1997年8月、中国における細菌戦被害者の犠牲者及び遺族180名が原告となる形で、「七三一部隊細菌戦国家賠償請求訴訟」が東京地裁に提訴されました。俗に言う「細菌戦裁判」です。
裁判では、「歴史学者の吉見義明中央大学教授、松村高夫慶応義塾大学教授、細菌学者の中村明子東京医科大学客員教授、在東京の中国人文化人類学者の聶莉莉東京女子大学助教授、中国史専攻の上田信立教大学教授、七三一部隊研究者でジャーナリストの近藤昭二氏」(西里扶甬子『生物戦部隊731』P230)といった錚々たるメンバーが鑑定書を提出し、証人として出廷しました。
東京地裁判決は、2002年8月に出されました。それは、「細菌戦」が行われたこと自体は認めつつも、原告が求めた「補償」は認めない、とする内容でした。
※判決文全文はこちら。ただし大変な長文、かつ字が小さく可読性に難がありますので、そのうち「事実認定」の部分を、「裁かれる細菌戦No8」より、こちらに抜粋しました。
「NPO法人731部隊・細菌戦資料センター」のサイトからです。
731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟
東京地方裁判所(民事18部 岩田好二裁判長)は、2002年8月27日、731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟(原告・中国人被害者180名)において、
731部隊等の旧帝国陸軍防疫給水部が、生物兵器に関する開発のための研究及び同兵器の製造を行い、中国各地で細菌兵器の実戦使用(細菌戦)を実行した事実を認定した。
すなわち、判決は、「731部隊は陸軍中央の指令に基づき、1940年の浙江省の衢(ク)州、寧波、1941年の湖南省の常徳に、ペスト菌を感染させたノミを空中散布し、
1942年に浙江省江山でコレラ菌を井戸や食物に混入させる等して細菌戦を実施した。ペスト菌の伝播(でんぱ)で被害地は8カ所に増え、細菌戦での死者数も約1万人いる」と認定した。
さらに判決は、細菌戦が第2次世界大戦前に結ばれたハーグ条約などで禁止されていたと認定した。
しかしながら、原告の請求(謝罪と賠償)に関しては全面的に棄却した。
一方判決は、法的な枠組みに従えば違法性はないとしながらも、「本件細菌戦被害者に対し我が国が何らかの補償等を検討するとなれば、我が国の国内法ないしは国内的措置によって対処することになると考えられるところ、
何らかの対処をするかどうか、仮に何らかの対処をする場合にどのような内容の対処をするのかは、国会において、以上に説示したような事情等の様々な事情を前提に、高次の裁量により決すべき性格のものと解される。」と指摘し、
政府の対応を求めている。
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さて、この判決に対して、「客観的証拠が何ら提出されず事実認定さえもされなかった」なる明らかなデマをふりまいているのが、deliciousicecoffee氏です。
長文ですが、そのまま紹介します。
飛行機細菌作戦の怪4・インチキ事実認定ありの民事訴訟なのに、
客観的証拠が何ら提出されず事実認定さえもされなかった「731細菌戦賠償訴訟」の出鱈目
いま語り継ぐ 戦後60年、そして(5)=弁護士・元日弁連会長の土屋公献さん(82)
戦後補償問題に関心 裁判所は正義の判決を
2005/08/06, 熊本日日新聞
(一部抜粋)
・・・「備えあれば憂いなし」とか言って、軍備を整えたり米軍に助けを求めたり、それが備えだと思っている。しかし戦いに備えるのではなくて、攻めて来られないように、
敵になる可能性のある国々と仲良くしなければいけない。そのためには昔のことは謝らなければ。
(七三一部隊訴訟の弁護団長を務めている)
訴訟は日中戦争時、旧日本軍の細菌戦部隊が使用したペストやコレラ菌で病気になったり家族が死亡したとして、中国人百八十人が国に損害賠償と謝罪を求めている。
一審に続き控訴審も判決は「七三一部隊が細菌兵器を使用し多くの中国人が死亡した」と被害の事実は認定したものの賠償請求は「被害者個人が直接、加害国に損害賠償を請求できる規定はなかった」として退けられた。
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これと似たような報道は新聞やテレビニュースで良く見かける。
反日左翼団体や特定アジア人たちは、このような「事実は認定したものの・・・」という報道を以って、ネット掲示板などで、「裁判所も事実認定した!」と勝ち誇る。
しかし、実は、民事訴訟における「事実認定」は、事実でないことも平気で事実認定しちゃうものなのだ。
以下は、Yahoo!掲示板より
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『刑事訴訟法』には事実の誤認を理由としての控訴の申立ての条文(第382条)がありますが、『民事訴訟法』にはありません。
何故なら、民事訴訟は事実を争う訴訟ではないからです。
判決の「既判力」は主文の範囲内において有効であり、「事実認定」には、判決の効力は及びません。(第114条)
もちろん「事実認定」の誤りに対しても何の責任もありません。
例えば、誰の目にも嘘八百に思える証言であっても、それが宣誓のもと行われた証言であれば「証拠能力」を認められます。(証拠として採用されます。)
何故なら、「証拠能力」と「証明力」は違うからです。
民事訴訟においては、仮に、被告側が法廷戦術として敢えてこの証言(事実)に反論しなければ、裁判所はその証言(事実)を「事実認定」します。
原告側には色んな目的の方がおられましょうが、被告側の目的は唯一つ、勝訴することです。
事実あなたが提示した通り、原告側は「事実認定」のみに自己満足し、被告側は「事実認定」に関係なく勝訴という結果です。
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【刑事裁判における「事実認定」と損害賠償請求訴訟における「事実認定」は違う】
【判決の「既判力」は主文の範囲内において有効であり、「事実認定」には、判決の効力は及ばない。】
【民事訴訟は事実を争う訴訟ではない。】
例えば損害賠償を求めて民事訴訟を起こした場合、「損害賠償の可否」が論点であって、それ以外は論点とはならない。
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で、731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟が、実際のところは、どうだったのかと言うと、実は東京地裁の判決文には、【客観的証拠は何ら提出されなかった】と述べられている。
更に、反日左翼団体のブログでは、【東京高裁は、事実認定について触れず、・・・】と述べられている。
つまり、731部隊の細菌戦というのは、インチキ事実認定が平気でまかり通る民事訴訟であるにもかかわらず、客観的証拠が何ら提出されなかったために、裁判所は事実認定についても触れなかったのだ!
これで、731部隊が行ったとされる細菌戦なるものが嘘っぱちのでっち上げであることが確定したのだ。 ――――――――
Re: 731部隊に関する通説 2006/ 4/ 8 23:01 [ No.9411
投稿者 :
××××(「ゆう」注 名前は伏せました)
731部隊について、よく言われている通説は、米軍が細菌兵器のノウハウと引き替えに証拠を隠滅した、というものだが、証拠が隠滅されているのに、何故731部隊は細菌兵器を開発する機関だった、と判るのだろうか。
証拠が隠滅されてしまっているということは、731部隊が細菌兵器開発の人体実験を行っていたというのは、証拠のない証言のみか?
731部隊を糾弾するHPに、「東京地裁;裁判で初めて731部隊の存在を認める(02年8月27日)」というタイトルで、地裁の判決文抜粋が収録されている。
(「ゆう」注 現在はリンク切れ。判決文については下記リンク先参照)
ここで注目すべきは、
> 大半の原告らについては、それ以上に原告らの上記主張事実を確認することができるより客観的な証拠は提出されておらず、これからの事実の的確な認定のためにはなお証拠の追加提出が可能かどうかが検討される必要があると思われるが、上記原告らの各陳述書及び本人尋問における各供述事態は十分了解し得る説得的なものである。
この一文だろう。
所詮「客観的な証拠は提出されておらず」なのである。
PS
ところで、「大日本陸軍命令」って何だろう。
大日本帝国陸軍、日本陸軍、帝国陸軍が通常の呼称であって、「大日本陸軍」という言い方は無いと思うのだが。
※「ゆう」コメント 「大日本陸軍命令」なる語句についてこの判決文全文で検索してみましたが、「一致はありません」という結果でした。投稿者は、何を勘違いしたのでしょうか?
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Re: 731部隊の証拠? 無いよ、そんな物 2006/ 4/14 0:15 [ No.9480
投稿者 : ××××(「ゆう」注 名前は伏せました)
> 東京高裁の判決は・・・地裁判決に続き認定。
日本には「中国人戦争被害者の要求を支える会」という恥知らずな団体があってね。
そこのブログでは、731部隊訴訟高裁判決についてこう言っている。
> 東京高裁は、事実認定について触れず、法律論で請求を棄却しました。
弁護団声明でもこう言っているな。
> 本判決は、これらの事実認定を否定し得なかったがゆえに事実について全く触れていない。
(「ゆう」注 現在はリンク切れ)
余りに幼稚で一々指摘するのも面倒臭い程なんだが、被告が事実を争点としていない以上、民事訴訟で事実認定が行われないのは当たり前であり、「これらの事実認定を否定し得なかったがゆえに」なんて素人を欺く論法は、今時のネチズンには通用しないんだけどな(藁
まあこの通り、東京高裁では事実認定は行われていない。
そして東京地裁の方はどうかというと、No.9411でも指摘した通り、所詮は「客観的な証拠は提出されておらず」なのだよ。
分かったかい?
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さて、deliciousicecoffee氏が「事実認定」について触れたのは、次の部分です。
で、731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟が、実際のところは、どうだったのかと言うと、実は東京地裁の判決文には、【客観的証拠は何ら提出されなかった】と述べられている。
更に、反日左翼団体のブログでは、【東京高裁は、事実認定について触れず、・・・】と述べられている。
つまり、731部隊の細菌戦というのは、インチキ事実認定が平気でまかり通る民事訴訟であるにもかかわらず、客観的証拠が何ら提出されなかったために、裁判所は事実認定についても触れなかったのだ!
これで、731部隊が行ったとされる細菌戦なるものが嘘っぱちのでっち上げであることが確定したのだ。
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元の判決文の文章を確認すればすぐにわかりますが、これはほとんど、日本語が読めないのではないか、というレベルの「言いがかり」です。判決文の該当箇所を抜粋します。
731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟 東京地裁判決文
イ 次に、原告らの主張する被害についてみてみる。
原告らは、旧日本軍の本件細菌戦により別紙3の「原告らの主張」の別紙「原告及び死亡親族一覧表」記載のとおりの被害(ペスト又はコレラへの罹患やこれを原因とする死亡)を受けたと主張し、立証としてこれに符合する陳述書を甲号証として提出し(甲142から145までの各1・2,161から163までの各1・2,283から293までの各1・2,295から474までの各1・2)、一部の原告ら(原告呉世根、同何祺綏、同陳知法、同周洪根、同丁徳望、同周道信)が本人尋問においてその旨を供述している。
大半の原告らについては、それ以上に原告らの上記主張事実を確認することができるより客観的な証拠は提出されておらず、これらの事実の的確な認定のためにはなお証拠の追加提出が可能かどうかが検討される必要があると思われるが、上記原告らの各陳述書及び本人尋問における各供述自体は十分了解し得る説得的なものである。
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すなわち、この判決文が言っていることは、
1.原告側から「原告及び死亡親族一覧表」及び「陳述書」が提出され、原告のうち5人は本人尋問において供述も行った。
2.それ以外の大半の原告については、それ以上の「より客観的な証拠」は提出されていない。事実認定のため、証拠の追加提出が可能か検討する必要がある。
3.しかし、原告らの各陳述書及び本人尋問の供述は、十分了解し得る説得的なものである。
ということになります。
つまりこの判決文で言及されているのは、「細菌戦」そのものについて「客観的な証拠」がない、ということではありません。
あくまで個々の原告について、個人の被害についての「客観的な証拠」が提出されていない、と言っているだけの話です。
さらに言えば、判決文は、「上記原告らの各陳述書及び本人尋問における各供述自体は十分了解し得る説得的なものである」と言明しています。
従って、deliciousicecoffee氏の、「つまり、731部隊の細菌戦というのは、インチキ事実認定が平気でまかり通る民事訴訟であるにもかかわらず、客観的証拠が何ら提出されなかったために、裁判所は事実認定についても触れなかったのだ!」という一文は、自分で判決文を読んだとはとても思えない、全く見当違いの頓珍漢なものです。
判決文をきちんと読めば、次の箇所に気が付くはずなのですが。
731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟 東京地裁判決文
(3) そこで、上記(2)の前段の判断基準に基づき本件における国会の立法不作為の違法の有無を検討することとするが、その前提として、必要な範囲で、原告らの主張する本件細菌戦の事実の有無についてみておくこととする。
ア この点については原告らが立証活動をしたのみで、被告は全く何の立証(反証)活動もしなかったので、本件において事実を認定するにはその点の制約ないし問題がある。また、本件の事実関係は、多方面に渡る複雑な歴史的事実に係るものであり、歴史の審判に耐え得る詳細な事実の確定は、最終的には、無制限の資料に基づく歴史学、医学、疫学、文化人類学等の関係諸科学による学問的な考察と議論に待つほかはない。
しかし、そのような制約ないし問題があることを認識しつつ、当裁判所として本件の各証拠を検討すれば、少なくとも次のような事実は存在したと認定することができると考える(認定に供した証拠は、各認定事実の末尾に記載する。)。
(以下、一連の「細菌戦」の詳細についての記述が続く) |
裁判所は、「認定に供した証拠」をベースに、「細菌戦」の「事実は存在したと認定することができると考える」と明言しています。
さて、「細菌戦」とは直接関係はありませんが、投稿者の次の一文にも、一応コメントしておきましょう。
731部隊について、よく言われている通説は、米軍が細菌兵器のノウハウと引き替えに証拠を隠滅した、というものだが、証拠が隠滅されているのに、何故731部隊は細菌兵器を開発する機関だった、と判るのだろうか。
証拠が隠滅されてしまっているということは、731部隊が細菌兵器開発の人体実験を行っていたというのは、証拠のない証言のみか?
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証拠を「隠滅」した、という表現で、この方が「戦犯免責」に至る事情を何も知らないことがわかります。
米軍は、証拠を「隠滅」するどころか、731部隊の人体実験データを大量に吸い上げました。その結果は、「フェル・レポート」「ヒル・レポート」にまとめられています。
そのデータが、戦犯裁判の法廷に提出されなかっただけの話です。
※「戦犯免責」については、拙サイトの「731部隊と戦犯免責」で詳しく触れています。
ついでですが、最高裁は、既に1997年の時点で、「関東軍の中に細菌戦を行うことを目的とした「七三一部隊」と称する軍隊が存在し、生体実験をして多数の中国人等を殺害したとの大筋は、既に本件検定当時の学界において否定するものはないほどに定説化していた」という事実認定を行っています。
家永裁判最高裁判決
1997.8.27
「本件検定当時までに公刊されていた七三一部隊に関する文献、資料は従前公刊されたものの復刻版二点及び改訂版を含め三六点に及んでおり、新聞、テレビ等でも 数多く報道されていたが、中でも昭和五六年から昭和五八年にかけて作家森村誠一が発表した「悪魔の飽食」全三巻は、1 旧七三一部隊員の供述、2 旧七三一部隊幹部に対する尋問調書を含むアメリカ軍の資料、3 ハバロフスク軍事裁判記録、4 旧七三一部隊幹部による医学学術論文、5 中国における取材などにより、七三一部隊の実態を詳細に措いたもので、大きな反響を呼び、世人の注目を集めた。
また、七三一部隊の存在について、本件検定当時発表されていた学術書としては、上告人著「太平洋戦争」(昭和四三年)、長崎大学教授常石敬一著「消えた細菌戦部隊−関東軍七三一部隊−」(昭和五六年)、右常石敬一、ジャーナリスト朝野富三共著「細菌戦部隊と自決した二人の医学者」(昭和五七年)があり、外国の文献としては、ジョン・パウエルの「歴史の隠された一章」があった。(P314-P315)
(中略)しかしながら、原審の右判決は是認することができない。その理由は次のとおりである。
原審認定の前記事実によると、七三一部隊に関しては、本件検定当時既に多数の文献、資料が公刊され、中には昭和四三年に刊行された上告人の著作もあり、必ずしもすべてが本件検定の直前に公刊されたわけではないことが明らかである。
そして、原審が、本件検定当時、七三一部隊の存在等を否定する見解があったことを認定していないことに照らせば、本件検定当時、これを否定する学説は存在しなかったか、少なくとも一般には知られていなかったものとみられる。
そうすると、本件検定当時において、七三一部隊の実態を明らかにした公刊物の中には、作家やジャーナリストといった専門の歴史研究家以外のものが多く含まれており、また、七三一部隊の全容が必ずしも解明されていたとはいえない面があるにしても、関東軍の中に細菌戦を行うことを目的とした「七三一部隊」と称する軍隊が存在し、生体実験をして多数の中国人等を殺害したとの大筋は、既に本件検定当時の学界において否定するものはないほどに定説化していたものというべきであり、これに本件検定時までには終戦から既に三八年も経過していることをも併せ考えれば、文部大臣が、七三一部隊に関する事柄を教科書に記述することは時期尚早として原稿記述を全部削除する必要がある旨の修正意見を付したことには、その判断の過程に、検定当時の学説状況の認識及び旧検定基準に違反するとの評価に看過しがたい過誤があり、裁量権の範囲を逸脱した違法があるというべきである。
これと異なる原審の判断には、教科書検定に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、右をいうものとして理由がある。」(P315)
(松村高夫、矢野久編『裁判と歴史学』より)
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(2017.12.17)
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