中国空軍の上海租界爆撃(2)

ーカール・カワカミの所説を中心にー


 

目  次
 


中国空軍の上海租界爆撃(1)

1 カール・カワカミ『シナ大陸の真相』より

2−1 八月十四日の爆撃

2−2 八月十六日の爆撃

2−3 八月二十三日の爆撃

2−4 八月三十日の爆撃
 


中国空軍の上海租界爆撃(2)(本稿)

3−1 日本国内の報道

3−2 英米仏、抗議へ

3−3 中国側、謝罪へ



中国空軍の上海租界爆撃(3)

4―1 ひょっとしたら、わざとかも − 一部の観測

  4―2 「推測」から「断定」へ カワカミの「飛躍」

5 中国側から見ると・・・

6 現代の視点 − 「誤爆」認識の定着





 さて次に、各国が八月十四日の爆撃事件をどのように報道していたかを見ていくことにしましょう。

 なお、以下で私が利用した資料は、「アジア歴史資料センター資料」「支那事変実記」「東京朝日新聞記事」が大半です。 その他にも当時、膨大な報道があったものと思われますが、とりあえずは以上の資料だけでも、大体の傾向をつかむことはできると思います。



3−1  日本国内の報道


 日本国内向けには、「盲爆」という表現が多く使われました。この表現には、「狙いもつけずに適当に爆弾を落している」というニュアンスと「下手くそなパイロットが目標を逸れる可能性を承知の上で爆弾を落している」というニュアンスが併存しているようです。

 上に紹介した「読売新聞」(支那事変実記)の「第一報」には「血迷へる敵機は照準を定めず高層建築とみればところきらはず爆弾を投下した」との表現が見られますが、中国軍パイロットの技量の低さが定評と なるにつれ、以降は、「下手くそなるゆえの誤爆」という見方が大勢を占めるようになります。

『支那事変実記』第一輯より

 八月十六日

 我空軍・縦横に活躍

 雲はあるが視界は広く、久方ぶりの飛行日和に恵まれた海軍機は、午前八時、茫々限りなく、広がつた山野を横ぎり、途中支那兵の射撃を軽く避けながら、再度の南京爆撃に進んだ。我軍の弾丸は無駄なく目的物に命中する。支那機の地もぐり爆弾とは命中率が雲泥の差だ。(P226)


『支那事変実記』第一輯より

 八月二十九日

 敵飛行機は今暁三時ごろ再び上海上空に夜襲を試みたが、笑止にも昨夜同様閘北の味方陣地上に盛んに爆弾を投下しただけで、虹口及びわが軍陣地には何等の被害もなかった。敵空軍はすでに優秀なる飛行隊員を失つて了い、練習不足の促成隊員をもつて補充してゐるのでしばしば失態を繰返してゐるものと見られる。

(P328-P329)



 この見方は、軍やジャーナリストにも共通します。私の手元資料から2点、当時の記録を紹介します。

 
座談会『 事変勃発当初の思出を語る』より

 出席者 海軍少将 久保田久晴
       海軍大佐 加藤尚雄
       海軍中佐 松島慶三

久保田 (略)それで私は居留民に日本の飛行機は渡洋爆撃でも判つた通りはつきりと目標を爆撃するが、支那の飛行機は一つも動かない所を狙つて撃つても一つも中らない、上から落した爆弾は数百米離れた所に落ち、上海でも出雲を狙つた弾がカセイホテルに落ちたりしてゐる。

( 『海と空』 昭和14年8月号 P93)


上海日報社 日高清磨瑳氏 『空爆下の上海』より

 十四日十五日と日の経つにつれ戦線は拡大し、銃砲撃は凄くなつて行く、とくに黄浦江上の我が軍艦○○を狙つた敵飛行機の爆弾が外れて南京路カセイホテル前、仏租界大世界前などに落ちて二千名に近い外支人の死傷者を出したことは爆弾のこわさを肚の底まで叩き込まれた。

( 『改造』1937年10月特大号 P369)


  結局日本国内のメディアでは、「下手くそなるがゆえの誤爆」との見方が、ほぼ定着したようです。

 

3−2  英米仏、抗議へ

 次に、当時「租界」に大きな権益を持っていた、英米仏三国の反応を見てみます。

 「誤爆」のニュアンスの報道も数多く見られますが、一方で中国側の公式発表に疑問を持ち、例えば「逃げるのを容易にするため」ではないか、という「推測」も見ることができます。しかし いずれにしても、カワカミが主張するような、「政治的意図を持った故意の爆撃」とまでの断定は見られません。


 例えばフランスでは、「どうも誤爆らしい」との趣旨の報道が行われました。

情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十四」より 

昭和十二年八月十八日

(D)仏国紙

一、両軍の飛行機か交戦中のこととて何れのものか見分け難い(十五日上海アヴアス電報)

三、支那空軍の上海共同租界爆撃は支那軍指揮官の報告通り、爆弾投下装置の破損に依るか、夫れとも支那飛行士の過失に依るか判らぬか後者か尤もらしい(十五日上海アヴアス電報)

四、支那飛行機か再ひ租界上空を飛行した場合は直ちに発砲せよ、(同上、各国指揮官の命令)

(アジア歴史資料センター資料)


 また、「支那飛行機の爆弾が目標を外れる」理由についても、次のような推察が見られます。

『東京朝日新聞』昭和十二年八月十九日

一歩も引かぬ日本軍

[仏紙上海戦線報告] 支那の虚構に驚く

パリ特電十八日発】プチ・パリジアン紙上海特電は次の如く同地の戦況を報じてゐる、

 十七日午前中浦東を爆撃した日本飛行隊は午後三時○○機○台で北停車場を爆撃し多大の損害を与へた、それ以来日本は上海における制空権を獲得したものの如くである、支那の高射砲は不正確なるのみならず支那飛行機は飛び来るや否や直ちに日本軍の高射砲を恐れて逃げ去つてゐる、

 日本高射砲々撃は正確を極めてゐる、支那飛行機の爆弾が目標を外れるのは日本高射砲のために低く飛べないからだ、殊に日本○○艦は最も完全な高射砲を備へてゐる、

(以下略)

(二面中 五段見出し)


 英国紙にも、「誤爆」のニュアンスで報道したものが見られます。

  
情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十三」より 

昭和十二年八月十六日

(C)英国紙

二一、支那側は前後三回に亘り日本軍艦を空襲せるも、目的を達せす、却て共同租界内の外支人に五百の死者九百の負傷者を出し右死者中に数名の英人を含む

二二、海軍省十四日発表に依れは支那飛行機は在呉淞支那艦隊旗艦「カンバーランド」号を爆撃せるも命中せす 右は日本軍艦と誤認せられたるものならし

二三、西蔵路と「アベニュー・エドワード七世」との交叉点に投下せられたる支那爆弾は死者四五六傷者八二九(仏租界警察調)を生せるか右地点は■近い日本軍艦よりの距離実に一里半

二四、上海市長は出雲の近傍にある英軍艦の即時撤退を求めたり

二五、日本機は支那機一機を射落せり。尚工部局は支那側爆撃に鑑み出雲の移動慫慂方を決定又英艦デネー艦隊は右同様の「サジエスシヨン」を為せるも日本司令官拒否せり

二六、英米仏は支那側に共同租界爆撃方抗議せり

(以上十五日ルーター及B・U・P・電)

(アジア歴史資料センター資料)


 この時期、東京朝日新聞・森特派員が、米国内の見方について国際電話で報告しています。こちらでもやはり、事件の原因を「支那空軍の腕前の未熟」に求めています。

 
『東京朝日新聞』昭和十二年八月十五日 号外

本社・ニューヨーク支局国際電話

支那空軍の暴虐に 米国民も驚愕す
  上海戦の反響を聴く

森特派員


 支那軍爆撃機は十四日午後遂に上海租界に不法極まる爆撃を敢行しカセイ・ホテル、パレス・ホテル及び其の附近に於て多数欧米人及び支那人に死傷者を生ぜしめたがこの支那兵の無軌道極まる行為について、とかく支那びいきな米国にどういふ反響を与へたか、本社は十五日午前十一時半国際電話で本社ニューヨーク通信局に森特派員を呼び出して左の如く反響打診を試みた

本社 どうです、十四日上海で行はれた支那の飛行機の盲滅法な爆弾投下の暴虐ぶりは米国にどんな反響を起してゐますか

 それは初めは例によつて支那の宣伝が早く伝はつて、こちらでは日本の飛行機がやつたのだといふ事になつてゐたのです。然し時の経つのに従つてだんだん真相が判つて来てニューヨーク其の他の他の(ママ)夕刊各紙は何れもトツプ・ニュースとして扱つてゐます、殊にアメリカ人が殺されたので大分センセーションを起してゐます

 そしてあの惨事の原因を支那空軍の腕前の未熟に帰して支那の飛行家は偉さうな事をいつても駄目だ、物笑ひの種になつてゐますよ。 さつき、僕は一寸ニュース映画を覗きに行つて見ましたが平生は支那側に同情的な観衆も今日は支那の飛行機が画面に出て来ると大きな声で「危いぞ」とか「恐いぞ」とか冷笑的な弥次が飛んでゐました


 


 次に、各国がこの「爆撃」にどう反応したかを見ていきましょう。カワカミの言う通りであるならば、中国は、「爆撃」によって各国が「自国に有利な介入」をするように期待していたはずですが、もちろんそんな「期待」は実現しませんでした。むしろ「爆撃」は、完全な逆効果を生んだものと見られます。


 まず、一般的な情勢です。

 当時の上海マスコミ界の空気は、「侵略者」である日本に対して批判的なものであった、と伝えられます。例えば上海の軍の報道部員として「宣伝報道」活動にあたった馬渕逸雄氏は、このように「日本の不人気ぶり」を嘆いていました。

馬渕逸雄 『報道戦線』より 

 当時上海に於ける外字紙は、日本軍を侵略者と考へてゐたので、我方には好意を持つて居らなかつた。発表をしても不協調で、聞くには聞くが、書いてくれない。よし外人記者は報道しても、本国で記事として取扱はないといふ状態であつた。

 一方支那側には好意を持つて居たので、兪鴻均とか張治中がスポークスマンとして、カクテルを饗応したり、サービスはよしで、人気がよく、日本の方はサツパリ人気がなかつた。国民的感情といふ奴で仕方がないが、不愉快であつた。

(P32-P33)



 このような雰囲気を背景に、各国紙の論調の雰囲気は、概ね中国側に同情的なものでした。しかしそれでも、「中国機の上海爆撃」に対しては、厳しい批判が加えられました。

 米国紙では、「ヘラルド・トリビューン」紙と「ニューヨークタイムズ」紙の記録を見ることができます。 

 ヘラルド・トリビューン紙。事件の直前十四日の論説では、明らかに中国側に肩入れし、「究極の責任」を日本側に求めていました。

情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十三」より 

昭和十二年八月十六日

(B)米国紙

 今次の上海に於ける日支衝突により、外国人の生命財産は危険に瀕し、各国領事は、日本軍艦の黄浦碇泊は支那側の砲撃不正確なる為、附近の外国船其他に脅威を与へ、日本が作為的に起せる北支事変の不同情的傍観者たる、西洋諸国は大影響を受けつつあり。

 若し、在留民の保護か目的なりとき、日本側の主張か真実ならは、日本海軍は他に有効なる方法ありしに拘らす、虹口に不充分なる兵を上陸せしめ、支那軍の砲火を租界に集中せしめんは奇怪なり。窮極の責任は勿論日本に在り。

 然れとも大軍を上海に接近せしめ日本海軍に虹口を根拠とする口実を与へしことは不可解なり。

(十四日、紐育ヘラルド・トリビューン」論説)

(アジア歴史資料センター資料)


 しかし、中国軍機の「国際租界爆撃」で同紙の論調は一変します。

情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十四」より 

昭和十二年八月十八日

(B)米国紙

一、上海の外国租界爆撃は、支那軍用機の狙ひ違ひとか、或は支那軍用機か日本側の追撃から逃けるのを容易にする為爆弾を投下したとか言ふのたか、之か本当なら支那の言分に対する世界の同情は覆されることになる。

二、狙ひ違ひなら余りに非道いし、逃げる為なら此んな無責任な子供には、危険な外国製玩具はあてかえない。

三、共同租界を安全にしたいなら日本の軍隊、軍艦を追出せと言ふ支那側の言分は更に我々同情に値せぬ


四、共同租界当局者としては、両者の中立地帯侵犯に対し罰を課するに足る兵力を持つて居ないから、双方の常識乃至儀礼に訴へる外方法はない

五、日支双方共斯かる提訴に対し尊敬と同情に値する様な答はして居ない

六、日本側も租界に軍隊を置くことに依り支那側に爆撃の理由を与へて居る

七、双方斯かる事は中止して貰いたい、

(以上十五日ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン論説)

(アジア歴史資料センター資料)


 最後には「双方」に「中止」を求めてはいるものの、最大級の厳しい言葉で、中国側への非難をあらわにしています。



 一方「ニューヨークタイムズ」。こちらは、日本側にも一定の責任を求める、という論調でした。 しかし一方、「明かに支那側の責任」と中国側の責任を問うことも忘れていません。

情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十五」より 

昭和十二年八月二十日

(B)米国紙

一八、十四日の支那機の共同租界爆撃に依る被害は、仮令故意てないにしても明かに支那側の責任てある

一九、併し支那は直に遺憾の意を表し悧巧にも西洋諸国か日本軍をして虹口を根拠地とするのを黙過して居る以上租界を爆撃するのは支那の権利たと云ふ様な横車は押さなかつた

二○、実力の背景なくして英、米、仏三国か、日本軍の虹口占領を妨けることは不可能である

二一、支那機の空爆に対しては日本側にも責任かある、日本か海軍士官殺害の如き地方的問題を取上けて軍事行動に出なかつたら支那機の爆撃もなかつた筈てある

二二、英、米、仏三国の抗議其他て日支両軍も当分上海市中の衝突は避けるらしいか、両国民と現地軍隊の戦争気分を見ると上海か再ひ戦場と化さないとは言ひ切れない

(以上十七日「ニューヨーク・タイムス」論説)

(アジア歴史資料センター資料)



 イギリス紙で は、「マンチェスター・ガーディアン」紙が、明確に「中国支持」の立場を打ち出しています。「戦争とは何か」の編集者として著名なティンパーリが当時同紙の上海特派員を務めていましたので、これはあるいは、ティンパーリの筆になる記事かもしれません。

情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十四」より 

昭和十二年八月十八日

(C)英国紙


八、上海て無く若し「ロンドン」に同様の事態か発生したなら、英国機は支那機と同様な措置を執つたたらう、従て共同租界爆撃に対する抗議は寧ろ日本側に為さるへきてあつた

(十六日マンチエスター・ガーデイアン論説)

(アジア歴史資料センター資料)


 しかしその一方で、「タイムズ」紙などは、「空爆の責任を日本に負はせん」とする見解への批判を行っていました。

情報部第三課 「北支事変に関する各国新聞論調 二十四」より 

昭和十二年八月十八日

(C)英国紙

一、上海市長は各国の抗議に対し、空爆の責任を日本に負はせんとしたか、夫れは当らす、

二、列強は日支紛争の発展を注視して居るか、十五日の日本政府の声明ては満州事件及最近の軍部の行動に徴して安堵することを得す
(略)

 (以上十六日タイムス論説)


(アジア歴史資料センター資料)


 以上、全体の雰囲気は、「侵略」を受けた側である中国に対して同情的なものでした。しかし中国軍機の「国際租界爆撃」に対しては、 批判的な論調が目立ちます。一部には日本側の責任を求める声もありましたが、上のような論調を背景に、結局のところ英米仏の三国は中国に対する厳しい抗議に動くことになりました。

 結局のところ、「租界爆撃」は、中国に対して同情的だった国際世論に大きなマイナス影響を与えた結果になった、と見ることができるでしょう。

 


3−3  中国側、謝罪へ


 いずれにしろ、「中国軍の共同租界爆撃」が招いたものは、列強の激しい抗議の嵐でした。「事変」そのものについては日本側の責任を問う声が多かったにせよ、それで中国側の責任を問う声が 弱まったわけではありません。

『支那事変実記』第一輯より

 八月十四日

(外交)

 
 ルーズヴエルト米大統領夫人は十四日蒋介石夫人宋美齢に対し電報を発し、上海に対する非人道的爆撃を即時停止するやう勧告した。

 十四日の支那側軍用機による上海空爆のため、多数の外国人、殊にイギリス人の死傷者を出したとの報に接したイギリス政府当局は、支那の無軌道的暴挙を極度に憤慨し、直ちに南京政府に対し厳重抗議をなす と共に、日支両国政府に対し共同租界を戦火に曝さざるやう更めて厳重なる申入れをなした。

 また、支那飛行機が上海空爆に際し、折柄黄浦江に碇泊中のアメリカ東洋艦隊旗艦オーガスタ号の傍らに爆弾三発を投下せりとの報に接したアメリカ海軍当局は、東洋艦隊司令長官ヤーネル提督を通じて、支那側が若しかくの如き暴挙を繰返へすときは高射砲をもつてこれに応戦する旨厳重抗議をなした。

(P200-P201)


『東京朝日新聞』昭和十二年八月十七日夕刊


ワシントン特電十五日発】駐米支那大使王正廷氏は十五日南京政府からの覚書を米国政府に送達したが右は最近の上海の情況を報告し支那空軍の爆弾で米人三名が犠牲になつたに対する謝罪の言葉を含み

 多数の支那人及び米人などを死傷せしめた理由は日本軍艦○○を目標とせる支那飛行機が日本の高射砲で損害を受けたので余儀なく爆弾をバラ撒くことになつたものであつて今後は共同租界及びフランス租界に対して被害を与えぬやう注意するが日本側が租界を利用するにおいてはその利用地区の安全は保し難いと断つてゐる

(一面中下 四段見出し)


『東京朝日新聞』昭和十二年八月十八日

英仏に平謝り 支那陳弁務む

ロンドン特電十六日発】 上海の事態を憂慮せる英国政府は同地英国居留民の香港引揚げを決定せる外、東京、南京両首都において同地駐在英国大使をして日支両国に対し共同租界を非戦闘地域たらしめるやう要請せしめたが、両国よりは従前通りの抽象的不拡大方針の説明以外何等満足な解答は伝へられなかつたと英政府は発表してゐる、

 支那飛行機の英国東洋艦隊旗艦カンパランド号及び共同租界爆撃に対する英国政府の抗議については国民政府外交部長自らが英国大使館を訪れ蒋介石が同事件を深く遺憾としてゐるとの意向を伝へた外、飛行機の爆弾投下装置が破壊された為爆弾が自然落下したものであると説明した

パリ十六日発同盟】 パリ駐在支那大使顧維鈞は十六日フランス外務省にレジエ外務次官を訪問 上海における支那空軍の爆撃に関しフランス政府の諒解を求めた

(三面下 一段見出し)



 もし万一、中国側が「故意の国際租界爆撃」によって「日本に対する外国の干渉を煽り立てよう」というとんでもない「計画」を持っていたとするならば、これは完全な失敗だとしか言いようがないでしょう。列強は「中国に有利な形での干渉」など夢にも考えず、中国は列強各国に対してあわてて謝罪に走り回る結果になったわけです。

 新聞の論調を見ても、中国側に一定の同情を寄せつつも、「中国に味方して介入すべきだ」という論調は皆無でした。

 カワカミは、こんな状況で、「中国は日本に対する外国の干渉を煽り立てようと計画」してさらに三回の爆撃を重ねた、と主張しているわけです。かなり無理のある推測 である、と言わざるをえません。
 


(2007.7.16)
  
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