| 続:y1892aさんに答える(3) 「捕虜殺害」編�� |
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さて、「スマイス報告」編にすっかり手をとられてしまいました。それではいよいよ、「捕虜殺害」編に入りましょう。 「まえがき」が、やたらと長い。おつきあいする方も、大変です。
私は「国際法」云々にはあまり関心はありませんし、詳しくもありません。正直な話、世間一般の標準で見ればあれは明らかな「虐殺」だろう、何をよくわからない理屈をつけて無理やり正当化しようとしているんだ、程度の認識でいます(^^ゞ ネットの世界では、今なお「国際法論議」が盛んです。しかし私は、「ネット否定論」はあまりに「頭でっかち」になってしまい、「常識」から大きく乖離してしまっているのではないか、という「感想」を持ちます。 「法律」の世界では、「形式論理」をタテに、「世間の常識」から乖離した明らかな暴論を「言い張る」ことも可能かもしれません。しかしそれに世間一般が納得するかどうかは、また別の話です。 実際の話、ネットの「国際法論議」が現実論壇に影響を与えることは、全くと言ってよいほどありません。 ですので私は、ネットの複雑怪奇な「国際法論議」を、いちいち頭を悩ませてフォローする気はとても起りません。こんな議論を見ても、普段はほとんど無視して読み流すだけです。 ・・・ということを前提に、以下、最小限度の「おつきあい」をします。ただし繰り返しますが、私は「国際法」には詳しくありませんので、今後間違いに気づいたら認識を改める可能性は十分にある、ということは申し添えておきます。 付け加えれば、「南京事件」において「国際法」が問題となるのは、主に「安全区掃討」をめぐってのことになります。 例えば佐藤和男氏のように、よくわからない理屈で「捕虜虐殺」一般まで正当化しよう、という「変わり者」もいますが、それはまともな論壇では明らかな少数派でしょう。 念のためですが、当時においては日本軍は「国際法」云々をほとんど意識していなかったものと思われます。 目の前に敗残兵がいる。殺してしまえ。 当時の記録や証言を読むと、「国際法上この行為は正当化されるのか」など全く考えず、その程度の認識で「殺害」を実行していた、と見るべきところでしょう。 いや、あれは実は「国際法違反」ではなかったのだ、というのは、明らかに後世の「後付け」の理屈です。そして論壇では、吉田-東中野論争を最後に、ほとんど決着がついたもの、と認識して差支えないでしょう。 吉田氏の、「論争」をめぐっての感想です。
笠原氏も、こう判定しています。
以上を前提に、yさんの文章を、順番に見ていきましょう。
この「戦時重犯罪人」を処罰するためには「審問」が必要である、というのが当時の国際法学者の間の通説でした。 参考までに、この本の記述はこうです。
「武力による害敵手段」を行使しなければ、そもそも「交戦資格」の問題は生じないわけです。念のためですが、南京で安全区に逃げ込んだ敗残兵たちは、「武力による害敵手段」など行使していませんでしたよね。 ついで。「逃げ回ることも「敵対行為」である」とわけのわからないことを言う方を見たことがありますので、一応、横田喜三郎見解などを。
「敵対行為」とは、「兵力による加害行為」のことです。「逃げ回る」ことは、普通、「兵力による加害行為」とは言いません。 どうでもいいんですけど、田畑茂二郎著「新訂国際法」という本、国会図書館のデータベースで検索してもヒットしません。正確な書名は上の通り。yさんのこの引用、まるで自分で原典に当ったかのような印象を読者に与えようとしていますが、絶対にこれ、ネットのどこからかの丸写しです。 2020.2.23追記 「交戦資格」の問題に関しては、第二次世界大戦中、こんなエピソードがありました。
yさん、「上海戦と国際法」を採り上げるのであれば、この部分をスルーしてはいけません。
日本軍による「第一次敗残兵狩り」は、まさしく「確たる証拠なきに重刑に処する」例でした。 さらに、こんなことも書いてあります
逆に言えば、「集団結束して抵抗」するなど「他に取るべきの道なき急迫の場合」でなければ、「戦時重罪人」の処刑は認められない、ということです。 yさんには、「安全区掃討」が、中国兵が「集団結束して抵抗」するなどして「他に取るべきの道なき急迫の場合」であったことを証明していただくことにしましょう。そもそもそんな「急迫」な状況であれば、彼らを殺害するのに、わざわざ下関まで連行している「余裕」などあるはずがないのですが(^^ゞ
基本中の基本なのですが、これ実は、「非正規兵」が「交戦資格」を得るための条件です。「正規兵」は無条件に「交戦資格」を認められます。 昔、渡部昇一氏が、これは「正規兵の交戦資格」の条件である、と勘違いしました。その勘違いを未だに引きずっている方がいらっしゃるとは、驚きです。 「ハーグ陸戦条約」の第一条です。
細かい話をすれば、「正規兵」も四条件を満たすことが必要、という議論はあります。しかしそれにしても、「指揮官」が不在になったらただちに「正規兵」に「交戦資格」がなくなる、なんてムチャクチャな論は、常識で考えても成立するはずがありません。
なんで「シナ」事変なんでしょうね。普通に漢字で「支那事変」と書けばいいのに。こんなところにも、yさんの「思い入れ」を感じます。 それはともかく、「日本側が大幅に譲歩して和平交渉を重ねたが、何度も中国側に裏切られた」というのはあまりに一方的な見方でしょう。日本側にもはっきりと「拡大派」が存在したわけですし。 本題にあまり関係ありませんので深入りはしませんが、例えば「盧溝橋事件 「拡大」への道程 ー内地三個師団等派兵決定ー」をご覧ください。
いや別に、誰も「戦場で兵士が死」んだことを問題にしているわけじゃなくて(^^ゞ 「日本軍の捕虜殺害」まで「蒋介石」の「責任」にしてしまうつもりでしょうか。
yさん、自分で、「中国軍が去って、南京市民に平和が訪れた」 「和やかで穏やかな表情をした南京市民がご覧いただけます」って書いていたではありませんか(^^ゞ 「平和が訪れた」けれども「戦闘は継続していたと見なされる」って・・・普通の日本語としては、ほとんど理解不能です。 あいつら、降伏もしないで逃げ回っている。だから「戦闘は継続」しているんだ。―まさに「形式論理」による「強弁」の好例でしょう。 参考までに、この点につき、東中野修道氏と秦郁彦氏・松本健一氏が論争しています。
無茶な「理屈」を言う東中野氏を、二人がたしなめている形です。yさんは東中野説を盲信しているようですが、常識的にはまず「通らない」理屈でしょう。
yさん、すごいことを言っています。これには驚きました。 つまりyさんは、こう考えているわけですね。 安全区には敗残兵が一万人ほどいる。彼らはもう戦意を失っており、日本軍にとって当面の脅威とはなりえない。安全区にはなお市民が二〇万人残っている。 こんな状況で、例えば敗残兵もろとも一〇万人の市民を殺してしまったとしても、「二〇万人」よりも被害が少ないのだから許容されるべきである。 これ、「国際法」云々のはるか以前の問題であるような気もしますが・・・。少なくとも、日本がこれを「国際法違反ではなく何の問題もない」と世界に向けて言明したとしたら、袋叩きになることは間違いありません。 ・・・yさん、これ、本気で言っていますか? なお信夫淳平は、「防守都市」に対するものであっても「無差別的砲撃」は「違法」とする見解を持ちます。
私は「国際法」にはあまり詳しくありませんのでこの当りの議論には立ち入りません。しかし常識で考えれば、例え「無差別攻撃」を「合法」とする立場からも、必要限度をはるかに超える「無差別攻撃」は許容されない、と考えるのが普通でしょう。 「防守都市」に対する「無差別爆撃」が「合法」であるならば、例えば「広島・長崎原爆」「東京大空襲」も「合法」ということになります。yさん、それでいいんでしょうか? 私は日本人として許せませんけれどね。
斎藤良衛博士は当然ながら「交戦法規遵守」を求めていたかもしれません(「法学者」として従軍していたのだから当り前)。松井大将も、同じ考えだったかもしれません。 しかし結果として行われたのは、大量の捕虜殺害、民間人への暴行・殺害など、明らかな「交戦法規違反行為」でした。南京侵入前の「決意」なるものを問題にしても仕方がありません。 「決意」を裏切られた松井大将がこのように嘆いたのは、よく知られている通りです。
yさんの最後の二行は意味不明ですのでコメントは省略します。何かの「内輪受け」でしょうか? ※追記 テレビドラマのセリフでしたね(^^ゞ (2013.3.23)
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