「隊長、ニ、三軒焼かせてください」
(略)
こうして、部隊から部隊へ、取材のために訪れたのだが、そこで私が耳にしたのは、暗い、残虐な話が多かった。
上海陥落と同時に東京部隊(ゆう注 第一〇一師団)は抗州を攻めた。軍の進路にあたった部落は片っ端から焼き払われていった。
ときには道路の両側の家が燃え上がって、あとからきた部隊が前進できず、部落の入口で停止したり、迂回しなければならないこともあった。戦場では、人間の気持を狂わせてしまうこともあった。
「隊長、自分は火事をみないと眠れません。今夜もニ、三軒焼かせてください」。
そんなことをいう兵士もいた。
江南地方は五十キロ行っても百キロ行っても水田や畑がつづき、山も、木も見当らなかった。しかし土の家も柱やハリには木を使っていた。いったいそれらの木はどこから運んでくるのだろう。一軒の家を建てるのに、どれほどの苦労がともなうか想像に難くない。
ところが、兵士たちは面白半分に放火し、恨みもない民家を焼いた。日本軍がどこまで進撃したかを知るには煙をみればわかるともいわれた。部落、部落に火を放って前進するので、進路にはつぎつぎに煙が上ってゆくからだった。
(「侵掠」P27) |