2011.12.18 「知恵袋」での議論をめぐって、y1982aさんという方に回答を行ったのですが、これに対してtakashipancaseless2さんという方が再反論めいた文章をアップしてきました。
本来、拙サイトで取り上げるレベルの議論ではないのですが、ある方から質問をいただいたこともあり、私の見解を披露することといたします。
なお、拙サイトでは、一部の例外を除き、原則としてネット上の個人を批判の対象とすることは行わない方針ですので、とりあえず本コンテンツは非公開としています。
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2013.2.1 上記の通り私は本記事を「公開」する意思はありませんでしたが、「y1982aさんに答える」を公開したことにより、その流れで本記事も「公開」扱いとせざるをえなくなりました。takashiさん、ご容赦ください。(笑)
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まずは、例によって彼の投稿の全文をアップします。
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私が代わりに反論しましょう^^
>例えば、吉田茂首相が、「東京大空襲」について「生涯、言及することはなかった」としましょう。もしそうだとすると、「東京大空襲」は存在しないことになってしまうのでしょうか。
吉田茂が東京大空襲や原爆投下について公式の場で語っていないのはそれだけを見ると不自然なことです。同じように今や中国人にとって原爆に匹敵する出来事の「南京大虐殺」について毛沢東が語らないのも不自然です。
しかし日本は敗戦国で冷戦下アメリカに軍事力を依存していた状況を考え合わせれば不自然ではなくなります(容認はできませんが)。ルメイに勲章が与えられたのもそれで理解できます。
一方戦勝国の中国は日本を批判するのに何の遠慮も必要ありません。この数十年は日本から多大な援助を受けても南京虐殺を言い立てています。
それなのに中国のトップとして長年君臨した人物が「人類有史以来空前未曾有の血なまぐさい残虐な獣行記録」(『群衆』短評)に生涯一度も触れることがなかったのは不自然極まりありません。
これぐらいの思考ができないのでしょうか?
>「南京大虐殺」は、東京裁判でしっかり認定されて、「歴史的事実」になりました。
ギャグで言ってるの?
>毛沢東は、「これからは平和と友好の時代である」と考えていたから、今さら「南京」を蒸し返すことはしなかったのでしょうね。そう考える方が、よほど説得力があります。
これもギャグで言ってるんでしょうか? 中国様バンザーイの人?
中共は人民軍兵士百万人を殺したアメリカと朝鮮戦争以後は仇敵関係で日本のことも「アメリカ帝国主義の走狗」(本当のことだが)と罵り両国は長い間国交もありませんでした。ってそんなことも知らないの?
(ちなみに中国人同士が「友好」という言葉を連発するのはお互いに不信感があるからだそうです)
>「日本軍は降伏勧告を行いましたが、国民党軍司令長官唐生智は降伏せずに南京から逃亡しました」
「降伏勧告」に対して「逃亡」して再起を図るか、それとも「逃亡」をあきらめて「降伏」するかは、自由だと思うのですが。
これって特におバカな感じがする文章ですね。
逃げるのは「自由」ですし国際法にも違反しませんが、自分だけさっさと逃げ出したのは自軍の兵士に対して卑劣極まりなく、彼の行動が南京に混乱をもたらしたのは間違いありません。逃亡するにしてもしばらくしてから軍を降伏させるように副官にでも命令すれば良かったのです。
蒋介石も日記に「私の人選の誤りだ。唐生智などは終始国を誤る輩だ」と書いています(産経新聞2007年5月25日)。
>「中国軍による死者のほうが多数含まれているのです」
「市部調査」による「12月12、13日」の「兵士の暴行」による死者は、たったの250人です。
二日で250人を「たった」とはソンミ村の人たちも驚きです。
中国兵が殺害した数が2日で250人ということは、2ヶ月で7500人という計算になりますね(笑)
>普通に考えれば、「住民を避難させて、その後に火をつけた」と見るところでしょう。「巻き込まれ」て焼死した人が皆無だったとは断定しませんが、本当に「多くの中国人が死んだ」のでしたら、記事にそれなりの記述が出てきてもよさそうなものです。
常識的な思考力がない人ですね。
命からがら敗走して来た軍隊が火をつける前に悠長に民衆避難に留意すると思ってるんでしょうか? 中国軍が自国民に非情なことは黄河決壊事件や長沙大火事件で定評があります。
大規模な放火によって当然多くの死者が出ているはずなのに、それに触れないのは記録や記事が偏向している証拠です。
>「調査期間中の全域にわたっておこなわれた略奪の大半と、一般市民にたいする暴行は、実際のところすべて日本軍の手によっておこなわれた」
「殺害」はどこへ行った。
>本当に日本軍を「悪」にしたいのでしたら書かずもがなのことであり、ベイツは十分「公正な」書き方をしている
嘘の中に真実を紛れ込ませるというのがプロパガンダの基本ですね。
>「スマイスは国民党からカネを貰って報告を作成した」
実はこの批判自体、疑わしいものです。
スマイス博士は金陵大学教授で国民党政府から給料をもらっている人でした。この報告書にしてもかなりの作成費用がかかっているはずですが、その資金を誰が出したのでしょうか? スマイスに悪意が無かったとしても、そういう立場の人の調査がどうしても恣意的になるのは日本の原子力関係の学者を見ても分かることです。
秦さんもスマイス報告書を信頼せず「被害者の数は神のみぞ知る」といってますね。
>「督戦隊という非人道的な戦法を使い南京が戦場になってしまったのです」
その言い方を借りれば、日本軍内部では「私刑」「いじめ」が蔓延していました。また「捕虜」となることを禁じて、捕まったら「自決」しろ、と教育していました。これも同様に「非人道的」でしょうね。
いじめや教育と銃殺を同視するとはこいつアホか?
>怪しげなサイト
匿名の上コメント欄もつけてないくせに、お前、人のこと言えんのか?
↓「初歩の初歩」から。
>ハーグ陸戦条約第二十三条で「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること」は明文で禁止されており
日本国刑法も明文で殺人を禁止していますが、殺人の構成要件を満たしても正当防衛なら違法性が阻却されます。
もちろんハーグ条約も兵士の正当防衛や緊急避難まで禁止するものではありません。
日常生活ではこれらは厳格な要件の下に適用されますが、極めて混乱した前線にあっては要件が緩和されるのは当然です。
前線の日本軍は敵地の真っ只中にいました。そんなところで自軍の兵力や装備を見た敵兵を解放することは多くの場合自殺行為でしたし、砲弾が飛び交う中で敵が投降するたびに戦闘を中断したり、手間がかかる武装解除をしたり、捕虜を監視しながら行軍する余裕はありません。
他国でも「捕虜をとるな」なんて命令は前線では当たり前です。
>このような事例もあります。「折から水田中、膝まで没して逃走中の支那女を発見。トンヤンピン口口口口ニーライライと呼べど振り反りつつも尚逃走せるにより、距離三百メートルにして一発射てばヨロヨロと水中に倒れ、そのまま再び起たず遂に死せり」
悲しいけどこれ戦争なのよね。
http://www.youtube.com/watch?v=RD7X07i_PtA
中国軍には女性兵士が沢山いました。そして民間人であっても戦場で兵士の制止を聞かなければ撃たれるのが当たり前です。そう思ったからこそ梶谷さんも臆面も無く記録に残したのです。沖縄戦でも米軍によって多くあった事例です。
こういう国際常識の初歩がわかってない日本人が海外の危険地帯とかで迷惑をかけるんですよね。
>「中国はもともと民間人殺害のみを問題にしており、捕虜殺害は問題にしていなかった」
「南京大屠殺」の中国政府公式見解は「南京市城内の30万人虐殺」です。笠原十九司さんがそれと違うことを言うと中国様から叱られました。
(秦 中公新書p292)
GHQの『真相箱』の台本でも「南京大虐殺」は南京市城内限定の非戦闘員の出来事として書かれています。
城外の捕虜殺害の問題はあくまで別の論点です。
>また「捕虜殺害」は、よっぽどの理由がない限り、明確な国際法違反の行為であることは明らかです。
欧米の当時の認識として捕虜収容所に収容した捕虜以外の投降兵殺害は容認する方向にあり国際法違反に問われることはほとんどありませんでした。
アイゼンハワーも捕虜収容所で膨大なドイツ軍兵士の食糧問題が起きた時、「戦場で取る捕虜をもっと少なくするべきだった」と公言しています。
(もっとも米軍はジュネーブ条約違反の過酷な取り扱いによって数十万人の収容所捕虜を餓死・病死させていますがhttp://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=f&oq=%e3%82%a2...
>少なくとも、「無裁判処刑」を行ったことは「問題」と言わざるを得ません。
数千人の兵士が市民の中に潜んでいる以上南京市城内は戦闘フィールドでした。そこにいて自主的に投降もせずに逃亡兵とか言い分けは通りません。こういうのは「逃亡兵」ではなく「残党兵」と呼びます。
軍人標章をもたない便衣兵はスパイにも当たらない以上ハーグ条約の対象外にあり当然裁判を受ける権利すらありません。
ただし無謀なゲリラ戦に巻き込まれて誤って処刑された数百人の市民は気の毒でしたがこれは戦闘領域にあっては誤差の範囲内でしょう。
(こういうのはナチスによるゲリラ狩りでは問題になってないみたいです。沖縄戦では日本軍が悪者扱いです)
悲しいけどこれ戦争なのよね。
そしてアメリカ大使の忠告も無視して南京を戦場にしたのは国民党軍です。
盧溝橋事件で日中戦争が全面化したみたいなことも書いてありますが、それなら第二次上海攻撃時になぜ上海で日本人が普通に暮らしていたり日本海軍の陸戦隊が平和的に駐屯していたのでしょうか?(笑)
なんか知恵袋をえらく馬鹿にしていますが(これが一番ムカついた)、この人のブログだって小林よしのりさんが馬鹿にしている匿名ですねw(゜o゜)w
shpfiveさんには悪いですが、正直この人の議論は一定の水準に達してないですね><
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まず、これには笑ってしまいました。
なんか知恵袋をえらく馬鹿にしていますが(これが一番ムカついた)、この人のブログだって小林よしのりさんが馬鹿にしている匿名ですねw(゜o゜)w
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関係のないこの方が何故わざわざ私に「反論」する気になったのか不思議だったのですが、ああ、そういうことだったのですか。
この方、なぜか「知恵袋」に思い切り強いアイデンティティを感じているのですね。そして、私が「知恵袋」そのものを批判した(ように見えた)ことが、自分の「人格」そのものへの攻撃に思えて、どうしても許せなかった、と。
でもそれ、思い切り見当違い。私の、元の文章です。
ネットには、「知恵袋」「質問室」といった、「質問コーナー」があります。
普通このような「質問コーナー」は、「何かを知りたい」という方がいて、それに対して知識を持つ方がお答えする、というコミュニケーションツールとして機能しているのですが、一部には、「自分の意見をプロパガンダしたい」というとんでもない動機で「質問」を掲載する方もいるようです。
そして、自分が望む回答があればそれを「ベストアンサー」にする。それ以外の意見は、どんなことをしても、無視、あるいは否定する。世間ではこれを、「出来レース」と言います。
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別に私は、「知恵袋」自体を「馬鹿」にしたわけではないですよね。
私が「馬鹿」にしているのは、「「自分の意見をプロパガンダしたい」というとんでもない動機で「質問」を掲載する」、一部トンデモユーザーさんです。
ええとつまり、これに「ムカつ」くということは、ひょっとしてこの方、自分がそのような「トンデモユーザー」である、という自覚があるのでしょうか。
さて最初に気がつくのは、彼が私の文章の最初の部分を、まるごとスルーしてしまっていることです。ここ、私のyさんに対するコメントの、一番のポイントであるはずなのですが。
それはともかく、以下、「事実」だけを書いておきましょう。
1.日本軍の南京占領後、「被害状況」の調査が行われた。それは、残った住民から一定割合でサンプルを採取して、統計的に「被害規模」を明らかにしようとした、「学術調査」だった。
2.その結果まとめられたレポートが「南京地区における戦争被害」。市部で6,600名、農村部で26.870名の民間人犠牲者が出た、と推定している。
3.ただし戦争直後の混乱期の調査であり、また「サンプル調査」でもあるので、精度は十分なものであるとは言えない。この数字が被害実態をきちんとカバーしているのか(過小説)、あるいはこの数字の中に「日本軍の虐殺」以外のものがかなり混入しているのではないか(過大説)、という2つの説がある。
4.ただし「過大説」をとる秦郁彦氏、板倉由明氏にしても、「大量の民間人不法殺害」の存在は認めている。推計数は、秦氏で8,000-12,000名、板倉氏で5,000-8,000名。
さて質問者は、この1から4までのうち、どこを「疑問」としているのでしょうか。
「論壇」の議論を超えて、あえて「大量の不法殺害など存在しない」と主張するのであれば、少なくとも「専門家」の秦氏や板倉氏を超える、きちんとした「根拠」が必要になります。
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たぶん彼には、「専門家」の秦氏や板倉氏を超える、きちんとした「根拠」が見つからなかったのでしょう。
続けて私は、こう書きました。以下、緑が私、青が彼のコメントです。
| 毛沢東は生涯、南京大虐殺について言及することはありませんでした。1964年7月、日本社会党訪中団が戦後、過去の戦争について謝罪したとき、彼は「日本のおかげで共産党は中国を統一できた」と感謝すらしました。 |
例えば、吉田茂首相が、「東京大空襲」について「生涯、言及することはなかった」としましょう。もしそうだとすると、「東京大空襲」は存在しないことになってしまうのでしょうか。
もちろん、そんなことはありませんよね。
「南京大虐殺」は、東京裁判でしっかり認定されて、「歴史的事実」になりました。そして毛沢東も蒋介石も、それ以上このことを問題にする意志はありませんでした。それだけの話です。
矢吹晋『激辛書評で知る中国の政治・経済の虚実』より
毛沢東、周恩来、あるいはトウ小平、胡耀邦のことを私は調べてきたが、これらの指導者たちは抗日戦争を本当に戦った英雄である。しかし彼らには、「戦争が終わったからには、これからは平和と友好の時代である」というスタンスがはっきりしていた。
これに反して戦争が終って半世紀のち、ポスト冷戦時代に指導者となった江沢民が日本の軍国主義批判をやたらと煽り立てるのはいったいなぜか、これは疑われて当然の行動なのだ。
(P78) |
毛沢東は、「これからは平和と友好の時代である」と考えていたから、今さら「南京」を蒸し返すことはしなかったのでしょうね。そう考える方が、よほど説得力があります。
なお戦時中でも、「中国共産党」自体はしっかりと「事件」を知っていたようです。(中国共産党は知らなかったか参照)
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>例えば、吉田茂首相が、「東京大空襲」について「生涯、言及することはなかった」としましょう。もしそうだとすると、「東京大空襲」は存在しないことになってしまうのでしょうか。
吉田茂が東京大空襲や原爆投下について公式の場で語っていないのはそれだけを見ると不自然なことです。同じように今や中国人にとって原爆に匹敵する出来事の「南京大虐殺」について毛沢東が語らないのも不自然です。
しかし日本は敗戦国で冷戦下アメリカに軍事力を依存していた状況を考え合わせれば不自然ではなくなります(容認はできませんが)。ルメイに勲章が与えられたのもそれで理解できます。
一方戦勝国の中国は日本を批判するのに何の遠慮も必要ありません。この数十年は日本から多大な援助を受けても南京虐殺を言い立てています。
それなのに中国のトップとして長年君臨した人物が「人類有史以来空前未曾有の血なまぐさい残虐な獣行記録」(『群衆』短評)に生涯一度も触れることがなかったのは不自然極まりありません。
これぐらいの思考ができないのでしょうか?
>「南京大虐殺」は、東京裁判でしっかり認定されて、「歴史的事実」になりました。
ギャグで言ってるの?
>毛沢東は、「これからは平和と友好の時代である」と考えていたから、今さら「南京」を蒸し返すことはしなかったのでしょうね。そう考える方が、よほど説得力があります。
これもギャグで言ってるんでしょうか? 中国様バンザーイの人?
中共は人民軍兵士百万人を殺したアメリカと朝鮮戦争以後は仇敵関係で日本のことも「アメリカ帝国主義の走狗」(本当のことだが)と罵り両国は長い間国交もありませんでした。ってそんなことも知らないの?
(ちなみに中国人同士が「友好」という言葉を連発するのはお互いに不信感があるからだそうです) |
議論のポイントを確認します。
ポイントは、「毛沢東が南京大虐殺に言及しなかった」ことが、「南京大虐殺がなかった」根拠となりうるのか、ということですね。
別に吉田茂のことを論じているわけではありません(^^ゞ なぜか彼は、こんな枝葉に一生懸命コメントをつけてきていますが、ここでの私の主張は、「政治家がある事件に言及しないからと言って、事件が存在しないことにはならない」という単純な「一般論」です。
さて、枝葉から離れましょう。ネットでもよく取り上げられる、毛沢東の1956年の発言です。
佐々木(更三) ― 今日、毛主席の非常に寛大なお気持のお話をうかがいました。過去において、日本軍国主義が中国を侵略し、みなさんに多大の損害をもたらしました。われわれはみな、非常に申し訳なく思っております。
主席 ― 何も申し訳なく思うことはありません。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました。みなさんの皇軍なしには、われわれが権力を奪取することは不可能だったのです。この点で、私とみなさんは、意見を異にしており、われわれ両者の聞には矛盾がありますね。(みなが笑い、会場がにぎやかになる)。
佐々木 ― ありがとうございます。
主席 ― 過去のああいうことは話さないことにしましょう。過去のああいうことは、よい事であり、われわれの助けになったとも言えるのです。ごらんなさい。中国人民は権力を奪取しました。同時に、みなさんの独占資本と軍国主義はわれわれをも〔日本側の記録では、「みなさんをも」となっており、文脈からはその方が適切と思われる〕助けたのです。日本人民が、何百万も、何千万も目覚めたではありませんか。中国で戦った一部の将軍をも含めて、かれらは今では、われわれの友人に変わっています。
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この時の対話の相手は、(たぶん)友好政党であった社会党政治家相手のものですが、自民党政治家が相手になったら、これと180度反対に、「日本の過去の侵略行為・暴虐行為を糾弾してみせる」ということも、おそらくはないでしょう。少なくとも私は、毛沢東がそのような演説をした、という事実を知りません。
これは、「右」の方々から、「だから日本の侵略戦争には問題はないんだ」という材料に使われます。
まあでも、冷静に読めば、毛沢東はあくまで日本側の「謝罪」を前提として、そんなに気にすることないですよ、我々にだってメリットがなかったわけではないんですから、これからは仲良くしましょうや、と言っているわけです。
もし日本側が、「我々は侵略戦争をしたわけではない」などと開き直ったら、毛沢東の反応は全く違ったものになったと思います。
・・・ということはともかく、これで毛沢東のスタンスがはっきりしますよね。
毛沢東は別に、「過去」を蒸し返して日本を攻撃しよう、という意思は全くなかったようです。 要するに毛沢東にとっては、「南京」は過去の出来事で、関心の外であった、ということでしょうね。
こんな発言をする方が、一方では「南京大虐殺」で日本を非難してみせる発言をするはずだ、と考える方が、私には理解できません。
ちなみに私は、1980年頃、南京を訪れたことがあります。
南京大学のエリート学生さんたちと座談会をする機会があったのですが、こちら側のメンバーと、こんな会話をした記憶があります。
「日本はかつて、南京で大変失礼なことをしました」
「いや、それはもう過去のことです。これからは、友好の時代を築いていきましょう」
それから中国の民主主義をめぐって大激論になったのですが(^^ゞ、それはともかく、これが中国側の基本スタンスであったと思います。
念のためですが、少なくとも、先方には「南京虐殺が存在しない」なんて認識は間違ってもありませんでした(笑)。
彼等にとっては、「南京」は間違いなく「歴史的事実」です。
状況が変わったのは、1980年代になってから。
日本では、あまり学問的とは言えない「否定派」なるものが台頭する。中国側は、これに反発する。
さらに1990年代には江沢民が登場し、自分の体制固めのために「愛国教育」なるものを推進します。中国側が「南京」を大きく言い立てるようになるのは、これからの話です。
毛沢東はなぜ「南京」に言及しなかったのか。論理的には、次のふたつの理由が考えられます。
1.「南京大虐殺なんて嘘っぱち」と思っていたから。
2.あまり関心がなく、わざわざ言及しなければならない必然性を感じなかったから。
yさんや彼は1だと思っているようですが、それはありえません。
だって、「東京裁判」や「南京裁判」を通じて、中国側なり毛沢東なりにとって、それは疑いようのない「歴史的事実」になってしまっているのですから。(裁判の認識と実態との「ずれ」については、ここでは問題にしません)
仮に、毛沢東と同時代の中国人に、「南京大虐殺はウソだと思いますか」と聞いてみるとします。間違っても、「ウソだと思う」という回答は返ってこないでしょう。そんな状況で、1が成立するはずもありません。
どうしても1だと主張するのであれば、毛沢東が「日本の過去の侵略行為・暴虐行為を糾弾してみせる」演説を行ったが、なぜかその中で「南京」だけがすっぽり抜けている、という資料でも捜していただくことにしましょう。
(追記)
以下は蛇足です。彼の文章、再掲。
>毛沢東は、「これからは平和と友好の時代である」と考えていたから、今さら「南京」を蒸し返すことはしなかったのでしょうね。そう考える方が、よほど説得力があります。
これもギャグで言ってるんでしょうか? 中国様バンザーイの人?
中共は人民軍兵士百万人を殺したアメリカと朝鮮戦争以後は仇敵関係で日本のことも「アメリカ帝国主義の走狗」(本当のことだが)と罵り両国は長い間国交もありませんでした。ってそんなことも知らないの?
(ちなみに中国人同士が「友好」という言葉を連発するのはお互いに不信感があるからだそうです) |
私は矢吹晋氏の文章を引いただけだったのですが、どうやらこの方、矢吹氏のような「専門家」よりも自分の方が詳しい、という根拠のない自惚れをお持ちのようです。
念のためですが、矢吹氏はどう見ても「中国様バンザーイ」の方ではありません。
まあ、別の「専門家」にも、ご登場いただきましょう。
毛里和子『日中関係 戦後から新時代へ』より
だが、米国の封じ込め政策、および米国追随の日本政府との関係を換えるのはむずかしいと見た周恩来は、一九五三年ころからいわゆる「民間外交」を推進する。日本の経済、文化、平和団体などとの交流である。
新華社記者だった呉学文は、そのころ、「中央の指導的同志が、この民間交流の状況、日本への一般的反発の状況を見て、政策上二つを区別する教育」の必要性を指摘し、
��日本軍国主義と日本人民を区別する(中国侵略の責任は当時の日本政府にあり、日本人民にはない)、
��日本政府内でも政策を決定する「元兇」と一般公務員を区別し、大きな罪悪と一般的誤りを区別する、
という方針を指示したと伝えている。
これが、今日まで続く中国の対日大原則である「二分論」であり、対日公式イデオロギーである。(P22)
とくに興味深いのは、毛沢東自ら対日国交正常化に意欲的だったことである。
一九五五年九月、初の日本国会議員代表団(上林山栄吉団長)が国慶節祝賀のため全国人民代表大会の招聘で中国を訪れた。中国はこの代表団を最大限の儀礼で接遇した。
一〇月一五日、周恩来、劉少奇、陳毅、彭真などとともに代表団を接見した毛沢東は、「われわれは同じ有色民族です」と切り出し、日中間に歴史の問題はあるが、「過去のことは過ぎたこと、重要なのは将来に問題です」と語りかけた。
また「両国は社会制度は一致しないが、それは日中間の障害にはなりません」、「人民の利益からいってできるだけ早く正常な外交関係を作るべきです」と語っているのである。
ちなみに、毛沢東が日本の国会議員とこれほど長時間、上機嫌で面談するのは珍しく、通訳した劉徳有が三時間の会談を生々しく証言している。(P28)
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少なくとも一九五三年頃からは、中国は「日本との友好関係確立」を意識していたようです。その「地下水脈」が日中国交回復に結び付いたのが一九七二年、ということでしょう。
彼には、「そんなことも知らないの」、とお返ししておきましょう。
| 日本軍は降伏勧告を行いましたが、国民党軍司令長官唐生智は降伏せずに南京から逃亡しました。 |
「逃亡」してはいけないのでしょうか? 「降伏勧告」に対して「逃亡」して再起を図るか、それとも「逃亡」をあきらめて「降伏」するかは、自由だと思うのですが。
数万にも上る捕虜の処刑を責めるのなら、なぜ司令長官は降伏せず逃亡したのでしょうか?
「仮に」ゆう氏の言うとおり捕虜を大量に処刑したとしても、中国側が日本軍を責められるはずもありません。 |
文章としては、「数万にも上る捕虜の処刑を責めるなら、なぜ司令長官が降伏せず逃亡したことを責めないのでしょうか」としないと、変です。どうも質問者さん、ちょっと日本語が苦手なのでしょうか。
で、よくわからないのですが、司令長官が「逃亡」したら、捕虜を殺してもよくなるのですか? いくら何でも、それはないでしょう。
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これって特におバカな感じがする文章ですね。
逃げるのは「自由」ですし国際法にも違反しませんが、自分だけさっさと逃げ出したのは自軍の兵士に対して卑劣極まりなく、彼の行動が南京に混乱をもたらしたのは間違いありません。逃亡するにしてもしばらくしてから軍を降伏させるように副官にでも命令すれば良かったのです。
蒋介石も日記に「私の人選の誤りだ。唐生智などは終始国を誤る輩だ」と書いています(産経新聞2007年5月25日)。
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おバカさんに「おバカ」と言われてしまいました。
さて彼は、ここで明らかに論点をずらし、ピンボケな「反論」をしています。
私が書いているのは、「司令長官が「逃亡」したら、捕虜を殺してもよくなるのですか?」ということ。別に「唐生智の逃亡に対する評価」を論じているわけではありません。
国際法上何の問題もない行為が、どうして「国際法違反」を正当化する材料になるのか。私には理解不能です。
その一方、督戦隊という非人道的な戦法を使い南京が戦場になってしまったのです。
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別に、「督戦隊」戦法を使ったから「南京」が戦場になったわけではないのですが・・・。おかしな文章です。
また、「督戦隊」戦術を使うかどうかは中国軍内部の問題で、それで日本軍の「捕虜殺害」を正当化できるわけではありません。
その言い方を借りれば、日本軍内部では「私刑」「いじめ」が蔓延していました。また「捕虜」となることを禁じて、捕まったら「自決」しろ、と教育していました。これも同様に「非人道的」でしょうね。
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これまた、論点をずらした、ピンボケな反論(なんでしょうね)。
私の主張は、「「督戦隊」戦術を使うかどうかは中国軍内部の問題で、それで日本軍の「捕虜殺害」を正当化できるわけではありません」ということ。この肝心な点をスルーしてどうします(笑)。
軽い皮肉で、中国軍内部の「非人道性」を問題にするのならば、日本軍だって十分に「非人道的」だったよ、と言っているだけの話なのですが・・・。
私には、「自決」を強要する軍隊に、「督戦隊」を非難する資格があるとは思えないのですが、まあこれは「ついで」の話。
その中には、じつは日本軍による死者よりも、中国軍による死者のほうが多数含まれているのです。
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その根拠は何か。
� 屮澄璽妊�ン記者の記事にもあったように、中国軍は、南京城外の農村地区のほとんどを焼き払いました。そこでは、多くの中国人が死んだのです」
ダーディン記事の内容は、「焼き払い」まで。「多くの中国人が死んだ」なんていうことは一言も書かれておらず、ここ、筆者の勝手な想像、もしくは「デッチ上げ」です。
ダーディン記事のうち「清野作戦」に関係する記述を、私は「日本軍の放火」中「付記 中国軍の清野作戦」にまとめました。
普通に考えれば、「住民を避難させて、その後に火をつけた」と見るところでしょう。「巻き込まれ」て焼死した人が皆無だったとは断定しませんが、本当に「多くの中国人が死んだ」のでしたら、記事にそれなりの記述が出てきてもよさそうなものです。
いずれにしても、「多くの中国人が死んだ」という記述には、何の根拠もありません。
�◆岼汰感茲涼羚饋佑�証言していたように、中国軍は働ける男をみれば拉致して兵士にするか、労役に使いました」
この「証言」、私は知りません。ただ検索してみると、「出典不明」のまま、結構ネットに出回っているようですね。
いずれにしてもこれは、「日本軍による死者よりも、中国軍による死者のほうが多数含まれている」根拠には、全然なりません。
��「またエスピーの報告にもあったように、中国兵は軍服を脱ぎ捨てて民間人に化ける際、服を奪うために民間人を撃ち殺すことも多かったのです。」
これ、もうおなじみですね。私も、「小林よしのり氏「戦争論」の妄想」の中で解説しています。
「エスピー報告」の、元の文はこう。
>気も狂わんばかりになった中国兵が軍服を脱ぎ棄て市民の着物に着替えようとした際には、事件もたくさん起こし、市民の服欲しさに、殺人まで行った。
そう、筆者は勝手に、「民間人を撃ち殺すことも多かったのです」なんて文章をデッチ上げています。
この文章、拙サイトでは、こう解説していますね。
>現実に、他の外国人が記したさまざまな記録のどこにも、この「中国兵の殺人」の具体的な記述は登場しません。誰が目撃したのか、どのような情報源からの情報だったのか、もわかりません。してみれば、果してこれが事実であったのかどうか、もう少し慎重に検討する必要がある、と考えるべきところでしょう。
まあ実際のところ、「市部調査」による「12月12、13日」の「兵士の暴行」による死者は、たったの250人です。
常識で考えれば「13日」の日本軍入城後の「死者」が多かったのだろうな、と推定されます。例えそんなケースがあったとしても、「スマイス調査」15,760人の「被害者数」に影響を与えるほどの数字にはならないでしょう。
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ご覧の通り、私は「その中には、じつは日本軍による死者よりも、中国軍による死者のほうが多数含まれているのです。」という「妄想」に対して批判を加えています。
これに対して彼は、「中国軍による死者の方が多数含まれている」ことの証明をあきらめて(笑)、私のコメントの「粗捜し」に熱中します。
>「中国軍による死者のほうが多数含まれているのです」
「市部調査」による「12月12、13日」の「兵士の暴行」による死者は、たったの250人です。
二日で250人を「たった」とはソンミ村の人たちも驚きです。
中国兵が殺害した数が2日で250人ということは、2ヶ月で7500人という計算になりますね(笑) |
思い切り、ピンボケ。
文脈を読めばわかるとおり、私は、スマイス調査に現れた万人規模の「民間人被害」に対して、「12、13日」の「兵士の暴行」による死者はたった250人、だから、yさんの論拠��は「中国軍による死者が多数含まれている」という論拠にはならない、と書いているわけですね。
その「たった」という言葉に過剰反応して、「たった」とは何事か、とわけのわからない反応をする。
そして私が、わざわざ日本軍入城の「先」と「後」を分けて論じているのに、「2ヶ月で7500人」なんておバカな計算をしてみせる。
ま、たぶんこれ、彼の「ギャグ」なんでしょう。
>普通に考えれば、「住民を避難させて、その後に火をつけた」と見るところでしょう。「巻き込まれ」て焼死した人が皆無だったとは断定しませんが、本当に「多くの中国人が死んだ」のでしたら、記事にそれなりの記述が出てきてもよさそうなものです。
常識的な思考力がない人ですね。
命からがら敗走して来た軍隊が火をつける前に悠長に民衆避難に留意すると思ってるんでしょうか? 中国軍が自国民に非情なことは黄河決壊事件や長沙大火事件で定評があります。
大規模な放火によって当然多くの死者が出ているはずなのに、それに触れないのは記録や記事が偏向している証拠です。
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「命からがら敗走してきた軍隊」という言葉で、まるで敗走軍が火をつけたかのような錯覚を誘って読者を騙そうとしていますが、実際には南京残留部隊が行なったわけですよね。
少なくとも、中国軍に立ち退きを命じられた、という資料は存在します(ヴォートリン日記12月8日)。一応は火をつける前に「民衆避難」を行わせたようですね。
ダーディン記者やラーベなど、中国側に対しても結構辛口の外国人は多数いますが、「死者が出た」という記録はしておりません。それをもって「偏向」とするのは、この方の「偏見」であるにすぎません。
>大規模な放火によって当然多くの死者が出ているはず
というのは、単なる思い込み。
資料の裏付けがないことを「想像」で語っても仕方がありません。
「加害者が日本軍か中国軍なのかを特定していない」という文にもトリックがあるんで、「スマイス調査」は別に「日本軍の暴行」を告発するためのものではありませんし、またおそらくは「日本軍占領下の調査」という制約もあって、調査票に「日本軍」の文字を入れなかっただけの話。
実際、「まえがき」にはしっかりこう書いてあるのですけれどね。「調査期間中の全域にわたっておこなわれた略奪の大半と、一般市民にたいする暴行は、実際のところすべて日本軍の手によっておこなわれた」。
現場で「調査」を仕切った方の「判断」ですので、これを誤りだと主張するのであれば、よほどしっかりした「根拠」が必要でしょう。
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>「調査期間中の全域にわたっておこなわれた略奪の大半と、一般市民にたいする暴行は、実際のところすべて日本軍の手によっておこなわれた」
「殺害」はどこへ行った。 |
問題は、「加害者が日本軍か中国軍なのか特定していない」というyさんの文への批判だったのですが、この方はそんなことも理解できず、頓珍漢なことを書いています。
で、あのお、どうでもいいんですけど、調査内容から普通に考えれば、「暴行」の中に「殺害」が含まれることぐらい、すぐにわかると思うのですが。
さらにこの「まえがき」の中で、ベイツは、
>一月初旬以来、中国人市民による略奪と強盗がはじまり徐々にひろがった。その後、とくに三月以降は燃料争奪戦のために空家になっていた建物の骨組みに大きな被害が出た。また、後には農村部において深刻な強盗行為が増加し、今では日本軍の強盗と暴行に匹敵し、時にはこれをしのぐほどになっている。
この報告の一部にはこうした原因の諸要素も見られるのである。
と書いています。本当に日本軍を「悪」にしたいのでしたら書かずもがなのことであり、ベイツは十分「公正な」書き方をしている、と評価できます。
ついでですが、ベイツが「中国国民党の顧問」であった、というのははっきり間違い。東中野氏の主張によれば、「中国国民党」という特定政党の顧問ではなく、「中華民国」の顧問であったそうです。ちゃんと、引用文中に書いてあるではありませんか(笑)。
ただしこの東中野氏の主張は、どこの誰が切り抜いたかも、どの新聞の何月何日の報道だったかもわからない一片の記事を根拠としたものです。「中華民国顧問」という肩書はこの出所不明の記事以外には一切登場せず、事実かどうかは慎重に判断すべきところでしょう。記者の単純な勘違い、という可能性も大いにあります。
例え事実であったとしても、「顧問」は単なる「adviser」です。ベイツの専門は歴史学でしたから、別に「政治顧問」であるとは限りません。
さらに言えば、ベイツは当時、妻子を日本に残し、12歳の長男は神戸の「カナディアン・アカデミー」に遊学していました。ベイツが「反日」の人物であったとすれば、大事な妻子を嫌いな国に二人だけで残すなど、ちょっと考えにくいところです。当時の「東京日日新聞」の記事では、「親日家」と紹介されています。(以上、詳しくはこちら)
余談ですが、もしベイツが反日感情を持ったとするならば(あくまで、「もし」です)、「南京事件」に接してからのことである、と考えるのが自然でしょう。目の前で特定国の兵士の大規模な「暴行」ぶりを見せつけられて、なおその国に対する「好意」を維持することは、私だったらとてもできそうにありません。
また、この調査は別に「日本軍を非難する」ためのものではありません。スマイスは「学術調査」として仕上げるよう、細心の注意を払っていました。参考までに、この調査の結論は、生活基盤に大きな損害を受けた人々に対する、貸付制度の拡充などの支援を行うこと、です。仮にベイツが「暴走」してその「学術的価値」を貶めたのだとすれば、スマイスが黙っていなかったでしょう。
以上、y1892aさんの説明には、根拠はありません。 |
>本当に日本軍を「悪」にしたいのでしたら書かずもがなのことであり、ベイツは十分「公正な」書き方をしている
嘘の中に真実を紛れ込ませるというのがプロパガンダの基本ですね。 |
いやあ、私の長文に対して、実にシンプルな「反論」です。ここしか突っ込めなかったのかなあ。
で、「嘘の中に真実を紛れ込ませるというのがプロパガンダの基本ですね」なんて「一般論」を述べていても仕方がありません。
これが「プロパガンダ」であると主張するのであれば、具体的な根拠をどうぞ。
スマイス博士は金陵大学教授で国民党政府から給料をもらっている人でした。この報告書にしてもかなりの作成費用がかかっているはずですが、その資金を誰が出したのでしょうか? スマイスに悪意が無かったとしても、そういう立場の人の調査がどうしても恣意的になるのは日本の原子力関係の学者を見ても分かることです。
秦さんもスマイス報告書を信頼せず「被害者の数は神のみぞ知る」といってますね。
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はい、リンク。スマイス報告は国民党が書かせた宣伝文書ではない
ベイツの宣誓口供書
南京国際救済委員会は幾度か私に、市民実生活の状況及生活問題に就て信用の置ける報告を書いて貰らへないかと依頼しました。
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誰が資金を出したか、なんて記録は残っていませんが、素直に読めば、「南京国際救済委員会」が出した、と推定することは十分可能でしょう。
どうも彼、「国民党が資金を出した」という「俗説」を主張したいようですが、そんなところに「資金源」を求める必要は全くありません。ちなみに、国民党側の公式記録は、こうです。
われわれはティンパリー本人および彼を通じてスマイスの書いた二冊の日本軍の南京大虐殺目撃実録を買い取り、印刷出版した
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出来上がったものを買い取っただけで、別に調査資金を出したわけではないようです。
で、こんな大ウソを言ってはいけません。
>秦さんもスマイス報告書を信頼せず「被害者の数は神のみぞ知る」といってますね。
秦氏の「民間人被害者数」のベースは、まさにその「スマイス報告」なのですが・・・。秦氏は、スマイス調査の数字自体は信頼し、その数字を加工して、「民間人被害者数」を推計したわけですよね。
「信頼」しないものを、どうしてベースにしたのでしょうか。
で、y1892さん。いい加減に「人のふんどしで相撲をとる」ことはやめませんか? 「スマイス調査」を自分で読んでいない人が、怪しげなサイトのコピペで無理やり「批判」しようとすると、こんなふうに「見当違い」を乱発することになります。はっきり言って、私にも「時間の無駄」です。
「スマイス調査」を批判したいのであれば、せめて自分で原典に当たってからにしましょうや。
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>怪しげなサイト
匿名の上コメント欄もつけてないくせに、お前、人のこと言えんのか? |
ついに私は「お前」になってしまいました(笑)。
で、別に私は、「匿名」だから「怪しげなサイト」だ、と述べた訳ではありません。
「怪しげ」かどうか、の判断基準は、あくまでその「内容」です。あのようなデタラメを平気で載せるサイトでしたので、私はそれを「怪しげなサイト」と表現しただけの話です。
どうもこの方の「批判」、見当違いが多すぎる。
| *念のためですが、ネットではよく「投降兵はその場の判断で殺してしまって構わない」という誤解を見かけます。実際にはハーグ陸戦条約第二十三条で「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること」は明文で禁止されており、上の二例は明らかな国際法違反の事例です。もし殺害が許されるケースがありうるとしても、それは極めて限定的なものです。 |
>ハーグ陸戦条約第二十三条で「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること」は明文で禁止されており
日本国刑法も明文で殺人を禁止していますが、殺人の構成要件を満たしても正当防衛なら違法性が阻却されます。
もちろんハーグ条約も兵士の正当防衛や緊急避難まで禁止するものではありません。
日常生活ではこれらは厳格な要件の下に適用されますが、極めて混乱した前線にあっては要件が緩和されるのは当然です。
前線の日本軍は敵地の真っ只中にいました。そんなところで自軍の兵力や装備を見た敵兵を解放することは多くの場合自殺行為でしたし、砲弾が飛び交う中で敵が投降するたびに戦闘を中断したり、手間がかかる武装解除をしたり、捕虜を監視しながら行軍する余裕はありません。
他国でも「捕虜をとるな」なんて命令は前線では当たり前です。 |
「そんなところで自軍の兵力や装備を見た敵兵を解放することは多くの場合自殺行為」というのは意味不明ですのでスルーしますが、まあ一般論としては、「砲弾が飛び交う中で敵が投降するたびに戦闘を中断したり、手間がかかる武装解除をしたり、捕虜を監視しながら行軍する余裕は」ない、ということは言えるかもしれません。
ただしその要件はかなり厳しく、オッペンハイム見解では、
『俘虜捕獲者が多数の俘虜を安全に警護する能はず将た給養する能はずとか、又は敵が間もなく形勢を盛返して俘虜を奪回するやも知れずとかの単なる事実は、捕獲者側に真箇の死活的危険があるに非ざる限り、未だ以て助命の拒絶を正当視せしむるに足らざることを銘記するを要する。』
(信夫淳平『戦時国際法提要』(上)P565)
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と、「捕獲者側に真箇の死活的危険がある」場合に限る、いうことになっています。
問題は、「南京」のケースが、その「例外」に該当するか、です。
例えば、こんなケースがあります。
佐々木到一『ある軍人の自伝』(増補版)より
その後俘虜ぞくぞく投降し来り数千に達す。激昂せる兵は上官の制止をきかばこそ片はしより殺戮する。多数戦友の流血と十日間の辛惨をかえりみれば兵隊ならずとも「皆やってしまえ」といいたくなる。
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投降兵は、ほとんど無抵抗で投降してくる。どう見ても、「捕獲者側に真箇の死活的危険」があるとは思われせん。
少なくとも、このようなケースで「投降を受け付けない」ことは、明白なハーグ条約違反でしょう。
さらに、これには驚きました。
>他国でも「捕虜をとるな」なんて命令は前線では当たり前です。
おお、開き直ってしまいました。「捕虜をとるな」という方針があったことを、認めたわけですね。これ、明らかに「助命せざることを宣言すること」を禁止した、ハーグ条約違反です。
問題は、「当たり前」かどうかではなく、この行為が正当化されるのか、ということ。「当たり前」と開き直ってしまいましたので、この論点は、お終いです。彼には、この言葉を贈っておきましょう。
A・カッセーゼ『戦争・テロ・拷問と国際法』より
法規則に違反したものが処罰されない例は、国際法においてもまた特に国内法においてもたくさんある。・・・したがって、重要なことは、たとえ繰り返して違反行為がなされても、法の存在そのものを否定してはならない、ということである。(P27)
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参考までに、信夫淳平博士は、「捕虜をとるな」という命令を出した旅団長が軍法会議にかけられた例を紹介しています。
信夫淳平『戦時国際法提要』(上)
五一八
軍の指揮官が敵兵不助命その他残虐の戦闘手段を部下に命令するが如き交戦の法規慣例違反のことをするあらば、而して本国政府にして軍紀の厳粛を保持するものであらば、該指揮官は軍法会議に附せられ処罰を受くることもある。
近代の戦史に於てその著しき一例は、米西戦役に於ける米軍の旅団長スミスにあつた。
彼は同戦役中の或時、比律賓のサマル地方の土民兵が米国の一小部隊を全滅せしめたことに対する膺懲戦を指揮せる際、部下の一大隊長に
『俘虜は一人も取らず、敵は悉く殺し且家も悉く焼払ふべし、殺焼多ければ多いほど結構なり、サマルは屠つて之を一荒野に化せしむべく、現に米軍に敵対する者は勿論、苟も武器を手にするを得る者は悉く之を殺すを望ましとす。』
と命令した。
而して大隊長の『何歳位の上の者とすべきか。』との尋伺に対して『十歳以上の者は悉く。』と答へた。
この命令は実際にはその儘に行はれず、女子供の非戦闘者は勿論、俘虜の殺害も事実無かつたとあるが、兎に角彼は善良なる秩序及び軍紀に背馳すとの理由にて、大統領の命令に依り軍法会議に附せられ、審理の末に義務違反に由る有罪の宣告を受けた。
(P567)
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正午ころ東口村附近にて道を尋ねんとせしが、皆逃走して誰も居らず。折から水田中、膝まで没して逃走中の支那女を発見。トンヤンピン口口口口ニーライライと呼べど振り反りつつも尚逃走せるにより、距離三百メートルにして一発射てばヨロヨロと水中に倒れ、そのまま再び起たず遂に死せり。
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女性にしてみれば、強姦されるかもしれない、というピンチなのですから、逃げて当り前。「強姦される」というリスクを冒しても、大人しく捕まるべきだった、というのでしょうか。
「軍紀のよい」軍隊であればともかく、日本軍のように軍紀が乱れ切った軍隊であれば、住民が「怖がって逃げる」ことを非難することはできないでしょう。
また「中国軍には女性兵士が沢山いました」と錯覚を誘う書き方をしていますが、「南京戦」においては「女性兵士」はまだまだ珍しい存在でした。またこの女性は別に軍服を着ているわけでもありません。
日本軍が、この女性を、まだまだごく少数であった「女性兵士」(それも、「便衣兵」)ではないか、と疑うとは、ちょっと考えにくいところです。
別に「敵対行為」をしてきたわけでもないのですから、そのまま逃がしてやればいいだけの話です。 この状況で、「制止を聞かないから殺した」なんて弁解が、通じるわけがありません。
**掲示板では、「中国はもともと民間人殺害のみを問題にしており、捕虜殺害は問題にしていなかった」、あるいはもっと極端に、「捕虜殺害は戦闘行為の延長だから問題ではない」という暴論を見かけることがあります。実際には、早くも1946年「南京軍事法廷判決」主文で「捕虜および非戦闘員を虐殺」したことが問題とされていますし、また「捕虜殺害」は、よっぽどの理由がない限り、明確な国際法違反の行為であることは明らかです。
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>「中国はもともと民間人殺害のみを問題にしており、捕虜殺害は問題にしていなかった」
「南京大屠殺」の中国政府公式見解は「南京市城内の30万人虐殺」です。笠原十九司さんがそれと違うことを言うと中国様から叱られました。
(秦 中公新書p292)
GHQの『真相箱』の台本でも「南京大虐殺」は南京市城内限定の非戦闘員の出来事として書かれています。
城外の捕虜殺害の問題はあくまで別の論点です。 |
私は「捕虜殺害は問題にしていなかった」というのは「暴論」である、と述べているのですから、これに反論するのであれば、「いや、中国はやはり捕虜殺害を問題にしていなかった」となるのではないか、と思うのですが・・・。
「GHQの『真相箱』の台本」が中国の公式見解である、とでも言いたいのでしょうか。どうもこの方の「反論」、ピントずれまくりです。
なお、「笠原十九司さんがそれと違うことを言うと中国様から叱られました」云々については、こちらのリンク先をどうぞ。事件範囲を広げた日本の学者が怒られたというのはデマ
確かに、笠原氏のセリフも、中国側のセリフも、それぞれのいつもの「見解」から明らかに逸脱したものです。秦氏の記憶違い、と考えるのが妥当でしょう。
>また「捕虜殺害」は、よっぽどの理由がない限り、明確な国際法違反の行為であることは明らかです。
欧米の当時の認識として捕虜収容所に収容した捕虜以外の投降兵殺害は容認する方向にあり国際法違反に問われることはほとんどありませんでした。
アイゼンハワーも捕虜収容所で膨大なドイツ軍兵士の食糧問題が起きた時、「戦場で取る捕虜をもっと少なくするべきだった」と公言しています。
(もっとも米軍はジュネーブ条約違反の過酷な取り扱いによって数十万人の収容所捕虜を餓死・病死させていますが |
「国際法違反」であることは否定しないわけですね。それでは、この論点はお終い。
日本以外の国も「国際法違反」をしているから日本だってしていい、というのは、子供の理屈です。さきほどのカッセーゼ見解参照。
試しに、スピード違反で捕まった時に、「だってみんなしているじゃないか」と言い訳してみてください。お巡りさんは、絶対に許してくれません(笑)。
さらに言えば、幕府山事件の場合は、正式の「捕虜収容所」ではないにしても、十数棟の建物に収容してしまっていますよね。 また「66連隊事件」では、「降伏すれば殺さない」と言って投降させ、結果として全員殺してしまった、というとんでもない事件です。 下関の捕虜殺害にしても、捕えた現場ではなく、そこから敗残兵を移送して殺しています。
これは「捕虜収容所に収容した捕虜以外の投降兵殺害」だから容認される、とでも主張したいのかなあ。
私のサイトに、書いてありますよね。
なお、ここで「処分」された元兵士たちの大半は、戦意を失って逃げ惑うだけの「敗残兵」であり、国際法が想定する「民服を着て敵対行為を行うゲリラ」=「便衣兵」ではありません。「便衣兵」というのは当時の日本軍の「誤解」であったに過ぎず、東中野修道氏ですら「便衣兵」という表現は使用しないのですが、なぜかネットではこの表現を使う方を多く見かけますので、念押ししておきます。
また、「民間人巻き込まれの責任は便衣兵戦術をとった中国側にある」との暴論も見かけます。そもそも南京では「便衣兵戦術」の存在は確認されていないのですが、例え南京戦以前の上海戦での「便衣兵」を問題にするとしても、日本軍の責任は免れません。日本軍は「民間人混入」のリスクは十分に承知していたはずです。殺害しなければならない切迫した事情もなかったのですから、そのまま生かして「捕虜」としておけばよかっただけの話でしょう。
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少なくとも、「無裁判処刑」を行ったことは「問題」と言わざるを得ません。私のサイトを、そのまま写します。
問題は、このように言い換えるとわかりやすくなるでしょう。目の前に、「ひょっとしたら悪いことをしたかもしれない人々」が何千人と存在している。彼らを、「怪しいから」という理由だけで、そのまま処刑してしまって構わないのか。
常識で考えても、そんなことが許されるわけがありません。最低限「裁判」を行わなければ、その「処刑」の正当性を担保することはできない。上記の原剛氏や秦郁彦氏の見解は、そのようなものと理解できるでしょう。
私見ですが、「安全区掃討」の是非は、「国際法」のややこしい議論に突入するまでもなく、「常識」で考えればいいことだと思います。もう戦闘は終了しているのに、戦闘意欲を失った元兵士を片っ端から引っ張り出し、そのまま何キロも歩かせてまとめて殺害する。しかもその中には誤認連行された民間人も大量に存在している。「虐殺」だと感じれば、普通の感覚でしょう。 |
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>少なくとも、「無裁判処刑」を行ったことは「問題」と言わざるを得ません。
数千人の兵士が市民の中に潜んでいる以上南京市城内は戦闘フィールドでした。そこにいて自主的に投降もせずに逃亡兵とか言い分けは通りません。こういうのは「逃亡兵」ではなく「残党兵」と呼びます。
軍人標章をもたない便衣兵はスパイにも当たらない以上ハーグ条約の対象外にあり当然裁判を受ける権利すらありません。
ただし無謀なゲリラ戦に巻き込まれて誤って処刑された数百人の市民は気の毒でしたがこれは戦闘領域にあっては誤差の範囲内でしょう。
(こういうのはナチスによるゲリラ狩りでは問題になってないみたいです。沖縄戦では日本軍が悪者扱いです)
悲しいけどこれ戦争なのよね。
そしてアメリカ大使の忠告も無視して南京を戦場にしたのは国民党軍です。 |
ついさっき、「たった250人」という言い方にケチをつけた方が、こちらでは「数百人」を「誤差の範囲」などとおっしゃっています(笑)
それはともかく、「便衣兵はスパイにも当たらない以上ハーグ条約の対象外にあり当然裁判を受ける権利すらありません」というのは、どういう根拠から来ているのでしょうか。少なくとも、秦郁彦、中村粲、原剛、松本健一、板倉由明、北村稔といった錚々たる右派論客たちは、口を揃えて「手続き抜きの処刑に問題あり」と言っているのですが。
普通の理解では、「便衣兵」は「戦時重罪人」であり、「戦時重罪人」を処刑するには一定の手続きが必要、ということになるのですが。
今さらではありますが、当時の「国際法解釈」を確認しておきましょう。
立作太郎『戦時国際法論』
凡そ戦時重罪人は、軍事裁判所又は其他の交戦国の任意に定むる裁判所に於て審問すべきものである。然れども全然審問を行はずして処罰を為すことは、現時の国際慣習法規上禁ぜらるる所と認めねばならぬ。
戦時重罪人中(甲)(乙)(丙)(丁)中に列挙したる者の如きは、死刑に処することを為し得べきものなるも、固より之よりも軽き刑罰に処するを妨げない。
(日本評論社、昭和六年発行、昭和十一年五版 P49)
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篠田治策『北支事変と陸戦法規』より
而して此等の犯罪者を処罰するには必ず軍事裁判に附して其の判決に依らざるべからず。何となれば、殺伐たる戦地に於いては動もすれば人命を軽んじ、惹いて良民に冤罪を蒙らしむることがあるが為めである。
(「外交時報」 84巻通巻788号 昭和12年10月1日P54-P55)
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海軍大臣官房 『戦時国際法規綱要』
(ハ)処罰
(1)戦時重罪は、死刑又は夫れ以下の刑を以て処断するを例とす。
之が審問は、各国の定むる機関に於て為すものなるも、全然審問を行ふことなくして処罰することは、慣例上禁ぜらるる所なり。
(P54)
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当時の国際法の権威、立博士。外務省筋の「外交時報」。そして海軍大臣官房。このような当時一級の「権威」が、口を揃えて「戦時重罪人を処罰するには裁判が必要である」と言っているわけです。
ネットでは、一部、「裁判は慣習になっていなかった」なるよくわからない説を見かけることがありますが、これは現実世界の論壇にはほとんど影響を与えていません。まあ、普通の人の「常識」から、著しく逸脱した議論だからでしょう。
ついでですが、「アメリカ大使の忠告も無視して南京を戦場にした」ことが、どうして「国際法違反」を正当化する材料になるのか。私には、理解できません。
| 第二次上海事変や通州事件、広安門事件、大山中尉殺害事件、漢奸狩りなど中国側からの日本に対する挑発行為、民間人大量虐殺などを経て南京攻略戦に至りました。
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まあどうでもよいところではありますが、こんなもの、書き方によってどうにでもなります。例えば、こう書いてみたらいかがでしょうか。
中国北部に日本の傀儡政権を打ち立てた華北分離工作、中国側の抗議を押し切っての一方的な盧溝橋付近への駐屯、牟田口連隊長による盧溝橋城攻撃、現地解決を無視した三個師団派遣決定を経て、7月28日には日本軍は中国北部にて全面的に軍事行動を開始、日中戦争の幕開けとなりました。
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| 盧溝橋事件で日中戦争が全面化したみたいなことも書いてありますが、それなら第二次上海攻撃時になぜ上海で日本人が普通に暮らしていたり日本海軍の陸戦隊が平和的に駐屯していたのでしょうか?(笑) |
えらくつまらないところにケチをつけてきています。ほかに材料がないのかなあ(笑)
しかしこの方、「読解力」というものがないのでしょうか。私が書いたのは、7月28日、日本軍が「中国北部にて全面的に軍事行動を開始」した、まで。「盧溝橋事件で」「日中戦争が全面化した」、などとはどこにも書いていません。
さて最後に、彼の私に対する罵倒ぶりを、ふりかえっておきましょう。
正直この人の議論は一定の水準に達してないですね><
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念のためですが、以上は、彼の私の文章に対する「攻撃」であり、ご自分の文章に対する「自己評価」ではありません。
(2011.12.18記 2013.2.1公開)
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