資料:ヴォートリン日記に見る「連行事例」 |
南京入城後、日本軍は「国際安全区」内で「敗残兵狩り」を行いました。その「敗残兵」の選別方法はあまりに杜撰なもので、日本軍に連行され殺された「敗残兵」の中には多数の一般市民が混在していたことは、否定しようのない事実です。 ヴォートリンは、残された家族から大量の訴えを受け、そのことを記録しています。事件の実情を知る上で、貴重な資料であると言えるでしょう。 ヴォートリンへの訴えは、2月ころまでは、日本軍占領直後の連行(大半が「敗残兵狩り」の巻き添えであると思われます)が中心です。 その後、農村部からの訴えも目につくようになりますが、こちらは「荷物運び」等の「強制連行」によるものも含まれるかもしれません。 いずれにしても、ほとんどの者については、連行後数ヶ月が経過しても家族の下に戻ってこなかったのですから、一部の例外を除き、日本軍によって殺害された可能性が極めて高い、と見ていいでしょう。 以下、ヴォートリン日記から、関連する記述を紹介します。
なお、「敗残兵狩り」に伴なう「市民の誤認殺害」について、東中野氏はこんな記述を行っています。
「誤認殺害」の事実までを否定してしまうというのは、「否定派」の中でも、特異な見解です。これがいかに無茶な見解であるかは、ヴォートリン日記の記述を追っていくだけでも、十分にわかると思います。 (2003.5.17記)
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