中国空軍の上海租界爆撃(2) ーカール・カワカミの所説を中心にー |
さて次に、各国が八月十四日の爆撃事件をどのように報道していたかを見ていくことにしましょう。 なお、以下で私が利用した資料は、「アジア歴史資料センター資料」「支那事変実記」「東京朝日新聞記事」が大半です。 その他にも当時、膨大な報道があったものと思われますが、とりあえずは以上の資料だけでも、大体の傾向をつかむことはできると思います。
日本国内向けには、「盲爆」という表現が多く使われました。この表現には、「狙いもつけずに適当に爆弾を落している」というニュアンスと「下手くそなパイロットが目標を逸れる可能性を承知の上で爆弾を落している」というニュアンスが併存しているようです。 上に紹介した「読売新聞」(支那事変実記)の「第一報」には「血迷へる敵機は照準を定めず高層建築とみればところきらはず爆弾を投下した」との表現が見られますが、中国軍パイロットの技量の低さが定評と なるにつれ、以降は、「下手くそなるゆえの誤爆」という見方が大勢を占めるようになります。
この見方は、軍やジャーナリストにも共通します。私の手元資料から2点、当時の記録を紹介します。
結局日本国内のメディアでは、「下手くそなるがゆえの誤爆」との見方が、ほぼ定着したようです。
次に、当時「租界」に大きな権益を持っていた、英米仏三国の反応を見てみます。 「誤爆」のニュアンスの報道も数多く見られますが、一方で中国側の公式発表に疑問を持ち、例えば「逃げるのを容易にするため」ではないか、という「推測」も見ることができます。しかし いずれにしても、カワカミが主張するような、「政治的意図を持った故意の爆撃」とまでの断定は見られません。 例えばフランスでは、「どうも誤爆らしい」との趣旨の報道が行われました。
また、「支那飛行機の爆弾が目標を外れる」理由についても、次のような推察が見られます。
英国紙にも、「誤爆」のニュアンスで報道したものが見られます。
この時期、東京朝日新聞・森特派員が、米国内の見方について国際電話で報告しています。こちらでもやはり、事件の原因を「支那空軍の腕前の未熟」に求めています。
次に、各国がこの「爆撃」にどう反応したかを見ていきましょう。カワカミの言う通りであるならば、中国は、「爆撃」によって各国が「自国に有利な介入」をするように期待していたはずですが、もちろんそんな「期待」は実現しませんでした。むしろ「爆撃」は、完全な逆効果を生んだものと見られます。 まず、一般的な情勢です。 当時の上海マスコミ界の空気は、「侵略者」である日本に対して批判的なものであった、と伝えられます。例えば上海の軍の報道部員として「宣伝報道」活動にあたった馬渕逸雄氏は、このように「日本の不人気ぶり」を嘆いていました。
このような雰囲気を背景に、各国紙の論調の雰囲気は、概ね中国側に同情的なものでした。しかしそれでも、「中国機の上海爆撃」に対しては、厳しい批判が加えられました。 米国紙では、「ヘラルド・トリビューン」紙と「ニューヨークタイムズ」紙の記録を見ることができます。 ヘラルド・トリビューン紙。事件の直前十四日の論説では、明らかに中国側に肩入れし、「究極の責任」を日本側に求めていました。
しかし、中国軍機の「国際租界爆撃」で同紙の論調は一変します。
最後には「双方」に「中止」を求めてはいるものの、最大級の厳しい言葉で、中国側への非難をあらわにしています。 一方「ニューヨークタイムズ」。こちらは、日本側にも一定の責任を求める、という論調でした。 しかし一方、「明かに支那側の責任」と中国側の責任を問うことも忘れていません。
イギリス紙で は、「マンチェスター・ガーディアン」紙が、明確に「中国支持」の立場を打ち出しています。「戦争とは何か」の編集者として著名なティンパーリが当時同紙の上海特派員を務めていましたので、これはあるいは、ティンパーリの筆になる記事かもしれません。
しかしその一方で、「タイムズ」紙などは、「空爆の責任を日本に負はせん」とする見解への批判を行っていました。
以上、全体の雰囲気は、「侵略」を受けた側である中国に対して同情的なものでした。しかし中国軍機の「国際租界爆撃」に対しては、 批判的な論調が目立ちます。一部には日本側の責任を求める声もありましたが、上のような論調を背景に、結局のところ英米仏の三国は中国に対する厳しい抗議に動くことになりました。 結局のところ、「租界爆撃」は、中国に対して同情的だった国際世論に大きなマイナス影響を与えた結果になった、と見ることができるでしょう。
いずれにしろ、「中国軍の共同租界爆撃」が招いたものは、列強の激しい抗議の嵐でした。「事変」そのものについては日本側の責任を問う声が多かったにせよ、それで中国側の責任を問う声が 弱まったわけではありません。
もし万一、中国側が「故意の国際租界爆撃」によって「日本に対する外国の干渉を煽り立てよう」というとんでもない「計画」を持っていたとするならば、これは完全な失敗だとしか言いようがないでしょう。列強は「中国に有利な形での干渉」など夢にも考えず、中国は列強各国に対してあわてて謝罪に走り回る結果になったわけです。 新聞の論調を見ても、中国側に一定の同情を寄せつつも、「中国に味方して介入すべきだ」という論調は皆無でした。 カワカミは、こんな状況で、「中国は日本に対する外国の干渉を煽り立てようと計画」してさらに三回の爆撃を重ねた、と主張しているわけです。かなり無理のある推測 である、と言わざるをえません。 (2007.7.16) |