| 731部隊 ネットで見かけたトンデモ議論(10) | |
| ただの防疫・給水部隊だった? |
ネットでは、「731部隊はただの防疫・給水部隊だった」なる、明らかに事実と異なる書き込みが、よく流れます。 実際には、「防疫・給水」を行っていたのは、部隊の「表看板」であった第三部のみ。この書き込みは、実際に「人体実験」「細菌製造」などに携わった、それ以外の部の活動を全く無視しています。 さて、deliciousicecoffee氏の次の記事は、奇妙な構成をとります。 氏が引用するのは、「731」関係ではなく、「ノモンハン」関係の書籍2冊です。そして、これらの書籍が「731」に触れたわずかな部分を根拠に、部隊は「防疫・給水、すなわち、疫病の研究をして清潔な水を供給することが任務」だった、と主張します。
「ノモンハン事件」の時に部隊が「防疫・給水」活動に携わったのは事実でしょう。しかしだからと言って、これは「人体実験」「細菌戦」の存在を否定する材料にはなりえません。 「731部隊」の組織構成を確認します。
「人体実験」に携わっていたのは、主として第一部です。そして第二部が実戦研究を行い、第四部が細菌を製造していました。 こんな組織構成の中、第三部(防疫給水部)が部隊のダーク面を覆い隠すための「表看板」に過ぎなかったことは、「常識」と言っていいでしょう。
常石氏が書く通り、他の部が都会から遠く離れた「平房」に本拠を置いていたのに対し、第三部(防疫給水部)だけは、「なるべく目立つように」、ハルピンの街の中にありました。 以下は余談になります。 まず、阿部武彦『ノモンハン事件とは』について、deliciousicecoffee氏の引用ぶりをチェックしておきましょう。
deliciousicecoffee氏は、「実態について殆ど知らない」という冒頭の語を、明らかに意図的に省略し、a〜cのみを引用しています。つまりこの文章は、731部隊の「実態について殆ど知らない」人物が、自分の戦場における狭い見聞のみに基づいて、「部隊」を語っているだけの話です。 それでも阿部氏は、「細菌戦の攻防にまで研究範囲が拡大していくのは、各国共通の成り行きであろう」と、部隊が「防御」にとどまらず、「攻撃的細菌戦」の研究を行っていたことを認識しています。(deliciousicecoffee氏は「攻防」の「攻」を無視して、 「防衛的細菌戦の研究を行った」と表現しています) なお阿部氏が、bで「ハルハ河で腸チブス菌が検出された」とソ連が細菌戦を行ったことを暗示しつつ、cでは「彼我ともに、細菌を使用していないと断言できる」と発言しているのは、明らかな矛盾でしょう。 次に、deliciousicecoffee氏が引用する二番目の資料、『ノモンハン事件の真相と戦果 ソ連軍撃破の記録』について、その記述を検討してみましょう。 ※「ゆう」注 この本は、日中戦争が日本の「侵略」であることを否定する、シンガポール・マレーの華僑虐殺は「ゲリラ」を殺しただけで不当なものではないと主張するなど(P236)、「日本軍擁護」の性格が強いものです。以下で見る通り、「細菌戦」についても、かなり偏った記述となっています。 まず、「ソ連による細菌戦」です。
この本は、クックスの記述及び日本軍の日記などを典拠としています。ここでは、典拠の一つ、クックス『ノモンハン』の書きぶりを確認しておきます。
ここまでのところが小田・田端氏の記述のベースとなっていると思われますが、実はクックスの記述には、続きがあります。
つまりクックスは、「ソ連による細菌戦」を「事実」と認定しているわけではありません。「疑わしい」とする材料も、併せて紹介しています。 なお現代の研究者たちは、「ソ連による細菌戦」に否定的です。
さらに、この部分です。石井部隊がハルハ河上流から細菌を放流した、という話を、小田・田端氏は否定してみせます。
クックスの記述の該当部分です。
クックスが「左翼作家」を「非難」しているかにはやや疑問符もつきますが、それはともかく、ここで述べられているのは、明らかに「ハバロフスク裁判」に登場した「ハルハ河チフス菌投入事件」のことです。(ただしこの文のうち「コレラ菌」「三十人以上が死んだ」の部分は不正確) クックスがこの書を著した1985年時点では「裁判」証言以外に事件に関する資料が存在しなかったのですが、その後1989年、菌を投入した当事者たちが名乗り出たことから、今日では研究者の間では「事実」として認識されています。 小田・田端本の発行は2002年ですので、両名はこのことを知る機会は十分にあったはずなのですが……。 この事件の関連資料を、「731部隊 ノモンハンの戦場にて ハルハ河チフス菌投入事件(資料)」にまとめておきましたので、関心のある方はご覧ください。 (2017.12.26)
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