暴を以て暴に報ゆる勿れ ー蒋介石の戦後捕虜取扱い方針ー |
2012年2月20日、名古屋市の河村市長は、表敬訪問を受けた中国側代表に対し、「南京事件はなかった」という趣旨の発言を行いました。
「南京大虐殺はなかった」というのであればともかく、「南京事件はなかった」とは、大胆な発言です。 しかもその根拠が、旧日本兵であった父親が南京で「温かいもてなしを受けた」では、何とも心もとありません。 しかし「歴史トンデモ派」とでも呼称すべき「右派政治家」の一部は、あえてこの河村発言の擁護に走りました。
河村発言は、「南京事件はなかった」というものです。それを石原都知事は、「40万の虐殺はなかった」にすり替えてしまいました。 「40万の虐殺」など、中国側も主張していないのですが。 また、「なかった」根拠が「物理的に」では、こちらもいささか根拠薄弱です。例えば「装備」について言えば、 第百十四師団だけで、約三百万発の弾薬を携行しています。南京派遣軍全体では、おそらく数千万発にのぼるでしょう。
こちらは、相も変わらず陳腐な「人口増加論」です。 このような「援護射撃」に力を得たのか、河村市長は、最初の発言の1週間後、記者会見の席で、「発言は撤回しない」と宣言しました。
よく見ると、自分の当初の「南京事件はなかった」発言を、「30万人もの非武装の中国市民を日本軍が大虐殺したことはない」という趣旨だった、と強弁してしまっています。毎日が報じる通り、事実上の修正、と考えていいでしょう。 しかし、中国側も主張していない「30万人もの非武装の中国市民」虐殺を否定しても、何の意味もないのですが。 河村氏は、中国側の主張内容すら十分に理解せずに、一体どんな「議論」をするつもりなのでしょうか。 ここでは河村発言のうち、「終戦後の中国側の捕虜取扱」にテーマを絞って、実態がどうであったのかを見ていくことにしましょう。 2012.3.10追記 その後河村氏は、何と、自分の認識は政府見解と「ほとんど同じ」、とまで「軌道修正」を行ってしまいました。
河村氏の最初の発言は、「通常の戦闘行為はあって残念だが、南京事件というのはなかったのではないか」 「8年の間にもしそんなことがあったら、南京の人がなんでそんなに日本の軍隊に優しくしてくれたのか理解できない」でした。 今回の発言は、明らかに当初の発言と整合しません。「非戦闘員の殺害や略奪行為」が「通常の戦闘行為」である、とでも強弁するつもりでしょうか。 いずれにしても、今回の発言が、「河村発言支持」を打ち出した一部右派勢力にとって、頭が痛いものであることは間違いありません。 河村発言を待つまでもなく、蒋介石が日本軍捕虜に対して寛大な取扱いを指示していた、という事実は、よく知られています。 蒋介石は、日本の降伏宣言の前日8月14日に、このような演説を起草しました。(発表は15日)
蒋介石はなぜ、中国人を大量に殺傷した憎むべき「敵国日本」に対して、こんな寛大な方針を採ったのか。 それは必ずしも、蒋介石自身が述べるような「きれいごと」ばかりではなかったかもしれません。一般的には、このように見られています。
蒋介石自身の言葉で、確認しましょう。
何のことはない、「共産党」との「投降接受」争いを優位に展開するため、との説明です。 来るべき共産党との覇権争いに備え、少しでも旧日本軍の兵器を多く接収しておきたい、という考えがあったものと思われます。 しかしたとえ「裏」があったとしても、元敵国兵士に対するこのような寛大さは、おおいに称揚されるべきことでしょう。もし日本軍が同じ立場に立っていたら、敗北した敵軍の元兵士をここまで厚遇することができたかどうか、疑問です。 この演説は、当時の日本人に、深い感銘を与えたようです。
元日本軍兵士の体験談として、このような「美談」も聞くことができます。
蒋介石の真の思惑がどうであれ、中国側の意外なほどの「寛大さ」が、日本兵の心を融かしてしまった事例、と言えるでしょう。 しかし、すべての中国人がこの方針に納得し、旧日本軍への恨みなど忘れてしまった、と断言してしまうのであれば、それもまた「行き過ぎ」というものでしょう。
旧日本軍に対する「怨み」は、民衆の心の中にはまだ燻っていた、と見るべきところです。河村市長の見方は、単純に過ぎます。 以上、河村市長の父親が受けた「厚遇」は、単に蒋介石の捕虜取扱方針の反映であるに過ぎませんでした。「南京大虐殺」の有無とは、全く無関係なものです。 もう一度、河村発言を読み返しましょう。
父親が「温かいもてなしを受けた」ことがどうして「否定」の根拠になるのか。河村氏は自ら、歴史的背景への無知を暴露してしまっています。 2013.4.7追記 上海満鉄事務所の所員の回想に、こんな一節があります。
河村氏の言とは裏腹に、終戦直後に於ても南京の「被害回想記事」が報道されていたようです。 (2012.3.4)
|