731部隊 ネットで見かけたトンデモ議論(4)
「きい弾(マスタードガス)」の実験 


 1984年、「きい弾射撃に因る皮膚傷害並一般臨床的症状観察」「破傷風毒素並芽胞接種時に於ける筋『クロナキシー』に就て」という、「731」関係の重要資料が、神田の古本屋から発見されました。

 発見したのは、当時大学院生であった、児島敏郎氏。児島氏から連絡を受けた慶応大学・松村高夫教授は、直ちにこの資料の「買い取り」を決断しました。

 買取価格は70万円。そしてその後、この資料は、「731」の人体実験を示す貴重な資料として、名を残すことになりました。(内容の紹介はこちら。また、原文(ただし一部のみ)の書き写しはこちら



 さて、掲示板でこの資料の提示を受けた、deliciousicecoffee氏の反応です。

731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)4・きい弾(イペリット弾、マスタードガス)を人間に使用して症状を観察した松村高夫「生体実験の資料」の怪

はい、はい。

まずは、以下の疑問と課題をクリアにしよう。

松村高夫が資料集に所収している「生体実験の資料」とやらは、ハバロフスク軍事裁判や東京裁判の前に存在が認識されていた資料なの?
それとも、ハバロフスク軍事裁判とか東京裁判で初めて出現した資料なの?
それとも、1980年代に731部隊に関するホラー小説が大ヒットした後に出てきた資料なの?

戦後何十年も経ってから出てきた資料なら、いつどこで発見されたのか、あるいは、どう入手したのかを提示しなければならない。
松村高夫が資料集に所収している「生体実験の資料」とやらは、いつどこで発見されたのか、あるいは、どう入手したのか?

その上で、自然感染とか動物実験とか死体解剖とかではなく、731部隊自身によって実験目的で人間を病気感染させたり生体解剖したことが証明されなければならない。

 いきなり、ほとんどの思い付きで資料の「出自」を問題にしました。

 いや別に、「疑問」を持つのも、「課題」を設定するのも自由です。掲示板で相手にそれを尋ねてみるのも自由です。まだ「情報蒐集」の段階であれば、このような発言も理解できないことはありません。

 しかし、ブログなりホームページに掲載して、半永久的に「形」に残すとなると、「重み」が違ってきます。

 少なくとも私は、本サイトの上では、手元資料を確認する、「日本の古本屋」なり国会図書館なりで不足している情報を集める、などして、その時点で入手可能な情報はすべて網羅した上で、発言を行います。それが「読者に対する責任」というものでしょう。

 わざわざ自分のブログに載せるのであれば、資料の出自くらい、自分で「資料集」を見て確認しろよ……と言いたくなる、初歩的な「疑問と課題」です。



 本資料の出自については、「人体実験、これだけの根拠(3)部隊関係者の論文群付記 論文発見の経緯」にまとめてあります。

 要するに、

〇駑舛蓮井上義弘元中佐が自宅で段ボールに入れて保管していた。

井上元中佐の死後、遺族はその「資料価値」には全く気が付かず、段ボールごと「チリ紙交換」に出してしまった。

その資料は、神田の古本屋に持ち込まれた。

い燭泙燭淇静弔鯤發い討い紳膤惘\犬発見し、慶応大学はそれを70万円で買い取った。

ということです。



 さらに毎日新聞は、この資料の作成者として名が記載されている池田苗夫氏に追跡取材を行っています。

 氏は、「きい」実験への関与のみは一応否定してみせましたが、他については「破傷風の実験は上官の指導でやったこと。他の論文はすべて私のもの」と、自分の関与を明確に認めています。




 さて、資料の出自はすっかり「クリア」になりました。

 deliciousicecoffee氏、続けて、全くの第三者の投稿を元に、この資料の信頼性を貶める努力を続けます。

731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)4・きい弾(イペリット弾、マスタードガス)を人間に使用して症状を観察した松村高夫「生体実験の資料」の怪

マスタードガスの特性を簡単に述べますと、

・不揮発性、難溶性で使用の痕跡が長期間残留する。
・毒ガスとしての持続性も高く、通常の気候で1〜2日、低温時であれば数週間以上残存する。
・遅効性であり、曝露後数時間で症状が表れる。
・多くは3〜6日で死亡する。
・主な症状は皮膚(紅斑と水疱)、眼(軽度結膜炎から重度眼障害)、気道(上気道の軽度刺激から気道粘膜、筋肉の壊死、出血を引き起こす重度気管障害)である。
・浸透性が強く、ゴム服程度では防護できない。

一方、引用した資料にある症状には、眼部に関する記述がありません
第一地域「無帽満服下着上靴ヲ着用セシメ無装面トス」であるにも関わらず。
しかも、マスタードガスの大量撒布下における症状にしては軽度ですね。
症状だけから見ると「無装面」ではなく、少なくとも眼を保護するマスクをつけ、ゴム製の防護服を着用した上でガスを浴びたように見えますが。
大体この実験自体、それがどんなものであったかを考えると、少なくとも数ヘクタールの広大な地域に大量のマスタードガスを撒布し、ガスが残留する中から、逃げ出さないように拘束した被験体を自分達がガス被害を受ける危険を冒して回収し、風向きの変化によるガス被害の心配が無い遠距離まで搬送し、症例を収集するという大掛かりなものです。
果たしてそこまでする必要があったのか、かなり疑問ですね。
ガスの効果を見るなら、閉鎖された実験室内で十分なはずだ、というのが私の受けた印象です
が、貴方はどう思いますか?



731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)4・きい弾(イペリット弾、マスタードガス)を人間に使用して症状を観察した松村高夫「生体実験の資料」の怪

一方、破傷風実験の方は、流石に医学研究者の書いた物だけあって、素人の私ではおかしな点を見つけることが出来ません
しかしもっと根本的な問題があります。
破傷風菌には、生物兵器(細菌兵器)としての適性があるのでしょうか?
生物兵器開発に関して731部隊に掛けられている嫌疑は、ペスト、コレラ、チフス、炭疽菌の兵器転用実験だったと記憶しています。
破傷風菌は土壌の中に一般的に存在する菌で、感染経路も傷口から偶然侵入することです。
水を飲めば感染するようなコレラやチフス、食事から感染する炭疽菌、ノミが能動的に感染を広げるペストと違って、兵器には向かないと思いますが。
「破傷風の人体実験」は、本当に生物兵器の開発のために行われたものですか?
そうでないなら、何を目的としたのですか?

生物兵器開発ではなく、病理学の実験に死刑囚を使ったということであれば、話は随分違ってきますよ。
人道的観点を別にすれば、戦前は死刑執行にガス室を使う方法も当然と見做されていたのですから、細菌による死刑執行が違法だとは言えません
(アメリカでは現在も一部の州でガス室刑が執行されているようですが。)
貴方の参照した資料には、実験目的がどのように記されているのですか?


 自ら「素人」を名乗る投稿者の、自分では資料を当たりもしないで適当に「疑問」を並べただけの文章をわざわざ取り上げて、これを「否定の根拠」にしてしまう氏の神経には、いささか呆れました。

 せめて自分で資料を読んで「裏」をとるくらいのことはしてほしいものです。

 deliciousicecoffee氏に利用された投稿者には気の毒なのですが(あえて名を伏せました)、一応、「疑問」にお答えすることにしましょう。



 まず、こちらの「疑問」です。


731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)4・きい弾(イペリット弾、マスタードガス)を人間に使用して症状を観察した松村高夫「生体実験の資料」の怪

マスタードガスの特性を簡単に述べますと、

・不揮発性、難溶性で使用の痕跡が長期間残留する。
・毒ガスとしての持続性も高く、通常の気候で1〜2日、低温時であれば数週間以上残存する。
・遅効性であり、曝露後数時間で症状が表れる。
・多くは3〜6日で死亡する。
主な症状は皮膚(紅斑と水疱)、眼(軽度結膜炎から重度眼障害)、気道(上気道の軽度刺激から気道粘膜、筋肉の壊死、出血を引き起こす重度気管障害)である。
・浸透性が強く、ゴム服程度では防護できない。

一方、引用した資料にある症状には、眼部に関する記述がありません
第一地域「無帽満服下着上靴ヲ着用セシメ無装面トス」であるにも関わらず。


 私も最初、この文章を鵜呑みにしてしまい、「どうして眼部に関する記述がないのか」とあれこれ悩んでいました(^^; ところが実際に確認すると……


「きい弾射撃に因る皮膚傷害並一般臨床的症状観察」

第二章 症例

第一地域陣地内の被検者の症状及其後の経過

二八七号

 九月七日き弾射撃後四時間全身倦怠、口囲発赤を認め翌八日一時頃より全身倦怠、脱力感を覚へ頸部発赤、顔面浮腫、眼瞼浮腫状前脛背面部発赤、二十二時頃より口囲に粟粒大水疱発生あり

 九日二十二時頃より口囲に多数粟粒大乃至米粒大の水疱族生、十日十七時発熱三七度、肩甲部、■(臣へんに頁。下あごのこと)前胸、腹、四肢、陰嚢一般に発赤し羞明、眼痛、結膜浮腫、角膜混濁、眼脂を認む、鼻汁、咳嗽咽頭後壁発赤を呈す

 十一日十七時全身瀰漫性発赤、腫眼、陰嚢発赤、疼痛及鼻汁、嗄声、咳嗽、頸内掻破感を訴ふ

 十二日十時顔面腫脹、疼痛、頂部所々に痂皮を存す、肩胛部発赤■(臣へんに頁)部水疱一部膿疱化、四肢、腹発赤し陰嚢、糜爛、陰茎諸所に痂皮あり、眼症状も漸次増悪の傾向ありて眼瞼浮腫結膜充血浮腫著明なり

 九日十二時木炭による除毒せる水三〇〇竓(ミリリットル)攻撃(飲用)するに十日中に著変なし 十日十二時活性炭除毒水六〇〇竓攻撃するに十一日軽度の食思不振、十二日食思不振あるのみにして著変なし(P6)

(『七三一部隊作成資料』所収)


「きい弾射撃に因る皮膚傷害並一般臨床的症状観察」

二九六号 偽掩体偽装網下配置

 七日十八時に全身倦怠を覚ゆ 皮膚は顔面下顎部潮紅を呈し頸部に粟粒大の水泡散在す、眼は眼瞼結膜共に腫脹充血す 鼻汁流出を認む

 八日六時頃全身倦怠不機嫌嗜眠性にして食思不振あり 顔面頸部発赤腫脹し粟粒大乃至米粒大の水泡簇生(そうせい)す、亀頭部潮紅大豆大水泡を認む 腋窩(えきか)膝蓋部一般に発赤す 眼症状は流涙多量、眼瞼腫脹浮腫を呈し結膜充血す 頸内掻破感 鼻汁を訴ふ

 九日十七時頃甚しく(一字抜け)悴し脱力感食思不振を訴ふ 皮膚は顔面頸部に粟粒大乃至米粒大の黄色水泡簇生す 亀頭部発赤し小豆大水泡発生す 眼は眼瞼浮腫結膜は充血浮腫を呈し流涙多量開眼困難なり、鼻汁多量頸内掻破感、嗄声を訴へ前胸武にら音を聴取す(P8-P9)

(以下略)

(『七三一部隊作成資料』所収)


 ここではサンプルとして2名分のみ取り上げましたが、実際には、各被験者の記録において、「眼部」の症状についての記述は、必ずと言っていいほど登場します

 結局、この投稿者がデマを振り撒いただけだ、ということがわかりました。




 もう一つ、投稿者は、こんなことも書いています。


731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)4・きい弾(イペリット弾、マスタードガス)を人間に使用して症状を観察した松村高夫「生体実験の資料」の怪


大体この実験自体、それがどんなものであったかを考えると、少なくとも数ヘクタールの広大な地域に大量のマスタードガスを撒布し、ガスが残留する中から、逃げ出さないように拘束した被験体を自分達がガス被害を受ける危険を冒して回収し、風向きの変化によるガス被害の心配が無い遠距離まで搬送し、症例を収集するという大掛かりなものです。
果たしてそこまでする必要があったのか、かなり疑問ですね。
ガスの効果を見るなら、閉鎖された実験室内で十分なはずだ、というのが私の受けた印象です
が、貴方はどう思いますか?


 いや、そこまで素朴な「疑問」をぶつけられても、ちょっと困るのですが……。ひょっとしたらこの投稿者、そんな大規模実験を行う必要などないから、この実験はでっち上げである、とでも言いたいのでしょうか。

 実験の概要を、松村氏の「まとめ」で確認しましょう。


松村高夫『七三一部隊作成資料 解説』

 毒ガスを人体に向けて発射した実験では、着衣、装面、場所など様々に異った条件の下に配置した三地域の人間に向けて、第一地域には、野砲に換算して一、八〇〇発のイペリット弾を、第二地域には三、二〇〇発を、第三地域には四、八〇〇発を発射し、発射後、四時間、一二時間、二四時間、二日、三日、五日後に、神経障害を含む一般症状、皮膚、眼部、呼吸器、消化器の症状を観察している。(P9-P10)

 三枚の地図が示すように、第一地域には五名、第二地域には六名、第三地域には五名の人間が配置され、「被検物」には各々三ケタの番号が付けられている。

 第一地域の二倍のイペリット弾を第二地域に、三倍を第三地域に発射し、人間に与える効果の差異を明らかにしようとしており、配置された一六名のうち一五名の「被検者ノ症状及其後ノ経過」が二〇頁にわたり詳述されている。(P10)


 要するに、なるべく実戦に近い状況を作り出し、どれだけの量のイペリット弾を使うとどれだけの「効果」があるのか、を調べています。当然、「閉鎖された実験室」でできるような実験ではありません。

 当然のことながら、この実験結果は、「どのような条件下で何発発射すれば狙った作戦効果を挙げることができるか」というデータとして活用されたものと思われます。

 少なくとも実験者たちは、「そこまでする必要があった」と考えたからこそ、このような大規模実験を企画したのでしょう。





 さて、こちらもまた、「素朴な疑問」です。


731部隊の人体実験・細菌戦は嘘(全て作り話)4・きい弾(イペリット弾、マスタードガス)を人間に使用して症状を観察した松村高夫「生体実験の資料」の怪


破傷風菌には、生物兵器(細菌兵器)としての適性があるのでしょうか?
生物兵器開発に関して731部隊に掛けられている嫌疑は、ペスト、コレラ、チフス、炭疽菌の兵器転用実験だったと記憶しています。
破傷風菌は土壌の中に一般的に存在する菌で、感染経路も傷口から偶然侵入することです。
水を飲めば感染するようなコレラやチフス、食事から感染する炭疽菌、ノミが能動的に感染を広げるペストと違って、兵器には向かないと思いますが。
「破傷風の人体実験」は、本当に生物兵器の開発のために行われたものですか?
そうでないなら、何を目的としたのですか?

生物兵器開発ではなく、病理学の実験に死刑囚を使ったということであれば、話は随分違ってきますよ。



 そもそもこの投稿者、「731部隊」の性格がわかっていません。いくつか、概説書から引用しましょう。


秦郁彦『日本の細菌戦』(上)

 彼らの多くは第二次大戦後、大学に復帰して一流の医学者として名声をはせている。人体実験で余人が入手できぬデータを活用したせいだと評する人もいるが、それだけではない。

 医師たちの多くが戦陣に狩り出され、研究生活の空白を作ってしまったのに、七三一の医師たちは、この上ない研究条件に恵まれていた。また研究テーマも各人の専門が尊重され、不要不急と思われる研究が許される自由もあったし、ペストや流行性出血熱など満州特有の風土病と取りくむ機会にも恵まれた。彼らが戦後の医学界で頭角を現したのは、当然だろう。(P549)

(『昭和史の謎を追う』(上)所収)


常石敬一『七三一部隊』

 七三一部隊および石井のネットワークで行われた目的の明確な人体実験は、具体的に分類すれば、ほぼ次のように分けることができるだろう。

1.手術の練習
2.未知の病気の病原体発見のための感染実験
3.病原体の感染力増強のための感染実験
4.新しい治療法開発のための実験
5.ワクチンや薬品の開発のための実験

 これら以外にも、ただ人を殺すために人の身体を切り刻んだとしか思えない 「実験」と言うか、蛮行もあったようだ。(P105)


 別に「731部隊」は、「生物兵器の開発」ばかりをやっていたわけではありません。一応は「医学の進歩に役立つ」方面の研究も、多数行っていたことは、よく知られています。本サイトで取り上げた中で言えば、「流行性出血熱」「凍傷」などが、それに該当します。

 そのひとつが「破傷風の研究」であった、というだけの話です。




 さて、以上で投稿者の「疑問」はすっかり解決したと思います。以下は、余談です。



生物兵器開発ではなく、病理学の実験に死刑囚を使ったということであれば、話は随分違ってきますよ。
人道的観点を別にすれば、戦前は死刑執行にガス室を使う方法も当然と見做されていたのですから、細菌による死刑執行が違法だとは言えません
(アメリカでは現在も一部の州でガス室刑が執行されているようですが。)



 ほとんど「常識」のレベルですが、「731部隊」に送り込まれた「マルタ」達は、基本的には、正式の裁判で死刑判決を受けた「死刑囚」ではありません。何らかの疑いで憲兵隊に捕まり、そのまま釈放されずに送り込まれた者が大半でした。

 当時の用語では「特移扱」と呼ばれました。それに関する規定も残っています。

「特移扱」の標準規定

(関東憲兵隊 昭13.1.26〜昭18.3.12)

関憲高第一二〇号

特移扱に関する件通牒


昭和十八年三月十二日 関東憲兵隊司令部警務部長

 首題の件に関しては昭和十三年一月二十六日関憲警第五八号に倣るも其の取扱は概ね別紙を標準とせられ度依命通牒す

 発送先 関各隊長(含独立分隊長 除八六、教習隊長)

 区 別  犯        状   具   備   条   件   
 前   歴 性   状  見   込  其 の 他 
諜者(謀略員) 事件送致するも当然死刑又は無期と予想せられるもの      逆利用価値なきもの  
諜者謀略員として出入満数回以上にして現に活動中のもの   親「ソ」又は抗日   逆利用価値なきもの  
事件送致するも不起訴乃至短期刑にて出獄を予想せらるるもの 住所不定無頼の徒にして身寄なきもの
阿片中毒者
 親「ソ」又は抗日
格性不逞
改悛の情認められず且再犯の虞大なるもの   
過去に於て活動の経歴を有するもの 匪賊又は之に準ずる悪辣行為ありたるもの    更生の状なきもの  
他の工作に関係あり或は重要なる機密事項に携わりたるもの等にして其の生存が軍乃至国家に著しく不利なるもの        
特移扱相当人物の一味       罪状軽しと雖も釈放するを不可とするもの
思想犯人(民族、共産主義運動事犯者) 事件送致するも当然死刑又は無期と予想せらるるもの         
 他の工作に関係あり或は重要なる機密事項に携りたるもの等にして其の生存が軍乃至国家に著しく不利なるもの        
備  考 各隊長は右標準に依り個々の人物の処分に当りては満洲国の国情に鑑み国政上或は社会上に与ふる影響、□□上の感作等十分に考慮し検討の上確信を以て司令官に特移扱を申請するものとす    


(『続・現代史資料(6) 軍事警察』(みすず書房) P629-P630)

 「謀略員(スパイ)」「思想犯人」が中心ですが、その罪状については「死刑又は無期と予想されるもの」(「無期」は「死刑囚」ではありません。念のため)から、「罪状軽しと雖も釈放するを不可とするもの」まで、かなり幅広くなっています。

 「其の生存が軍乃至国家に著しく不利なるもの」などという「基準」を見ると、要は、憲兵隊の胸先三寸で「731行き」が選ばれている、といっても過言ではないでしょう。



 例えば、親日系新聞の社説への反論を投稿しようとした会社員が、「特移扱」として731部隊に送られた、との証言があります。

三尾豊『"特移扱"で中国人を七三一へ送った』

 さらにこのほかに郵便検閲があります。

 郵便検閲というのは、憲兵が郵便局員に変装して郵便局のなかで郵便を全部検閲するわけですね。そして不審文章が発見されると、その発信人が逮捕されて送られる。(P154-P155)

 私が直接見ましたのは、一九四〇年(昭和一五年)に大連に勤務していた時ですが、北京で発行されている親日系の新聞の社説、当時の国策に貢献しようというような社説に対する反論を書いた中国の会社員が大連におりまして、その投稿した論文が郵便検閲で発見されました。その人を逮捕し、そして七三一部隊に送っています

 現在では、新聞の記事に対する感想文とか、その意見に対する反論なんていうのは、問題にならないですよね、軽犯罪にもならない。そんなものが当時、郵便検閲で発見されますと七三一部隊へ送られる対象者になったわけです。(P155)

(七三一研究会編『細菌戦部隊』所収)


 どのような内容かわかりませんが、「本を出した」だけで「特移扱」となった女マルタもいた、といいます。

西野留美子『七三一部隊のはなし』

(運輸班・越定男証言)

「運輸班だったら、女性も運んだことがあったんじゃありませんか?」

「ありますよ。ある女『マルタ』の容疑を聞いたことがありましてね。そしたらその女がいうには、『私は本を書くことが好きだった。本をだしたら特務機関から出頭しろといわれ、行ったらそのままここに連れてこられた』ということでした。(P129)




 これだけでも十分にひどい話なのですが、三尾氏はさらに、大規模な毒ガス実験を行う場合には「特移扱」だけでは実験体が足りず、何の犯罪も犯していない「浮浪者」までも狩り集めた、と語っています。

三尾豊『"特移扱"で中国人を七三一へ送った』

"特移扱"について

 "特移扱"〔特殊移送扱い〕と申しますのは、憲兵が逮捕した人びとを関東軍司令官の命令で七三一部隊に人体実験の材料として送る、その扱いを秘匿するための呼称です。"特移扱"の文書には、ソ連の諜報員と"反満抗日軍"、それから軍・国家に不利な者と書いてありました。

 この人たちのなかには、旧"満州国"政府に勤務する中国人もいました。中国人のことですから当然、日本の政府に対して不満を持っている、そのような事実がわかれば軍・国家にとって不利であるということで、七三一部隊に送る対象になったわけです。

 ご承知のように、"満州国"は傀儡政権で、"満州国"皇帝は関東軍司令官の指導のもとに動いていたわけでありますから、そこにいる、勤務している中国の人は日本軍の支配に満足するはずはありません。

 さらにそこに浮浪者と書いてありますが、浮浪者がいったいなぜこのような対象になったのか。(P152)

 当時毒ガスをさかんに研究していたんです。七三一部隊で毒ガスを研究して、そして広島の大久野島で毒ガスの生産をしていました。毒ガスを空輸して、そして安達あるいはその先の孫呉、またハイラル、チチハルなどで毒ガス実験をさかんにやっておりました。

 一回の毒ガス実験で少なくとも三〇〜四〇名の実験要員が必要です。ところがこのチチハルとか孫呉で実験する時にはもっと多い数が必要で、そうしますと実験をする材料が足りなくなる、そうすると憲兵が捕らえて送り込む"特移扱"だけでは足りないんです。そこで浮浪者(開拓団の入植によって土地を収奪された農民は都市に流出し、浮浪者になる)が七三一部隊の材料にさせられるわけです

 一九四三年(昭和一八年)一〇月、新京警察長官三田正夫は新京憲兵隊長の依頼によって浮浪者八○名を一〇〇部隊に送ったと言っています。三田さんは横浜の方で最近亡くなられましたが、警察長というのは日本流にいいますと警視総監ですね。一〇〇部隊というのは七三一部隊の姉妹部隊で、もと新京の寛城子という所にありまして関東軍病馬廠のことです。

 そこでは七三一とまったく同じことをやっていました。そこに送って実験に使いました。一九四三年三月に牡丹江警察局警正原口一八が、二五名を七三一部隊牡丹江支部に送ったと供述しています。このお二人とも撫順の戦犯管理所に、私たちと同じように収容されていました。この原口一八さんの階級は日本でいうと警視なんですね(『人体実験』同文舘より)。

 このようにして"持移扱"とは、本来正規の司法手続をとって裁判にかけるべき人を何の手続きもなく、いつでもどこでも勝手に憲兵が捕らえ、そして憲兵の判断によって七三一部隊に送る、そしてあの非人道きわまる実験に供出したわけです。(P153)

(七三一研究会編『細菌戦部隊』所収)


 正式の裁判で「死刑」判決を受けた死刑囚を「実験」に使っていた、という投稿者のイメージは、明らかな誤りです


※deliciousicecoffee氏ブログの次記事は『フェル・レポートの怪・中川八洋筑波大学教授・『悪魔の飽食』は旧ソ連のプロパガンダだった』 ですが、これについては 既に「中川八洋氏の論稿をめぐって(1)」「中川八洋氏の論稿をめぐって(2) 」で詳細な批判を行っていますので、ここでは省略します。
 

(2017.7.23)


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