資料:軍人の発言に見る「南京事件」 |
こちらは、当時の軍幹部が「事件」をどのように認識していたか、という視点の資料紹介です。 どれも掲示板で時々引用される文章ですが、ここでは極力関連部分全体を収録することにより、原文のニュアンスをより正確に伝えるように努めました。 ときどき掲示板では「日本軍の軍紀は世界一厳正だった。従って南京事件はウソ」という趣旨の書き込みを見かけますが、 実際には、当の軍の上層部からして、「軍紀の乱れ」を嘆かざるをえない状況に陥っていたことがわかります。 <目次> ●松井石根大将 南京攻略の総司令官として、「南京事件」の責を問われ、極東軍事裁判で死刑判決を受けた、松井石根大将の発言です。
●畑俊六大将 松井大将の後任として、昭和十三年二月十四日より「中支那派遣軍司令官」を勤めた、畑大将の記述です。
2008.8.10追記 さらに畑は、戦後にこのような回想を残しています。
●岡村寧次大将 岡村大将は、1938年6月、「第十一軍司令官」に就任、終戦時には「支那派遣軍総司令官」の地位にありました。
●河辺虎四郎・参謀本部作戦課長 「最後の参謀次長」として知られる河辺虎四郎氏は、南京事件当時、「参謀本部作戦課長」の地位にありました。回想録『市ヶ谷台から市ヶ谷台へ』より引用します。
●真崎甚三郎大将 最後に、「2.26事件」の黒幕とも言われた、真崎甚三郎大将の日記です。家を訪問してくる人々から、「北支」や「上海方面」の、「軍紀風紀頽廃」「掠奪強姦の例」を嘆く言葉を聞いています。
(2004.7.31記 2008.8.10追記)
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