしに依るものにして、 人命財産破壊の責任を日本側にありと為すものの如し(十四日、香港ニュース紙U・P特派員イスキンス特電)

二、日本にして海軍を上海に集中の口実を求むるの意図なかりせは大山事件は日本側の苛酷なる要求とはならさりしなるへく、日本の海軍が上海に集中の目的は南京を強制して北支事変解決を促進し、又西洋諸国をして、 日本の国際租界行政に於ける重要性を認めしめんとするに在りと認めらる(十四日、紐育タイムス論説)

今次の上海に於ける日支衝突により、外国人の生命財産は危険に瀕し、各国領事は、日本軍艦の黄浦碇泊は支那側の砲撃不正確なる為、附近の外国船其他に脅威を与へ、日本が作為的に起せる北支事変の不同情的傍観者たる、西洋諸国は大影響を受けつつあり。

若し、在留民の保護か目的なりとき、日本側の主張か真実ならは、日本海軍は他に有効なる方法ありしに拘らす、虹口に不充分なる兵を上陸せしめ、支那軍の砲火を租界に集中せしめんは奇怪なり。窮極の責任は勿論日本に在り。

然れとも大軍を上海に接近せしめ日本海軍に虹口を根拠とする口実を与へしことは不可解なり。(十四日、紐育ヘラルド・トリビューン」論説)


(C)英国紙

一、英国は日支紛争に関し共同租界尊重方申入れるるの外厳正中立方針を採りつつあり

二、支那側は規約第第十七条を採用せんとするものの如し、ただし右は集合安全制度の適用よりは世界与論に日本の新なる侵略を印象付けんとするものなり
(十五日サンデー・タイムズ記事)

二一、支那側は前後三回に亘り日本軍艦を空襲せるも、目的を達せす、却て共同租界内の外支人に五百の死者九百の負傷者を出し右死者中に数名の英人を含む

二二、海軍省十四日発表に依れは支那飛行機は在呉淞支那艦隊旗艦「カンバーランド」号を爆撃せるも命中せす 右は日本軍艦と誤認せられたるものならし

二三、西蔵路と「アベニュー・エドワード七世」との交叉点に投下せられたる支那爆弾は死者四五六傷者八二九(仏租界警察調)を生せるか右地点は■近い日本軍艦よりの距離実に一里半

二四、上海市長は出雲の近傍にある英軍艦の即時撤退を求めたり

二五、日本機は支那機一機を射落せり。尚工部局は支那側爆撃に鑑み出雲の移動慫慂方を決定又英艦デネー艦隊は右同様の「サジエスシヨン」を為せるも日本司令官拒否せり

二六、英米仏は支那側に共同租界爆撃方抗議せり(以上十五日ルーター及B・U・P・電)


(F)独逸紙

一、英国半官方面の情報によれは、英国か何等積極的行動に出つるか如きは問題とならす。

(アジア歴史資料センター資料)


情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十四」より 

昭和十二年八月十八日

(A)支那紙(上海)

一、領事国は兪市長との折衝に関し
 (1)日本兵及軍艦か租界より撤退せされは、支那も自衛上必要な行動を執らさるを得す
 (2)租界は支那領土にして航空権を有す。故に租界上空の飛行に関し他国の干渉を受けす
 (3)日本側銀行の防空設備に付て之なきを確めよ(十六日、上海各紙記事)


(B)米国紙

一、上海の外国租界爆撃は、支那軍用機の狙ひ違ひとか、或は支那軍用機か日本側の追撃から逃けるのを容易にする為爆弾を投下したとか言ふのたか、之か本当なら支那の言分に対する世界の同情は覆されることになる。

二、狙ひ違ひなら余りに非道いし、逃げる為なら此んな無責任な子供には、危険な外国製玩具はあてかえない。

三、共同租界を安全にしたいなら日本の軍隊、軍艦を追出せと言ふ支那側の言分は更に我々同情に値せぬ


四、共同租界当局者としては、両者の中立地帯侵犯に対し罰を課するに足る兵力を持つて居ないから、双方の常識乃至儀礼に訴へる外方法はない

五、日支双方共斯かる提訴に対し尊敬と同情に値する様な答はして居ない

六、日本側も租界に軍隊を置くことに依り支那側に爆撃の理由を与へて居る

七、双方斯かる事は中止して貰いたい、(以上十五日ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン論説)

八、米政府は上海を軍事行動の基地とならさる様折角日支両国政府に申入れつつあり

九、米政府は仮令事変の為米人の生命が失はるることありとするも紛争に捲込まるる意思なし

十、(略) (以上十四日、華府各新聞報ハル朝刊談)

十三、此の際米の採るへき政策は紛争の圏外に立つ以外になし、今や世界は戦争と軍備と税金とに依つて自殺を行ひつつあり 吾人は戦争に捲き込まれさることに依り我等の文明を最も長く維持し得へし(十四日ポラー演説)

十四、共同租界空爆は日本側の射撃により、機体の自由を失ひたる結果余儀なくせられたるものにして、右は蒋介石の命令に基くものに非す(十六日、A・P電報、蒋介石夫人より「シオドル・ルーズヴェルト」夫人宛弁明電報)


(C)英国紙

一、上海市長は各国の抗議に対し、空爆の責任を日本に負わせんとしたか、夫れは当らす、

二、列強は日支紛争の発展を注視して居るか、十五日の日本政府の声明ては満州事件及最近の軍部の行動に徴して安堵することを得す
(略)(以上十六日タイムス論説)

八、上海て無く若し「ロンドン」に同様の事態か発生したなら、英国機は支那機と同様な措置を執つたたらう、従て共同租界爆撃に対する抗議は寧ろ日本側に為さるへきてあつた(十六日マンチエスター・ガーデイアン論説)


(D)仏国紙

一、両軍の飛行機か交戦中のこととて何れのものか見分け難い(十五日上海アヴアス電報)

二、最初に飛行機を使用したのは勿論偵察機てはあつたか日本側てあり、日本の高射砲は引切りなしに発砲しなから、支那の飛行機を追払ひ得なかつた、 又「ノーソン」水上飛行機一台は離水後間もなく支那低飛行機に射落された(十五日ウーブル紙、倫敦発ヲールニユ発信)

三、支那空軍の上海共同租界爆撃は支那軍指揮官の報告通り、爆弾投下装置の破損に依るか、夫れとも支那飛行士の過失に依るか判らぬか後者か尤もらしい(十五日上海アヴアス電報)

四、支那飛行機か再ひ租界上空を飛行した場合は直ちに発砲せよ、(同上、各国指揮官の命令)

五、租界も亦支那領土なるを以て上空飛行は支那の勝手てあり、日本租界に高射砲かあるから租界上空飛行は必要てある(同上、兪上海市長の列国抗議に対する声明)

六、各国官憲調査の結果、日本租界には高射砲の設置無きこと判明したり(同上)


(G)英領海峡植民地紙

一、国際租界爆撃か、「アクシデント」に依るものなりとする支那側説明は言逃れに過きす

二、時期方法総て所を得さる空襲を試むる支那人の賢明を疑ふ


三、南京外交当局は対日開戦論者に引摺られたるもの

四、日本の増援隊到着以前に撃退するを軍略上可としたるものならんも、何れにしろ日支開戦に至る場合上海租界の不可侵性は保障せられす

五、唯一の在留外人に残されたる方法は、戦争小康を得たる場合引揚を為すに在り

六、幸にして宣戦は布告されて居らす、又日支両国共長期抗争には堪へさるへし

七、今回支那の失態は日本に依り非難さるる所なるも、結局は事を茲に至らしめたる日本軍部に責任は存する訳なり

(略)(以上十六日フリー・プレス論説)

一一、絶体絶命の境地に立ちて戦はんとする支那に局外国の同情せるは自然、不幸にして支那の空爆か上海外人地帯にて非戦闘員に大なる損害を与へたるにより世界の同情を失墜せるは多大なるものあり

(以上十六日ストレート・タイムス論説)

一四、上海国際租界爆撃の支那側の弁解も一理あり、然れとも其の原因を見れは、日本側の侵略的行為に在り
(略)(以上十六日馬来トリビーン論説)

(アジア歴史資料センター資料)


情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十五」より 

昭和十二年八月二十日

(A)支那紙

一、日本の飛行機は爆弾を搭載して旧英租界及仏租界の上空を飛行せさるに反し、支那側は同様措置を拒絶した(十七日、上海「ノースチャイナ・デーリー・ニュース」記事)

二、日本軍陸戦隊本部を捨て租界内に退却せり(十八日上海漢字紙記事)
きを確めよ(十六日、上海各紙記事)


(B)米国紙

一八、十四日の支那機の共同租界爆撃に依る被害は、仮令故意てないにしても明かに支那側の責任てある

一九、併し支那は直に遺憾の意を表し悧巧にも西洋諸国か日本軍をして虹口を根拠地とするのを黙過して居る以上租界を爆撃するのは支那の権利たと云ふ様な横車は押さなかつた

二○、実力の背景なくして英、米、仏三国か、日本軍の虹口占領を妨けることは不可能である

二一、支那機の空爆に対しては日本側にも責任かある、日本か海軍士官殺害の如き地方的問題を取上けて軍事行動に出なかつたら支那機の爆撃もなかつた筈てある

二二、英、米、仏三国の抗議其他て日支両軍も当分上海市中の衝突は避けるらしいか、両国民と現地軍隊の戦争気分を見ると上海か再ひ戦場と化さないとは言ひ切れない(以上十七日「ニューヨーク・タイムス」論説)

二三、此の際米国の執るへき態度は戦争の渦中に捲込まれさることにあり

二四、尤も米国は今次の日支戦争か将来何を齎すものなるやを注意し東洋に覇を制することあるへき軍閥に備ふる所なかるへからす(以上十八日樂港「エキザミナー」論説))


(C)英国紙

二、倫敦より見たる上海の事態は極めて重大なるか、最近事態の推移を審に見れは、如何に不偏不撓のものと雖も現下の危険なる状態は過日の事件以来、 激増せる日本部隊の存在に直接原因すると言はさるを得す、今や日本は自国軍隊の「プレステイヂ」又は自国民及び通商上の利益擁護の何れかを撰ふへき時に達せり、後者を撰らは、 第三国は日支軍隊撤退促進方に最善を尽すへきてあるか、日本は不幸にも前者を撰へるものの如し(十八日、タイムス記者)


(F)和蘭紙

一、上海の不祥事に付き南京政府当局は縷々陳弁するも、其の真相は恐らく戦闘地域を拡大し、日本をして奔命に疲れしむる傍、関係外国を渦中に引入れんとの魂胆に出つるものと推測せらるるか、 斯る愚策は各国をして益々叛心せしめ却つて反対の結果を招致すへし(十八日、フアーデルランド論説)

(アジア歴史資料センター資料)


「情報委員会八・二四 情報第一号 南京放送(二十三日)」より 

熊本逓信局聴取

一、上海電

(二)午後一時三十分電

 (ヌ)二十三日午後零時五十分日本飛行機は南京路を通過した時爆弾落下浙江路で爆発し死傷三百余名を出した。

(アジア歴史資料センター資料)


海軍軍事普及部「内国外字新聞論調」より 

自八月十一日
至八月十七日

「ジヤパン・アドヴアイザー」(米国系)

 八、一七、「上海事件」

過去数日間に上海に起りし事件は総ての予想を超えたるが就中支那空軍が共同租界を爆撃して自国人及欧米人を多数殺傷するが如きは意想外にして支那は之により多くの同情者を失へり、 此の無法なる爆撃の理由として想像せらるる所は種々あるも外国の干渉を招かんとする魂胆と見るを最至当とすべし、支那は満州事変以来外国の手に縋らんとして常に失敗せるが今回も単に自殺者の自暴的行為のみ


「ジヤパン・クロニカル」(英国系)

 八、一五、「上海に於ける戦争」


 上海に於ては既に戦争始まれり、広田外相は昨日支那大使の質問に対して日本は事件拡大を望まずと答へたりと、日本の財政状態より見て当然のことなり、 然れ共日本は一九三二年の上海事変に鑑み前回の停戦協定以上の恒久的条件を要求すべく支那は体面上之を受諾せざるべし、列国は単に平和を勧告する外為し得ること無し、日支両国は少くも共同租界の安全を害せざる義務あり

 八、一七、「戦争」

 上海の戦雲は日増に険悪を加ふ、支那軍如何に自信あるも最後の勝利は日本に在ること明なり、支那の租界爆撃に鑑み列強は日支両国に租界の中立を申入れたるも無効にして通常の戦争の法則は此の事態に適用されず、 空爆は素より砲撃と雖非戦闘員に危険多し、又支那側は河川を閉塞すといえば遂には租界の食糧補給も困難となる虞あり、(以下略)


「ジヤパン・タイムズ」(日本系)

 八、一六、「支那の暴戻」

支那空軍租界爆撃の暴挙は世界を驚かせたり、支那が之によりて諸外国の干渉を招かんとしたりとせば甚しき近眼と云はざるべからず、此の罪悪に対して支那を罰し租界に於る各国人を守るは日本軍の義務なり

(アジア歴史資料センター資料)


情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十七」より 

昭和十二年八月二十三日

(C)仏国紙

二、日本飛行機は仏国慈善病院、商船会社及支那衛戍病院を爆撃せり(十八日中央通■電報)

五、日本軍は征服者の如き横暴を為しつつあり(十九日ウーブル紙上海発通信)

(アジア歴史資料センター資料)



情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十九」より 

昭和十二年八月二十七日

(C)独逸紙

一二、上海先施及永安公司爆撃の砲弾は支那軍の方面より租界上空を飛して永安「デパート」に落したものにして、勤務中の英国将校の推測に依るも、該砲弾は虹寧軍器廠附近の支那砲台より発せられたるものなり。
一三、砲弾の目標が日本軍の占拠する虹口にありたること確実なり。支那側にては右は日本軍の砲弾なりと主張し居るも、同砲弾は口径審査の結果に依り右の主張は覆さる(以上二十三日「ナハトアウスガーベ」紙上海「ヴオルフガング・ゾルゲ」特電)


(D)仏国紙

八、米国の態度を決するものは、日本に対する憤怒、支那に対する同情及孤立政策の欲求の三要素なり、故に其の態度は優柔不断にして矛盾に満つ。(二十四日「ソワール」紙紐育特電)



(アジア歴史資料センター資料)


情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 三十」より 

昭和十二年八月二十八日

(B)英国紙

一、上海の戦闘は北支攻略の一小方面に過きす
二、支那空軍は脆弱なから能く其の機能を発揮したり

三、戦略的鉄道、蘇州−嘉興線の開設を始め外国就中英国の利害は一大損害を被れり

四、日本か上海戦に成功すれは、欧米の利益と対立して、日本の独舞台となるへく、延いては亜細亜人に対する泰西諸国の勢威の失態を来す惧あり

(以上二十六日「タイムス)


(アジア歴史資料センター資料)


情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 三十一」より 

昭和十二年八月二十八日


B)在支英字紙

一、日本の二十六日の英文放送に於て英大使は「暴戻なる支那兵」の為射撃された旨報道したか、右は事実顕倒も甚たしい
二、日本政府は英大使遭難に公式に遺憾の意を表したとのことてあるか、夫れにも拘らす日本与論か果して真相を知つて居るや否やは確実ならす、右英語放送は日本国民に供給された日本語に依る官製情報の翻訳に過きぬ様た、 果して然らは、日本当局に対し国際儀礼蹂躙に対し再考するよう要請してもよい(以上二十七日ノース・チャイナ・デーリー・ニュース論説)

(アジア歴史資料センター資料)




 『支那事変実記』より



『支那事変実記』第一輯より

 八月十三日

 支那軍爆撃機出動す

 正午すぎ、支那空軍秘蔵のマーチン単葉双発動機の爆撃機は租界の上空に飛来、七百米の高度をとりつつ西方より虹口方面へ示威飛翔した。
(P180)



『支那事変実記』第一輯より

 八月十四日 支那軍上海空襲の暴挙 わが無敵空軍の出動

 上海は夜来暴風雨に襲はれた。その中でこの日、海陸空にわたる激しい戦闘が行はれた。午前二時といふのにもう敵の攻撃は始まつたのである。(P189)


 敵の爆撃機来る

 かくて壮烈な地上戦が展開されてゐるさ中に、突如敵の空襲ははじまつたのである。

 午前九時五十分支那の爆撃機は一機我が陸戦隊本部上空に飛来して爆弾を投下しはじめたのでわが陸戦隊は高射砲をもつて応射した。同時刻、 爆撃機四機はわが軍艦○○に爆弾二個、また商業学校地区、楊樹浦紡績工場地帯、英人経営ジャーデン・マジソン会社上海埠頭に命中、倉庫粉砕、多数の死傷者を出し、 逓信省ケーブル修理船沖縄丸にも爆弾を投下し、死傷四名を出した。

 敵機の爆撃開始と共に、支那人群集は雪崩を打って租界商業中心区(旧イギリス租界)方面に逃込み、同地一帯は混乱不安の極に達するに至つたので、江岸通一帯の外国銀行業者は一斉に門戸を閉し、完全に営業を休止するに至つた。 又江岸通南京路方面の電車、バスは車掌、運転手が逃げ出したため、道路上にそのまま立往生となつて居り、電線は所々で切断され、名状すべからざる混乱に陥つた。

 午後になつて敵爆撃機は又もわが陸戦隊本部を空襲爆弾三四発を投下したが、幸ひ一発も命中せず、我軍は高射砲機関銃でこれを撃退した。敵機襲来に午後一時三十分わが海軍の艦載機は威風堂々出動を開始、閘北、北四川路上空を旋回、さかんに爆撃を加へた。
(P192)


 所嫌はず爆弾投下

 烈風を衝いて上海上空を飛行中だつた支那飛行機(アメリカより購入のマーチン爆撃機およびノースロップ爆撃機)は、十四日午後四時半八機編隊をもつて上海上空に来襲、猛烈なる爆撃を開始した。

 しかも血迷へる敵機は照準を定めず高層建築とみればところきらはず爆弾を投下したため、上海全市は全く敵機の蹂躙下に陥り、大混乱をきはめ、なかでも共同租界、フランス租界の外人たちはホテルを空襲されたため色を失ひ右往左往し 、阿鼻叫喚の巷と化し去つた。無謀言語に絶した空爆の洗礼は支那人、外人問はず死者の山を築くに至つた。(P194)

 午後四時半にはバンド北京路に落ち、支那避難民多数を傷け、西京路に落ちたものはカセイ・ホテル玄関前に命中し、死傷者外人に多く数百名、 東洋一といはれる数多のツーリストを呑吐したホテルのロビイは凄惨な血の海と化し、パレス・ホテルは屋根から地階まで滅茶々々に破壊され、外人八名惨死した。

 同四十五分には歓楽街大世界に落下支那人二百名死傷、その他浦東アジア石油のタンクに命中し、米艦オーガスタ附近にも落下し、又租界も多大の被害を蒙つたため、英米仏各国の激怒を買つた。

 
尚午後四時の支那空軍爆撃機第二次空襲の際における敵の損害は次の如くである。

(一)わが旗艦○○の艦載機は市街上空の戦闘で敵のノースロップ大型爆撃機一台を射落した。
(一)軍艦○○艦載機は真茹上空の戦闘において敵のカーチス・ホーク戦闘機一台を射落した。
(一)わが艦艇の高射砲弾はカーチス・ホーク機一台に命中、これを射落した。

 敵は空爆と呼応して虹口めがけて野砲を打ち込み、タラツチ路のわが海軍武官室、狄思威(テキシイ)路、有恒路等の工部局、警察署附近に落下、敵軍の虹口総攻撃はいよいよ確実となり、租界は今や収拾すべからざる混乱に陥つた。

 支那側の砲撃に応戦した我軍は、午後四時半から猛烈に敵に反撃を加へ、北停車場京滬鉄路管理局に命中、目下同方面は黒煙濛々として大火災中である。

 陸上と呼応して我軍艦○隻は、午後四時半頃呉淞砲台攻撃を開始し、また陸上の敵陣地めがけて砲撃を加へた。(P195)


 支那空軍根拠地を潰滅す

 暴戻飽くなき支那空軍に対しつひに堪忍袋の緒を切つたわが海軍では、敵の空軍根拠地に対して徹底的打撃を与へその非人道ぶりを封ずべく、十四日午後六時半編隊をもつて台風圏を突破長躯杭州の筧橋飛行場を衝き 、格納庫一棟、敵機十台を爆破、驚愕出動せる支那飛行機と壮烈なる空中戦を演じ、忽ち敵の戦闘機四機を射落した。

 更に機首を転じて南京杭州の中間にある広徳飛行場を襲撃十台を射落し、格納庫一棟を爆破、続いて帰途杭州郊外の橋司鎮飛行場を襲ひ、数機を爆破して意気揚々引揚げたが、一方わが空軍別働隊は十四日午後八時南翔飛行場を爆撃、 敵の飛行機二十機を爆破した。(P196)

 かくてわが空軍は上海の制空権をつかんだ。夜に入つて我軍は敵の攻撃に応じ、総攻撃を開始し、敵弾は十四日午後十一時半ごろよりまたも虹口方面に落下、一弾はハ子路中部小学校附近に落下した。 十五日午前零時五十分わが軍は敵の射撃に応戦し猛然砲火を開き、砲声は殷々として闇の上海を震はせてゐる。強風は依然吹きつのつてゐる。(P197-P198)


(外交)

 
 ルーズヴエルト米大統領夫人は十四日蒋介石夫人宋美齢に対し電報を発し、上海に対する非人道的爆撃を即時停止するやう勧告した。

 十四日の支那側軍用機による上海空爆のため、多数の外国人、殊にイギリス人の死傷者を出したとの報に接したイギリス政府当局は、支那の無軌道的暴挙を極度に憤慨し、直ちに南京政府に対し厳重抗議をなすと共に、 日支両国政府に対し共同租界を戦火に曝さざるやう更めて厳重なる申入れをなした。

 また、支那飛行機が上海空爆に際し、折柄黄浦江に碇泊中のアメリカ東洋艦隊旗艦オーガスタ号の傍らに爆弾三発を投下せりとの報に接したアメリカ海軍当局は、東洋艦隊司令長官ヤーネル提督を通じて、 支那側が若しかくの如き暴挙を繰返へすときは高射砲をもつてこれに応戦する旨厳重抗議をなした。

(P200-P201)


『支那事変実記』第一輯より

 八月十五日

 陸上でもわが猛撃に敵陣動揺

 
上海では昨夜来引続く激戦に夜を明したが、依然八字橋方面が激戦の中心地であつた。わが軍艦は午前五時呉淞より市政府方面へかけて猛砲撃をし空軍もこれに協力して市政府を完全に破壊し朝方沈黙させた。(P210-P211)

 わが海軍武官室は敵の焼夷弾のため午前八時全焼。午前十一時頃に至り又もや北停車場や郊外大場鎮方面の砲兵陣地よりわが陸戦隊本部、わが砲艦目がけて猛烈な砲撃が始まつた。

 正午前後支那軍は虹口の日本人密集地に砲火を集中し一時は恐慌を来したが我空海両方の攻撃により沈黙した。この日のわが空軍の大活躍、海陸よりの猛撃で居留邦人は漸く愁眉を開いた。

 しかし敵機九機は午後三時半頃又もや上海上空に飛来し爆弾三個を投下したが、損害は殆んどなかつた。(P211)


 海相の放送

 南支一帯の制空権を確保した十五日夜、海の護りの総帥米内海相は海相官邸から帝国海軍の断乎たる決意を全国民に訴へた。

 (外交)兪鴻鈞上海市長は十五日四ヶ国総領事に対し口頭を以て、租界内何れの地点を問はず高射砲の射撃地点を発見する場合は支那軍は租界に対して行動するの已むなきに至ることあるべき旨を通告した。(P215)

 前日の租界内の被害は人命だけでも死者六百負傷者四百に上つたもので、英米の当局は其被害に驚き、今後の戦禍を避けるため我○艦の繋留の位置につき希望を申出づるところあり、 長谷川長官は十五日午前英米の艦隊司令官を夫々訪問して我方の立場を説明したためいづれも之を諒解した。一方イギリス軍艦は十五日朝黄浦江の下流に移つたが、アメリカ軍艦は昨日の支那機空襲の際その附近に爆弾を投下されて又もや胆を冷した。(P215-P216)

 広田外相は十五日在南京日高参事官に宛て南京方面の情勢如何によつては直ちに引揚げの態勢をとるやう万般の準備を整へるべき旨訓電を発した。

 支那空軍の暴虐なる空襲に憤激した英仏の軍艦は、十五日朝支那政府に対し若し再び空襲を行へば英仏軍艦はこれに対し砲撃を加へる旨通告した。(P216)



 英米仏各大使抗議


 ヒユーゲツセン英国大使、ジヨンソン米国大使、ナジアル仏国大使は重要訓令により十五日午前南京政府に対し、 十四日支那空軍が上海共同租界を爆撃し第三国居留民に多数の死傷者を出せることにつき厳重な抗議を提出した。尚上海の各国領事館も十五日午後緊急会議を開催し支那側の不法極まる租界爆撃に関し重大協議を遂げた。 その結果愈々上海市長及び南京政府に対し同様厳重なる抗議を提出すると共に上海の治安維持につき更に協議することになつた。

(P216-P217)


(支那の動き)十五日わが空軍大編隊は長躯南京を空襲、城内故宮飛行場その他城外陵園軍用飛行場を爆破し、更に城内各所に爆弾を投下、南京は為めに大混乱に陥り遷都の他外なしと見られる。(P218)


『支那事変実記』第一輯より

 八月十六日

 我空軍・縦横に活躍

 雲はあるが視界は広く、久方ぶりの飛行日和に恵まれた海軍機は、午前八時、茫々限りなく、広がつた山野を横ぎり、途中支那兵の射撃を軽く避けながら、再度の南京爆撃に進んだ。 我軍の弾丸は無駄なく目的物に命中する。支那機の地もぐり爆弾とは命中率が雲泥の差だ。(P226)


 上海戦開戦以来、敵飛行隊は多大の損害を受けたが容易に屈せず、此日も戦闘機十数台に護衛された九機編隊の重爆撃機が、我陸戦隊を目標に襲来、爆弾を投下したが、我軍の猛烈な射撃におぢけついたか、 機首を東部紡績工場地帯に転じて空爆を行つたのち何処へか飛び去つた。これは虹橋、龍華飛行場爆撃に赴いた我機と、空中戦を演ずるつもりで飛来したものであつた。(P226)


 わが総領事館を空襲

 午前十一時三十分的軽爆撃機七機が飛来し、総領事館に爆弾投下、一個は領事館警察の建物を貫いて、執務中の秋葉第二課長、橋爪書記生に重傷を負はせ、他の一弾は日本郵船倉庫事務所に落下し、パイロツト森本弘氏は重傷を負つた。


 ソ連領事館の燈火信号

 夜に入ると虹口一帯は、支那機の襲来に備へて真暗闇だ。大きな倉庫、高い建物がただ真黒な塊となつて空にぬつと建つてゐるばかりだ。自動車も人も暗の中を手さぐりするやうにしてやつと通つてゐる。まるで廃墟だ。

 この灯火管制の租界に、敵に一機が襲来した。とこの時故意か過失か、ソ連領事館の屋上涼台にパツと電燈が点いた。それを目標に近接の我総領事館に爆弾が投下された。幸ひ弾丸は命中しなかつたが、 電燈が果して信号のためであつたかどうか、我軍では重要視してソ連領事館に交渉することになつた。

(P227)



『支那事変実記』第一輯より

 八月十七日

 敵機を迎へて壮烈な空中戦

 十七日午前十一時ちぎれ雲乱れ飛ぶ江南の天地に突如起る不気味な爆音、又しても空襲だ。敵砲兵の邦人密集地域に対する猛射と呼応しての憎むべき空襲だ。雲の切れ間に現はした姿をみると、六機編成の敵機だ。 相ついで急降下すると見るや邦人密集地域に、猛烈な爆撃を開始した。

(P237)



『支那事変実記』第一輯より

 八月十八日

 上海の中立化案を英提唱

 昨夜の五相会議で、上海中立化案を提唱することに決したイギリス政府は、本日日支両国及び米、仏駐在の英大使に同案を提示、協議するやうに訓令を発した。その要点は、

一、上海地区を中立地帯とし、日支両軍は右地帯より徹底する。
一、中立地帯の画定は現地において協議する。
一、中立地帯内の日本居留民の保護は米仏政府の援助の下に、英政府が責任を負ふ。

 以上の提案について、英外交界の消息通間では、事件不干渉方針を堅持してゐる米国が、協力を受諾するかどうかは頗る疑問で、殊に日本の同意を得ることは一層困難である故、成立は不可能であらうと評してゐる。

(P248-P249)



『支那事変実記』第一輯より

 八月十九日

 大山岳戦展開の序幕

 十九日午後から二十日払暁にわたつたこの戦闘で、右翼最前線の柴田部隊の讃井、迎両兵曹長が、民家に隠れてゐた数十名の便衣隊とばつたり出会つた。向うはピストル、こつちは日本刀で応戦、 両兵曹長は古武士の奮戦もかくやと思はれるほど斬りまくつて、遂に二十余人を斬り倒した。

 陸上部隊の奮戦進出に呼応して、空軍は前日に引続き、早朝より閘北、江湾、呉淞方面を偵察また爆撃を加へたが、さらに大場鎮、南翔飛行場から遠く南通州まで、敵兵の根拠地を片つ端から襲つた。

 敵飛行機も稀には上海上空に姿を見せないこともないが、それは支那人に安心を与へるための気休めで、我軍と決定的な空中戦を行ふだけの力は既になくなつてゐる。従つて我機は地上の敵部隊からの射撃を警戒すればいいわけで、制空権は最早我方のものだ。

(P252)


『支那事変実記』第一輯より

 八月二十日

(戦況)

 ところが、敵の飛行機はまだ息の根が止まらないのか、朝七時五十分ごろ、三機編成の四隊十二機をもつてわが上空に現はれ、わが○艦や陸戦隊本部等に向けて爆弾を投下したが、例によつて、爆弾は道路や水中に落下し、 わが方には何等の損害をも与へることが出来ず、わが高射砲に追はれて逃げ去つた。

(P258-P259)


 租界残敵の掃蕩

 なほ、この日午後六時四十分、浦東上空において彼我空中戦の最中、浦東税関碼頭ちかくに碇泊中であつたアメリカ極東艦隊旗艦オーガスタ号に、高射砲弾が一発落下し、乗組員一名即死、十八名の重軽傷者を出したが、 これは日支何れの高射砲から発射されたものか不明であつた。
(P259)



『支那事変実記』第一輯より

 八月二十一日

 空の肉弾勇士

 因みに、この戦闘において墜落した敵機はノースロップ爆撃機二、カーチス・ホーク戦闘機三、ボーイング戦闘機一、合計六機。わが部隊の損害は矢野機が着水後沈没したのみで、 敵の盲滅法の爆弾が虹口に落ち、居合はせた邦人十数名が死傷したほか、着水時にわが乗員の一人が軽傷を負つたのみであつた。(P265-P266)


(外交)米艦オーガスタ号事件について、わが海軍当局は午前、非公式に談話の形式をもつて日本の砲弾に非ざることを発表した。(P268)


『支那事変実記』第一輯より

 八月二十三日

 支那機自国人を爆撃

 これに対し、わが陸軍の上陸作戦に狼狽した敵は、朝来、わが軍の上陸を阻止すべく小癪にも空爆の挙に出たが、その一機は午後一時後方へ敗走中、虹口の邦人密集地帯へ数千メートルの上空より爆弾を投下したところ、 哀れにも目標を誤り、爆弾は南京路新々公司附近に落下、轟然炸裂した。(P283)

 何しろ、該地は上海でも最も繁華な支那人密集地区なので、一帯の高層建築は無惨に爆破、支那人、外人、男女多数土煙とともに黒焦げになつて沖天にふき飛ばされ、歓楽街は一瞬にして阿鼻叫喚の巷と化した。 現場は叩きつけられた肉片、黒焦げの死体、叩き折られた電柱、崩れ落ちた家屋の下から救ひを求める悲鳴、泣き叫び、怒号して逃げまどふ婦女子、見るも酸鼻な地獄相を現出し、死者二百、負傷者数百を出し、 負傷者の救護にも手がつけられない有様で、現場は大混乱を呈してしまつた。

(外交)

 この支那機の不法射撃の報に接し、ハル国務長官は峻烈なる抗議を南京政府に電達したが、アメリカ政府当局は上海方面の事態の悪化に伴ひ、万已むを得ざる者以外、一切の米人の上海退去を命令した。

(P283-P284)



『支那事変実記』第一輯より

 八月二十九日

 敵飛行機は今暁三時ごろ再び上海上空に夜襲を試みたが、笑止にも昨夜同様閘北の味方陣地上に盛んに爆弾を投下しただけで、虹口及びわが軍陣地には何等の被害もなかった。敵空軍はすでに優秀なる飛行隊員を失つて了い、 練習不足の促成隊員をもつて補充してゐるのでしばしば失態を繰返してゐるものと見られる。
(P328-P329)


 敵機最後の足掻き

 午後五時頃支那飛行機四機来爆撃を試みたが、我に損害なし。右支那飛行機中二機は翼面の青天白日を日の丸に塗り変へて居た。
 (P330)



『支那事変実記』第一輯より

 八月三十日

 後続陸軍上陸

 わが陸軍の後続部隊○○部隊は○○地点に見事敵前上陸に成功、目下○○部隊と合し所定の地点に向け前進中。敵機数台は三十日午前二時より早暁にかけ三回に亘って虹口上空に飛来し機を窺ひ爆弾投下を行はんとしたが、 わが方の防禦砲火のためその都度撃退された。

 わが軍艦○○は三十日午前十時ごろより約一時間にわたり、○○に近き揚子江岸及び上海市政府庁舎付近に砲火を浴びせ、目標を誤たず敵に打撃を与へ、市政府庁舎にも砲弾見事に命中した。なほ獅子林砲台にも砲弾命中し火災を起した。(P340)



 血迷へる敵機

 
血迷へる支那軍飛行機一台は、三十日午後五時ごろ又も呉淞港外に仮泊中の米国ダラー汽船プレシデント・フーバー号(二一、九三六トン)に不法にも爆弾を投下、 一弾は船体に命中し外人乗客並に船員に負傷者を出した。右フーバー号は爆撃に遭ふや直にSOSを発したので、我艦隊は全力をあげて救援に努力することになり、負傷者救援のため軍医、看護兵を派遣する等即時手配を了した。 フーバー号は呉淞港外二十マイルの沖合に仮泊してゐたもので、航行には差支なく、同船は会社の命により直に神戸に向け出帆した。なほ同船は上海のアメリカ人避難乗客二百六十五名を乗せ、全員三百二十名であつた。

 軍艦○○の○○機二機は揚子江口のライト・シップ付近にてプレシデント・フーバー号を爆撃した支那空軍のカーチス・フォーク機三機を認め、これを追撃、その一機を撃墜した。
(P342-P343)



『支那事変実記』第一輯より

 八月三十一日

 
 フーヴア号事件解決へ

 駐米支那大使王正廷は、三十一日ハル米国務長官を訪問して、フーヴア号爆撃は支那空軍の過失によるものと弁明し、右事件につき王大使は、支那は、

一、フーヴァ号の損害は十分賠償する。
二、死傷者に対しても損害を賠償する。
三、今後かくの如き不祥事件の再発せぬやう十分注意する。
四、操縦者を処罰する。

と述べたが、米政府は一般の予想に反し、すぐに右陳謝に満足し、これによつてフーヴア号事件は解決されたものとする筈である。然しフーヴア号事件に鑑み、米海軍省は四隻の甲級巡洋艦を太平洋岸から派遣することとなつた。


 軍艦○○の○○機二機は揚子江口のライト・シップ付近にてプレシデント・フーバー号を爆撃した支那空軍のカーチス・フォーク機三機を認め、これを追撃、その一機を撃墜した。
(P342-P343)

 

 『東京朝日新聞』記事より



『東京朝日新聞』昭和十二年八月十五日 号外

本社・ニューヨーク支局国際電話


支那空軍の暴虐に 米国民も驚愕す
  上海戦の反響を聴く

森特派員

支那軍爆撃機は十四日午後遂に上海租界に不法極まる爆撃を敢行しカセイ・ホテル、パレス・ホテル及び其の附近に於て多数欧米人及び支那人に死傷者を生ぜしめたがこの支那兵の無軌道極まる行為について、 とかく支那びいきな米国にどういふ反響を与へたか、本社は十五日午前十一時半国際電話で本社ニューヨーク通信局に森特派員を呼び出して左の如く反響打診を試みた

本社 どうです、十四日上海で行はれた支那の飛行機の盲滅法な爆弾投下の暴虐ぶりは米国にどんな反響を起してゐますか

 それは初めは例によつて支那の宣伝が早く伝はつて、こちらでは日本の飛行機がやつたのだといふ事になつてゐたのです。 然し時の経つのに従つてだんだん真相が判つて来てニューヨーク其の他の他の(ママ)夕刊各紙は何れもトツプ・ニュースとして扱つてゐます、 殊にアメリカ人が殺されたので大分センセーションを起してゐます そしてあの惨事の原因を支那空軍の腕前の未熟に帰して支那の飛行家は偉さうな事をいつても駄目だ、物笑ひの種になつてゐますよ。さつき、僕は一寸ニュース映画を覗きに行つて見ましたが平生は支那側に同情的な観衆も今日は支那の飛行機が画面に出て来ると大きな声で「危いぞ」とか「恐いぞ」とか冷笑的な弥次が飛んでゐました



『東京朝日新聞』昭和十二年八月十六日

英米仏大使、果然 支那に厳重抗議

"暴虐爆撃"重大化す



【上海特電十五日初】 ヒューゲッセン英国大使、ジョンソン米国大使、ナジアル仏国大使は重要訓令により十五日午前南京政府に対し十四日支那空軍が上海共同租界を 爆撃し第三国居留民に多数の死傷者を出せることにつき厳重な抗議を提出した。尚上海の各国領事館も十五日午後緊急会議を開催し支那側の不法極まる租界爆撃に関し重大協議を遂げた、 その結果愈々上海市及び南京政府に対し同様厳重なる抗議を提出すると共に上海の治安維持につき更に協議することとなつた

(二面、中下、三段見出し)


『東京朝日新聞』昭和十二年八月十六日

上海租界爆撃事件の反響 本社ロンドン・パリ・ローマ国際電話

世界・暴虐支那を怒る


ローマ 前田特派員
(略)イタリー政府首脳部はチアノ外相を残しムソリニ首相を始めとして全部シシリー島の海軍特別大演習に行つて居りますので、この事件に対する政府首脳の正式な見解は判りませんが、 非公式な官辺の見解では、支那側の租界爆撃事件の真相は、日本軍を奔命に疲れしめ更に他方上海を混乱に陥れることによつて列強の干渉を誘発しようとして居るものと見て居るやうです


パリ 渡辺特派員

昨日支那の飛行機が上海のフランス租界に爆弾を多数投下したといふ事についてはフランスに相当の影響を与へ今朝のフィガロ紙などは大きな見出しでこの事件を扱つて居ます、 初め支那側の通信が日本の飛行機がこの爆撃を敢てしたやうに報じて居たので昨日の夕刊は専らこの報道ばかりでしたが、あとで公電が入つて事実は支那軍の飛行機がやつた仕業とわかつて、フランス政府は正式に抗議を申込むといつて居ます、


ロンドン 香月特派員

支那飛行機の租界爆撃はイギリスにも非常なセンセイションを起して昨日の夕刊も今朝の各新聞にも大々的に報ぜられてゐます、 イギリスに達した上海電報によればその支那飛行機の爆撃によつて五百余名の死者と九百名の負傷者を出しその中イギリス人の死亡者が四名、負傷者が七名であると報ぜられて居ります、

この暴戻な支那側のやり方に対してはロンドンでも非常に苦々しく思つて居るやうですが、 支那が別に政治的意図を以てやつたと見るものも無いこともないが多くはさうとは思つてゐないやうでこれに対してイギリス政府が如何なる措置に出るかまだ判りませんが、 差当りイギリス政府は米仏と共同して支那側に対して今後斯ることの無いやうにとの厳重な抗議を申込むことになつて居るやうです、

(三面、四段見出し)


『東京朝日新聞』昭和十二年八月十七日夕刊

秋葉課長重傷 邦人四名即死す


上海十六日発同盟】午前十一時三十三分敵軽爆機七機飛来、○○及び陸戦隊方面に爆弾数発を投下した、内一個は総領事館建物と軍艦○○の中間に落下、 桟橋を貫き大きな穴をあけ 他の一個は総領事館警察川べりのバルコニーに命中したが総領事館、警察に落下せる爆弾は秋葉第二課長の部屋を貫き執務中の秋葉課長及び橋爪書記生の両面とも顔面その他に重傷を負つた

上海十六日発同盟】午前十一時半頃の支那爆撃機の一弾はブロードウエイ虹口クリーク附近に落下し邦人自警団二名即死、 四名負傷 更に午前十一時三十三分頃総領事館附近に落下した爆弾のため附近通行中の我が商業学校四年生大輪松三郎君外一名は即し、敵の投下せる一弾は日本郵船倉庫事務所に落下し同所で休憩中のパイロツト森本弘氏(音読)は重傷を負ひこの外 浜田治雄君(二三)(長崎県出身)浜田金治君(長崎県出身)の外半島人一名も同所において負傷した

(一面上 三段見出し)


上海血の戦慄 支那機投爆の惨劇

上海特電十六日発】 十六日午前十一時半の支那空軍七機編隊の無謀極まる爆弾は我軍艦○○の直前日本郵船碼頭事務所及びその裏ブロードウエーに落下 直に現場に馳せつけると全くその惨状正視に耐へぬものがあつた、

郵船事務所は我領事館警察署と軒を並べた古い赤煉瓦の二階建、黄浦江に面した二階に一弾が落下したのだ、秋葉課長及び橋爪書記生が負傷した所は丸で白壁も落ちてしまつて噴煙が蒙々と上つてゐるのみ、路上には赤煉瓦が崩れ落ちてゐる、

ブロードウエーのサヴオイ・ホテルの前には支那人の死体が七ツ、八ツごろごろと転がり、歩道にも車道にも血が流れてゐる、死体の鼻から血を吹いてゐる、まだ息をビクビクしてゐるのもある

外国人や日本人の負傷者は逸早く病院に収容されてゐるが、これら自国の爆弾に倒れた魂はどうなるのだらう、日本警備隊員の心遣ひから死体は莚で静かに蔽はれたが支那空軍の残虐無謀の空襲は愈々その極に達してゐる

(二面下 三段見出し)


『東京朝日新聞』昭和十二年八月十七日夕刊

英・対支厳重抗議


ロンドン十五日発同盟】英国政府は支那空軍の上海共同租界並に極東艦隊旗艦カンバランド号に対する不法爆撃を極度に憤慨 十五日南京駐在ヒユーゲツセン大使を通じ国民政府に対し強硬な抗議を提出するとともに 今後共同租界を交戦地区たらしめぬ様再び南京政府の注意を喚起した


蒋・極度に驚愕す 盲滅法爆撃に陳弁

ニューヨーク特電十五日発】上海において米人三名が殺された事件に関し支那側はこれが米国の与論を刺激することを恐れ共同租界に故意に爆弾を投下したのではないといつてしきりに弁明してゐる。 即ち蒋介石夫人はセオドル・ルーズヴエルト夫人(元大統領令息夫人目下支那に旅行中で上海カセイ・ホテルに逗留中)に左の如き電報を発したがこれはその後直に米国に伝へられた

『死者九百十名、負傷者千二百名を出した事件につき蒋介石は驚愕し且つ悲しみ至急調査方を厳命した、彼は蘇州河の南方には爆弾を投下せざる様特に命令してゐたのであるが 日本高射砲のため二名の操縦士が負傷し爆弾投下機に故障が出来その結果爆弾が堕ちて行つたのである』

然しこれが支那飛行機の盲滅法、的外れの空爆の結果であることは米国で誰一人疑ふ者なき事実となつてゐる


ワシントン特電十五日発】駐米支那大使王正廷氏は十五日南京政府からの覚書を米国政府に送達したが右は最近の上海の情況を報告し支那空軍の爆弾で米人三名が犠牲になつたに対する謝罪の言葉を含み

多数の支那人及び米人などを死傷せしめた理由は日本軍艦○○を目標とせる支那飛行機が日本の高射砲で損害を受けたので余儀なく爆弾をバラ撒くことになつたものであつて 今後は共同租界及びフランス租界に対して被害を与えぬやう注意するが日本側が租界を利用するにおいてはその利用地区の安全は保し難いと断つてゐる

(一面中下 四段見出し)


『東京朝日新聞』昭和十二年八月十八日

英仏に平謝り 支那陳弁務む

ロンドン特電十六日発】 上海の事態を憂慮せる英国政府は同地英国居留民の香港引揚げを決定せる外、東京、南京両首都において同地駐在英国大使をして日支両国に対し共同租界を非戦闘地域たらしめるやう要請せしめたが、 両国よりは従前通りの抽象的不拡大方針の説明以外何等満足な解答は伝へられなかつたと英政府は発表してゐる、

支那飛行機の英国東洋艦隊旗艦カンパランド号及び共同租界爆撃に対する英国政府の抗議については国民政府外交部長自らが英国大使館を訪れ蒋介石が同事件を深く遺憾としてゐるとの意向を伝へた外、 飛行機の爆弾投下装置が破壊された為爆弾が自然落下したものであると説明した

パリ十六日発同盟】 パリ駐在支那大使顧維鈞は十六日フランス外務省にレジエ外務次官を訪問 上海における支那空軍の爆撃に関しフランス政府の諒解を求めた

(三面下 一段見出し)


『東京朝日新聞』昭和十二年八月十九日

一歩も引かぬ日本軍


[仏紙上海戦線報告]支那の虚構に驚く

パリ特電十八日発】プチ・パリジアン紙上海特電は次の如く同地の戦況を報じてゐる、

十七日午前中浦東を爆撃した日本飛行隊は午後三時○○機○台で北停車場を爆撃し多大の損害を与へた、それ以来日本は上海における制空権を獲得したものの如くである、 支那の高射砲は不正確なるのみならず支那飛行機は飛び来るや否や直ちに日本軍の高射砲を恐れて逃げ去つてゐる、

日本高射砲々撃は正確を極めてゐる、支那飛行機の爆弾が目標を外れるのは日本高射砲のために低く飛べないからだ、殊に日本○○艦は最も完全な高射砲を備へてゐる、

(以下略)

(二面中 五段見出し)


『東京朝日新聞』昭和十二年八月二十四日

上海三大デパート 
支那弾丸見舞ふ 死傷数百名に上る


上海特電二十三日発】 午後三時十五分海軍武官室発表

一、本日午後零時五十五分、敵飛行機高空より先施及び永安公司附近に爆弾を投下、死者二百余、負傷者二百余を生ぜり

一、日本飛行機が爆弾をもつてこの方面の飛行は厳禁せられあり、且つ一弾は盲弾にして、支那飛行機なることを工部局においても証明せられたり


上海特電二十三日発】 廿三日午後一時頃南京路目抜の永安公司、先施公司の大デパートを脅かした爆弾は先施公司の二階、一階を幅四メートルの広さで奥行き深く突入し多大の損害を与へ、 向ひの永安公司の大部分のガラスを破壊 繁華な場所柄だけに無慮百数十名の死傷者(外人を含む)を出した

[註]=自国の飛行機の爆弾に見舞はれて多数の死傷者を出した永安公司、先施公司は上海の銀座南京路の繁華街中心の角にあつて銀座四丁目角と云つたところ、 共に広東人経営のデパートで永安は三越、先施公司は白木屋の格で向ひ合つてゐる、新々公司もやはり広東人系で之等に次ぐ比較的新しいデパートで先施公司に並んで三大百貨店がここに固まつてゐるのである


非難囂々と起る

上海特電二十三日発】 南京路繁華の大中心地先施公司附近の惨劇は去る十四日カセイ・ホテル前における爆弾と同様支那空軍の盲滅法な爆弾投下の二の舞で現場の惨憺たる光景は全く目も当てられぬ惨状を呈してゐる

支那飛行機は二十三日も我が方を空爆せんと一万フイートの凄い高空から爆弾を投下したもので、この高空を飛ぶ飛行機は爆音も聞えず、殆どその姿も認めることが出来なかつた程である

惨事発生とともにこれは浦東側支那陣地或は北停車場附近の支那陣地からの砲撃の犠牲だらうと見られてゐたが、支那飛行機のこの滅茶苦茶な襲撃に再び南京路がその犠牲となつたことが判明した

先施公司の二階で買物中のニユーヨーク・タイムズ特派員ビリンガム氏は重傷を負ひ自動車で同氏を待つてゐた同紙上海支局長アーベンド氏は自動車のガラスを粉砕されたが幸ひ難を免れ無事であつた 目下判明せる外人遭難者は前記ビリンガム氏一名である、

支那空軍はカセイ・ホテル前、大世界前、そして今度の先施公司等上海の三大中心地に爆弾の物凄い洗礼を見舞ひ上海在住の外人間に大センセイションを捲起し支那飛行機に対する非難は囂々として起つてゐる


爆弾・支那と鑑定 第三艦隊司令部声明

二十三日南京路、先施、永安公司に投下された爆弾につき第三艦隊司令部は次の談話を発表した

一、二十三日南京路に投下されたる爆弾につきて工部局本部において当隊司令部附爆弾専門家の鑑定せる所によれば本品は弾径四〇乃至四五インチ、弾長一メートルの厚壁の■式鉄鋼タイプの爆弾にして後部には軽合金を使用しあり、 白色の炸薬を填充しある二百五十キロ程度のものと想像され、弾筒及び弾の後半部に信管その儘現存し本爆弾は炸裂しあらざるもその破損状況より見て高度より投下せられたるものと鑑定される

一、爆弾形式 弾底背の文字及び塗色等よりして全然帝国のものにあらざることを確信す


(二面、中下、四段見出し)



『東京朝日新聞』昭和十二年八月三十一日

米汽船フーヴア号に 
支那機・爆弾を投下 船体に大穴・七名負傷


上海三十日発同盟】 支那軍飛行機一機は三十日午後五時頃呉淞港外仮泊中のダラー汽船プレジデント・フーヴア号に爆弾を投下、一弾は船体に命中した。

上海三十日発同盟】 ダラー汽船会社上海支店に到着した情報によればフーヴア号の損害は船員五名負傷内二名重傷船客二名負傷した。右負傷者は直にイギリス艦隊旗艦カンバーランド号に移して手当を加へた。 同船は呉淞港外二十里の附近に仮泊してゐたもので爆撃のため船体には直径二十五呎(フィート)の大穴が開いたが航行には差支なく同船は会社の命により直に神戸に向け出帆した


南京政府、暴挙を認む 「日本運送船と誤認」

【南京三十日発同盟】 南京政府は、フーヴア号の爆撃事件に関し調査の結果「右は支那軍用機が日本運送船と誤認しフーブア号に爆撃を加へたものである」旨を承認しその趣旨を非公式に発表し更に午後十一時声明を発表し フーヴア号事件に対して国民政府は全責任を負ひ十分なる弁償を為すべき旨を明かにした

(二面、右上トップ、五段見出し)


(2007.7.16)
  
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