家永教科書裁判・秦郁彦証言(控訴審)
速 記 録
(平成三年一〇月二一日第一二回口頭弁論)
証人 秦郁彦
被控訴(附帯控訴)代理人(平井)
原審における昭和六二年一一月三〇日付け、証人秦郁彦の証人調書添付の「秦郁彦証人の略歴等」を示す
○ここで略歴、専攻分野、学位、所属学舎、主な著作等、いずれも間違いがあるかどうか御覧いただけますか。
このとおりだと思います。
○本件で問題になっております七三一部隊についてお伺いする前に、近現代史を書くにあたって研究者としての一般的な心構えというか、秦先生の御見解をお伺いしたいと思います。
いわゆるオーラル、これは聞き取りのことでございます。あるいはヒアリングとも申します。
そういうものを含んだ情報資料の収集には最大限に努力いたしますが、学術論文の発表にあたっては慎重に取り組み、ほかの研究者の見解をも考慮して、やや抑えぎみに表現するというのが私の考え方であります。
特に政治目的から流されたと思われる情報は、警戒して扱いたいと思います。断定できない場合は複数の解釈を並べることもあります。(P170-P171)
○そういう前提でお聞きします。控訴人のほうで本件の原稿記述の根拠として挙げておられます、昭和五八年が検定ですから、その当時の文献を見ますと、そういう基礎資料としては、旧七三一部隊の範囲の証言だとか、あるいはハバロフスク裁判の記録だとか、アメリカの調査報告書というものがあると思うんですね。
はい。
甲第二三大号証を示す
○昭和五八年当時というのが検定の時点ですから、そこがあくまでも基準になりますけれども、それらの基礎資料についてどのように評価判断をされているのか順次お聞きしたいと思います。
今もちょっとおっしゃっていたように、オーラル・ヒストリーの問題がからんでおります旧七三一部隊の証言については、オーラル・ヒストリーとしての問題点を指摘されておりますね。
オーラル・ヒストリーそのものについては、見解によっては、別に出られました証人の方も今日の歴史学では広く使用されている、あるいはそういう文献的資料、これは全く平等の市民権を有するんだ、というような言い方をされた方もいらっしやるんですね。
オーラル・ヒストリーの扱い方について、秦先生の御見解を伺いたいと思います。甲二三六号証の「歴史学研究」を御覧いただきながらお話しください。
少なくとも、昭和五七年当時の日本では、まだオーラル・ヒストリーの方法論が確立していなかったということもありまして、歴史学における市民権を必ずしも獲得するには至っていなかったと書いています。(P171-P172)
オーラルについて、いわゆる聞き書きは話し手の記憶違いがあったり、時、場所、聞き手が違う度に話す内容が変わったり、またそのときのムードで別のことを平気で言うというようなことがあったりしますので、オーラルによる資料そのものを使うということについては、よほど慎重でなければならないと思います。
文献的資料によって絶えずチェックすることが必要だと考えています。
この点については甲二三六号証の昭和六二年六月発行の「歴史学研究」でも、今私が述べたのと同じ問題、指摘がなされております。(P172)
(松村高夫編『<論争>731部隊』所収) |